どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(9)村からの旅立ち

突然、ウィルドに村を出ると告げられた2日後。


村を背にして、僕は街道の出る方角に一歩踏み出してから、村の方を振り返った。


両隣には名残惜しさを払うように村を見つめるアリソンと、何かあったのか決意を固めたような表情をしているルナスが外套に身を包んで立っている。


かく言う僕も、カルラさんから譲り受けたリアンさんの遺品である外套を身に纏っている。


アリソンとルナスの外套はカルラさんのお下がりだ。ちなみに全員黒なのでフードを被ると、怪しい事この上なく……端から見たら不審者だ。確実に日本なら職務質問を受けるだろう。


ま、そもそも外套自体が雨風を凌ぐ事を目的に作られているから、盗賊や魔物に襲われそうな派手な色の物など存在しないはずだけど……男がピンクの外套を着ていたら色んな意味で怖いし、基本的には黒、茶、カーキ色だろう。


それとルナスはエドさんから受け取った特殊な染料で、髪を空色に染めている。似合ってはいるものの、いつかは堂々と銀髪をしていても問題ないようにしてやりたいと思う。


しかし……一昨日は様々な説明と言うか事情を聞かされた。
ルナスの事を気遣う理由も分かったし、レイダーさん達が普通じゃないとは思っていたけど、異世界だから常識が違うのだろう。…なんて自分を納得させていたけど、話を聞いてやっぱりかと納得した。


通りで村人のほぼ全員が、何かしら武術などの戦闘訓練を受けたような身のこなしをしている訳だ。


ルナスも含めた村人全員が集まり、話を聞かされた僕は当然のように手伝おうとしたのだけど…断られた。


「大人はな。子供に自由な選択肢を与えるのが仕事で、選択肢を狭める事じゃねぇ。その気持ちは嬉しいが、俺達の尻拭いを手伝わせる訳にはいかねぇよ」


とレイダーさんに言われ、村人全員がそれに賛同した為に僕としてもそれ以上何も言えなかった。


「ヤマト。お前は自由に生きろ。ま、最初は冒険者にでも成れ。冒険者なら腕っ節一本で財を成せるし、社会的地位も高いからな。そうしてこの村の外を見て、色んな考え持つ連中と出会って、様々な事を経験しろ。その上で……お前が俺達と肩を並べようてんなら、止めねえさ」


そうして次にルナスの母親についてレイダーさん達は語った。詳しくは言わなかったけど、何でもルナスの母親は村人全員の命の恩人らしく、彼女が居なければ村人全員が死んでいたそうだ。


全て話終えるとアリソン、リコリス、ルナスの三人には2つから選んでくれとレイダーさん達は言った。


ルナスについては手を出さないと、確約させたものの何処まで適用されるか分からないので、護衛が必要だし。
アリソンとリコリスがカルラさん達の子供と知れた場合、非常に高い確率で狙われる可能性があるらしい。


本来なら村人達で守れば良いのだけど、村人達は大陸全てが敵になる前に攻勢に出る準備をしなければならず、手が空くものがいないし、レイダーさんやウィルド自身が護衛に付かないと不安があるそうだ。


それで一つはアリオンに行くウィルド達に付いて行き、ウィルドの師匠である【剣神】の庇護の下で暮らす事だ。


確かにウィルドより強いと言う【剣神】に守って貰うのは悪くないだろう。






そして2つ目は……僕に付いて行かせる事だった。


自分でもそれなりに強いと思ってはいるけど【剣神】の方が絶対に安全性が高いだろうと言おうとした時には、アリソンとルナスは僕について行くと即答していた。


何とか説得しようとしたのだけど、周り全てがニヤニヤとした笑みを浮かべて、数の暴力で僕の意見は封殺された。


政治家は何をやっているんだ?


一人の賢者の意見を大衆が押し潰す、民主主義の弊害を何とかして欲しいものだ。


「むぅ。本当は……お兄ちゃん達について行きたいけど、今の私(:::)じゃ足手まといいになるからいい。ウィルドおじさんのシショーの所に行く」


と言ってリコリスは、カルラさん達と一緒に海を渡りアリオンに行く事を選んだ。


そうして村を旅立つ事になったのだけど、その次の日は旅の準備と何やら「お前だけ残れ」「ついて行く」など色々言って駄々をこねる狼の説得に1日を費やす羽目になった。


と言っても一番時間が掛かったのは食材などの整理で、在庫全てを日持ちするような保存食と、ある程度日持ちする携帯食にするのはなかなか時間が掛かった。
それと武装に関してはレイダーさんに黒鋼くろがねと言う超硬度超重量を誇る鉱石を基に造られた長剣と投擲用の短剣を三本、サバイバルナイフを貰った。


旅の必需品については、一番近い都市である城塞都市エネルまで半日も掛からないそうなので、雨風を防ぐ外套と不測の事態に備え、自前携帯食と保存食を二、三日分だけを持って行くことにした。


外套についてはカルラさんに譲り受け、そのあと簡潔な世界情勢や常識などをエドさんに教わり、最後に天秤が彫られた指輪を渡された。


エドさんの話によるとこれを見せれば身分証の代わりになるらしい。
あとエネルで困った事があればアルドと言う人物を頼れば力になってくれるとの事だ。


そうした細々とした準備などを終えた翌日、僕達は村を背にしていたのだ。


ちなみにだが村には誰も残っていない。何らかの手段で監視されている可能性があるので、陽動の意味もありレイダーさん達は先に村を出たからだ。


最後に村を出るときリコリスが僕とアリソン、ルナスの三人に涙を浮かべて抱きつき、カルラさんはアリソンを優しく抱きしめた。


次にその姿をジッと見ていたルナスを、カルラさんはアリソンと同じように優しく抱きしめた。最初は驚いていたルナスだったが……黙ってカルラさんの胸に顔をうずめた。


僕も最後に抱きしめられ「2人の事お願いね……」と耳元で言われたので、僕はカルラさんを安心させるように「はい!」と力を込めて頷いた。


あとレイダーさん達には毛根が心配になりほどに頭を撫でくり回され、グチャグチャされた。


「……ヤマト、行きましょう」


村を見ていたアリソンは何かを振り払うように首を振って言って、ルナスの方を見ると硬い表情で頷いた。


とりあえず僕は……右に立っている二人の頬を引っ張った。


「ひゃあ!?」


「…ふぇあ?」


痛かったのか抗議するように潤んだ瞳でこちらを見る二人に、僕はため息を吐いてから言った。


「いや、二人とも今生の別れ……って訳じゃないんだから硬くなりすぎ。当分先の事になると思うけど……問題が解決したら帰って来るんだから」


「「……っ!?」」


二人は呆けたようにこちらを見た後、アリソンは笑顔で「うん!」と頷き、ルナスは「はいっ!」と僅かに口元を綻ばせて頷いた。


さてと……とりあえずは冒険者としての地位を確固たる物にしようか。多少のしがらみは有るだろうけど、そっちの方が選べる手段が増えるだろう。


僕は最後に村の空気を肺に一杯吸い込むと……村を旅立った。







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