能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜
EP.107 結晶楼の塔
――ついに、この日が来た。
空は快晴、寒空にしては気温も高く、まるで闇を打ち払う者達を祝福しているかのよう。アルキメデス帝国の20キロ手前に、リンドハイム王国全軍総勢8万が待機していた。今回は前回王国を守っていた騎士達も連れ、さらに宮廷魔道士達も動員し、総力戦を以て制圧するという、王国の本気の現れであった。
「よっ。緊張してるか?」
「いえ、別に。このような場は何度も体験してきましたから」
敵国を前にして質問したエリカにレオは余裕の笑みで笑ってみせる。
「いやー、ついにこの日が来たよなぁ」
「そうですね。数ヶ月前に1度交戦したばかりなんですが」
「まぁそう言うなって、あたしは前回いなかったんだからさ。ったく、帝国も帝国だよ、なんでもう少し待ってくれないかねぇ」
エリカは帝国の方を見てジト目になりながら苦言を呈す。その姿を見てレオも苦笑する。
「そういやー弟はどうよ?」
「.........クルシュはまだあの図書館にいると思いますよ。多分、私達が開戦してから行くつもりかと」
「おいおい、これまた随分な遅刻じゃねーか」
「手薄になったところを上空から攻めると言ってました」
「ケッ、ちゃっかりしてんなぁアイツ。まぁあたしもそんな文句は言えねーがな」
そう言いながらエリカは腰に刺さった短めの棒をさする。これが何を意味するのかは、お楽しみである。
「ってか愛する弟なら戦争に参加なんてして欲しくないだろ」
「それもそうなんですが、クルシュは私が止めようとしても止まりません。そういう子なんですよ、あの子は。それにあの子は優しいですから、私達に任せるだけなんて出来ないんです」
「お前に弟がいたなんてびっくりしたが、それだけあいつを買っていて心配じゃないのか?」
そう聞いたエリカに少し嬉しそうに、他が朗らかな笑みを作って。
「いいえ、約束してくれましたから。私の前から居なくならないって」
それを聞いたエリカは少しキョトンとしたような表情の後、フッと笑みを作り口を開く。
「じゃあ、ちゃんと安全に帰らねぇとな」
「はい、当然です」
「んじゃま、あたしはここで。後でな〜」
踵を返し、ひらひらと手を振りながらエリカは去っていった。それと入れ替わるようにブロンドの髪を揺らしながらセリルがこちらへ来た。
「だーんちょう!大丈夫ですか?緊張してませんか?愛する弟さんに別れのキスはしてきましたか!」
「........セリル、もう少し緊張感を持て」
「いやーそうなんですけど、どうせ勝つなら明るく行きましょうよー。だって私達には『五面想』の方々がついてるんですからっ!」
キリッとポーズを決めるセリルにレオは溜息をつき、脳天に手刀を下ろした。
「痛〜〜〜っ!!い、痛いです!」
「油断大敵という言葉を知らないのか。いついかなる時でも慢心は己の身を滅ぼすぞ。それに彼らは別行動だ、私達を守ってくれるわけじゃない」
「でも、リーダーさんが作った魔道具があるじゃないですかっ!」
「..........はぁ」
先程言ったことを忘れたのかと言う気力もなく、もう一度脳天に手刀を落とす。先ほどよりも力を入れて。
結果、見事に直撃したセリルがついに頭を押さえて涙目になった。
「い、いだぁ............」
「セリル、君は実力"だけ"は本物なのだから、しっかりと慢心せずに挑め」
「だけってなんですかー!だけってー!」
猛烈に講義するセリルと、それを受け流すレオの団長副団長コンビを見て、周りの騎士達に笑いが生まれる。これがいつも騎士団での彼女たちの有り形だ。中には緊張した騎士もいただろう、弱気になった騎士もいただろう、しかし自身の上司達のいつものやり取りを見て、それはいつしか極少数の感情になっていた。もしかすれば、レオはこれを狙っていたのかもしれない。
そしてそんな姿を遠目で見る影が2つ。
「........気が抜けてる」
「あらあら、あれはレオの場をリラックスさせるための作戦ですよ?」
「だとしても、気が抜けすぎ」
「ルイズはいつも厳しいですねぇ」
携帯食糧を食べながらジト目でそんな苦言を呈すルイズに、ユリアは「うふふ」と笑いながら話す。彼女達も緊張している様子はなく、むしろ内に秘める殺戮の獣を瞳にチラホラと浮かばせている。彼女たちも早く戦いたいのだろう。そしてそんな中、ついにその場が緊迫した雰囲気に一瞬で成り代わった。それは一重に、エリカが少し高い台に登ったからだろう。
「えーっと、まぁ硬っ苦しい言葉とかはあたしには似合わねぇから言わねぇよ。だからあたしなりの言葉で言わせてもらうな」
エリカはそのまま大きく息を吸う。そして肺に空気を溜めた状態で一気に声帯を動かす。
「いよいよこの日が来た!帝国との決着だ!今日、あたしらがすることはたった1つ、あの馬鹿みたいに見栄えがいいだけのクソ国家を落とすことだけだ!やることは決まってる、あたしらは仕事がわからねぇ餓鬼じゃない!殺せ!殺せ!殺せ!一切の慈悲を許すな!同族であろうとも、敵同士、分かり合えるなんて思うな!この戦場で生きたいならば、屍を超えろ、血肉の山を築け!そして今日死んだとしても生き残って帰ったとしても、一般市民からの賛否は得られるだろう!己が名誉を勝ち取りたいならば、剣を取れ、心臓を捧げろ、あたしらが目指すのは有無を言わさない勝利だ!」
鋭い声が響き渡る。そして一瞬の後、彼らの中に沸きあがるものを感じた。故に。
「「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」」
大地を震わせるような、天まで届く戦士達の咆哮が轟いた。そしてエリカは徐に抜きはなった自身の武器を掲げる。
「全軍、あたしに続けぇぇぇぇぇぇ!!」
直後、乗馬した者から一斉に先陣を切ったエリカの背後を追いかける。駆け出した馬が台地を蹄で踏みしめる音が多数聞こえる。ついに王国軍が動く、だがその直後。
『やれやれ、奇襲を私達が想定しないとでも思いました?甘いですよ〜』
そんな声がハッキリと王国軍の耳に届いた。直後、遠目に見えた城から外壁を突破ってゆっくりと水晶のような塔がせり出してくる。その塔は天高く上昇すると停止し、ついで外壁が結晶のようなきめ細かいものへと変わった。その塔は太陽の光を反射して、見るもの全てを魅了するような、そんな魅力があった。
『さぁ、始めましょうか。楽しい楽しい戦争を!』
謎の声が響き、帝国の上空を埋め尽くすほど夥しい黒い点が急にほど出現した。そして地上にも黒い点、そして魔獣、帝国の騎士達が。よく見ればその黒い点は、魔族であった。
「怯むな!突貫しろ!!」
魔族と魔獣というイレギュラーの存在に思わず馬の足を止めそうになった騎士達を、エリカの声が貫いた。その一声だけで再度軍の士気が上がり、騎士達を奮い立たせる。だが直後、天にそびえる結晶の塔が一瞬キラリと光った。それだけで、何か言い知れぬ殺気をエリカは感じ取った。
「っ!.......来るぞ!!」
そう叫んだのと軍の左翼の一部が吹き飛んだのは同時だった。思わずエリカもその光景に一瞬呆気に取られた。それは、まるで光速のように。結晶の塔が太陽に照らされることで収束した光を砲撃として放ったのだと、一瞬で理解した。そう思うが故に内心で舌打ちする。
「総員盾用意!魔法、来るぞ!!」
レオの号令と同時に魔法が王国軍に向かって飛来する。だがそれを無効化したのは、彼らが腕に掲げる盾、高純度物理兼魔力耐性質盾アイアス、クルシュが作成した魔道具だった。それの反撃と言わんばかりに後軍の王国魔法師舞台の魔法が放たれる。そして軍は魔法の撃ち合いの中を突貫していく。やがて帝国軍との距離は縮まり、ついに交戦が開始された。
後に王国がしかけた戦争として最大と言われる戦争の始まりだった。
あれ?そういえばクルシュ達は...........
空は快晴、寒空にしては気温も高く、まるで闇を打ち払う者達を祝福しているかのよう。アルキメデス帝国の20キロ手前に、リンドハイム王国全軍総勢8万が待機していた。今回は前回王国を守っていた騎士達も連れ、さらに宮廷魔道士達も動員し、総力戦を以て制圧するという、王国の本気の現れであった。
「よっ。緊張してるか?」
「いえ、別に。このような場は何度も体験してきましたから」
敵国を前にして質問したエリカにレオは余裕の笑みで笑ってみせる。
「いやー、ついにこの日が来たよなぁ」
「そうですね。数ヶ月前に1度交戦したばかりなんですが」
「まぁそう言うなって、あたしは前回いなかったんだからさ。ったく、帝国も帝国だよ、なんでもう少し待ってくれないかねぇ」
エリカは帝国の方を見てジト目になりながら苦言を呈す。その姿を見てレオも苦笑する。
「そういやー弟はどうよ?」
「.........クルシュはまだあの図書館にいると思いますよ。多分、私達が開戦してから行くつもりかと」
「おいおい、これまた随分な遅刻じゃねーか」
「手薄になったところを上空から攻めると言ってました」
「ケッ、ちゃっかりしてんなぁアイツ。まぁあたしもそんな文句は言えねーがな」
そう言いながらエリカは腰に刺さった短めの棒をさする。これが何を意味するのかは、お楽しみである。
「ってか愛する弟なら戦争に参加なんてして欲しくないだろ」
「それもそうなんですが、クルシュは私が止めようとしても止まりません。そういう子なんですよ、あの子は。それにあの子は優しいですから、私達に任せるだけなんて出来ないんです」
「お前に弟がいたなんてびっくりしたが、それだけあいつを買っていて心配じゃないのか?」
そう聞いたエリカに少し嬉しそうに、他が朗らかな笑みを作って。
「いいえ、約束してくれましたから。私の前から居なくならないって」
それを聞いたエリカは少しキョトンとしたような表情の後、フッと笑みを作り口を開く。
「じゃあ、ちゃんと安全に帰らねぇとな」
「はい、当然です」
「んじゃま、あたしはここで。後でな〜」
踵を返し、ひらひらと手を振りながらエリカは去っていった。それと入れ替わるようにブロンドの髪を揺らしながらセリルがこちらへ来た。
「だーんちょう!大丈夫ですか?緊張してませんか?愛する弟さんに別れのキスはしてきましたか!」
「........セリル、もう少し緊張感を持て」
「いやーそうなんですけど、どうせ勝つなら明るく行きましょうよー。だって私達には『五面想』の方々がついてるんですからっ!」
キリッとポーズを決めるセリルにレオは溜息をつき、脳天に手刀を下ろした。
「痛〜〜〜っ!!い、痛いです!」
「油断大敵という言葉を知らないのか。いついかなる時でも慢心は己の身を滅ぼすぞ。それに彼らは別行動だ、私達を守ってくれるわけじゃない」
「でも、リーダーさんが作った魔道具があるじゃないですかっ!」
「..........はぁ」
先程言ったことを忘れたのかと言う気力もなく、もう一度脳天に手刀を落とす。先ほどよりも力を入れて。
結果、見事に直撃したセリルがついに頭を押さえて涙目になった。
「い、いだぁ............」
「セリル、君は実力"だけ"は本物なのだから、しっかりと慢心せずに挑め」
「だけってなんですかー!だけってー!」
猛烈に講義するセリルと、それを受け流すレオの団長副団長コンビを見て、周りの騎士達に笑いが生まれる。これがいつも騎士団での彼女たちの有り形だ。中には緊張した騎士もいただろう、弱気になった騎士もいただろう、しかし自身の上司達のいつものやり取りを見て、それはいつしか極少数の感情になっていた。もしかすれば、レオはこれを狙っていたのかもしれない。
そしてそんな姿を遠目で見る影が2つ。
「........気が抜けてる」
「あらあら、あれはレオの場をリラックスさせるための作戦ですよ?」
「だとしても、気が抜けすぎ」
「ルイズはいつも厳しいですねぇ」
携帯食糧を食べながらジト目でそんな苦言を呈すルイズに、ユリアは「うふふ」と笑いながら話す。彼女達も緊張している様子はなく、むしろ内に秘める殺戮の獣を瞳にチラホラと浮かばせている。彼女たちも早く戦いたいのだろう。そしてそんな中、ついにその場が緊迫した雰囲気に一瞬で成り代わった。それは一重に、エリカが少し高い台に登ったからだろう。
「えーっと、まぁ硬っ苦しい言葉とかはあたしには似合わねぇから言わねぇよ。だからあたしなりの言葉で言わせてもらうな」
エリカはそのまま大きく息を吸う。そして肺に空気を溜めた状態で一気に声帯を動かす。
「いよいよこの日が来た!帝国との決着だ!今日、あたしらがすることはたった1つ、あの馬鹿みたいに見栄えがいいだけのクソ国家を落とすことだけだ!やることは決まってる、あたしらは仕事がわからねぇ餓鬼じゃない!殺せ!殺せ!殺せ!一切の慈悲を許すな!同族であろうとも、敵同士、分かり合えるなんて思うな!この戦場で生きたいならば、屍を超えろ、血肉の山を築け!そして今日死んだとしても生き残って帰ったとしても、一般市民からの賛否は得られるだろう!己が名誉を勝ち取りたいならば、剣を取れ、心臓を捧げろ、あたしらが目指すのは有無を言わさない勝利だ!」
鋭い声が響き渡る。そして一瞬の後、彼らの中に沸きあがるものを感じた。故に。
「「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」」
大地を震わせるような、天まで届く戦士達の咆哮が轟いた。そしてエリカは徐に抜きはなった自身の武器を掲げる。
「全軍、あたしに続けぇぇぇぇぇぇ!!」
直後、乗馬した者から一斉に先陣を切ったエリカの背後を追いかける。駆け出した馬が台地を蹄で踏みしめる音が多数聞こえる。ついに王国軍が動く、だがその直後。
『やれやれ、奇襲を私達が想定しないとでも思いました?甘いですよ〜』
そんな声がハッキリと王国軍の耳に届いた。直後、遠目に見えた城から外壁を突破ってゆっくりと水晶のような塔がせり出してくる。その塔は天高く上昇すると停止し、ついで外壁が結晶のようなきめ細かいものへと変わった。その塔は太陽の光を反射して、見るもの全てを魅了するような、そんな魅力があった。
『さぁ、始めましょうか。楽しい楽しい戦争を!』
謎の声が響き、帝国の上空を埋め尽くすほど夥しい黒い点が急にほど出現した。そして地上にも黒い点、そして魔獣、帝国の騎士達が。よく見ればその黒い点は、魔族であった。
「怯むな!突貫しろ!!」
魔族と魔獣というイレギュラーの存在に思わず馬の足を止めそうになった騎士達を、エリカの声が貫いた。その一声だけで再度軍の士気が上がり、騎士達を奮い立たせる。だが直後、天にそびえる結晶の塔が一瞬キラリと光った。それだけで、何か言い知れぬ殺気をエリカは感じ取った。
「っ!.......来るぞ!!」
そう叫んだのと軍の左翼の一部が吹き飛んだのは同時だった。思わずエリカもその光景に一瞬呆気に取られた。それは、まるで光速のように。結晶の塔が太陽に照らされることで収束した光を砲撃として放ったのだと、一瞬で理解した。そう思うが故に内心で舌打ちする。
「総員盾用意!魔法、来るぞ!!」
レオの号令と同時に魔法が王国軍に向かって飛来する。だがそれを無効化したのは、彼らが腕に掲げる盾、高純度物理兼魔力耐性質盾アイアス、クルシュが作成した魔道具だった。それの反撃と言わんばかりに後軍の王国魔法師舞台の魔法が放たれる。そして軍は魔法の撃ち合いの中を突貫していく。やがて帝国軍との距離は縮まり、ついに交戦が開始された。
後に王国がしかけた戦争として最大と言われる戦争の始まりだった。
あれ?そういえばクルシュ達は...........
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