能無し刻印使いの最強魔術〜とある魔術師は来世の世界を哀れみ生きる〜

大島 こうのすけ

EP.56 魔術師は語る

クルシュ達が目を開けた時、そこにはとある男が立っていた。黒いローブを身につけている男の顔は、クルシュも、そしてエリルにもとても見覚えがある顔だった。


「これは.........」
「........幻影、なのかな?」


独り言のように目を見開きながらそういう2人に対して蚊帳の外のアリス達は頭に疑問符を浮かべる。しかし、それは次の瞬間喋り出したローブの男に注意が向いたため消えた。


『これを名も知れぬ誰かが聞いている時、俺は既に語られないようになっているかもしれない』


その声を以て、2人の脳裏にとある男の名が浮かぶ。太古の昔、クルシュがアストだった時代に存在した勇者。魔族と戦い、人間族を守った英雄、勇者カストルだった。


『俺の名前はカストル・レイジニア、聖剣に選ばれし勇者だ。これを聞いている君達が善良な心の持ち主だと信じて真実を語らせてもらう』


真実と言った事に対して俺はあの時のことが甦った。結果としては俺が魔王を倒し、俺は目立つのが嫌なので勇者がそれを倒したと語るように促した。しかし、勇者は頑なに否定し続けたが、最後は折れて帰ったんだったな。まぁどうせ真面目で正直なあいつの事だから倒したのは自分ではないと言い張ったのだろう。しかし俺が様々な異名で呼ばれるようになったのはそれを讃えた勇者がつけたからだ。当時は「勇者の弱みに漬け込んだ」だの、「本当は勇者が倒したんだろう」だのと散々なことを言われた記憶がある。結局として魔王を倒したのは勇者ということになり、俺の名前は連ねられなかった。俺としては無問題だったのだが、それを見たらカストルは激昴するんだろうな。まぁ愛に溢れ、慈悲に溢れ、優しさに溢れ、誠実さに溢れたものでないと聖剣には選ばれないから当然といえば当然だが。


『勇者、と言っても俺が魔王を倒した訳じゃない。魔王を倒したのはアスト、この世界が誇る最強の魔術師だ』


それを聞いて後方のアリス達が目を見開く。おそらく太古の昔の事も伝えられて来たのだろう。


『俺は彼が倒した1歩後に魔王の所へたどり着いた。その時既に魔王は倒されていた、魔術師アストに。俺は彼のことを王国に帰って語ろうとしたんだが、アストは頑なに断わったよ。だが俺よりも謙遜するアストのことを語られないのは悔しい。だからこうして映像として残させてもらう。だからこそ、忘れないで欲しい、俺は偽りの勇者であることを』


なるほど、謙遜だと思ってたのか。それはまた変な勘違いをされたものだ。あの時しっかりと「あとになって色々面倒になるから」と伝えておけばよかったな。全く、昔の俺も詰めが甘い。


『そしてこの映像を見ている君達は先に大図書館を発見したことだろう。そこにある本は俺が生きた時代に存在したものだ。全世界からかき集めたよ』


ふむ、よくやったものだな。俺の自宅兼、研究所のところの本も寄贈してやりたいところだが地殻変動やらなんやらでもう潰れているだろう。転生する時に結界は外してしまったしな。まぁまた今度でも行ってみるか。


『そして、君たちが生きる時代で魔族が悪さをしているなら、戦って欲しい。魔王がまた何かを企んで――』


その瞬間、白露の世界が音を立てて崩れる。すると、先程までいた図書館の光景が視界を埋めつくした。そしてその原因の犯人にリアが問掛ける。


「クルシュ、なんで魔法を使ったのよ?」
「........気にするな」


その声には僅かに怒気が含まれていた。しかしそれ以上は問うまいとエリル以外の全員が図書館の散策を始めた。それぞれが広い図書館の構造を見て理解しようと歩く中、クルシュの横にエリルがいた。


「なんで逆証魔術なんて使ったのさ?」
「........別に、特にどうってことは無いがそうだな。あえて言うならば気に食わなかった、か」


確かにカストルからしてみれば魔王はこの世の悪全てだと思うことだろう。しかしそれは世間が仕立てあげた悪だ。誰も魔族という種族を見てなどいないのだ。


「勇者の言い分もわかるがな、しかし気に食わなかった」
「なんでさ?君と魔王にそんな深い中があったかい?」
「いいや、無いな。..........だが」


そう一呼吸置いてクルシュは目を閉じた。蘇ったのはあの日の記憶、魔王を倒した日の記憶である。


「あいつは魔王であって魔王でなかった」
「?、どういう意味だい?」
「お前には話してなかったな。あいつの思いの丈を」


そうして、俺は記憶が覚えている限りの言葉をエリルに話した。今考えれば魔王なのにあんな事を言ったのは驚いたものだが、結論からいえば魔王も俺たちと変わらないのだ。この世界で生きる者、ただそれだけだった。


「へぇ、そんなことが」
「あいつが語ったことは大体でしか覚えていないがな。しかしそれを聞いてしまった上で、やはりまだ魔王を悪く思っているやつの言い分は聞くに耐えない」
「なんとも君らしいね。やっぱりそういうところだよ、君は」


クルシュに向かって笑ったエリルにクルシュもフッと笑みを零す。そして再び大図書館にコツ、コツと足音が木霊し始める。


「........ん?これは」


クルシュが見つけたとある一冊の本。題名は薄汚れていて読めない。しかし内容については読めることが出来た。


「........これは今の魔道具に似ているね」
「ああ、だが内容的には現代のちゃちな魔道具よりもはるかに上だ。いや、これが開発されたら今の時代は一気に戦争の時代に突入するだろうな」


元々、この時代の魔法というものは元来存在した魔術が名称を変え、さらにその威力さえも弱体化してしまった力だ。しかしこの魔道具は魔術が存在する時代に考案されたものである。古代の力を知らない今の人類にとってこれは過大過ぎる力がある。まぁ俺にしてみればちょうどいいが。


「じゃあどうする?これ全部燃やす?」
「いいや、全部ここに残す。だが、そうだな.........2週間くらいになるか」
「2週間?何が?」
「この本に書かれている魔道具の制作、そしてこの棚の全ての本に書かれた魔道具の制作だ」


その少年は、まるで新しい玩具を与えられたように、そして昔の、研究者だった頃の目で、幼い子供のように笑った。


最近台風とか凄いですね、また全国ツアーしなければいいんですが .......

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