能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.127 魔術師は八つ当たりする

クルシュは現在、空を飛んでいた。彼の背後には守るべき100余りの命、自分の義姉、アリス。クルシュは何度目かわからないため息をついた。

空を飛び、魔獣達を指揮しているであろう場所へと向かっている。彼の魔術に一際大きな魔力反応が感知されたところで地面へと着地した。当然ながら地上にはまだ殲滅しきれていない大量の魔獣がクルシュを威嚇しているが、彼の眼中にはなかった。


「邪魔だ」

――凍結魔術『絶対零度アブソリュート

殺気の籠った声が響く。彼が右足を踏み出した瞬間、地面を氷が侵食して行った。その速度は、まさに一瞬。攻撃を感知した魔獣達が対応する暇さえも与えないまま氷像へと帰す。彼はその1歩だけで、森の約6割を一瞬にて凍結させた。


「その程度で、俺達の村を、アリスを襲おうとするな。雑魚共」


少し苛立った様子でそう言い捨て、彼は氷の地面を滑ることなく淡々と進んでいく。一面夜の月光に照らされ幻想的な光景を醸し出す中、彼が感知した反応へ向かって着実に進んでいた。


(この反応は........また魔族か。だが、少し異質だ。それに、魔獣達も有限じゃない、.........湧きか)


まだまだ続く氷の世界に、また新しい反応が細々と現れる。彼の予想は完全に当たっていた。一万の魔獣の軍勢が現れるための魔法陣が敷いてあると、彼は確信する。だが魔獣達がまた彼へと群がり始めることは無かった。

クルシュは隠蔽していた自分の魔力を周囲にさらけ出していた。強力な魔術を何度も使用するための彼の膨大な魔力は、それ自体に攻撃性を持つ。故に魔獣達も本能的に悟ったのだ。誰が強者で、誰が弱者なのか。それを理解させるほど、彼の魔力は果てしなく、強大なもの。さらにそこへクルシュの殺気が乗り、より一層魔獣達を近づかせない。

そんな状態のまましばらく進みやがて氷の大地が途切れたところで、それを気にすることも無く更に奥へ、奥へ、奥へ。目的地へ近づく事に魔力反応は大きくなっていく。当然、彼がそれを臆することなど一切ない。逆に彼の中で殺気が膨れ上がって行った。

そしてついに、一万の魔獣の軍勢を補給する召喚陣の元へとたどり着いた。そこには、クルシュの魔術に引っかかった魔力反応の主も。


「しかしまぁ、雑魚どもが恐れるのも納得が行くな、おい」


開口一番、その主、魔族が振り返った。荒々しい角は二角、東部に番を作っている。皮膚は変色したのか、それとも元からか、ドス黒い上に赤黒い血管が浮き出ている。背中には左右1枚ずつのコウモリのような2枚羽。筋骨隆々ではあるが巨体というわけでもなく、成人男性ほどの体躯。クルシュが今まで見てきた魔族の中でも異様な状態であった。


「お前は本当に魔族か?」
「魔族?俺達をそんな程度の低い言葉で呼ぶんじゃねぇよ。俺達は『悪魔族』、新生の子だ」


そう言い放った魔族の男にクルシュは聞きなれない言葉が出たのを逃さなかった。


「悪魔族?新生の子?どういうことだ?」
「こんなところに来て情報持って帰れると思ってんのかよ?どうせ死ぬんだから教える意味はねぇな」
「..........じゃあ死に際にこちらの質問に二つ答えろ。それで納得して死ぬ」
「ほう?言ってみろや」


詮索は無駄だと悟ったクルシュは己に持っていた疑念をぶつけた。


「まず1つ。この魔法陣を呼び出したのはお前らか?」
「"お前ら"じゃねえ、俺単独だ。俺にはここから魔獣をいくらでも呼び出せる」
「そうか。じゃあ2つ目だ」


瞬間、クルシュから殺気が放たれた。まるで全身を何かが這いずり回るような気持ちの悪い感覚を魔族の男は覚える。ついで魔族の男を押しつぶされるような殺気の重圧が襲う。自然とその足が1歩下がったのを本人自身は理解していなかった。


「アリスを落としたのはお前か?」


その一言に、魔族の男は即答ができなかった。クルシュから放たれる殺気が、それを許さなかったからだ。全身から冷や汗が滴り落ちる。危険だと、脳が警鐘を鳴らした。


「沈黙は肯定と取るぞ」
「.........ああ、あの女を落としたのは俺だ。なんだよ?お前の女かなにかか?」
「なるほどな」


なんとか嘲笑することが男にとっては今できる最大の抵抗だった。その男の返答に対して、クルシュからストンと感情が抜け落ちた。そしてさらに男にのしかかる殺気が確実に増したと、そう感じた。とてつもない殺気で、周囲に待機させた魔獣達が次々と倒れていく。クルシュの殺気だけで、伏兵と化した魔獣達を絶命させたのだ。


「正直、気になる単語が出てきたが今はどうでもいい。先に言っておくぞ、今から俺がすることは、良く言えば報復、悪く言えば八つ当たりだ」


そう言いつつ彼が指を鳴らした瞬間に魔獣が召喚され続ける魔法陣が、ガラスの砕けるような音と共に霧散した。


「なっ!?」
「死ぬ覚悟は、当然いつでも出来てるな?」


  男が瞬きをした瞬間に、クルシュは目の前からいなくなっていた。探そうと辺りに視線をやる刹那、右方面からとてつもない殺気が飛んできた。


「っ!!??」


反射的に、腕でガードした。次の瞬間、そんな男に激しく強い衝撃が飛来し、そのまま吹き飛ばされる。次々に木を薙ぎ倒し、地面を転がって全身をうちつける。


「ふむ、少し殺気を出しすぎた。消しておかないとな」


クルシュの声が、男の意識を呼び戻させる。自分が倒れたことに気づいたのはその一秒後だ。そして、激しい怒りに燃えた。


「っざ、けるな!」
「?」
「ふざけるな!!」


咆哮にも似た怒声が辺りに響く。その声だけで木々を揺らすほど激しい声だった。


「ふざけるな!!人間のガキ如きに俺が怯えているなど、ありえない!」
「お前の心境など知らん。無駄口を叩かず、疾く死ね。何時だと思ってるんだ?」
「殺してやる!もう後戻りはできんからなぁ!!」


怒り狂った魔族の男が、魔法陣から剣を取りだした。そのまま半空中飛行でクルシュへと突撃した。そのままクルシュを狙って何度も剣を振るう。だがその尽くをクルシュは軽く避けた。だが避け続けて足元に注意がいってなかったのか、木の根に足をひっかける。


「もらったぞ!」
「阿呆か。陽動だとわからないのかお前は」


クルシュの首に飛来した剣を指2つで軽々と受け止めた。そしてそのまま剣ごと振りかぶって地面に叩き付ける。持っていた男の体が地面に叩きつけられ空宙に浮いたところを、クルシュの蹴りが脇腹を穿った。鈍い音と共に骨が折れていく感触を味わいながら、男をまた吹き飛ばす。


「ぐほっがほっ...........な、ぜだ!」


地面を転がった男が再び立ち上がる暇など今のクルシュが与えるはずもない。無防備な首を飛び蹴りで打ち抜くとまた地面に顔面から激突した。脳が揺れたのか、意識朦朧としている男の髪を掴んで頭突きで叩き起す。


「まだ終わってないだろうが」


そのまま右に打ち抜く。今度は右に倒れた。掴みあげてはまた左に打ち抜く。左に倒れた。何度も殴打で男を殴り続ける。


「アリスにお前は痛みを与えた。身体的な痛みじゃない、精神的な心の痛みを」


左に打ち抜いて倒れた男の髪を掴みあげて自分の顔の前に持ってくる。


「お前にはわからないだろうな?トラウマを2度体験させられる辛さを。その恐怖がどんなものか」


そのまま彼の右手は男の鼻柱を折った。腹部に膝蹴りを入れてそのまま後方へと投げ捨てると男はゴロゴロと地面を転がっていく。


「き、ざまぁ..............!!」
「どうした?俺を殺すんだろ?」
「ぬぐぅぁぁああぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」


雄叫びのような咆哮が響き、男の体がメキメキと鈍い音を立てた。骨格が変形し、どんどんと体躯は膨れ上がっていく。やがて男は8メートル程の巨人に変化した。


「俺は悪魔族だ!新生の子だ!貴様ら下等な人間などに!ましてやガキなどに負ける道理などっ――」
「もういい」


吼える男にクルシュは小さくつぶやくと、次の瞬間、男の上半身が吹き飛んだ。飛び散る肉塊も無く、完全に消滅させられた上半身を失った下半身は力なく森へと倒れる。クルシュがその下半身に触れると一瞬で凍り付き、次に礫レベルに霧散した。


「いつまでも吼えるな、鬱陶しい。..........と言っても、もう遅いか」


クルシュはこの日最後のため息をついて踵を返し、帰って行った。






ここはとある研究所のような所。ポッドのようなものがいくつも並び、最奥には一際大きなポッドが設置されている。そしてその最奥のポッドを見つめる女と、その女に跪く男がいた。


「実験はどうでしたか」
「上々よ。試作品であそこまで出来れば満足ね」


男が聞き、女が答える。当然ながら当たり前の言葉のキャッチボールを繰り返す2人もまた、異形であった。女は背中に四枚の白き翼が生えており、男は両手両足が獣のようだった。


「その試作品は破壊されたようですが」
「ええ。所詮試作品なんだから、この程度ちゃんと倒してもらわなくちゃ」
「........ あの少年を知っているのですか?」
「ん?まぁ、そうね。知ってるっちゃ知ってるわ」


ふふふと妖艶に女は笑った。そして恍惚の表情で中で、膝を抱いている、ポット内の女性に手を掲げた。


「待っていてください.........師匠。必ず成功させてみせますから。あなたを、絶対に呼び戻してみせます!」


そのままポットに駆け寄り、中へ飛びつかんとばかりに食い入って女性を見た。


「必ず!アストの血で!!」


静かに機械音だけが聞こえるその場所に、女の叫んだ声が響くのだった。




――何かが動き始める


お待たせしました。

コメント

  • 黒の王

    き、ざまぁ……が煽ってるように見えてしまう
    き、ざまぁwって

    0
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