能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.60 レオの後悔

人族最大の国であるリンドハイム王国、人族最も荒々しい国、アルキメデス帝国。この2つの国間に広がる広大なユルク平原、本来ならば穏やかなその平原は、殺伐としていた。東、アルキメデス帝国側には5万の兵、そして上空を飛び交う無数のドラゴン、対する西、総勢10万を率いた王都軍。数で優っているものの、多勢に無勢とはよく言ったものだ、2倍のアドバンテージを諸共しない力の暴力が、帝国を物語っていた。


「相手に動きはなし、か.........」


そんな中、王都軍を率いる騎士団団長、レオは相手の出方を伺っていた。今回レオは過去の功績から軍の指揮権を任せられていた。意気揚々と戦地に来たは言いものの、彼女とて恐怖を感じない訳では無い。騎士団長として、軍を一任されてものとして、恐怖を感じるとも、戦意を喪失してはならない。死ぬ覚悟はしてきた、彼女に今更怖いものなどほぼ無い。しかし彼女の決意を揺るがせる存在、それは2年前に自分の命を助けて貰ったクルシュの存在だ。クルシュの存在が、この2年間でレオの中ではとても大きなものになっていたのだ。しかし、揺らぐ決意に戦意を喪失しそうになりながらも騎士団長としてのプライドと意地だけで今この戦地に立っている。故に警戒を怠ってはならないのだ。


「団長〜!!」
「セリルか、どうした?」
「す、凄いですね団長。いつもの倍は気高さが.........」
「馬鹿なことを言っていないで早く報告をしろ」
「ず、ずびばぜん...........」


少しイラッとしながら副団長であるセリルの頭を鷲掴みにし、報告を仰いだ。


「敵、5万と竜種と見られる生物の動きは未だありません」
「そうか、引き続き監視を頼む」
「...........あの、レオ・・さん」
「何だ?」


彼女が、いつもの調子ではなくレオのことを名前で呼んだ。それはとても珍しいことであり、断じてこの場面にあってはならないことだ。しかしこの場にいるのはレオとセリルのみ、叱る者は誰もいない。


「やっぱり怖いですよね?」
「フフ、何を言うかと思えば。怖いに決まっているだろう?当然だ」
「弟さん、大丈夫なんですか?」
「クルシュか?ああ、問題ない。今頃避難しているさ」
「最後になるかもしれないんですよ?」
「最後........最後か、フフッ」


彼女から乾いた笑いが溢れ出す。それは一重に自身の死を覚悟しての、今更だから、ということかもしれない。


「今日が私達の命日となるのは明白だろう。この戦況で勝てるとは私も到底思わない」
「じゃ、じゃあ撤退を...........」


そう提案するセリルに、改めて威圧の視線を送る。『孤高の獅子』と呼ばれた所以、それは彼女が戦場で醸し出す殺意の視線が関係する。そしてその視線を、今ここでセリルに向けた。


「ここで引けば笑われ者も良いところだ。それどころか余計に死に際が愚かに見えるだろう。だからこそ、この場所で少しでも帝国の進軍を止める」
「..........クルシュ君はもういいんですか?」
「今朝、最後の言葉を伝えてきた。もう悔いはない」
「そう、ですか...........」


その後「失礼します」とお辞儀をしてセリルは持ち場に戻った。瞬間、力を抜いたレオから再び乾いた笑いが零れ落ちた。


「全く、偽善もいいところだな。悔いはない、など..........」


――怖いなど思っているに決まっている。

――ここで死ぬのは嫌だと心から思っている、当然だ。

――しかし、どうすることも出来ない。誰かにすがる事も、誰かに泣きつくことさえ叶わない。

――私が騎士団長となった日から、ここで死ぬのが運命になっていたのかもしれない。

――死ぬのは嫌だ。

――死ぬのは怖い。

――あの子の顔を見れなくなるのが怖い。

――あの子に会えなくなるのが怖い。

――私の

――私の大切な"家族"に。

――怖い。

――死にたくない。

――生きたい。


彼女の募る思いはしかし、誰かに届くようなことなどない。心で語った自分の本音に、思わずため息をついた。


「未練タラタラだな、私は。何をしているんだか..........」


そうして、静かに天を仰ぐ。右手はクルシュから1年前に送ってもらったプレゼントであるペンダントを握りしめ、届かない空へ静かに手を伸ばした。


「そう言えば、クルシュと出会ったあの日も、こんな空だったな...........」


そう、憎いほど澄んだ青空にごちる。瞬間、彼女の脳裏にあの日の出来事が走馬灯のように走った。


「何匹もの魔獣相手に戦って死にかけたところを助けてくれたのが最初だったか...........」


誰もいないその場所に向かって淡々と1人で話す。単純に見れば頭のおかしい人と差別するだろう。しかしこの場面でこの場所にいる者は誰もそれを指摘することは無いだろう。そうしながら彼女は今思い出したように「あっ」と呟いた。


「もうすぐ昼か。クルシュは避難するように持たせた物を食べているだろうか。アリスも、エリルも大丈夫だろうな?少し目を離したら直ぐに世話事を持ってくるからな...........」


そうして自然と無意識に呟いたその言葉を自覚して、また深いため息をつく。


「こんな時まで心配、か。やれやれ、心の私はどれだけクルシュたちを心配しているのだろうな」


自分を蔑むようにそう言って、軽蔑の笑いを浮かべ


「............今までの礼を言ってなかったな、盲点だった」


そう後悔の念に刈られた、その直後。


「グガオォォォォォォアアァァァァアァァアァァァァアア!!!」


上空から耳をつんざくような咆哮が聞こえた。次の瞬間、停止していた帝国軍は一斉に動きだした。それと同時に竜達も動き始める。


「怯むな!迎え撃つぞ!!」


レオのその声に「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」と雄叫びを上げながら軍は進軍を開始する。戦闘がその距離を残り数キロメートルに縮めた時、ふとなぜかレオの脳裏に、淡い、どこにも根拠はないが、なぜか信じれる、そんな思いが湧き出した。正確には、願望である。


(またクルシュが守ってくれたり.............なんてな)


その彼女の思いは、果たして。その考えを頭を振って払拭した直後。

ドガァァァァァァァン!!!!

竜の上空からの咆哮よりも遥かに大きい轟音と呼べる隕石の落下でも起きたような音が発生した直後、東西に分つようにして進軍している両軍の中央に、横はるか遠く透明な何かが出現した。




............おや?戦場の様子が...........

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