彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。
カムイの策略
オレはカムイたちと動くことに決められた。クレハと一緒に行きたかった。だが、「オヌシを危険な目に合わすわけにはいかん。だいたい、オヌシがおったら我も動きにくい」と拒否られたのだった。
カムイと動くのは不安だった。
クレハのいないところで、ガブリと頭からかぶりつかれるかもしれない。そんなオレの不安をクレハは察したようだった。機微を読むことに異様に鋭いところがある。動物的な勘なのだろうか。
「案ずるでない。カムイは腹では何を考えておるかわからん。じゃが、オヌシをブクブクに太らせてから食べようとしていることだけは、間違いないのじゃから」
「そうか」
たしかに、オレを太らせたほうが、カムイにとっても得のはずだ。だったら、食われる心配だけはない。
クレハは木の幹にもたれかかっていた。身長は低いが、スタイルがいいため、そうして何かにもたれかかる様は、絵になった。デート慣れした女性が、恋人が来るのを待っているかのようだと思った。木の枝が大きくしなっていた。そんなクレハの頭をナでるかのように、枝は揺れていた。
「ところでオヌシ」
「なんだ?」
「我が行く前に、最後に血を飲ましてくれ」
「なんだよ。最後の別れみたいなこと言って」
クイッと鎖を引っ張ってくる。
おのずと顔が近づくことになる。
「オークは人の血肉を食べるとチカラが沸いてくる。人間も腹が減っているときよりも、ご飯を食べた後の方が元気になるじゃろう」
「そういうことなら」
「目玉を1つぐらい、くれぬか?」
とびっきり媚をふくんだ上目使いを送ってきた。たいていの男なら、どんな命令でも聞いてしまいそうな目線だった。オスという生き物をどうすればコントロールできるのか、知り尽くした女性の目つきだった。
一瞬、クレハがとても貪婪で、ただれきった魔女に見えたぐらいだった。老獪かと思えば稚拙。幼稚かと思いきや狡猾。それがクレハの魅力でもあった。
「いやいやいや。目はダメだ。血で我慢してくれ」
「やはりダメか」
と、あからさまに落胆していた。
「昨日は、オレの眼球をさんざんナめまわしたくせに。痛かったんだからな」
そう言うとクレハは背伸びして、オレの頬に手を当ててきた。
「悪かった。しかし、あれは懲罰なんじゃからな。まぁ、美味かったのは事実じゃが」
オレの目玉を味わう口実として、懲罰と言ってるだけなのではないだろうか。そんな気がする。
「まぁ、いいけどさ。もう痛くないし」
「オヌシの回復力なら問題なかろう。さあ、血をもらうぞ」
クレハはオレの首に手を回してきた。
抱きついてくる。
オレもクレハを抱え上げた。
ブリオーをずり下ろされ、肩が露出した。
肩にクレハの吐息がかかる。かぶりついてきた。今までの甘噛みよりも、強い痛みを感じた。思わず突き放しそうになった。こらえた。
クレハは、これから命がけの戦いに身を投じるのだ。もしかするとホントウに死んでしまうかもしれない。そんな相手を見送るために、オレに出来ること。ただ食されることだけだった。
ぷはっ――とクレハは顔を離した。
「いい味じゃ。美味。非常に美味じゃ」
クレハの顔をとろけきっていた。
「元気出るか?」
「うむ」
自分の血が、他者にチカラを与えている。
そう思うと、こっちもうれしい。
「生きて戻って来いよ。オレ、クレハのいないオークたちに飼われるなんて厭だからな」
ちゃんとわかっている。
オレは家畜だ。オークのエサだ。
ホントウならば、もっと手荒い扱いを受けてもオカシクはない。たとえば毎日毎日、死なない程度の拷問を与えられても変じゃない。けれど、クレハはなるべくオレに苦痛を与えない形で育ててくれた。
たぶん、それは優しさだ。
だからこそ――
他のオークたちと比べると、オレにとってクレハは特別だった。逆にクレハがいなくなると、そういう扱いをされる可能性もあるのだ。
「では行ってくる。そう心配するでない。オヌシのカラダの臭いはもう覚えておる。嗅ぎ分けて、すぐに合流する」
クレハはそう言って、胸元で小さく手を振った。
オレが振り返そうとしたときには、もう木々の向こうに姿を消していた。
「貴様はこっちだ」
カムイが乱暴にオレの首から伸びている鎖を引いた。あまりに急だったので、転んでしまった。しかし、カムイはお構いなしだ。引きずられる。あわてて立ち上がった。
そう。
これがふつうなのだ。
クレハが戻ってくるまでは、カムイのやり方に従うしかなかった。
カムイは乱暴だった。首をへし折るかという勢いで、負荷をかけてくる。いかにクレハがオレにたいして、気をつかってくれていたのか。あらためて実感させられる。
「こっちだ」
と、オークたちをともない、カムイが先導した。
クレハとどういう作戦を練ったのか。具体的なことはオレは知らない。カムイの足どりには迷いがなかった。
「こっちだ」
「あっちだ」
と、低木をかきわけて、進んで行く。
進んでいった先には周囲の木々に隠されるようにして、荷馬車が置かれていた。
「これは?」
「こういうこともあろうかと事前に商人から強奪していたものだ。通行手形もあるし、金もある。見咎められてもいくらか渡せば、この包囲網は突破できるだろう」
「こんな準備をしてるなら、クレハが囮をする必要なんてなかったのでは?」
「クレハさまが囮として動いてくれているから、怪しまれずに商人として包囲網を突破できるのだ」
と、返された。
カムイの声は野太く、抑揚のないしゃべりかたをする。どっしりと構えた巌のようだ。何を考えているのかわかりにくい。だが、イラダチのようなものが含まれている気がした。
その商人の馬車を引っ張り出して、街道に出た。裏道をコソコソ通るよりも、堂々と行くほうが怪しまれないというカムイの算段だった。
「待て」
と、プレートメイルに身を包んだ騎士が、呼びとめてきた。
やはり止めてくるだろう。その手には槍が握られている。先端が斧のようになっている。ハルバートと言われるものだ。
「貴様ら。何者だ」
カムイは長大な角をフードで隠すにはムリがある。今は天幕の張った荷台に身をひそめている。御者台には別のオークとオレが座らされていた。
オレはまぎれもなく人間であるため、疑いをそらしやすいのだそうだ。オークには角が生えているためフードを取って確認されることがある。だが、人間であるオレが付いていれば、そんな確認もされないだろうとのことだ。
「行商人です。フィルドランタのほうで商売をしてきた帰りでして。森を抜けるために、小隊を組んで通ってまいりました」
そう言えと言われている。
オレが余計なことを言ったら、隣に座っているオークがすぐさまワキバラをえぐることになっていた。
えぐられることを覚悟で助けを求めようか迷った。やめた。もっといいチャンスがあるのではないかと考えてしまうのだ。なるべくリスクのある逃げ方はしたくなかった。
「しかし貴様。まだ子供だな」
「はい。師匠に仕えて修行中の身です」
騎士は、オレのとなりに座っているオークに目をやった。それが師匠だと思ったのかもしれない。
「儲かったか?」
「フィルドランタは栄えている都市ですから。いろいろと儲かりました」
妙な間があった。
儲かったならチョット寄越せということなのかもしれない。邪推だったかもしれないが、銀貨を2枚ほど、騎士ににぎらせた。それもオークたちが、商人たちから奪い取ったものだ。騎士の顔がほころんだ。金は偉大だ。
「しかし、いちおうそっちの男もフードを取ってもらおうか。オークではないならフードを取ることが出来るだろう」
さすがはオークを相手に戦ってきた聖肉守騎士団の騎士だ。
関所の兵士のように甘くはない。
このまま素性がバレるなら、それでも良かった。そうなったらオレは保護されるだろう。
「疑っておられるのですか?」
と、オレの隣で角を隠しているオークがそう問うていた。
「いやいや。まさか人間の男子を連れたオークがいるとは思っておらん。念のためだ」
「そうですか」
しばし間があった。
その時。
ピーッ、ピーッ――という笛の音が遠くから聞こえてきた。検問をしていた騎士は急に駆けはじめた。
「オークが出たという合図だ。我らも行かねばならん。もう通っても良い」
とのことだ。
馬車は動きだした。
オークが出たというのは、クレハたち囮役のことだろう。
もう何かしらのアクションを起こしたのだろうか。まさか、捕まったりしてないだろうなと思うと、心配になった。
おかげで、馬車は難なく通ることが出来た。
森を抜け、平原に出る。
平原に出れば、もうプレートメイルのような鎧装備をしている人影は見当たらなかった。フィルドランタの都市があった方向とは逆に森を抜けたようだ。
「なかなか、演技が上手いではないか」
と、馬車の中に身をひそめていたカムイが出てきて、そう言った。
「はぁ」
ホめられても、あまりうれしくない。
結局、オークたちを逃がすのに一役買ってしまったことになる。助けを求めておけば良かったという後悔と、人間たちを裏切ってしまったような罪悪感があった。
「目の前に何が見える?」
「え……」
前方。平原がずっと続いていた。その先には山がそびえていた。ふつうの山ではない。岩肌が丸だしになった山だ。その山の上にはカラスたちが大量に飛び交っていた。不気味だ。
「山、ですか」
「鉱山だ。鉱山奴隷たちがあそこで働かされている」
「奴隷……」
都市の中でも貧富の差はあった。そこまでの格差もあるのだと思い知らされた。世の中は弱肉強食で成り立っている。それはこうして食べられる立場になって、よぉくわかっていた。
成功者をつくりあげるためには、奴隷という土台も時には必要になるのだろう。頭では理解できても、奴隷という単語は胸を痛ませる効果を持っていた。
「愚かなものだな。人間は人間同士で同じ種族をおとしめるのだから」
「ええ」
たしかに、それは否定できないことだった。
「奴隷たちを逃がさないために騎士がいるだろう。だが、鉱山の付近にふつうの人間は滅多に近づかない。ああいった場所も潜伏場所としては適している」
「鉱山に行くんですか?」
「ああ」
「クレハにはそのことを伝えたんですか?」
クレハは無事に、聖肉守騎士団をカクランすることができただろうか? オレは自分でも意外なほどに、クレハのことを心配しているのだった。セパレートに来てから、オレに優しくしてくれたのはクレハしかいないのだ。
「いいや」
「じゃあ、このあたりで待つとか」
ふん――とカムイは笑った。
笑ったさいに出来る頬のシワが、岩の亀裂のようだった。
「最初からあれは見捨てるつもりだったのだ。いまごろ、聖肉守騎士団どもに八つ裂きにされているだろう」
「ど、どういうことですかッ」
オレが立ちあがる。
強引に鎖を引かれて、座らされた。
「頭の地位とはこうして築くものだ。たしかに先代の頭の娘ではあった。だが先代のササはもう帰って来ん。あんなのには任せておけんからな。このオレが次の頭だ」
ヤッパリそうかと思った。
クレハを陥れてやろうといった気配は、うすうす感じていたのだ。
「でも、そんなこと他のオークたちが許すんですか」
そう口にしてはから、ハッとした。
クレハはオーク全体から疎まれているのだ。しかし、数人ぐらいクレハの味方をしてくれるオークもいるのではないか?
甘かった。
「すでに、みんな懐柔済みだ。貴様のおかげでな」
「オレ?」
「毎日、貴様はオークたちに血を分けていただろう。あの小娘はその味に陶酔していた。だが、オレは違う。オレは貴様の血を桶にためていた」
たしかに、ためていた。
いったい何に使うのかと尋ねても、教えてくれなかった。
「その血を、他のオークにわけていたのだ。そうしてほとんどのオークはこのオレに味方するようになった。頭首とは、こうして仲間に気配りできなければな」
「あ……」
このときはじめて、桶にためられた血の使い道が判明した。
すでにクレハはオークたちから疎まれていた。そこにカムイはつけ込んだのだ。オレの血をワイロにして、オークたちを懐柔していったのだ。
腹が立った。
カムイにたいしてではない。自分の愚かさにたいしてムカついた。カムイがどうして毎日、オレの血を自分では飲まずに桶にためていたのか。気づかなかった自分のことをバカだと思った。
クレハは完全にオークたちから見捨てられたのだ。カムイがそう仕向けたのだ。そしてオレの血が一役買ったのだ。
「クレハ……」
森を振り返った。
「もう遅い。聖肉守騎士団を相手にしているのだ。いくらオークの生命力とはいえ、すでに死んでいるだろう」
「そんなのってあんまりですよ。人間たちのことを愚かだと言っておいて、オークだって似たようなもんじゃないですか」
オレのその言葉がシャクに障ったようだ。
「オークが人間と一緒?」
と、オレのことを睨めつけてきた。
しかし恐怖よりも、カムイの神経を逆なでることができた暗い喜びがあった。
「そうでしょう。他者を蹴落とそうとしたり、自分がトップになろうとしたり」
「異世界人が知ったふうな口をきくなッ」
カムイはそう一喝した。
その大声はオレの心臓をしぼませるほど迫力があった。同時に、首筋に痛みが走った。カムイの手刀が落とされたのだとわかった。意識がくらんだ。
カムイと動くのは不安だった。
クレハのいないところで、ガブリと頭からかぶりつかれるかもしれない。そんなオレの不安をクレハは察したようだった。機微を読むことに異様に鋭いところがある。動物的な勘なのだろうか。
「案ずるでない。カムイは腹では何を考えておるかわからん。じゃが、オヌシをブクブクに太らせてから食べようとしていることだけは、間違いないのじゃから」
「そうか」
たしかに、オレを太らせたほうが、カムイにとっても得のはずだ。だったら、食われる心配だけはない。
クレハは木の幹にもたれかかっていた。身長は低いが、スタイルがいいため、そうして何かにもたれかかる様は、絵になった。デート慣れした女性が、恋人が来るのを待っているかのようだと思った。木の枝が大きくしなっていた。そんなクレハの頭をナでるかのように、枝は揺れていた。
「ところでオヌシ」
「なんだ?」
「我が行く前に、最後に血を飲ましてくれ」
「なんだよ。最後の別れみたいなこと言って」
クイッと鎖を引っ張ってくる。
おのずと顔が近づくことになる。
「オークは人の血肉を食べるとチカラが沸いてくる。人間も腹が減っているときよりも、ご飯を食べた後の方が元気になるじゃろう」
「そういうことなら」
「目玉を1つぐらい、くれぬか?」
とびっきり媚をふくんだ上目使いを送ってきた。たいていの男なら、どんな命令でも聞いてしまいそうな目線だった。オスという生き物をどうすればコントロールできるのか、知り尽くした女性の目つきだった。
一瞬、クレハがとても貪婪で、ただれきった魔女に見えたぐらいだった。老獪かと思えば稚拙。幼稚かと思いきや狡猾。それがクレハの魅力でもあった。
「いやいやいや。目はダメだ。血で我慢してくれ」
「やはりダメか」
と、あからさまに落胆していた。
「昨日は、オレの眼球をさんざんナめまわしたくせに。痛かったんだからな」
そう言うとクレハは背伸びして、オレの頬に手を当ててきた。
「悪かった。しかし、あれは懲罰なんじゃからな。まぁ、美味かったのは事実じゃが」
オレの目玉を味わう口実として、懲罰と言ってるだけなのではないだろうか。そんな気がする。
「まぁ、いいけどさ。もう痛くないし」
「オヌシの回復力なら問題なかろう。さあ、血をもらうぞ」
クレハはオレの首に手を回してきた。
抱きついてくる。
オレもクレハを抱え上げた。
ブリオーをずり下ろされ、肩が露出した。
肩にクレハの吐息がかかる。かぶりついてきた。今までの甘噛みよりも、強い痛みを感じた。思わず突き放しそうになった。こらえた。
クレハは、これから命がけの戦いに身を投じるのだ。もしかするとホントウに死んでしまうかもしれない。そんな相手を見送るために、オレに出来ること。ただ食されることだけだった。
ぷはっ――とクレハは顔を離した。
「いい味じゃ。美味。非常に美味じゃ」
クレハの顔をとろけきっていた。
「元気出るか?」
「うむ」
自分の血が、他者にチカラを与えている。
そう思うと、こっちもうれしい。
「生きて戻って来いよ。オレ、クレハのいないオークたちに飼われるなんて厭だからな」
ちゃんとわかっている。
オレは家畜だ。オークのエサだ。
ホントウならば、もっと手荒い扱いを受けてもオカシクはない。たとえば毎日毎日、死なない程度の拷問を与えられても変じゃない。けれど、クレハはなるべくオレに苦痛を与えない形で育ててくれた。
たぶん、それは優しさだ。
だからこそ――
他のオークたちと比べると、オレにとってクレハは特別だった。逆にクレハがいなくなると、そういう扱いをされる可能性もあるのだ。
「では行ってくる。そう心配するでない。オヌシのカラダの臭いはもう覚えておる。嗅ぎ分けて、すぐに合流する」
クレハはそう言って、胸元で小さく手を振った。
オレが振り返そうとしたときには、もう木々の向こうに姿を消していた。
「貴様はこっちだ」
カムイが乱暴にオレの首から伸びている鎖を引いた。あまりに急だったので、転んでしまった。しかし、カムイはお構いなしだ。引きずられる。あわてて立ち上がった。
そう。
これがふつうなのだ。
クレハが戻ってくるまでは、カムイのやり方に従うしかなかった。
カムイは乱暴だった。首をへし折るかという勢いで、負荷をかけてくる。いかにクレハがオレにたいして、気をつかってくれていたのか。あらためて実感させられる。
「こっちだ」
と、オークたちをともない、カムイが先導した。
クレハとどういう作戦を練ったのか。具体的なことはオレは知らない。カムイの足どりには迷いがなかった。
「こっちだ」
「あっちだ」
と、低木をかきわけて、進んで行く。
進んでいった先には周囲の木々に隠されるようにして、荷馬車が置かれていた。
「これは?」
「こういうこともあろうかと事前に商人から強奪していたものだ。通行手形もあるし、金もある。見咎められてもいくらか渡せば、この包囲網は突破できるだろう」
「こんな準備をしてるなら、クレハが囮をする必要なんてなかったのでは?」
「クレハさまが囮として動いてくれているから、怪しまれずに商人として包囲網を突破できるのだ」
と、返された。
カムイの声は野太く、抑揚のないしゃべりかたをする。どっしりと構えた巌のようだ。何を考えているのかわかりにくい。だが、イラダチのようなものが含まれている気がした。
その商人の馬車を引っ張り出して、街道に出た。裏道をコソコソ通るよりも、堂々と行くほうが怪しまれないというカムイの算段だった。
「待て」
と、プレートメイルに身を包んだ騎士が、呼びとめてきた。
やはり止めてくるだろう。その手には槍が握られている。先端が斧のようになっている。ハルバートと言われるものだ。
「貴様ら。何者だ」
カムイは長大な角をフードで隠すにはムリがある。今は天幕の張った荷台に身をひそめている。御者台には別のオークとオレが座らされていた。
オレはまぎれもなく人間であるため、疑いをそらしやすいのだそうだ。オークには角が生えているためフードを取って確認されることがある。だが、人間であるオレが付いていれば、そんな確認もされないだろうとのことだ。
「行商人です。フィルドランタのほうで商売をしてきた帰りでして。森を抜けるために、小隊を組んで通ってまいりました」
そう言えと言われている。
オレが余計なことを言ったら、隣に座っているオークがすぐさまワキバラをえぐることになっていた。
えぐられることを覚悟で助けを求めようか迷った。やめた。もっといいチャンスがあるのではないかと考えてしまうのだ。なるべくリスクのある逃げ方はしたくなかった。
「しかし貴様。まだ子供だな」
「はい。師匠に仕えて修行中の身です」
騎士は、オレのとなりに座っているオークに目をやった。それが師匠だと思ったのかもしれない。
「儲かったか?」
「フィルドランタは栄えている都市ですから。いろいろと儲かりました」
妙な間があった。
儲かったならチョット寄越せということなのかもしれない。邪推だったかもしれないが、銀貨を2枚ほど、騎士ににぎらせた。それもオークたちが、商人たちから奪い取ったものだ。騎士の顔がほころんだ。金は偉大だ。
「しかし、いちおうそっちの男もフードを取ってもらおうか。オークではないならフードを取ることが出来るだろう」
さすがはオークを相手に戦ってきた聖肉守騎士団の騎士だ。
関所の兵士のように甘くはない。
このまま素性がバレるなら、それでも良かった。そうなったらオレは保護されるだろう。
「疑っておられるのですか?」
と、オレの隣で角を隠しているオークがそう問うていた。
「いやいや。まさか人間の男子を連れたオークがいるとは思っておらん。念のためだ」
「そうですか」
しばし間があった。
その時。
ピーッ、ピーッ――という笛の音が遠くから聞こえてきた。検問をしていた騎士は急に駆けはじめた。
「オークが出たという合図だ。我らも行かねばならん。もう通っても良い」
とのことだ。
馬車は動きだした。
オークが出たというのは、クレハたち囮役のことだろう。
もう何かしらのアクションを起こしたのだろうか。まさか、捕まったりしてないだろうなと思うと、心配になった。
おかげで、馬車は難なく通ることが出来た。
森を抜け、平原に出る。
平原に出れば、もうプレートメイルのような鎧装備をしている人影は見当たらなかった。フィルドランタの都市があった方向とは逆に森を抜けたようだ。
「なかなか、演技が上手いではないか」
と、馬車の中に身をひそめていたカムイが出てきて、そう言った。
「はぁ」
ホめられても、あまりうれしくない。
結局、オークたちを逃がすのに一役買ってしまったことになる。助けを求めておけば良かったという後悔と、人間たちを裏切ってしまったような罪悪感があった。
「目の前に何が見える?」
「え……」
前方。平原がずっと続いていた。その先には山がそびえていた。ふつうの山ではない。岩肌が丸だしになった山だ。その山の上にはカラスたちが大量に飛び交っていた。不気味だ。
「山、ですか」
「鉱山だ。鉱山奴隷たちがあそこで働かされている」
「奴隷……」
都市の中でも貧富の差はあった。そこまでの格差もあるのだと思い知らされた。世の中は弱肉強食で成り立っている。それはこうして食べられる立場になって、よぉくわかっていた。
成功者をつくりあげるためには、奴隷という土台も時には必要になるのだろう。頭では理解できても、奴隷という単語は胸を痛ませる効果を持っていた。
「愚かなものだな。人間は人間同士で同じ種族をおとしめるのだから」
「ええ」
たしかに、それは否定できないことだった。
「奴隷たちを逃がさないために騎士がいるだろう。だが、鉱山の付近にふつうの人間は滅多に近づかない。ああいった場所も潜伏場所としては適している」
「鉱山に行くんですか?」
「ああ」
「クレハにはそのことを伝えたんですか?」
クレハは無事に、聖肉守騎士団をカクランすることができただろうか? オレは自分でも意外なほどに、クレハのことを心配しているのだった。セパレートに来てから、オレに優しくしてくれたのはクレハしかいないのだ。
「いいや」
「じゃあ、このあたりで待つとか」
ふん――とカムイは笑った。
笑ったさいに出来る頬のシワが、岩の亀裂のようだった。
「最初からあれは見捨てるつもりだったのだ。いまごろ、聖肉守騎士団どもに八つ裂きにされているだろう」
「ど、どういうことですかッ」
オレが立ちあがる。
強引に鎖を引かれて、座らされた。
「頭の地位とはこうして築くものだ。たしかに先代の頭の娘ではあった。だが先代のササはもう帰って来ん。あんなのには任せておけんからな。このオレが次の頭だ」
ヤッパリそうかと思った。
クレハを陥れてやろうといった気配は、うすうす感じていたのだ。
「でも、そんなこと他のオークたちが許すんですか」
そう口にしてはから、ハッとした。
クレハはオーク全体から疎まれているのだ。しかし、数人ぐらいクレハの味方をしてくれるオークもいるのではないか?
甘かった。
「すでに、みんな懐柔済みだ。貴様のおかげでな」
「オレ?」
「毎日、貴様はオークたちに血を分けていただろう。あの小娘はその味に陶酔していた。だが、オレは違う。オレは貴様の血を桶にためていた」
たしかに、ためていた。
いったい何に使うのかと尋ねても、教えてくれなかった。
「その血を、他のオークにわけていたのだ。そうしてほとんどのオークはこのオレに味方するようになった。頭首とは、こうして仲間に気配りできなければな」
「あ……」
このときはじめて、桶にためられた血の使い道が判明した。
すでにクレハはオークたちから疎まれていた。そこにカムイはつけ込んだのだ。オレの血をワイロにして、オークたちを懐柔していったのだ。
腹が立った。
カムイにたいしてではない。自分の愚かさにたいしてムカついた。カムイがどうして毎日、オレの血を自分では飲まずに桶にためていたのか。気づかなかった自分のことをバカだと思った。
クレハは完全にオークたちから見捨てられたのだ。カムイがそう仕向けたのだ。そしてオレの血が一役買ったのだ。
「クレハ……」
森を振り返った。
「もう遅い。聖肉守騎士団を相手にしているのだ。いくらオークの生命力とはいえ、すでに死んでいるだろう」
「そんなのってあんまりですよ。人間たちのことを愚かだと言っておいて、オークだって似たようなもんじゃないですか」
オレのその言葉がシャクに障ったようだ。
「オークが人間と一緒?」
と、オレのことを睨めつけてきた。
しかし恐怖よりも、カムイの神経を逆なでることができた暗い喜びがあった。
「そうでしょう。他者を蹴落とそうとしたり、自分がトップになろうとしたり」
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