どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(16)屋敷

日が完全に落ちたからか、街灯や酒場などから漏れ出る明かりが照らす大通りを、真っ直ぐ進んで行くブラッド達のあとを付いて行く。


人通りが多く、賑やかな大通りをしばらく進むと、カルドニア公国の建国に関した話など、様々な逸話が残されているという古い城塞を中心に広場になっている都市の中心部を通り過ぎて、更に歩くとこの都市の中でも金持ちの富裕層だけが住むらしい区画にたどり着いた。


先ほどまで通って来た活気に満ちた大通りと違い、この区画はゆったりとした空気と、一般人が立ち入り辛いなんとも言えない空気が漂っている。


ライトアップされた豪華な屋敷を通り過ぎ、ニース達に案内された先は豪邸だった。


いや、むしろ両隣や周辺の家々に比べれば小さいと言って言い屋敷なのだけど、丁寧に手入れのされていることが伺える色とりどり花や、噴水が設置された庭園に、光を反射して輝いているように見える白亜を中心に、屋根などの所々が青色で纏められた屋敷は、周囲の建物とは違う特別な気品のようなモノを感じさせる。


何度か訪れた事があるらしいブラッドなどは、特に気にする事なく門を抜けてすたすたと先に進んで行くが、アリソンはキレイと目を輝かせ、ルナスも驚いたようにポカーンとしていた。


うん。僕もニースは確実に貴族かなにかだと思っていたけど、ここまでとは思わなかった。


少し歩き屋敷に近づくと4人の人影が、左右2人ずつに扉の前で待っているのが見えた。
1人は燕尾服に身を包んだ気品のある壮年の男に、残りの3人はクラシックメイド服?と言えばいいのか、黒のロングエプロンドレスを着た背丈の違う女性達だった。雰囲気はそれぞれ違うが、整った顔立ちにはどことなく共通点があるからおそらく姉妹だろう。


ブラッドを先頭にたどり着いた僕達に4人は洗練された動作で同時にお辞儀する。


「「「お帰りなさいませ」」」


「うん。ただいま」


ニースが使用人達に柔らかく微笑むと、壮年の執事がブラッドの前に歩み寄り、頭を下げた。


「ブラッド様、本日は遠路はるばる来ていただきありがとうございます」


「構わん、友人の頼みなのだからな。クラウディオ」


「ありがとうございます。どうかこれからもニース様の事をよろしくお願いします。……して、不躾な質問ですが、そちらのお三方はどのような方々なのでしょうか?」


執事の男はブラッドに微笑むと、口元には笑みを形作りながらも、僕達を値踏みするような視線を向けて来た。執事さん的には僕達の素性が気になるけど、主やブラッドの手前、強く踏み込めないって所か。


とりあえず名前だけでも名乗ろうと、僕が前に出ようとする前にブラッドが告げる。


「ふむ。この者達の素性は我が名に掛けて保証しよう。それでは不服か?クラウディオ」


「いえ、充分でございます。それではご案内させていただきます」


クラウディオと呼ばれる執事の男はブラッドの言葉にどこか面白そうに眉を動かすと、タイミングを見計らったようにメイドが扉を開け、執事のクラウディオを先頭に屋敷の中に僕達は入った。


絵画などの美術品が嫌みにならない程度に設置された正面玄関を抜け、廊下を一番前にクラウディオが歩き、僕達が真ん中、一番後ろに3人のメイドという順番で歩いていると、クラウディオが口を開いた。


「歩きながらで恐縮ですが、自己紹介させていただきます。私の名はクラウディオ、卑しい身ではありますがニース様の専属執事を勤めさせていただいております。そして、一番後ろを歩いているのが、姉妹でメイドをしている者達で上から順にエミリア、エミリー、エステルです」


3人が目を閉じて軽く頭を下げる。一番背が高くて、栗色の髪をアップに纏めた眼鏡さんがエミリア、次にポニーテールに活発で好奇心旺盛そうな子がエミリーだろう。そして最後に姉妹共通の栗色髪を腰まで伸ばし、整った顔立ちで無表情なので人形みたいに見えるのがエステルかな?


「紹介が終わった所で、差し支えなければお三方のお名前を伺ってもよろしいですか?」


クラウディオに尋ねられたので、僕らはそれぞれ名前を名乗る。


「ヤマト様、アリソン様、ルナス様ですね。かしこまりました。何かしらご用向きがありましたら、遠慮なさらず仰ってください」


そう言ってクラウディオは少し大きめの扉の前で立ち止まり、振り返ると一礼する。


「さて、お話をしている間に目的地に着きましたのでこちらの方にどうぞ。最初に湯船に使ってゆっくりと旅の疲れを癒やしていただこうとも思ったのですが、それ以上に皆様は空腹のご様子。先に食堂の方に案内させてもらいます」


クラウディオがそう言うと、ブラッド達に異論は一切無いようで「さすがだな」「さすがはクラウディオなのですぅ」と言いながら、赤銅頭やウサミミ娘が入った行くが、僕とアリソン、ルナスは顔を見合わせ立ち止まる。3人とも思っている事は同じようで、突然の来客なのに料理の数は大丈夫なのか?と僕らは思ったのだけど、僕らの心を読んだかのようにクラウディオは微笑んで告げる。


「ご安心くださいませ。食料などは突然訪れるお客様を想定して多めに確保しております。お三方とも安心して席におつきくださいませ」


……それなら遠慮する必要もないか。アリソンとルナスを促して食堂に入りながら思う。心まで読めるとか執事ってどれだけ能力高いんだ?さっきの会話も、玄関から食堂に着く時間を完璧に計算して話していたように思えてくる。


僕がそうした気持ちでクラウディオを見ると、クラウディオは僕が何を思っているのか分かっているように意味深に笑う。


……どうにも執事は食えない人種らしい。








その後は談笑しながら、美味しい料理を堪能した。美味しいと僕らが言うと、メイド3姉妹の次女であるエミリーが作ったらしく、ドヤ顔で中々のボリュームを持つ胸を揺らしながら胸を張った。僕がその様子を見ていたら、なぜかは知らないけど僕の左右に座るアリソンとルナスから、ちょっと変な汗をかいてしまう威圧感が放たれたり、本日何度目になるか分からない口喧嘩をブラッドとサーシャが始め、放って置けばいいのにそれをニースがあわあわしながら止めようとしたり、母性的でありながら妖艶な色香を漂わせる美女、変態マリアがアリソンとルナスに粘つく視線を向け、その様子をアザルやクラウディオなどのミドル組が面白そうに見るなどと、予想と違い何も聞かれる事なく、賑やかな夕食を過ごしたのだった。


そのあと浴場に案内され、なんかブラッドとアザルと一緒に風呂に入る事になった。どうせならと僕はニースを誘ったのだけど、慌てたようにニースは用があるから後で入ると言ってクラウディオと去って行った。


まぁ、予想通りだ。


僕を入れた暑苦しい筋肉質な3人で、適当に会話しながら入り、嫌な予感しかしない下方向の話アザルが切り出そうとしたのを止めたり、隣の浴場から聞こえる少女達の桃色声ガールズトークに変な沈黙が、男湯を襲ったりしながら風呂を満喫して外に出た時……事件は起きたのだった。









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