フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~

神依政樹

お兄様に喧嘩売る

雪解けが終わり、時折吹く風から冷たさが消え、暖かいと感じていた陽射しに少しばかりの暑さが混ざり始め。中庭を彩る花が彩りを変える晩春。


ディアナと出会ってから一月程の時間が経っていた。


自分一人の事なら、じっくり腰を据えてやるが、ディアナを助けると決めた以上は兼ねてから考えていた計画。


まだ未成熟な飲食産業を発展させて一儲けしよう計画に向けて本格的に動き出すために、エミリアに誠心誠意お願いして市場調査をして貰った。


乳製品、果物、穀物、卵、肉、魚、野菜などの市場価格と、季節事の価格変動。それと実際に売っていた果物を買って来てもらい、食べたのだが……微妙だった。不味いわけではないのだけど、美味しくも無いのだ。


比べてみて普段食べてる果物が最高級品だと始めて分かった。そう言えば周りの反応から実感ないけど王族なのよね。俺。


と言っても世界で一番流通している果物の品種が多い、美食大国日本で売ってる果物の方が圧倒的に美味しいって言う悲しい現実があるんだけど……。


まだまだ先の青写真だけど、出来れば作物の品種改良とかにも手をつけたいなぁ……。キル○ェボンみたいな高級フルーツタルト店とか作りたい。専門知識がない以上、何年、何十年かかるか知らんが。


ま、とりあえずはあんまり食文化の発展していない庶民達に……軽食、定食屋、居酒屋、カフェ、ケーキ屋の順に手をつけて認知させて行くけどね。それと裕福層や貴族向けに、生菓子や高級レストランをやる予定だ。


この世界って中世ベースなのに、便利な魔道具があったりと、文化レベルが高いのに食文化が庶民の間ではあんまり発展してなくて、軽食を出す店くらいしかないとか、まさにご都合主義ファンタジーな世界なんだよぁ。


まぁ、王子なのに権力がなく、財力が欲しい俺にとっては好都合なんだけどさ。


……そういえば一つだけ妙な点があって、同じ品物なのに、主食になる穀物等は価格差が店によって倍近くあったりしたな。何でだろうか?まぁ、商人に知り合い等いないのでからくりは解らんが、気になるので今度リグ公爵にでも聞いてみよう。


リグ公爵が任せれている東の方は、国一の食料産地のだったはず。


それとディアナがお兄様に会いに三日に一回程の割合で来るのだが……何かと理由をつけて避けられているようで、一緒にお茶したり、遊んだりしている。


それになぜかリグ公爵がお茶をしていると二回に一回は混ざって来るようになった。


あの人、忙しいはずなのに素知らぬ顔して用意したお菓子食べてくんだよね……。今や、四人前用意するのが当たり前になっちゃったよ!


まぁ、投資と思えば安いけどさ。将来的にはただ食べるだけでなく、庶民にも食べることを楽しんで欲しい的な事を言ったら、賛同して協力してくれるって言ってくれたからな……。


子供の言うことと思った単なるリップサービスなのかも知れんが、その内リグ公爵にはお世話になることにしよう。


王家の名前が使えなかった場合、公爵の名前は最上だからなぁ。信用も信頼も宣伝も。仕入れルートの確保も出来れば最高。


将来的には美味しい物と言ったらリグ公爵印!とかになるかもね。


それと俺と親しくしてたら王妃様の不評を買うんじゃないかしら?と心配でそれとな~く一度聞いたら「アル……アウレール王から許可を貰っているのだから、誰にも文句は言わせないさ」とウインクされながら言われた。


……アラフォーの癖に妙にウインクが似合いやがる。まぁ、たぶん気を使われてるんだろうけど、俺と親しくする人物をいると周りに見せているんだろう。


ちょっとだけすれ違うメイドの態度が良くなった気がするし。ちょっとだけね。


あっ、もちろん視線が痛いのでエミリアさんの分のお菓子は最初から用意してるよ?


「……イン、カインってば聞いてますの?」


考え事をしていると、拗ねたように膨れっ面をしたディアナが睨んできた。やだ、可愛い。


……王妃様やエミリアさんの睨みとは格が違うってもんですよ。二人に睨まれたらチビるもん。俺。


ちなみに前世の姉の睨みは俺どころか、裏家業のお兄さん方を本気でひびらせてたよっ!女王どころか、黒の女帝とか呼ばれてたね!


「ごめん、ごめん。聞いてるよ。またお兄様に相手にされなかったんでしょ?」


「そうですわ!……私、婚約者ですのにアベル様は忙しいの一点張り、嫌われてるのかしら……」


「そんなことはないと思うよ?」


ディアナと言うより、お兄様は異性という存在そのものにまだ興味を持ってないんだろう。今は武芸に勉学に夢中みたいだしな。あと、アズマさんと良く一緒にいるよね。


……これは侍女や令嬢達が喜びそうな噂でも流すか?禁断の恋とか言って……うん、止めておこう。アズマさんにバレたら、確実に報復される。ま、高レベルぼっちにそんな事は出来ないんですけどね?


「……そうなんですの?でもやっぱり、もっと仲良くなりたいですわ。お互い親が決めた許嫁に過ぎないからこそ、アベル様の事を知りたいと思いますし、私の事を知っていただきたいのです。……何より私を受け入れてくださった方で、カインのお兄様ですもの」


微笑み、そう言うディアナは綺麗だった。思わず見蕩れるほどに……。


なんと言うか……これが貴族令嬢か。ただ可愛いだけの女の子じゃないな。子供っぽい仕草で目立たないが、年齢の割に理解力とか頭の回転が速いし。気品と覚悟があるからか、それとも生来の気質なのか、人を惹き付けて、この人の為に頑張ろうと思う魅力を持っている。


勿体ない……迷信なんて気にせず、ディアナ自身を見ればいいのに。


「……あの、か、カイン……?黙って見詰められると、さすがに照れますわ……」


「ああ、ごめんごめん。ディアナに見蕩れてた」


「き、急にな、何を言うですの……!?」


顔を赤くしてあたふたするディアナは、やっぱり最高に可愛い。さっきの凛とした感じもいいけど。ほんまにめんこいわぁ。と言うか、この子は本当に褒められたりするのに慣れてなさすぎだ。


おじさん的に将来が心配です。


ふーむ、しかし、お兄様と仲良くか……ディアナと俺のバッドエンドを回避するためにも、ちょっと考えてみるか。


とりあえず、一番お兄様の側にいる人、アズマさんに相談するか。……本当は王妃様と同じくらい関わりたくないだけど。


★★★


「へぇ……。カインが僕に話なんて珍しいね。何のようかな?」


翌日、一人で歩いていたアズマさんに話しかけると、相も変わらず、にこにこ笑顔のニコニコニッー!と柔らかく微笑まれた。


ふぇぇっ……気持ち悪いよぅ。作り笑いするにも、もうちょっと心を込めて欲しいわ。これが素敵とか騒いでる女はどうにかしてるね。怖いだけだって……。


「えっと……ちょっと、相談があるんですが……」


「うん?何かな?親友の弟……つまり僕にとっても家族みたいな存在のカインからの頼みだ。できる限りの事はするよ」


つまり……兄の親友である僕が困ったらできる限りの事はしてくれるんだよね?ってことですよね?……頼むのは間違いだったかもしれない。


でも、俺が何か頼める人って、厨房で一番話す見習いコックのソーマとリグ公爵、エミリア、ディアナ、この人の五人だけなんだよね。やったっ!片手で足りる人数しかいないね!……お父様も聞いてくれそうだけど、忙しいらしいし、最近は王妃様の機嫌が悪いってエミリアさんが言ってたので、君子ではないが望んで危険に飛び込むつもりはないのです。


何よりお兄様の好みとか聞くなら、アズマさんが一番だろう。


「実はカクカクウマウマで……」


「なるほど、シカシカウマウマと……確かにアベルの好みを聞きたいなら、僕に聞くのが一番だろうね」


……いや、のってくれたことも驚いたけど、何で分かるんだよ。ドン引きだよ……。


「いやだなぁ……?そんな目で見ないでよ。ただ、寂しいことにカインは個人的な事では僕に頼み事をしないと思ったからね。となると、専属のエミリアか、ディアナ嬢関係。……そして、専属に何か有ればなりふり構わずアウレール様に直談判すると思ったから、消去法でディアナ嬢とアベルの仲を取り持とうとしてるのかと思ってね」


……やだ。本当に何なの?この人。お兄様の親友とか乙ゲーじゃなくて、三百六十五日の殆どが殺人事件に遭遇する呪いを受けるサスペンスの世界に産まれるべきじゃないですか?


「……でも、カインは良いのかな?ディアナとアベルがこのまま仲良くなっても……」


「何でです……?喜ばしい事じゃないですか」


そうすれば安心安全……って訳じゃないけど、バットエンド回避に確実に近づくのだ。嬉しい限りじゃないですか。


「そうかい?僕の思い過ごしだったかな……。まぁ……いいか。アベルはああ見えてお菓子とかの甘いものが好きだよ。それとちょっと戦闘狂と言うか……誰かと競うのが好きだね。最も最近はその相手に不足してるからか、機嫌が悪いようだけど」


ほぅ、甘いものが好きとは好都合だな……。ディアナに作り方を教えて餌付けさせるか。


アズマさんに礼を言って立ち去ろうとすると声を掛けられた。


「吉報を待ってるよ。それと……アベルの心を解きほぐしてくれるのをね」


「まぁ……頑張ってディアナをサポートします」


「……そう言うことじゃないんだけど……いいか。君には期待してるよ。本当に」


ディアナほど可愛い娘に好意を向けられたら、大抵の男は落ちるだろう。俺なら三秒で落ちる自信があるね!


……問題はお兄様が異性に興味をまだ持ってないことだけど、それはお菓子エサで釣って徐々に仲良くなっていけばいいだろう。






と言うわけで一月の間にクレープとホットケーキの作り方を覚えたディアナさんには、クッキーを作って貰うことにしました。


前世でも七世紀頃のペルシャが発祥と言うことで、この世界にもクッキーはある。


と言っても、旅の間に食べる保存食としての傾向が強いらしく、甘いクッキーは貴族達がお茶の共に食べるくらいで、庶民の間ではお祝い事があると配られる程度らしい。


そして、クッキーと一言に言っても、粉の種類、水分量、卵、バター、砂糖の種類の組み合わせをどうするかで、無限と言って良い味になるが、とりあえず、サクサク、ホロホロ、しっとりの三種類を教えた。


「う、受け取って貰えましたわ!ご一緒お茶をと思ったのですが、気分が優れないのか……断られ、あまりお話し出来ませんでしたが……」


張り切って作ったクッキーを持っていったディアナに、嬉しいような悲しいような複雑な顔でそう報告された。


……うーん。機嫌悪いのか。アズマさんも言ってたんだよな。止めとくか?


「……ディアナ。しばらく時間を置こうか?機嫌が悪いのなら、逆効果になりかねない」


「そうかも知れませんが……だからこそ、悩み事などを抱えているのなら、少しでも力になりたいのですが。……ダメ……でしょうか?」


「……いや、ダメじゃないよ。でも、あまりやり過ぎるのも考え物だから、一週間後にもう一度だけ渡して、喜ばないようなら時間を置いて、次の作戦を考えよう」


「っ!分かりましたわっ!」


そう言うと嬉しそうにディアナは笑った。ま……もう一回くらいなら大丈夫だろう。一応心配だから、様子を影から見守る事にするけどね。






一週間後、どうせなら気分が多生なりとも良くなるようにと、リラックス効果があるリモネンが含まれるレモンを使った焼き菓子を……と言うことでレモンのパウンドケーキをディアナに教えた。


名前の語源が、小麦粉、バター、卵、砂糖を一ポンドずつ使うと言う事から来ている通り、分量を覚えるのが簡単なこのお菓子に、すりおろしたレモンの皮と、果汁を加える。最後にレモンの香りを付けた砂糖で化粧コーティングしてやれば、ケーク・シトロンの完成だ。


味は甘酸っぱく、普通のパウンドケーキに比べ、しっとりとした物が出来上がる。今から夏にかけてアイスティー等と食べたい焼き菓子である。


「これなら絶対アベル様も喜びますわっ!」


味見で瞳を輝かせたディアナはバケットにパウンドケーキを入れると、喜び勇んで飛び出した。


その後ろ姿を送り出した俺は早速見守るために、気配を消すと尾行を開始した。うん、端から見たら完全にストーカーだね!


それと、本当は何日か置いた方が味が馴染んで美味しいのが……いいだろう。






さすがに公爵令嬢として走ることはしないようだけど、気持ち早歩きでディアナは進む。


気分は初めてのお使いを見守る親である。と言うか、お兄様の居場所を把握してるのかしら?あの子。


「もし、そこのお方。私はディアナ・リグ・マグナリアと申すものですが、アベル様の場所はご存知ないかしら?」


と思っていたら、知らなかったようで通りすがりのメイドに場所を訪ねていた。


「は、はいっ!アベル様は訓練所に要らしたはずです!」


「そう。お礼を言いますわ」


そう言って笑顔を浮かべて去るディアナをポカーンとメイドは見送る。うむうむ、ちょ……教育の成果だな。


ディアナの尾行を続けると訓練所にたどり着いた。訓練所と言っても貴族の次男坊などが多い近衛などの身分の高いエリート専用なので、一般兵とは比べ物にならないくらい設備が充実してるし、清潔に保たれてる。


ちょっと前に興味本意で一般兵達の訓練所に侵入した事があるけど、男臭いの一言だった。


ジムと高校の体育系部室の違いと言えば多少は分かりやすいかもしれない。


そこでお兄様は苛立ちを晴らすように一心不乱に訓練用の剣を振るっていた。なんだ……あれ。


ここ最近はお兄様を監察してなかったが、酷い有り様だ。剣速も、剣圧も十歳とは思えない大人顔負けのレベルだが、それだけだ。動きに理もキレもない。あれじゃ子供ががむしゃらに棒を振り回してるのと大差ないぞ。


……いや、子供なんだけどさ。


「ご、ごきげんようですわっ!アベル様」


お兄様が振り回していた剣を止め、息を整えているのを見計らい、ディアナが声をかけた。


「ああ……お前か」


お兄様の態度は素っ気なく、まるでディアナに興味を示していなかった。どうやら最低限張り付けていた仮面そとづらすら、着けるのが面倒になったようだ。


「そ、そのですね?美味しい焼き菓子を作ったので、宜しければご一緒にお茶などいかがですか?」


そう言って、ディアナが差し出すようにバケットからパウンドケーキを取り出す。すると、お兄様はパウンドケーキを手に取り……地面に落とすと踏みつけた。


「……ちっ……この際だから言っておくぞ。ディアナ・リグ・マグナリア。煩わしい真似は止めろ……!わざわざ媚を売らずとも、お前を婚約者から外したりはしない。目障りだから、必要な時以外は俺に近づくな」


「っ……!も、申し訳ありませんでした……」


……俺のミスだ。機嫌が悪いとアズマさんから言われてたのに……ディアナから聞いていたのに、止めなかった俺の……


「で、ですが……その焼き菓子はこれならアベル様も喜ぶだろうと、カインが考えて、作り方を教えてくれた物なのです!私の事をどう思おうと、どう言おうと構いません。そのお菓子を無下に扱った事だけは謝ってくださいませ!」


……ドレスの裾を握って、震えながらディアナは言った。バカだな……。俺の事なんてどうでも良いのに……なに余計な事言ってんだよ。


「チッ……!どいつもこいつも、無能ほどよく吠えるっ!白病の欠陥品が……っ!」


それ以上何も言わせないように俺は硬貨を投げつけた。投げつけた硬貨をお兄様は首だけ動かして容易く避けると、俺を苛立たしげに睨み付けてきた。まぁ……避けて貰わないと困る。


「……カイン……」


ディアナの側に行き、驚きと不安が混ざったような目で見詰められる。


俺は心配は要らないと言うように、ディアナの頭に手を置くとお兄様と向き合った。


自分がやらかしてるのは分かってる。どれほど軽率な行動なのかも。だけど……我慢が効きそうにない。最悪、ディアナだけには責が行かないようにしないとな……。


「……なんの真似だ?カイン。自分のしてることが分かって……


「……お兄様。ちょっと訓練を付けてくださいよ。ああ……御託は抜きに一言で言いますか。とりあえず一発ぶん殴らせろよ!お兄様」


俺はお兄様に、絶対に負けられない喧嘩を売った。



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