ろりこんくえすと!

ノω・、) ウゥ・・・

1-32 チェックメイト

  

    1-32   チェックメイト


「はぁっ.......!    はあっ.......!    はぁっ.......!    はぁっ.......!    はぁっ.......!」
 
 貪食の食人鬼率いる食人鬼達の襲撃によってネメッサの街は崩れゆく。

    そんな街中を駆ける一人の幼ない少女の姿があった。
 
 白いエプロンと水色の髪の毛を揺らしながら幼女は走る。

 肺を傷め、息を乱しながらも走る。

 かつて建物であった残骸を踏みながらも走る。 
 
「はぁ.......っ!   はぁ.......っ!」
 
 すぐ後ろから赤い魔物が追いかけてくる。

 三本の指足で瓦礫を踏みしめ、障害物を壊しながら食人鬼は涎を垂らして幼女を追いかける。
 
 広場を突っ切り、死体を飛び越え、入り組んだ路地裏を抜け、幼女は駆ける。
 
 いくら走ろうとも、  
 いくら距離を離そうとも、
 いくら街を駆け抜けようとも、
 
 食人鬼は獲物を逃がす気は無かった。
 
 ずちゃ。
 
 唐突に、少し開けた場所に着いた幼女の目の前に、赤黒い塊が上から降ってきた。
 
「え..............?」
 
 それは赤い飛沫を散らしながら、何度も跳ねては地面に叩きつけられて潰れていった。

 跳ねた塊から飛んできた数滴の血が幼女の顔にべっとりと付いた。

 そして、カランと何かが乾いた音を立てて、赤黒い塊から何かが投げ出されてすぐ側の足元に突き刺さる。
 
 それはひび割れたダガー。

 刃に亀裂が走り今にも砕けそうな一振。
 
「いっ、いやっ.......」
 
 赤黒い塊は、
 
 自分を庇った少年のモノだった。
 
 ぐちゃぐちゃの肉の塊。

 それは見るも無惨な少年の姿が横たわっていた。

 右腕と左脚が無くなっている。

 残された四肢はもはや原型を留めていなかった。腹から大きな穴がポッカリと空いて、そこからドクドクと赤い水溜まりが広がっていく。
 
「ゲェェ.......」
 
 不意に、後ろから荒い吐息が感じられた。
 振りかえって見ると、黒い物体がすぐ後ろに存在していた。
 
 貪食の食人鬼。

 漆黒の肌を持つ悪魔がすぐ後ろに立っていた。
 
「い、いやあっ.......あぁ.......ぁぁぁ.......」
 
 言葉にならない声を発しながら幼女は腰が抜け、膝が震え、地面に後ろから崩れ落ちる。 

 幼女はそのままじりじりと後ろへと這い寄る。
 
 びぢゃ、と湿った音がして手が生暖かい何かに触れた。
  
 目線を上から逸らすと、そこには赤一色に染まる自分の手の平があった。
 
「やだ.......やだよ.......」
 
 幼女は少年を揺さぶる。
 
 けれども、少年は何の反応も返さない。
 
 いや、返せない。
 
「こんなの.......やだよ.......」
 
 貪食の食人鬼の後ろから、さっきまで自分を追いかけていた食人鬼の姿が現れた。
 
「助けて.......助けてよ.......」
 
 幼女は更に少年を揺さぶった。
 
 しかし、反応は帰ってこない。
 
 血塗れた赤い手で触れる少年の身体は、何故か氷のように冷たかった。
 
「やだ、やだよ.......」
 
 目から涙が滲み出す。 

 頬に一筋の線が流れていく。

 少年の顔に水滴がボロボロと零れ落ちる。
 
 それに反応するかのように、右から食人鬼が現れた。

 左からも現れた。

 黒い物体の後ろからも現れた。
 民家の塀の上からも現れた。
 壁を壊して中からも現れた。

 そして、後ろからも現れた。
 
「助けて、」
 
 それは、積みチェックメイト

 抗いようのない結末。

 しかし、その事を分かっていても幼女は涙を流し懇願する。
 
「リフィアを、助けてよ」
 
 視界が涙で霞む。

 数えたくない。数えられない。

 考えたくない。考えられない。

 食人鬼が周りを囲み、嗤う。

 重低音の声を口から発し、ゲェゲェと合唱なようなものが始まる。

 その声が耳に入る度、救いようのない絶望が胸裏に広がっていく。
  
 それでも、幼女は目から涙を溢れ出し、助けの叫びを街の中であげた。
 
「もう大丈夫だって!」
 
 それはただの我儘。
 
「僕に任せおけって!」
 
 それは水中に溺れる時、藁にすら縋ってしまう人の性。
 
「お兄ちゃんはそう言ったんだよ!」
 
 それはただの叶わぬ願い。
 
 目から涙が滲み出す。
 絶え間なく水滴が零れ落ちては少年の頬を濡らしていく。
 
「だから――助けて.......助けてよお兄ちゃん!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ―ドクンッ。
 
 その声に呼応するかのように、誰かの心臓が静かに高鳴った。
 



 

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