能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.103 神狼は教えを乞う

レオから話された事は大抵が同じであった。厳密には具体的な日時や戦法など違う点はあるが、結果として帝国に攻めいるという点で変わりはない。そしてそれに乗じて明日から学園は休園となるようだ。その場の一部の人間が「なんの軍事国か」とツッコミたくなったのをぐっと堪えたのはいうまでもない。

当然その場にいた6人全員が戦争への参加を表明するのは自明だ。そしてそれを当然エリカ達は止めたが、クルシュ達のこれまでを聞いた3人は半ば強引に押し切られる形で収束した。だが軍事力として協力するのではなく、別勢力としての行動。「帝国の制圧はこちらも当然やるが、まずはこちらの用を済ましてからだ」という彼らにとっての優先事項に口出しする者はいなかった。否、口出しは出来なかったのだ。彼らの瞳に映る想いは、自分達が口出しするような事ではないと、自然と3人が3人思ってしまったのだから。

そして話題がなくなり各自が家に帰った頃、まだそこに2人の影があった。片方は深緑の髪にエメラルドグリーンの瞳を相手へ向けるエリルと、その瞳を受ける黒髪黒目の女性、『刀姫』ユリア。2人は対面に机を挟んで座っていた。


「................それで、私に用とはなんでしょうか」
「単刀直入に言うよ。...............僕を、鍛えて欲しい」


その言葉にユリアは面食らった。正体がフェンリルである彼、エリルが自ら自分へと教えを説いて欲しいと言うのだから。本当の姿になれば恐らく殆どの勢力を歯牙にかけないであろうフェンリル、どうして格上の存在が自分へ剣を願い出たのかは、当然気になる所だろう。


「何故ですか?」
「今の僕じゃ、敵わない相手がいる。僕は見逃された。アレフガルドで交戦した敵にね。僕の全力を以てしても届かなかった。.............負けた僕は、友達の"大切"を身代わりにして助かったんだ」
「それは、攫われたっていう............」
「そう、アリスさん。その時彼女と共に敵と交戦してたんだけど、ね。............僕に力があったなら、彼女が連れ去られることもなかった。僕に力があったならあの時っ............!」


エリルは何かを思い出すようにバンッ!と机を叩いた。その音は、誰もいない図書館にやけに明瞭に響き渡る。


「エリルさん.............いえ、エリル。あなたがどのような過去を持つのか、私には分かりかねます。ですが、その気持ちが示すのは復讐ですか?」
「.............いいや、違う。確かに、恨むことだって、憎むことだって、500年の月日には何度でもあった。でも、僕が今思うことは一つ。大切な人を守る力が欲しい、ただそれだけ。技量で、力で、精神で、僕はあなたに負けている。だから、あなたの剣術の全てを僕に教えて欲しい。...................いや、教えてください、お願いします」


対面越しに、エリルは机に両手をついて頭を下げた。それを見て、何かを考えるように少し黙り込んだユリアは、やがてその口を開く。


「..........私は何の変哲もない、ただの村娘として産まれました。別に家が道場だとか、それこそ両親が有名な剣使いだとかでもありません。物心着いた頃は今の皆さんと同じただの少女でした」


どこか遠い目をするように、自身の過去を口に騙り続ける。


「かくいう私もこの学園出身でして、皆さんと遜色のない学園生活を送らせてもらいましたよ、ええ。............3年間は」


最後の言葉には何かを思い出すように少し力が入る。


「私が4年生の時でした、それまで過ごしていた環境が一変したのは。と言っても、戦争が起きたとか、卑屈になるような出来事があったとかではないですよ」
「それじゃあ、何なんだい?」
「私の師...............『剣聖』様のと出会いです。.............当時、私は金色の刻印ということもあって戦闘では負け無しで、『不敗姫』なんて呼ばれてました」


そう言いながらも苦笑いを浮かべ、それを察したエリルも合わせる。


「まぁそうですね、当時は恥ずかしながら強者特有のプライドというものがありまして、師匠の姿を見て「大したことは無い」なんて思ったものです」


それを聞いてエリルはフィオーネを思い浮かべた。自分達エルフや妖精族の方が魔法においては優秀であり、人間は格下であるという種族間の風潮に完璧に染っていた彼女を。


ユリア曰く、剣聖は少女である。とてもその身で剣を振るうようには見えず、さらに言うなら自身よりも数段弱く見えたと。


「実践訓練に今の私と同じく特別講師として来た師匠と手合わせをしました。............当然、完膚なきまでに叩きのめされまして。ですが、その時見た師匠の剣技は、とても美しいものでした。速く、正確で、そして洗練された、まるで魔法を構築するのと同じように。ですから、私は彼女に弟子入りしました。いつかこうなりたいと、一心に思いを馳せて」


ユリアはそう言うと手元の紅茶を1口すする。そしてエリルを真っ直ぐに見つめた。


「それが今の私の強さです。師匠の剣技、その美しさを求めてひたすら剣を振り、彼女と幾度となく手を合わせ、独り立ちした後も幾千と戦場を超え、その先に見つけた自身の真髄.............とでも言いましょうか。ですので、私の強さは"経験"と"美しさ"が原点と言っても過言ではありません。エリル、あなたの強さはなんですか?」
「僕の、強さ............」


その質問に、エリルは言葉を詰まらせた。そんなエリルにユリアは優しく微笑む。


「答えを急げとは言いません。自身の強さというのは自覚して初めて分かるものです。ですので、考えなさい、時間はまだあります。それがわかった時、あなたは更なる高みへ行けます」


表情を崩さずに続ける。


「大切な物を守りたい、それは良い事です。そしてそれを更に強い思いにさせる出来事があったのなら尚更。だからこそ、必ず目的を違えないでください。あなたが欲しいのは大切なものを守りたい力であって、悪用する力ではないのですから」
「分かってるよ。当然だ」
「いい返事ですね。では、あなたの強さ、そして私の剣技、それを教えましょう。................まぁ、私は刀ですので、期待に沿った物を教えられるかは分かりませんが」


苦笑しながら、ユリアはそう言った。




大切なものを守るため、神を超えるため、強き剣を求める。


どうも作者さんです。いつの間にか2100ありがとうございます!!

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