能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.129 魔術師は一割の本気を出す

この学園に在籍してから数え切れないほど使った闘技場にSクラスの面々が集まっていた。舞台の上には2つの影。朱色の髪を風に揺らせる少女と、彼女と近しい色である赤いローブを身にまとった仮面の男。


「これより、学園長ジャックと、Sクラス1年、リア・ニルヴァーナの決闘を始める。殺傷力のある攻撃は無し、相手が気絶、もしくは戦闘不能になるまで終わらないものとする。場外失格は認められない」


レオがそういうと、当たりが静まり返る。エリル達も、静かにその光景を見守っていた。


「では、始めっ!」


開始の声と共に動いたのはリアだった。いきなり彼女の周りを暴風が荒れ狂い、風で象られた龍が姿を現す。幻想の体から聞こえる実物の声が闘技場内に轟いた。


「行きなさいティアマト!」


リアの指示とともに風の精霊はその体を爆煙で包みながら直進した。顎門が開かれ、焼き刻まんとクルシュへ迫る。

当然ながら、クルシュは本人とバレる訳には行かないためいつもの魔術が使えない。『凍結魔術』を使わずに対応するということで、既にリアへ幾分かのハンデを与えていることになる。


(まぁ対応する術なんていくらでもあるが)


そのままティアマトの顎門がクルシュを包み込んだ。暴風で起こったカマイタチと風で濃縮された高温度の炎がクルシュの体を蹂躙する、外部からはそう思われた。しかし直後、風が炎ごと吹き飛んで霧散した。


「おいおい何が起こったんだ!?」
「確かに飲み込まれたはずよね!?」


口々に驚愕の言葉を呟く生徒を尻目に、クルシュはリアへと視線を向けた。案の定、ティアマトが意味をなさないことは分かっていたのだろう。眼前に彼女が魔道具の剣を構えて現れた。


「はぁっ!」


振るわれる剣閃、その全てをクルシュは手刀で対応する。生身であるというのに、そこには金属同士がぶつかる音が響いた。


「なんで魔法使わないのよ!」
「使えば俺だとバレてしまうからな」
「だからって、他の魔法もあるんでしょ!」
「まぁそうだが、今は魔法を使わずとも対応出来てしまうからな。本気を出せ、リア。お前がどういうつもりで俺に決闘を申し込んだのかは分からないが、エリカのところで修行したんだろう?」
「っ!言われ............なくてもっ!!」


リアがクルシュを弾き飛ばす。そのまま空中を舞ったクルシュは回転して綺麗に着地した。その瞬間、地面が震える。
ゴウ!と激しく燃え盛る円柱が4つ、彼女の周りを取り囲んでいく。
彼女が『黄昏の陽トワイライト・サン』を発動する時には火花が散っていた。しかし今回はまるで別物。魔力の根底は同じだが、様子が違う。


「これが私の今の全力、『暁の陽ディアウン・サン』よ!!」


解き放った魔力が白炎となり、蒼炎となる。その炎はまるで、エリカの『炎装纏』のように彼女の周囲を漂い、あらゆるものを焦熱させる。

彼女は蒼く染まる火球を空中へ無数に展開し、一気にクルシュへと飛来させる。その威力は、通常の魔法とは比べ物にならない程早く、かつ外れた火球が着弾した床は亀裂を入れるほど。

しかしリアも伊達にクルシュと付き合いがある訳では無い。彼がで沈むとは思えなかった。


「........なるほどな」


土煙が晴れた床の上、無数に亀裂と陥没が存在するその場所で、しっかりと立っていた。相変わらず表情の伺えない仮面を一切傷つけることなく。


「嘘だろっ!?ニルヴァーナもすげぇけど学園長もやべぇよ!」
「あんなの受けて立ってられるなんて.......クルシュにしか無理だと思ってた........」


相変わらず驚愕の声が鳴り止まない観衆を背景に映す闘技場内、自分の全力を乗せる連撃を無傷で受止めたクルシュに対して、リアは頬に汗が伝る。

冷や汗ではない、焦燥感からの汗でもない。
膨大な力を制御するには、それ相応の『器』が居る。それこそクルシュのような極みに至る場所に位置する物ならまだしも、リアは神童でもなければ天才でもない。先祖から恵まれた力を貰っただけの、『凡人』。

故に彼女のような『凡人』に、年数経過での『器』はまだ小さい。故に『暁の陽ディアウン・サン』を抑え切る『器』が彼女には存在しないのだ。

今の彼女にとって、それを制御できる時間は限られる。持って、5分。完全に制御できるようになった『黄昏の陽トワイライト・サン』を昇華させたその力は、代償とて大きい。


(あと、2分くらい.........かしら......)


クルシュへの攻撃を辞めず、そんなことを冷静に考える。制限時間が迫るにつれて、負担も大きくなっていく。故に引き際は考えなければならない。


「エリカとの修行でこんなものを身につけるとはな。予想外だったぞ」
「涼しい顔で言われても嬉しくないわよっ!」


遠距離から彼女がクルシュへ向けて踏み込んだ。握った拳が振られる。
それをクルシュは避けるが、その瞬間に彼女の焦熱に触れたのだろう、ローブがジッと焼け焦げる音が聞こえた。
彼女の周りには焦熱が展開され、今、リアは歩く太陽の如く熱を発している。その上で肉弾戦を持ち込まれたなら、鬼に金棒もいいところだろう。


「熱いな」


なおもクルシュは、涼しい顔で彼女の連撃をいなしていく。クルシュのような相手には、もちろんリアの焦熱など魔力で身体をおおわれるため無駄に終わる。しかし並一般の相手ならほぼ負けることは無いだろう。


(あと、1分........!!)


はやる気持ちが、制御を難しくする。しかしそれでも残りの時間、決め時を探していた。


(........あと、40秒っ!)


まだ突破口は開いていないのだ。おそらくクルシュを倒せるであろう、そんな一撃を叩き込むその瞬間が、まだやってこない。


(あと、30秒っ)


焦る気持ちのせいで、動きに隙が出来てしまう。そんな状態を、クルシュが見逃すはずがない。


「甘いぞ」


クルシュは突き出した拳を避け、そのまま腕を掴む。そして彼女を空中へ投げ捨てた。


「っ!」


クルシュは彼女の顔を見やる。その顔は

ーー笑っていた。


「これが『崩星アルマゲドン』を超える私の魔法っ!」


蒼炎が激しく胎動し、一つの塊に成り上がる。その場所で1番の光を放つそれは、言い換えるなら『蒼き太陽』。紅蓮の炎は蒼炎へと変わり、全てを焦がす炎へと昇華した。その名も


蒼き灰燼ヴィアス・サファイアッ!!」


海が空から落ちてきたかのような、幻想的な炎がクルシュへ降り注ぐ。しかし炎が宿すのは優美ではなく苛烈。

彼を倒しうるかというその力に、当人は小さく仮面の奥で笑った。


「お前が進化したなら、俺とて変わらないはずがない」


彼の手に握られるのは、『製造魔術』で作り上げられた鉄の剣。何の変哲もないその鉄の剣を、下段に構えた。


「さすがに決闘と言えど殺意はないからな。1割、俺も本気を見せるとするか」


下段に構えた鉄の剣に力を込める。『付与魔術』で鉄の剣に乗せるのは、『魔力撃』、『逆証魔術』、『絶対両断』、『瞬間消滅』。
度重なる魔術の付与に、剣の剣身が青白い閃光に覆われる。


「穿て」


短くそう呟き、上段へ向けて鉄の剣を振り上げた。刹那、剣から放たれた閃光が蒼き炎の海へ真っ直ぐに直進していく。

たった一撃、その閃光は炎の海に触れろうとも消滅せず、むしろその海を切り裂き、消滅させていった。


「まずっ........」


空中にいたリアへもその閃光は届き、彼女を切り裂く。

迫る痛みに対し目をつぶったリアに対して、飛び散ったのは鮮血ではなく魔力そのもの。残り数秒という『暁の陽ディアウン・サン』の魔力は、跡形もなくその場で霧散した。


「あっ..........」


突如、リアの体から力が抜けていき、まともに身動きが出来ないまま彼女の体は垂直に落下していく。誰もが息を飲んだ大技の両断で、彼女への意識はなくなっていた。
しかしクルシュがそれを忘れるわけがない。跳躍して彼女を抱きとめた。


「やはりリミットがあったみたいだな。............俺を倒そうと意気込むのはいいが、無理はするな」
「..........ごめんなさい」


そのまま着地して、審判の方へ視線を向ける。先程の両断に魅了されていた彼女は、ハッとしたように気がつき、慌てて声を上げる。


「リア・ニルヴァーナの戦闘継続不能により、ジャックの勝利!」


レオの張った声が響き、魅了されていた生徒達がようやく我に返った。床に脱力したまま寝かせられたリアへ、医務室の先生が駆け寄った。


「さて、勝負は私の勝ちだ。........だが、彼女の魔法は見事なものだ。先程の私の失言は取り消そう」


そう言うと、そのままクルシュは闘技場を降りて言ってしまった。
この後、エリルに若干からかわれたのは言うまでもなく。





ーー身内の茶番

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品