能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.121 魔術師は誘いを受ける

目が覚めれば、視線の先に木目の天井が見えた。確か俺はイルーナに転生魔術を使って..............なるほど、魔力欠乏症でも起こしたか。

それにしても変な夢を見た。それもまた起きた俺がはっきりと覚えている夢だ。人間の夢は未来を予知するとは言うが過去の記憶が蘇るなんて聞いてないな。..........やれやれ。


「うぅん..........んん............」


彼が何となく夢について思い耽ている時、声が聞こえた。ともすればそれは真近で聞こえてきたため、魔術で布団を引き剥がしてみる。

思えばなんとなく違和感はあった、両腕が妙に暖かいのだ。


「...........どういう状況だこれは」


クルシュは思わず小声が漏れてしまう。何故ならば彼を基準として窓側、つまりは右手側にはアリス、ドア側、彼の左手側にはリアがネグリジェ姿で寝息を立てて眠っていた。しかもご丁寧に腕を抱え込むようにして互いに向かい合い。

なぜシングルのベッドに3人も寝るスペースがあったのか、どうしてここでアリスとリアが眠っているのか等、誰かに聞き正したいことはあったが正直それどころでもなかったりする。彼の辞書に二度寝という言葉はない。体質上、彼は1度起きたならばそのまま夜まで眠ることができない。当然何かに没頭していると眠るという行為が要らないほど脳が興奮して、結果1週間完徹のようなことをやらかしてしまうこともある。

つまり今このまま半ば拘束された状態で2人が起きたならば、色々と気まずくなる。寝ボケていたのか任意にやったのかは彼の知るところではないが、雰囲気的に彼が悪いような状況になってしまう。これにはさすがに彼もまずいと、まず最初に思った。


「やっと起きた」


すると今度は突然太陽の光が窓から差し込み、一瞬彼の視線を隠すと、今度は扉の前に少女が立っていた。銀灰色の髪がなびく彼女、それは思想神イルーナその人である。


「イルーナか。無事みたいだな」
「あなたのおかげで私はまたあの人と再会出来た。初めに礼を言う」
「お陰でこちらはこんな状況だがな。さて」


やむを得ず『転移魔術』でなんとかベッドから抜け出した。最初からこうすれば良かった、なんて言葉は無しだ。


「何日経った?」
「あの騒動から2週間が経った。しかし今朝も騎士団長が早くに出ていった」
「まだ事態が収束していないのか?」
「一昨日はそう話していた」


確かに相手は帝国だ。事後処理ともあればかなりたくさんの仕事が残ることだろう。本当に教師と兼用とは、レオもよくやる。


「それと、あの二人が添い寝し始めたのは昨日。あなたの看病を1日たりとも欠かさずやっていたのもまた彼女達。朱髪の子、彼女は2週間家に帰っていない」
「..........それを俺に言う必要があるか?」
「?、こういうのは第三者が言うことによって............なんだったか、なにか特別なことがあると神狼から聞いた」


こてんと首をかしげてそういうイルーナに、クルシュは後で久しぶりにエリルを締めておこうと心に誓ったのだった。

ため息をついては一瞬で仮面とローブの格好に着替える。


「?、どこへ行く?」
「少し用事だ。おそらく向こうもこちらを探しているだろうからな」
「...........なるほど、分かった。皆には私から伝える」


権能でも使ったのか、イルーナは察したように頷いた。それを見たクルシュは転移しようとして、しかしイルーナがローブを引っ張っていたために解除した。


「何だ?」
「せめて彼女達には、手紙でもいい、一つ礼を言っておいてほしい」
「.........今か?」
「伝えるものは伝える時に言っておかないと、取り返しのつかないことになる」


その真剣な表情は、彼女たちの過去を知るクルシュにとって妙に説得感があるものに感じた。そして自分の中で何かを納得したのか、彼女達に向けてペンを走らせ、それをベッドに置いてから転移するのだった。






所変わってこちらは王室、国王の書斎。大規模な戦争により王国があげた戦果は大きく、また手に入れた物も大きくなった。その事後処理には、国王自らも関与することとなる。ゆえに書斎机の上で未だに塔を築いている資料の数々に国王、ガエルはため息をつく他無い。


「随分と仕事が溜まっているようだ」


そして次に聞こえた声に、その方向へ視線を向けるとそこに純白の美しいローブを見に纏い、顔を仮面で隠した男が立っていた。


「........統括殿か!?」
「ごきげんよう、人族の王」
「兵士に探させたのだがどこを探せども見つからなくてな、まさかとは思っていたがやはり生きていたか!」
「失敬な。私があの程度で死ぬはずがないだろう」
「す、すまぬ..........」


中身は少年である男に、国王が少し劣勢な不思議構図はさぞ第三者から見れば違和感があることだろう。


「こ、今回の要件は?」
「約束通りゼルノワール学園の運営券と土地権の権利書を頂戴に来た」
「ああ、それか.............」


そういうと引き出しに戻り、2枚の紙を持ってきた。それには国王の名と王家の調印が押してある。クルシュはそれをしっかりとガエルから受け取った。


「確かに、受け取った」
「...........ところで統括殿、聞きたいことがある」
「何だ?.........それと統括殿は少し違和感がある。ジャックとでも読んでくれ」
「で、ではジャック殿。ニルヴァーナという言葉に聞き覚えがないか?」


当然、聞き覚えがないわけがない。それはリアの姓名だ。ニルヴァーナ、帝国に滅ぼされたという皇国の名なのだから。


「..........聞き覚えがあるといえば?」
「ぜひ情報を提供して欲しい。実は帝国の民や貴族達からこぞって『ニルヴァーナ皇国』という単語が出てきていてな。こちらも調べてみたがあまり文献がないのだ」


セレスにたまに聞いていたため資料のことよりは詳しいだろうが、ふむ。


「対価は?」
「..........何と?」
「当然だ、情報提供には対価が必要だろう。まぁ別に金は要らない。後に要相談でもいいが?」
「な、ならばそれで..........」
「了解した。一応言っておくが報酬を払わない場合には国が滅ぶと思え」
「あ、ああ.............」


それを聞いてクルシュは自分が持つ全てのニルヴァーナに関する情報を開示する。元王妃が言っていたことなのだから当然間違いなどない。


「...........なるほど」
「それを聞いて、どうするつもりだ?」
「特に目的はないが............強いていえば情報が欲しかったのだ」
「そうか。ならば私はこれで.............」
「す、少し待ってくれ」


ガエルが引き止めると、踵を返していたクルシュは再び振り向く。


「何だ?まだあるのか?」
「事の収束が着いたら我ら王国の主催するパーティーにジャック殿達を招待したい。当然今回の功労者だ、君たちにマイナスは無い」
「ふむ」


別に何かを企んでいるようには見えないな。しかしここで断ることも吝かではないが............まぁ、問題ないだろう。


「承知した。ただし妙なことを企んでいるのなら辞めておくことだ、とだけ忠告しておこう」
「わ、分かっている」
「日程、場所、詳しい時間については騎士団長に言伝を。学園側で教師としての彼女から聞こう」


それだけ言うとクルシュはその場から姿を消した。




国王直々の招待。


お気に入り700ありがとうございます!!

コメント

  • リムル様と尚文様は神!!サイタマも!!

    あリガとう!

    1
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