どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(7)大人達の話し合い



「いや〜アリソンちゃん、いつの間に打撃技を鍛えたんだ?……本気で痛かった」


アリソンが僕を解放するのを見計らって、ウィルドがアリソンに話かける。


「えっ?鍛えてないですよ?おじさんが知ってる通り、私がお父さんとおじさん達に教えてもらったのは護身術、相手の力を利用するのが前提のあくまで身を護る術ですもん」


キョトンとした顔で言うアリソンに、ウィルドは微妙な表情を浮かべ「……恐ろしいのは血筋か」と小声でつぶやいた。


どうやら本当に痛かったらしい。ま、下手に腹筋に力を入れたら、アリソンが突き指などの怪我をしかねないから、力を入れなかったのだろうけど。


ちなみにアリソンは、本人の言うように護身術を修めている。確かな武術的な才能を父親であるリアンさんから継いでいるので、ウィルドやレイダーさん、リアンさんが闘身術を使えないのを残念がっていたくらいだ。


闘身術が使えない理由はアリソンの場合、平均を大きく上回る並外れた量の魔力を持っているうえ、魔力の制御が未熟な為、闘気を使おうとした時点で反作用が起きてしまうので、本人も周りも武術方面は諦めている。


まぁ、魔術も魔術で制御が未熟な所為で、回復魔術はともかく、攻撃魔術は使い所が難しいのモノになっているのだけど……。


「よっ。はい、ウィルド」


僕はそう言って、ウィルドの前にザ・日本の朝食が乗ったお盆を置いた。


「おぉ!良いねぇ!アリオンなら普通に食えるとは言え、やっぱり村に帰って来たらヤマトの料理を喰わないとな!……って、なんで4つも用意してあるんだ?」






「ん?ああ……実は」


疑問符を浮かべるウィルドに僕は今までの出来事を教えた。








「魔族の女の子ねぇ?」
(レイダーの奴の反応を聞く限り、あの人の子か……。こりゃ年貢の収め時かね)


話を聞き終えたウィルドは、何かを考えるように視線を横に向けた。
ウィルドの反応を見る限り、やはりと言うべきか心あたりがありそうだ。


僕の視線で言いたい事を理解したのか、ウィルドはふっと表情を緩め、苦笑した。


「ヤマトの聞きたい事は分かるが、ちょっと待っててくれ。話し合わないとヘタな事は言えなくてな」


「ま、いいけど。レイダーさんにも同じ事言われたし」


「悪いな……。お前の作ってくれた飯を食ったら、すぐにレイダー達と話して来るからよ」


そう言うウィルドにとりあえず、僕は待つことに頷いた。


「ねぇ?おじさん。その話は私にもしてくれるのよね?」


黙って聞いていたアリソンが、ウィルドにそう言うとウィルドは頷いた。


「ああ……。アリソンちゃんにも、ちゃんと話すさ」


「ならいいけど……」


話す事を約束したウィルドに、アリソンも納得したようだ。


「さ、アリソン。ご飯が冷めない内にルナスの所に行こう」


「うん」


「おぅ!また後でな」


頷いたアリソンと僕の2人は、一緒に二階に上がるのだった。






ヤマトの作った朝食を、1人寂しく食べ終えたウィルドは、レイダーの住む小屋にやって来た。
ウィルドは鍵も掛けていない扉を開けると……そこには正座をしたレイダーとニコニコとした笑顔を浮かべ、異様な威圧感を出しているカルラが居た。


カルラ・ワーズボア。美しい真紅の髪に、シャツとジーンズの上から、エプロン身に着けた上からも分かる抜群スタイルで、アリソンを大人にしたような美女である。


「……えっと失礼しました~」
君子危うきに近寄らず!とばかりに、ウィルドはそそくさとその場から逃げ出そうとしたが……。


「ウィルド?」


たった一言。されど言外に「逃げたらどうなるか分かるわよね?」と言う意味が込められた声に、ウィルドは逃走を諦めた。






通常レイダーの住む小屋は、テーブルには飲みかけの酒や、つまみなどが散乱し、床には脱ぎ散らかした衣服と空になった酒樽などが転がっているのだが……今はそれらは見当たらず、小屋は小綺麗に片づられていた。


その片付けられた小屋の中で、俯いて「くそ……なんで俺が片付けまでやらされるんだ」とウィルドは呟き、レイダーは「エドの野郎……」と怨嗟の声を上げながら2人仲良く正座していた。


「さて、とりあえず片付けも終わったし、1人で特攻を仕掛けようとしたバカの話を詳しく聞こうかしら?」


あまりの部屋の汚さに、レイダーとウィルドに指示を出しながら、片付けを終えたカルラはそう言ってレイダーを見据えた。


「えっ……とな」


逡巡しながら何かを言おうとするレイダーに、カルラはどこまでも笑顔で告げる。


「ちなみにだけど……これは俺1人で決着を着けるべき問題だと思ったから……なんて言うなら殴るわよ?」


「ぐっ……!」


カルラに言おうとした事を先に言われ、苦虫を噛み潰したようにレイダーは顔をしかめた。


「ふむふむ。予想通り良い感じに怒られてますね。レイダーさん」


そこに、いい気味だと言わんばかりに口元を歪めたエドが現れた。


「てめぇ!エド!」




「おや……?何ですかその態度は?悪いのはどこのどなたでしたっけ?ねぇ?カルラさん」


「そうね?似合わない自己犠牲精神なんかで、1人特攻を仕掛けようとした大バカは、どこのどいつかしらねぇ……?」


2人に同時に責められたレイダーは、顔に青筋を浮かべて逆ギレ気味に叫んだ。


「アアッ!?くそがっ!俺が悪かったよ!本当に!だから、んなネチネチと言うんじゃね!」


「なー?どうでもいいけど、俺はそんな悪い事してないよね?正座止めて良いよね?良いよなぁ……?」


すっかり忘れられているぽいウィルドは、誰に言うでもなく、疲れたような声で呟くのだった。










「さて、遊びはこの辺にするとして本題に入りましょうか」


そう言ってエドはメガネの位置を直すと、顔を引き締め、確認を取るように同じテーブルを向かい合わせに座っている三人に目を向けた。


レイダーは「おぅ……」と短く答えて、腕を組み、カルラは娘達やヤマトには見せたことのない怜悧な表情で静かに頷いた。


……ウィルドだけが「なぁ?最近俺の扱いひどくね?ひどいよな?」とでも言いたげだったが、空気を読んだのか軽い雰囲気を引き締め、真面目な表情に切り替えた。


「まず始めにここまでの経緯については、カルラさんには私が、ウィルドさんはヤマトくんからの話で推測していると思うので、そこは省かせてもらいます」


三人は頷く。


「では我々がどう動くかですが……。その前に正直な話、虐殺を厭わず、犠牲もその後の事も考えないと言うのなら……1%以下の確率ですが、マギアソールに特攻を仕掛けて、彼女ルミナスを救失するのも不可能と言うわけではありません。……成功しても確実にほとんどの人が死ぬでしょうし、凄惨な結末しか思い浮かびませんがね。で、レイダーさん一人で行った場合は……」


そう言ってエドはチラッとレイダーを見る。


「ああ……!もう充分分かったから、いい加減に許してくれてもいいだろう!?悪かったって!」


忌々しげに叫ぶレイダーに「ま、話が進みませんし、これだけ言えば反省しますか」とエドは呟いて、レイダーに向けていた冷たい目を幾分和らげるエド。


「さて、我々が相手にしようとしている人教ですが……今やこの大陸で一番大きな勢力に拡大しています。南のマギアソールを拠点に、西のウィクトル王国と、大陸の東に位置し我々が潜んでいるカルドニア公国に信者を増やし、一定数の権力者も取り込んでいます。そのため残念ながら人教を相手にすると言うことは。まぁ……大陸の大半を敵に回す事になるでしょうね」


重々しく言うエド。


「今更ね……」


「ああ。今更だな〜」


「ふん!で、エド、お前はどうするつもりなんだ?さすがの俺もそれくらいは予想がつくが」


重々しい言葉と内容であっても、今更と言って三人は笑う。


全く頼もしい限りだ……。


エドはそう思うと、三人の笑みに釣られるように、笑みを浮かべた。


「頼もしい限りですね。それで我々がやるべき事ですが……それは現在人教に汲みしていない勢力全てを味方に引き込む事です」


大陸に存在する勢力は、東西南北に別れた四カ国に、マギアソールの国教となっている人教。
エドワード商会を筆頭とした各商会に、人々の生活を支える冒険者組合ギルドが主に上げられる。


「ま、だろうとは思ったが……で?味方にするにしろどこからにするんだ?」


レイダーがそう言うと、エドは眼鏡を直して答える。


「はい。まず最優先でこちらの味方にしたいのは、帝国と……そしてアリオンです。商会関連は私がどうにかこちら側に味方に引き込みましょう。全ては無理でしょうがね」






「へぇ〜。アリオンか……俺の古巣だが、カルドニア公国建国の祖。カルドニア公が異常なまでに外交手腕が優れていたから、敵対関係だったカルドニアとアリオンは交易関係が結ばれただけじゃなく、今や同盟すら結んでいるが……頭の固い年寄り共が多いぜ?」


「勿論知っていますよウィルドさん。ですが……帝国、アリオン、両方の後継者争いに人教が横槍を入れているという情報があるのです」


ウィルドはため息を吐いた。


元来、帝国とアリオンは人教の思想が広まり難い。
帝国は古くから多種族が住んでいるので、歴史的にも思想的にも人教は受け入れ難く、アリオンはアリオンで独自の宗教観を持っている為、人教が入る事は出来るのだが……残念ながらそれを広めるのは難しい。
が、国家元首が人教を広めると言うのならまた話は別だ。
人教を信仰する者には、税金の軽減などの優遇政策を行い、人教を否定するものには、罰則を与える。
そんな環境の中では、大抵の人間は人教を受け入れるだろう。受け入れれば明確なメリットが、否定すればデメリットしかないのだから。


もちろんそんな事になれば、亜人達は反発し反乱を起こすだろう。だが、そんなものは軍事力と言う名の暴力で押し潰せばそれまでである。後は生まれ来る子供全てに人教の思想教育を行い、数十年も経てば人教が世の中の常識となる。


「そりゃ確かに最優先で後継者への干渉を止めないとな。帝国とアリオンまで人教一色に染まったら、俺達や亜人は八方塞がりの四面楚歌って最悪の状況に陥る訳だ」


ウィルドはそう言いながら、ボリボリと嫌そうに顔をしかめた。


「ええ……。将棋で言えば王手をいきなり掛けられたようなものですからね。こちらは動ける者が少ないですが、あちらはいくらでも動かせますからね。アリオンと帝国を優先するにしても、何かしらの手を打たない限り、防戦一方のジリ貧です」


そう言って肩をすくめるエド。カルラは美しいラインを描く顎に手を当てて、首をひねる。


「レイダーとエド達は帝国、ウィルドはアリオン行きが確定として、私はどうしようかしら?それに子供達をどうするかも考えないといけないわね……」


……沈黙。皆が黙りながら、子供達をどうするべきか、考えを巡らせる中でエドが口を開いた。


「子供達の件、と言うよりヤマトくんの事で提案があるのですが……」


「おい……?ヤマトを巻き込む気か……」


レイダーが静かでありながら、恐ろしいまでの重圧が込められた声を発すると。


「エド?それは感心しないわね……」


カルラが目を細める。


「いや〜。全くスゴいな?この状況で冗談を言うんだから……な?」


ウィルドがあくまでも陽気な口調を崩さずに、底冷えするような声を発した。


三人に圧力を伴った問いかけに、エドは震えそうになる身体を必死に抑えた。


「……まず謝ります。ですから、お願いです。まずは話だけでも聞いていただけませんか?」


三人は視線を合わせると、気まずげに頷いた。
エドもアリソンとリコリスは娘のように可愛がっているし、ヤマトの事もかなり気に入っているのだ。何の理由も考えもなく、ただヤマトを巻き込もうとするような男ではない。
さすがに話も聞かずに、エドに怒りを向けたのは大人気ないと、三人を代表してレイダーが頭を下げた。


「悪いな……ちょっと頭に血が上っちまった。続けてくれ」


エドは首を振って「いえ……ありがとうございます」と言うと続きを話し始めた。


「それでヤマトくんですが……彼には冒険者になって貰うのはどうでしょうか?」


「ほぅ……」「へぇ……」「ふーん……」


三人は三者三様に反応すると、考えを巡らせた。


この世界の主な冒険者の仕事は魔物の討伐、一獲千金や鍛錬、今の技術力では再現出来ない魔道遺物アーティファクトと呼ばれる神が作ったとも、古代文明が作ったとも言われる迷宮ダンジョン探索がメインとなる。


前者の目的は魔物が体内に宿す魔石の回収と、防具や武器、装飾品や薬、美味な食材となる魔物の素材を手に入れる事で、今や魔石は人々の生活になくてはならない生活必需品の魔具を動かすエネルギー源となっており、需要が減ることはなく、魔物の素材は様々な物に使われるので、特定の魔物から素材を手に入れて欲しいと冒険者 組合ギルドに搾取依頼が出されたりする。


そのためこの世界の人々の生活基盤を支える冒険者 組合ギルドの役割は大きく、国同士の争いに干渉しない事や、国の法を冒険者 組合ギルドが妨げない限り、国の干渉は禁じられてなど一種治外法権が認められており、各国緩衝地帯である大陸の中心地点にはギルド本部を中心とした冒険者都市・アドランが存在している。


「悪くはないな……。冒険者なら下手に国の干渉を受ける心配もねぇしな。人教の連中も、亜人も多く所属してる冒険者は後回しにするだろう。問題は……」


レイダーはそう言って、意味ありげな視線をカルラに向けた。


「娘達ね。アリソンはヤマトくんに完全に惚れてるし……リコリスもかなり懐いてる。同世代の異性がヤマトくんだけだと言っても、本当に色男なんだから」


レイダーの言わんとしている事を読み取ったカルラは、そう言って困ったように頬に手を当てるが、目は完全に笑っていた。


「ああ……。多分だが、ルミナスの娘も怪しいぞ?何せヤマトだからな~」


ウィルドはそう言って、にやっと笑う。


「ま、何にしろ他の奴らにはこの件を伝えて、各々判断して貰うとしてだ。俺達だけで勝手に決めれる問題じゃねぇからな。ヤマト達にも事情を話して自分達で選んでもらうのが一番だろう。……よしんばヤマトが冒険者達をこちら側に引き込めれば~って言うエドの思惑を入れても、ヤマトが冒険者になるってのは悪くはない選択肢だしな」


「ぐっ……!?」


話をまとめたレイダーに思惑を言われ、妙な呻き声を上げて、気まずげに視線を逸らすエドだった。

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