能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.113 炎翔ける獅子

その剛撃はどんな装甲でも叩き切ることだろう。そんなことを連想させるほど暴力的な攻撃をエリカは繰り返していた。己の身長の丈を優位に越す戦斧形態のヴェルディンを軽々と振るいながら。

相対するセリギウスはそのエリカの攻撃に全く動じず、先程やって見せたように腕で防ぎ切っていた。なおのことその神体には傷一つすら入っていない。


「おらぁ!」


上段から振り下ろした戦斧は一直線にセリギウスへ迫る。だがそれを半身を引いて避けたかと思うと、姿勢低くエリカの懐に潜り込んだ。当然幾重もの死線をくぐり抜けてきた彼女だからこそ、2秒後の未来など余裕で想像できる。彼女が想像出来たのは、セリギウスによって自身の心臓が撃ち抜かれる、という事。故に想像通り胸に向かって突き出された拳を、戦斧を重心にしてセリギウスの背後へ飛び上がることで避ける。

だが彼女の着地点に回し蹴りが迫った。それをなんとか膝で受け止めたエリカは片腕だけで戦斧を切り上げるも、先ほどと同じく半身を引いて避けたセリギウスによってその攻撃は無に終わる。互いに距離を取って、睨み合う。先程から互いが一度も攻撃を受けることなく、膠着状態となっていた。


「ふむ、力を持たぬ人間と侮っていたが、中々やる」
「はぁ。お前の攻撃はもちろんだが、あたしの攻撃も当たんねーとなると、ホント終わる気がしねぇなこれ」
「今のままならば、な?」
「当然だよな?」


その言葉で、エリカは自身のギアを2段階あげた。先ほどと同じく戦斧を乱舞の要領で振り回す。だがその速度は先程と比べるまでもなく、当然威力も跳ね上がる。それを察したセリギウスもついには、いなすようになった。確実にその神体へと迫る戦斧をあさっての方向へと流し続ける。

互いに実力は互角、いや、セリギウスの方が少し押されているか。いなすセリギウスの身体の表皮には、いくつかだが切り傷が付き始めていた。豪快な斬撃が振るわれる度に鉄と鉄がぶつかりあったような金属音が響く。


「おいおい、どうしたよ?そんなものじゃ...............っ!!」
「余り甘く見るな、人間」


ついにエリカの剛撃は。なんと戦斧モードのヴェルディンにエリカ自身の身体強化が乗った攻撃を、その神体の腕で跳ね返したのだ。必然的にエリカは上段に打ち上げられた戦斧に一瞬だけ隙を晒される。


「っしま..............」
「遅い」


瞬間、突き出された拳は1つ、されどその手数は5つ。衝撃とともにエリカは背後の壁まで吹き飛ばされた。壁に亀裂が入り、彼女は背中を強打する。


「カハッ...........!!痛ッ!」


肺の空気が全て放出される一方で、その衝撃に後頭部を打ち付け少しだけ脳震盪を起こすが、唇を噛んで意識を強引につなぎ止める。


「ほう、肋も持っていったはずだが」
「..........ただの女だと思ってんじゃねーぞ。並の男より鍛えてんだよ」
「ふむ。武人としては1級というわけか」


セリギウスが感心するその目の前で、少し離れたところに刺さっているヴェルディンを見て小さく舌打ちした。


(やっぱりを使うしかねーか。............あーくそ、仕方ねぇもんな。さすがに死ぬよな使わねーと)


内心何かを諦めたようにひとつ深呼吸をしたエリカは、その視線をセリギウス向けて睨みつけるように送った。


「...........『炎装纏』」


瞬間、ゴウッ!と激しく空気が振動し、彼女を中心にして激しい火柱が上がる。その数、3柱。彼女を取り囲むようにして発生したそれが、彼女の体を飲み込む。そして爆風が発生したかと思うと、エリカのその体には煌々と燃え盛る炎が纏われていた。


「あたしは『炎武の槌』なんて呼ばれてるが、別に戦鎚が主力じゃねーしそこに転がってる戦斧でもねぇ。武器を持つ前は全部素手これでやってたからな」


軽く腕を振ってみせると、炎が激しく揺れ動く。素手に炎を纏い、その拳は槌のように全てを粉砕する。つまりは『炎武の槌』だと、つまりはそういうことなのだ。


「これがあたしの本気だ。当然これより先なんてねーし、これで通用しねぇならあたしは死ぬ」
「随分と歯切れが良いな。まさか死を理解したか?」
「まさか、死ぬ気なんてこれっぽっちもねーよ。.............行くぞ」


刹那、その姿が掻き消えた。あまりの速さに、セリギウスを以てしても一瞬見失ってしまう。だが、彼女にはそれで十分なのだ。


「はぁっ!!」


上空からの踵落としがセリギウスを襲う。だが当然セリギウスもその腕で防御を計る。ぶつかり合う脚と腕、その衝撃でセリギウスの足が地面に沈みこんだ。

そのまま空中で捻った足がムチのようにセリギウスの脇腹を打つ。一瞬怯んだその神体に膝蹴りが入った。身体がくの字に曲がり、そのまま少しだけ吹き飛ばされたが、なんとか地面に足を着いたまま倒れることは無かった。


「........ちっ。頑丈なやつだな」
「ゴフッ...........なるほど、よもや体を傷つけられるほどとは」


前方に吐血したセリギウスはその神体の膝蹴りが入った部分を見た。当然炎を纏う彼女の蹴り、皮膚が激しく焼け爛れている。


「ならば本気を出そう。.................はぁぁ!!」


瞬間、セリギウスの体が隆起し、筋肉が荒々しくなっていく。極限まで発達した筋肉は、初期のセリギウスの2倍はあろうかという体躯までになっていた。


「ははっ、おもしれぇ。力比べと行こうじゃねぇか!!」


その敵に対して変わらず獰猛に牙を向いたエリカは再度その速度を持ってセリギウスに接近する。だが今度はそれが分かっていたかのようにエリカの出現場所に拳が振るわれるが、それを間一髪で避けた彼女が跳躍して首元に回し蹴りを放つ。

ムチのようにしなった炎の脚は首を穿ったかに見えた。しかしその堅固な筋肉に阻まれ、その神体にダメージを与えることが出来ない。2度、3度、打ち込まれた打撃は全て阻まれた。

今度は強烈なセリギウスの拳がエリカの腹部を穿つ。メキメキと鈍い音を立てて彼女の身体が浮き、続いて背中に振り下ろされた両手の一撃が彼女を地面に叩きつける。その衝撃でまた彼女の体は浮き上がるが、彼女は意識を失ってなどいなかった。その鋭い目は獰猛に相手を見据え、ついにはセリギウスの攻撃を回避して互いが互いに掴み合う形になった。

互いに押し合う度に地面に沈みこんでいき、どんどんと亀裂が入る。その場には神と人間、されどもその垣根越えた武人としての2人が存在する。見据えた互いが、獲物に食らいつく獅子のように瞳を鋭くさせている。


「まだ生きていることに驚きだ」
「るっせ。てめぇ硬すぎんだろいい加減にしやがれ。..........っカハッ」


吐血しながらも、その力が緩められることは無い。だが当然膠着状態もいつかは終わる。それを破ったのはセリギウス。その巨躯を以てエリカを放り投げた。極限までボロボロの状態の彼女の目には、何が映ったのか。その瞳は絶望などしていなかった。回転する視線の中で、その瞳は壁際の自分の獲物へと注がれている。


「負けて...............たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


炎の獅子が吠えた。
壁に着地したエリカは地面に突き刺さったヴェルディンを抜き、壁を突き破る勢いで蹴り放つ。


「っ!?ちぃ!!」


あの一撃で壁に叩きつけて終わらせるつもりだったセリギウスには動揺が走る。しかし眼前に迫るその戦斧を、首を捻ることで避たのだが、咄嗟のことで完璧には行かず、振るわれたヴェルディンは神体の首に深く切り傷をつけた。

当然エリカは勢いを殺しきれずに地面に首から突っ込むはずだった。しかし、今度も超人染みた彼女の身体能力で地面に着地する。ブレーキをかけた足の筋肉が悲鳴をあげ、皮膚から血が血飛沫となって飛び出す。だがそんなのを構わず、ついに獅子がその隙を得た。

再度蹴りあげた地面は陥没が起きるほど。急速に接近されたセリギウスは反応ができない。カシュン!と、まるで死神が死に際に鐘を鳴らしたかのようにやけに明瞭に響いた変形音。


「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇ!!」


全魔力をヴェルディンに注ぎ込むと、その打撃面が発火する。覇声一槌、今までのどの一撃よりも豪快な一振がセリギウスを背後から襲った。瞬間重量何トンという暴力的なまでの一撃はさすがに神体が耐えきれず、内部で爆発でもしたかのように血飛沫が撒き散らされ、そのまま塔の壁を突破って外で大爆発を起こした。


「へへ.................やった ............ぜ...................」


彼女は満足したかのようにそのまま仰向けに倒れた。

最後のインパクト、それは彼女の最強技である『覇砕点火』。これは相手の心臓に直接爆発する魔法術式を送り込み、逆流させる血液を点火元ととして心臓から爆砕するという技。ただし送り込めるのは彼女が纏う炎からのみで、更には全魔力を消費するため確実に対人戦一撃必殺だ。もちろんその他にも色々と条件はあるのだが、それはまた後の機会に。




爆発は芸術だ!

というわけで初手はエリカです。まぁエリカと来たら次はあの人ですよね。

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