四人の勇者と宿屋の息子(仮)

神依政樹

魔刀と義父の帰還

恐怖で震える体を抑え、闇夜を疾駆する。


肩には変形した部下を一人担ぎ、後ろに続く二人も同じように担いでいる。


「何なんだ…?なんなんだ!あの、化け物は!?」


最初から答えが返って来るとは思ってないが、それでも叫ばずにはいられなかった。


マギアソールの暗部として、人を棄てる程の訓練と改造を施したこの身が…戦う前に敗北を悟った。


それもそのはず、自分より実力が多少落ちるとはいえ…だ。ウィクトル王国に、三百しか存在しない聖騎士と同じ実力を…殺傷能力では僅かに上回る部下を赤子同然に扱う存在…。


そのような…そのような存在が、名もほとんど聞かない辺境の村にいて良いはずがない!


しばらく走り、森から抜けると肩に抱えていた部下を地面に放り投げた。


本来なら邪魔なので捨てて行くが、あの化け物の言葉に少しでも逆らいたくないのだ。


森を見て、追って来ていない事を確認した茶髪の男、フレガー・アルバスは安心したように息を吐いた。


気が付くとジットリと粘つくような、脂汗をかいていた。


「まずは…ご報告しなければ…」


止まったと思っていた汗が、緊張でまた流れるのを感じながら、懐から男に相応しくない鏡を取り出し、地面に置く。


すると鏡が月光を浴びて、光輝くと1人の眉目秀麗な男の姿を浮かび上がらせる。


「…このような夜更けに失礼いたします。マーズ様」


『…それは良いのですが、フレガー?』


「はっ!」


『…後ろに存在するあなたの部下の有り様は何ですか?』


「…ルナス殺害を邪魔をされ、反撃をくらった結果でございます」


『…偉大なる導師様の直弟子である十二徒。そして十二徒の手足となる実行部隊に末席とは身を置くアナタを…ですか』
マーズと呼ばれた男は考え込むようにあごを撫でる。


「はっ…」


フレガーは緊張で汗を流しながら、刑の執行を待つ罪人のように恐怖を抱きながら、マーズの言葉を待った。


少しの間をおきマーズが口を開いた。


『…そういえば少し前の定時報告で、城塞都市エネルにいるというのを聞きましたが…フレガー?あなたは今、どこにいるのです?』


「はっ!街道逸れた場所にあり、森に囲まれたアルド村の森を抜けた所におりますが…」


『アルド…村…?アルド村!?…くっ…』


「…へっ?」


フレガーはついつい間の抜けた声を口から漏らした。


それだけマーズの慌てるような仕草は珍しく…いや、見た事がなかったからだ。


十二徒の末席に名を連ね、いつ何時も張り付いたような優しい微笑みなのに冷酷な印象を与えるのがマーズという男だったはず…だ。


「よぉ。ところで話は済んだか…?」


「…っ!何者だっ!」


フレガーは気配なく近くまで来た事に驚き、声のした方に目を向けると、ニヤニヤと笑う体がデカい男がいた。


「何者…ねぇ?間抜けな質問だなぁ。そこの小僧は知ってるはずだぜ」


『…間違いだと思いたかったですが、本人の登場ですか…』


マーズは男を見て忌々しいそうに顔を歪める。


「…はっ?」


フレガーは半ば呆然としながら、自分がここまで間の抜けた男だったかと思った。


「はん…?そこまで嫌そうな顔をするんじゃねぇよ。嬉しくなっちまうだろう?」


『……………今回は失礼しました。今後は必ず約束を違わぬと誓いましょう』


「ま、いいけどよぁ。つうかお前、よくそこまでへりくだるな?何でだ」


『…四英雄に挑むバカがいるとお思いですか?』


「おいおい…それは昔の話だろう。所詮俺なんて第7席とやり合うくらいしか、出来ねぇよ」


『…それが脅威なんですがね。これ以上何か?』


「おぅ。あの女の子を諦めてくれ。それだけだ」


『………私の一存では決めかねますが、導師様に進言しましょう。フレガー!』


「はっ…」


『一旦引きなさい。では…【暴獣】レイダー・ファング殿。これで失礼します』


そう言い残し、鏡によって浮かび上がっていた姿は消え去った。


「変わらずいけ好かないガキだ。で…そこの根暗」


「…私…?でしょうか」


「お前らを迎撃したのはこの俺。いいな?」


「はっ…?」


間の抜けた返事をすると、いつの間にか近づかれたレイダーに首筋を掴まれ、持ち上げられる。


「いいな?」


レイダーの威圧感に、首を必死に縦に振ると離される。


「…っ。けっほ…けっほ!」


「じゃな!」


もう用はないとレイダーは森の中に消えて行った。


(ああ…もう無理だ。叶うならば…片田舎で畑でも耕す仕事をしよう)


フレガーはそんな事を考えたが、残念ながら彼の願いは叶わなかった。


何故ならこれより半年後、激怒したマーズに殺されるのだから。



「朝…か」


空は暗闇を払い白み始めていた。


泣き疲れて、ベッドで子供のように寝ているルナスの頭を撫でてから、部屋を出る。


井戸に向かい、冷たい水で顔を洗って、意識を覚醒させる。


抱きしめながら、頭を撫で続けたので変な凝り方をして腕が痛い…。


いつも通り体を動かそうと、裏手にある場所に向かう。


決まった型を繰り返し、繰り返し、体に染み込ませる。


息を吐くのや、手を動かすのと、同じくらい自然に動かせるように。


細胞を隅々まで染み込ませるように。


キンッ!


突然、背後から来た斬撃を剣を振り向き様に打ち上げて、払う。


「…っ!」


「ちっ…!また防がれたか」


舌打ちして、どこか子供が拗ねたように口を歪める男。


「はぁ…。何で、帰って、来る度に、人を殺そうと、するんだよ。義父!」


言うと共に義父に何度も、斬撃を加えていく。


「とっ…!まっ…て!」


慌てて斬撃を防いでいく義父。


「…ちっ!なら…【双獣撃】」


「なっ…あの野郎!なんつう技を!?」


気は武器に纏わせる事で【属性付与】【威力増大】【特性変位】の大まかに三種類を加えられる。


そして…【双獣撃】は【特性変位】で武器の質量を限界まで上げて【威力増大】で破壊力を上げる技だ。


人なら欠片も残さずに、建物でも粉々にする技。


これを防ぐなら、気や魔力を一定密度以上にして防御するか、効果範囲外に逃れるか…だ。


義父は舌打ちして、全力で下がる。


それを見て、上段に構えた剣をすぐさま解き、義父に追いかけて剣を横薙に払う。


「やっぱり…嘘か!このやろう!」


逃げながらも、待ち構えていた義父が同じく横薙に剣を払う。


ガギンッ!と金属と金属ぶつかり合う、重く澄んだ音色。


ぶつかった反動を利用して、二人同時に剣を引く。




「…また腕を上げやがったか…。ったく!このクソガキがっ!」


義父は悔しそうな声をしながらも笑顔だ。
「や…お互い本気でも何でもないし…。そういう義父こそ腕上げてない?」


僕がそう言うとニヤッと義父は笑い、頭を撫でてくる。


「………」


抵抗したら意地でも、頭を撫でてくるので大人しく撫でられる。


「まぁなぁ…!師匠に色々見てもらったしな。そうそう…ヤマトに土産があるぞ」
そう言うと、木の裏に隠してたらしい荷物から細長い袋を取り出した。


…刀かな?


「師匠がお前にやれとさ。あの人が鍛えた刀剣をやるのは、俺とお前を入れて4人だけらしいぞ」


そう言って細長い袋を義父は投げて来た。
受け取って袋を開けてみる。


美しい紋様が描かれた黒鞘に収められた刀だ。刃渡りは65センチほどで、鍔から下の握る部分も合わせたら、全長で80センチになるか、ならないかくらいだ。


「ん…?」


鞘から抜こうとするが抜けない。


「ああ…それな。どうやら持ち主と一緒に成長していく、意志を持つ魔刀らしいぞ」


はい…?


何でも【緋火金剛鉄/ヒヒイロカネ】をアリオン一の霊山のマグマで鍛えたら、命が宿りとりあえず特殊な鞘に納めて封印状態らしい…。


何だそれ…。


「んで基本的にずっと身につけてないとダメらしいぞ」


「いやいや…懐剣や短刀なら問題ないけど…小太刀をずっとは…」


そう言うと…持っている刀がみるみる縮まり、柄まで縮まり20センチくらいの短刀になった。


「………」


「はははっ!どうやら気に入られたらしいな。ずっと持ってて欲しいんだとさ」


…仕方ないので腰に括りつける。後で上着か何かに細工して、つけられるようにしよう。


「んじゃ、俺は先に家に帰ってるぜ」


そう言って義父は機嫌良さげに家の方に向かった。


「六人のお客さんが居るから、失礼ないようにね!」


おぅ!と返事が帰って来たから大丈夫…だろう。




(昨日はご苦労だったな)


気づくと白銀の巨狼が横に立っていた。


「おはようウルド。…ウルドって基本僕以外姿見せないよね」


ウルドはニッと笑う。
(嬉しいだろう?私を独り占めだぞ…)


色気溢れる女性に言われれば、嬉しいけど…正直、狼にそんな事言われても困る。
が…ペットが自分にしか懐いてないのは結構な優越感なのも確かだったので頷いておく。


(何か…失礼な事を考えてないか?…そう言えば顕身体を見せた事はなかったな…。今度色仕掛けでもしよう)


滅相もないと首を振る。小声で何か呟いていたがよく聞こえなかった。
とりあえず機嫌を取るためにお菓子の入った袋を取り出す。


(ほぅ…これは?)


「マフィンってやつだよ。純粋にお菓子って言うよりは菓子パンかな…」


口にやると器用にはぐはぐと味わうように食べるウルド。


(菓子パン…?分からんな。パンはパンだろう。うむ…美味いな…正面が香ばしくて、その匂いを吸った胡桃に…中には木の実のソースか)


ウルドはグルメだ。
マフィンの中には甘酸っぱいベリージャムを閉じ込めて、正面に胡桃を撒いて焼き、仕上げにキャラメルを塗ってアブっている。


名前を付けるなら、マフィンブリュレ?だろうか。


(御馳走様。さて…客が来たようだから消えるとしよう)


ウルドは舌で口を舐め取ると、僕に頭を擦ってから森に消えて行った。


地面を踏む足音が聞こえる。そちらを見ると、三人の人影が見えた。


「おはようございます」


僕は三人…アレス、ニース、ブラッドに頭を下げる。


おはようとそれぞれ挨拶を返してくれる。
「皆さん早いですね。早朝訓練ですか?」
アベルが苦笑する。
「君ほどじゃないさ。そう言えば先ほど君の父上に会ったよ」


「そうそう。四英雄のウィルド様に少し似てたね」
とニースが続ける。


「アハハ…他人の空似ですよ?じゃ皆さんの訓練が終わる頃には朝食を作っておきます」


そう言って去ろうとすると、興味深そうに辺りを見ていたブラッドに肩を掴まれる。


「…えっと?何か…」
訝しげにブラッドを見ると、僕の足元と地面を見て愉快そうに笑う。


「ただ者じゃないとは一目見て分かっていたが…まさかこれほどとはな」


「…何の事でしょうか?」


「ふん…。とぼけるならそれで良いがな…。その内相手をしてもらうぞ?」


…地面の跡と靴の減り方で、武術をやってるってバレたか…。
ニースは興味深そうにワクワクしたように、アベルは不思議そうにしている。


「少しだけなんで、ろくに相手出来ないですよ…」


と言ったが…ブラッドの目に好戦的な色浮かべるの効果しかなかったらしい。


肩に触ったのも筋肉を確かめる為かな…。
困った…。


「ブラッド…。ヤマトくんが困っているだろう?」


「ふん…」


困ったような、愛想笑いを浮かべていると、アベルの言葉で肩から手を外してくれた。


これ幸いと、そそくさと帰る僕であった。



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