彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。
エピローグ
目が覚めた。どれぐらい眠ったのかよくわからない。部屋には窓がなかった。今が朝なのか夜なのかわからなかった。
「起きたか。オヌシ」
クレハがカンテラに火を灯しているところだった。
「オレは、どれぐらい眠ってた?」
「それほど時間は経過しておらん」
自分の胸に手を当ててみる。傷はない。痛みもない。オレの治癒能力は無事に働いてくれたということか。
「オヌシにしては、ずいぶんと積極的じゃったな」
クレハがオレの腕の中に、カラダをあずけてきた。クレハは火の球みたいに熱かった。まだかすかに痙攣している。
「お前まだ痙攣してるのか」
「全身の臓器をヤスリで削られている気分じゃ。本気で死ぬかと思うたわ。オヌシが起きるまでずっと絶頂し続けておったんじゃからな。快楽拷問じゃった」
クレハは頬を紅潮させてそう言った。
やたらと妖艶で、直視できなかった。
「それは悪い。けど、セッカク心臓を取りだしたんだから、全部食べて欲しくて」
「味は最高じゃった。それに我のために心臓を捧げてくれたのだと思うと、嬉しかったぞ」
胸に頭をグリグリと押し付けてくる。
背中に手を回すと、ひときわ大きく痙攣していた。ずいぶんと敏感になっているようだ。
「オレのほうは、無事みたいだな」
「オヌシの治癒能力は、ふつうのオークなんかよりも、もっとスゴイものじゃ。それはおそらくササのチカラを色濃く受け継いでおる証拠じゃな」
「ササってクレハの父親の?」
「オヌシの父親でもある」
そういうことになるのか。
とはいえ、オレの半分は人間だ。角も生えていないし、優れた運動神経があるわけでもない。オークの面影を感じるのは治癒能力だけだ。これが父親から受け継いだ、唯一の遺伝子なのかもしれない。
「いつから気づいてたんだ? オレが義弟だってことに」
「確信したのはパン売りの話を聞いたときじゃった。最初にオヌシの味を知ったとき、なんだかなつかしい感じがした。オヌシの回復能力は間違いなくオークのチカラじゃし、遠い親戚かもしれぬとは思うておった」
「ホントウに姉弟なんだろうか?」
「そう多くの人間がセパレートに召喚されるわけではない。それに人間と関係をもったのはササぐらいじゃ。人間とオークの混血となれば、我の義弟ということで間違いなかろう」
「じゃあ、お姉ちゃんってことになるのか」
クレハのほうが先だから、姉なんだろう。だが、見た目からすれば妹といったほうがシックリくる。
「お姉ちゃんなどと呼ばれるのは、くすぐったいのぉ。今まで通り、クレハと呼んでくれれば良い」
「気づいてたんなら、言ってくれれば良かったのに」
クレハはオレから身を離した。その顔には大人の女性の笑みがあった。昨日の一件で、クレハはさらに色気を増している気がした。切れ長の目や、微笑んだときにできる唇の角度。そういった仕草から、幼女とは思えない気品を感じるのだった。
「確証がなかった。今でも信じられんぐらいじゃからな」
「まぁな」
オレもこのクレハと血がつながっているなんて、信じられない。
「オークたちがオヌシの味は、ふつうの異世界人とは違うと言っていた。格別に美味い。混血じゃからかもなぁ」
「喜んでいいのかな」
複雑だ。
「喜べ。オヌシは我の永遠の食糧になれるではないか」
食われても、食われても、オレは回復するということだ。
「だからって、食べまくるなよ。痛いんだからな。あと脳みそは食べるなよ。死ぬから」
「わかっておる」
「さて、宿を出るか。1日分のお金しか払ってないし、クレハも元気になった」
それに忘れてはいけないことがある。
この町は今、聖肉守騎士団によって包囲されている。
「うむ。我も元気になったから、なんとかこの包囲網を突破できそうじゃ」
トビラに手をかけようとしたときだ。
外が騒がしかった。
食器がブツかり合うような音。怒鳴り声。……間違いない……この宿にオークが……昨夜人肉を食らうオークを見た……といった声が聞こえてきた。
もしかして昨日のクレハとの情事を、誰かに覗かれていたのだろうか。
赤面をおぼえた。
照れてる場合ではない。
「この音。聖肉守騎士団の音だな」
「嗅ぎ付けてきおったか」
「逃げるぞ」
クレハの手を引いた。
トビラを開ける。
宿の出口へ行くためには細い廊下を抜けなければならなかった。その廊下にすでに重装備の騎士がいた。
「いたぞッ」
と、騎士がオレを指差してきた。
「ちッ」
出口とは逆方向へと走る。2階へ駆けあがる。2階にも同じように廊下が伸びている。突き当たりに窓が見えた。
「トびおりるぞ」
「うむ」
振り向く。騎士が3人、われ先にと追いかけてきている。窓を開ける。2階とはいえけっこう高い。躊躇した。
「我にまかせよ」
クレハがオレのことを抱きかかえた。そして軽々とトびおりた。オレにもオークの血が流れているのに、運動神経はぜんぜんダメなのだった。半分は人間だ。仕方がない。クレハは軽々と着地した。
着地した場所は、細い路地だった。左右は石壁によってはさまれていた。前後にしか道がない。その道を、聖肉守騎士団によってスッカリ抑えられていた。
「どうする。挟まれたぜ」
「ふふん。オークは心臓を食らうことでチカラを増す。それがオヌシの心臓となれば、別格じゃ。今の我ならば何でもできる気がする」
クレハの顔には自信が満ちあふれていた。
「オヌシ。チッと耳をふさいでおれ」
「わかった」
クレハはお腹がふくらむほどに息を吸いこんだ。そして「ガオオオォッ」と唸った。野獣の咆哮だった。その咆哮によって左右の石壁が吹っ飛んだ。プレートアーマーで全身をかためた騎士たちも吹き飛んでいた。衝撃派というのだろうか。オレはクレハが支えてくれていたために、吹き飛ばされずに済んだ。
「オークだッ」
「捕えろッ」
騎士団たちはどんどん群がってくる。100人……いや、もっといる。まるで甲虫の群れのようだった。
「くふふふッ。今の我には数など意味をなさぬ」
クレハはオレを背負うと、騎士の群れへと疾駆した。クレハが腕をひとつ振れば、騎士の10人が吹き飛んだ。
「なんだあのオークはッ」
「尋常ではないぞッ」
「ひるむなッ」
騎士たちは必死に応戦しているが、まるで紙きれのように軽々と吹き飛ばされていった。
腕を振るえば嵐が起きて、一歩進めば地面が揺れる。ササはそういうオークだったと聞いている。その娘、クレハも間違いなくササの血を引き継いでいた。
たちまち騎士の包囲網を突破することが出来た。町を出る。平原に出る。雲ひとつない快晴だった。風のように軽く、クレハは野を駆けて行く。
「くふふふッ。オヌシさえおれば我は無敵じゃ」
クレハは叫ぶように言った。
「これからどうするんだ?」
「オヌシと2人で、ノンビリ旅でもしようではないか」
野を駆けるクレハはだんだんと失速してゆき、オレのことをおろした。そしてニッコリと微笑んで言った。
「腹が減った。朝食じゃ」
どうやらオレは、この少女の食糧として余生を過ごすことになりそうだ。
「起きたか。オヌシ」
クレハがカンテラに火を灯しているところだった。
「オレは、どれぐらい眠ってた?」
「それほど時間は経過しておらん」
自分の胸に手を当ててみる。傷はない。痛みもない。オレの治癒能力は無事に働いてくれたということか。
「オヌシにしては、ずいぶんと積極的じゃったな」
クレハがオレの腕の中に、カラダをあずけてきた。クレハは火の球みたいに熱かった。まだかすかに痙攣している。
「お前まだ痙攣してるのか」
「全身の臓器をヤスリで削られている気分じゃ。本気で死ぬかと思うたわ。オヌシが起きるまでずっと絶頂し続けておったんじゃからな。快楽拷問じゃった」
クレハは頬を紅潮させてそう言った。
やたらと妖艶で、直視できなかった。
「それは悪い。けど、セッカク心臓を取りだしたんだから、全部食べて欲しくて」
「味は最高じゃった。それに我のために心臓を捧げてくれたのだと思うと、嬉しかったぞ」
胸に頭をグリグリと押し付けてくる。
背中に手を回すと、ひときわ大きく痙攣していた。ずいぶんと敏感になっているようだ。
「オレのほうは、無事みたいだな」
「オヌシの治癒能力は、ふつうのオークなんかよりも、もっとスゴイものじゃ。それはおそらくササのチカラを色濃く受け継いでおる証拠じゃな」
「ササってクレハの父親の?」
「オヌシの父親でもある」
そういうことになるのか。
とはいえ、オレの半分は人間だ。角も生えていないし、優れた運動神経があるわけでもない。オークの面影を感じるのは治癒能力だけだ。これが父親から受け継いだ、唯一の遺伝子なのかもしれない。
「いつから気づいてたんだ? オレが義弟だってことに」
「確信したのはパン売りの話を聞いたときじゃった。最初にオヌシの味を知ったとき、なんだかなつかしい感じがした。オヌシの回復能力は間違いなくオークのチカラじゃし、遠い親戚かもしれぬとは思うておった」
「ホントウに姉弟なんだろうか?」
「そう多くの人間がセパレートに召喚されるわけではない。それに人間と関係をもったのはササぐらいじゃ。人間とオークの混血となれば、我の義弟ということで間違いなかろう」
「じゃあ、お姉ちゃんってことになるのか」
クレハのほうが先だから、姉なんだろう。だが、見た目からすれば妹といったほうがシックリくる。
「お姉ちゃんなどと呼ばれるのは、くすぐったいのぉ。今まで通り、クレハと呼んでくれれば良い」
「気づいてたんなら、言ってくれれば良かったのに」
クレハはオレから身を離した。その顔には大人の女性の笑みがあった。昨日の一件で、クレハはさらに色気を増している気がした。切れ長の目や、微笑んだときにできる唇の角度。そういった仕草から、幼女とは思えない気品を感じるのだった。
「確証がなかった。今でも信じられんぐらいじゃからな」
「まぁな」
オレもこのクレハと血がつながっているなんて、信じられない。
「オークたちがオヌシの味は、ふつうの異世界人とは違うと言っていた。格別に美味い。混血じゃからかもなぁ」
「喜んでいいのかな」
複雑だ。
「喜べ。オヌシは我の永遠の食糧になれるではないか」
食われても、食われても、オレは回復するということだ。
「だからって、食べまくるなよ。痛いんだからな。あと脳みそは食べるなよ。死ぬから」
「わかっておる」
「さて、宿を出るか。1日分のお金しか払ってないし、クレハも元気になった」
それに忘れてはいけないことがある。
この町は今、聖肉守騎士団によって包囲されている。
「うむ。我も元気になったから、なんとかこの包囲網を突破できそうじゃ」
トビラに手をかけようとしたときだ。
外が騒がしかった。
食器がブツかり合うような音。怒鳴り声。……間違いない……この宿にオークが……昨夜人肉を食らうオークを見た……といった声が聞こえてきた。
もしかして昨日のクレハとの情事を、誰かに覗かれていたのだろうか。
赤面をおぼえた。
照れてる場合ではない。
「この音。聖肉守騎士団の音だな」
「嗅ぎ付けてきおったか」
「逃げるぞ」
クレハの手を引いた。
トビラを開ける。
宿の出口へ行くためには細い廊下を抜けなければならなかった。その廊下にすでに重装備の騎士がいた。
「いたぞッ」
と、騎士がオレを指差してきた。
「ちッ」
出口とは逆方向へと走る。2階へ駆けあがる。2階にも同じように廊下が伸びている。突き当たりに窓が見えた。
「トびおりるぞ」
「うむ」
振り向く。騎士が3人、われ先にと追いかけてきている。窓を開ける。2階とはいえけっこう高い。躊躇した。
「我にまかせよ」
クレハがオレのことを抱きかかえた。そして軽々とトびおりた。オレにもオークの血が流れているのに、運動神経はぜんぜんダメなのだった。半分は人間だ。仕方がない。クレハは軽々と着地した。
着地した場所は、細い路地だった。左右は石壁によってはさまれていた。前後にしか道がない。その道を、聖肉守騎士団によってスッカリ抑えられていた。
「どうする。挟まれたぜ」
「ふふん。オークは心臓を食らうことでチカラを増す。それがオヌシの心臓となれば、別格じゃ。今の我ならば何でもできる気がする」
クレハの顔には自信が満ちあふれていた。
「オヌシ。チッと耳をふさいでおれ」
「わかった」
クレハはお腹がふくらむほどに息を吸いこんだ。そして「ガオオオォッ」と唸った。野獣の咆哮だった。その咆哮によって左右の石壁が吹っ飛んだ。プレートアーマーで全身をかためた騎士たちも吹き飛んでいた。衝撃派というのだろうか。オレはクレハが支えてくれていたために、吹き飛ばされずに済んだ。
「オークだッ」
「捕えろッ」
騎士団たちはどんどん群がってくる。100人……いや、もっといる。まるで甲虫の群れのようだった。
「くふふふッ。今の我には数など意味をなさぬ」
クレハはオレを背負うと、騎士の群れへと疾駆した。クレハが腕をひとつ振れば、騎士の10人が吹き飛んだ。
「なんだあのオークはッ」
「尋常ではないぞッ」
「ひるむなッ」
騎士たちは必死に応戦しているが、まるで紙きれのように軽々と吹き飛ばされていった。
腕を振るえば嵐が起きて、一歩進めば地面が揺れる。ササはそういうオークだったと聞いている。その娘、クレハも間違いなくササの血を引き継いでいた。
たちまち騎士の包囲網を突破することが出来た。町を出る。平原に出る。雲ひとつない快晴だった。風のように軽く、クレハは野を駆けて行く。
「くふふふッ。オヌシさえおれば我は無敵じゃ」
クレハは叫ぶように言った。
「これからどうするんだ?」
「オヌシと2人で、ノンビリ旅でもしようではないか」
野を駆けるクレハはだんだんと失速してゆき、オレのことをおろした。そしてニッコリと微笑んで言った。
「腹が減った。朝食じゃ」
どうやらオレは、この少女の食糧として余生を過ごすことになりそうだ。
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