彼女は、オレの人肉を食べて強くなる。
異世界転移について
オークという言葉は、オレも聞いたことがある。ゲームやアニメなどで出てくるオークは、こん棒を振り回している巨人だ。エロアニメに出てくるオークは、だいたい女性の敵だ。しかし、オレの知っているオークと、彼らの姿は一致しなかった。彼らは、角とキバを生やした人間の姿をしていた。
「こっちへ、来い」
オレの首輪から伸びる鎖を引く少女は、そう言った。
「オレ、食われるなんて。厭だからな」
「はいはい」
少女はあどけない笑みを浮かべつつ、鎖を引っ張ってくる。それがとても少女とは思えない怪力だった。どれだけ足を踏ん張ろうとも、簡単に引きずられてしまうのだ。オレはジャージをはぎ取られて、パンツ1枚だった。靴だってはいていない。引きずられると、裸足の足のツメに土が食い込んできた。
「痛い。痛いってばッ」
「おっと。これは失礼」
少女はパッと手を離した。
そのせいで、オレは勢い余ってシリモチをつくことになった。
少女はオレの頭と、足に手を回してきた。何をするのか……。オレのカラダを持ち上げたのだ。俗に言う、お姫さま抱っこ、というヤツだ。男性が女性にするのなら、まだわかる。しかし、少女にされるというのは屈辱的だった。
「大人しくしておれよ」
近くに天幕の張られた馬車が止められていた。オレはその馬車の中に放り込まれることになった。その怪力を見せつけられると、オークだという言葉を、信用しないわけにはいかなかった。
少女も馬車の中に乗り込んできた。
馬車の中にはカンテラがつるされていた。ほのかな明かりがあった。
「逃げ出そうとか、抵抗しようとか考えてはいかんぞ。もしも、ホントウに逃げ出すなら、大人になるまで待たずに、食べてしまうからな」
少女はオレの顔を覗き込んでそう言った。
大人の女性が、年下の男子をカラカうような表情を浮かべている。が、その言葉が冗談でないことはわかった。
「なんでオレは食べられるんだよ。だいたい、ここはどこなんだよ」
自分の家の、自分のベッドにいたはずなのだ。
「オヌシにとっては、ここは異世界ということになるんじゃろうな。セパレートという世界じゃ」
「異世界……異世界召喚ってヤツか」
オレは読書家だ。異世界と聞いてもさほどの驚きはなかった。むしろ、今の状況を忘れて喜悦をおぼえたぐらいだ。膨大な読書量は、オレに冷静さと順応力を与えてくれたようだ。
「オークに伝わる妖術で、オヌシを招いたのじゃ。30年に1度、異世界の人間を召喚する妖術があってな」
そして、その哀れな犠牲者がオレになったようだ。しかし、4年の間は食われないということで、恐怖が薄らいでいた。
妙なことをしなければ、今はまだ食われる心配はないということだ。むしろ、この少女はオレのことを丁寧に扱ってくれる気配すらある。さっきの集団から救い出してくれたことは確かだ。
「このセパレートという世界は、30年に1度、月が5つ出る。今日がその日。オークの妖力がもっとも高まる日というわけじゃな」
そう言えば月が5つ出ていたことを思い出した。あれを見たときに、異世界だと気づくべきだった。
「このセパレートとかいう世界に、人間はいないのかよ」
「おるぞ」
「じゃあ、わざわざ異世界人を召喚しなくても、そっちを食べておけばいいじゃないか」
少女はオレの頬に手をあてがってきた。
その手は小さくてやわらかい。腕から伸びている手の肉付きも、少女らしいものだった。この腕から、オレを抱きかかえるような怪力が発生するとは、とても信じられなかった。
頬をやさしくナでられて、緊張した。少女のその手つきには優しさが込められていた。だが、それは女性が男性にたいする優しさではなく、飼っているペットに向けられるようなものだった。
「セパレートの人間で満足できるなら、わざわざ異世界人を召喚なんてせんわ」
「じゃあ、なんで」
と、オレは不機嫌あらわに食い下がった。
異世界に招かれたことはうれしい。だが、トツゼン襲われたことにたいしては、立腹もあった。その怒りがチロチロと胸奥でくすぶっていたのだった。
「異世界人は美味い」
「味がってことか?」
「それはもう、オークの舌をとろけさせて、一生その味にとりつかれるぐらいに……なぁ」
そう言っている少女の顔がとろけて、桜色の唇からはヨダレが垂れていた。今にも、かぶりついて来そうな勢いだ。
「待て。4年だろ。大人になるまで待ってくれるんだろ」
「あ、そうであった。ついつい食べそうになってしまうわ」
と少女は服の袖でヨダレをぬぐっていた。
この様子だと、ホントウに4年間無事でいられるか心配だ。
「もちろん、地球に帰してくれないんだよな」
「むろん」
当たり前だろうといった表情を向けてきた。
父は単身赴任で滅多に家に帰ってこないからいいが、母さんには心配をかけてしまう。いたしかたない。母さんのことを考えるよりも、まずは我が身の安全を確保しなければならない。
食べられるなんてゴメンだ。
4年の猶予がある。
その間に、逃げ出す機会はあるだろう。
セッカク異世界に来たんだから、こいつらから逃げ出した後は、異世界生活を楽しめばいい――と考えた。
「まずは服を着ろ。そんなカッコウでいられたら、我慢できんわ」
少女は、はぁはぁ、と息を荒げながらそう言ってきた。
「服って言われても……」
さっき剥ぎ取られてしまった。
「ここにある」
上と下のつながった、ワンピースのような衣装を差しだしてきた。たしか中世ヨーロッパでも使われていた服だ。ブリオーとか言われるものだ。学校の成績にはつながらなかったが、そういった雑学は膨大な読書量によって得ていた。
「セパレートでは、こういう服が主流なのか」
「うむ」
「そう言えば、明かりもカンテラだもんな」
セパレートの文化レベルは、あまり高くないのかもしれない。とにかく、この世界の知識をひとつでも知りたかった。そうしなければ足が地につかない。落ちつかない感覚が消えないのだった。
「ところで、オヌシ。名前は?」
少女が尋ねてきた。
「食満幸人ケマ・ユキトだ。ユキトで構わない。そっちは?」
「クレハじゃ。いちおうオークの頭を張っておる。こう見えても、けっこうな高齢だから、子供だと思わないじゃな」
どう見ても、オレと同い年か、あるいは年下に見える。だが、相手はオークという種族だ。300歳だとか、400歳だということもありえるかもしれない。
「何歳なんだ?」
「秘密じゃ」
クレハは鼻に人さし指を当てて、笑った。
女性に年齢を尋ねるのは失礼だったかと思って、「ごめん」と謝った。どう見てもオレより年下の風貌をしているので、敬語を使おうという気にはなれなかった。
「今日はもう遅いから、寝るのが良かろう。明日になったら、出発するぞ」
こうしてオレは、オークのエサとして生きることになった。
「こっちへ、来い」
オレの首輪から伸びる鎖を引く少女は、そう言った。
「オレ、食われるなんて。厭だからな」
「はいはい」
少女はあどけない笑みを浮かべつつ、鎖を引っ張ってくる。それがとても少女とは思えない怪力だった。どれだけ足を踏ん張ろうとも、簡単に引きずられてしまうのだ。オレはジャージをはぎ取られて、パンツ1枚だった。靴だってはいていない。引きずられると、裸足の足のツメに土が食い込んできた。
「痛い。痛いってばッ」
「おっと。これは失礼」
少女はパッと手を離した。
そのせいで、オレは勢い余ってシリモチをつくことになった。
少女はオレの頭と、足に手を回してきた。何をするのか……。オレのカラダを持ち上げたのだ。俗に言う、お姫さま抱っこ、というヤツだ。男性が女性にするのなら、まだわかる。しかし、少女にされるというのは屈辱的だった。
「大人しくしておれよ」
近くに天幕の張られた馬車が止められていた。オレはその馬車の中に放り込まれることになった。その怪力を見せつけられると、オークだという言葉を、信用しないわけにはいかなかった。
少女も馬車の中に乗り込んできた。
馬車の中にはカンテラがつるされていた。ほのかな明かりがあった。
「逃げ出そうとか、抵抗しようとか考えてはいかんぞ。もしも、ホントウに逃げ出すなら、大人になるまで待たずに、食べてしまうからな」
少女はオレの顔を覗き込んでそう言った。
大人の女性が、年下の男子をカラカうような表情を浮かべている。が、その言葉が冗談でないことはわかった。
「なんでオレは食べられるんだよ。だいたい、ここはどこなんだよ」
自分の家の、自分のベッドにいたはずなのだ。
「オヌシにとっては、ここは異世界ということになるんじゃろうな。セパレートという世界じゃ」
「異世界……異世界召喚ってヤツか」
オレは読書家だ。異世界と聞いてもさほどの驚きはなかった。むしろ、今の状況を忘れて喜悦をおぼえたぐらいだ。膨大な読書量は、オレに冷静さと順応力を与えてくれたようだ。
「オークに伝わる妖術で、オヌシを招いたのじゃ。30年に1度、異世界の人間を召喚する妖術があってな」
そして、その哀れな犠牲者がオレになったようだ。しかし、4年の間は食われないということで、恐怖が薄らいでいた。
妙なことをしなければ、今はまだ食われる心配はないということだ。むしろ、この少女はオレのことを丁寧に扱ってくれる気配すらある。さっきの集団から救い出してくれたことは確かだ。
「このセパレートという世界は、30年に1度、月が5つ出る。今日がその日。オークの妖力がもっとも高まる日というわけじゃな」
そう言えば月が5つ出ていたことを思い出した。あれを見たときに、異世界だと気づくべきだった。
「このセパレートとかいう世界に、人間はいないのかよ」
「おるぞ」
「じゃあ、わざわざ異世界人を召喚しなくても、そっちを食べておけばいいじゃないか」
少女はオレの頬に手をあてがってきた。
その手は小さくてやわらかい。腕から伸びている手の肉付きも、少女らしいものだった。この腕から、オレを抱きかかえるような怪力が発生するとは、とても信じられなかった。
頬をやさしくナでられて、緊張した。少女のその手つきには優しさが込められていた。だが、それは女性が男性にたいする優しさではなく、飼っているペットに向けられるようなものだった。
「セパレートの人間で満足できるなら、わざわざ異世界人を召喚なんてせんわ」
「じゃあ、なんで」
と、オレは不機嫌あらわに食い下がった。
異世界に招かれたことはうれしい。だが、トツゼン襲われたことにたいしては、立腹もあった。その怒りがチロチロと胸奥でくすぶっていたのだった。
「異世界人は美味い」
「味がってことか?」
「それはもう、オークの舌をとろけさせて、一生その味にとりつかれるぐらいに……なぁ」
そう言っている少女の顔がとろけて、桜色の唇からはヨダレが垂れていた。今にも、かぶりついて来そうな勢いだ。
「待て。4年だろ。大人になるまで待ってくれるんだろ」
「あ、そうであった。ついつい食べそうになってしまうわ」
と少女は服の袖でヨダレをぬぐっていた。
この様子だと、ホントウに4年間無事でいられるか心配だ。
「もちろん、地球に帰してくれないんだよな」
「むろん」
当たり前だろうといった表情を向けてきた。
父は単身赴任で滅多に家に帰ってこないからいいが、母さんには心配をかけてしまう。いたしかたない。母さんのことを考えるよりも、まずは我が身の安全を確保しなければならない。
食べられるなんてゴメンだ。
4年の猶予がある。
その間に、逃げ出す機会はあるだろう。
セッカク異世界に来たんだから、こいつらから逃げ出した後は、異世界生活を楽しめばいい――と考えた。
「まずは服を着ろ。そんなカッコウでいられたら、我慢できんわ」
少女は、はぁはぁ、と息を荒げながらそう言ってきた。
「服って言われても……」
さっき剥ぎ取られてしまった。
「ここにある」
上と下のつながった、ワンピースのような衣装を差しだしてきた。たしか中世ヨーロッパでも使われていた服だ。ブリオーとか言われるものだ。学校の成績にはつながらなかったが、そういった雑学は膨大な読書量によって得ていた。
「セパレートでは、こういう服が主流なのか」
「うむ」
「そう言えば、明かりもカンテラだもんな」
セパレートの文化レベルは、あまり高くないのかもしれない。とにかく、この世界の知識をひとつでも知りたかった。そうしなければ足が地につかない。落ちつかない感覚が消えないのだった。
「ところで、オヌシ。名前は?」
少女が尋ねてきた。
「食満幸人ケマ・ユキトだ。ユキトで構わない。そっちは?」
「クレハじゃ。いちおうオークの頭を張っておる。こう見えても、けっこうな高齢だから、子供だと思わないじゃな」
どう見ても、オレと同い年か、あるいは年下に見える。だが、相手はオークという種族だ。300歳だとか、400歳だということもありえるかもしれない。
「何歳なんだ?」
「秘密じゃ」
クレハは鼻に人さし指を当てて、笑った。
女性に年齢を尋ねるのは失礼だったかと思って、「ごめん」と謝った。どう見てもオレより年下の風貌をしているので、敬語を使おうという気にはなれなかった。
「今日はもう遅いから、寝るのが良かろう。明日になったら、出発するぞ」
こうしてオレは、オークのエサとして生きることになった。
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