ショートショートまとめ

眞倉

夢堕ち

エム氏は恐ろしい夢を見た。おぞましく死ぬ夢だった。
目が覚めてしばらくしても忘れられないほど不安だったので、通勤途中に同僚のエフ氏に話した。「それは吉夢ですよ。きっといい事があります」と言われたので、エム氏はほっとした。
エム氏は会社が嫌いだった。いつも怒鳴りつけてくる上司がいるので、毎日耳にタコができそうだった。
しかし一日、怒鳴られることはなかった。むしろ機嫌が良く見えたくらいだった。「さっそくいい事があったぞ!」とエム氏は思った。

その日から何日かたったころ、また死ぬ夢を見た。今度は二、三日立て続けだった。前のことを覚えていたエム氏は、「どんないい事があるんだろう!」と幸せそうに出勤した。
そして、なんとあの上司が焼肉を奢ってくれた。
「こんなに嬉しいことはない!」と思ったエム氏は、やがて死ぬ夢を望むようになった。
そうして、願えば願うほどおぞましく残酷に死ぬ夢を見られるようになった。

気づけば、目の覚めている時でも死を望むようになった。悪趣味だとわかっていたため、エム氏はあまり口外はしなかったが、エフ氏だけは信用していたので全てを話していた。一方エフ氏は心配していた。死んでまで幸せになろうとは思わなかったからだ。でも、エム氏がいいのなら自分もそれでいい、と思っていた。

ある日、エム氏は突然退職した。エム氏が言うには、「働く暇があったら死にたい」のだそうだ。エフ氏は呆れて、その日のうちにエム氏のアパートに向かった。部屋はひどく片付いていて、布団が敷かれているだけだった。驚いて唖然としていると、「これからの人生を死ぬことに費やしたい」と言ってエフ氏を追い出していった。

それから何ヶ月もした日、エフ氏に電話があった。
「警察ですが、エム氏のご友人ですか?エム氏が…」ぎょっとして、「自殺でもしたんですか?」と言うと、「それが、死因がわからないんです」警察が言った。「とにかくアパートに来てください」エフ氏は思った。「やっと死ねてエム氏はさぞ嬉しいだろうな」誰かの亡骸を見るのは初めてだったが、きっと幸せそうな死に顔だろうと気楽に考えていた。

アパートに着き、部屋に入ると、エフ氏は背骨に氷柱が突き刺されたようにびっくりした。
悪魔に襲われたかのような恐怖の顔をしていたエム氏がそこに横たわっていた。

エフ氏は結局、エム氏の考えを理解できなかった。幸せは死の恐怖に勝てないことをよく学んだ。
その日の夜、エフ氏は夢を見た。エム氏の夢だった。「他人の夢の中でもまだ死にたがっているんだな」と思いながら後ろからエム氏に近づくと、ゆっくりとこちらに振り返った。
そして、「死にたくない」と言った。夢はそこで終わった。

エフ氏が起きた時、朝になっていた。
不気味に思いながら出勤し、一通りの仕事を終えると上司が話しかけてきた。
「よく頑張っているじゃないか、偉いぞ!今日は焼肉でも奢ってやる!」

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