遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

夜会

 女官に言われるまま入浴をし、着替えをする。
 夜会用の軍服だ。
 昼のものと見分けはつかない。
 おそらく高価なものだ。
 だがカイが着るとどことなく残念になる。
 悪い意味で純和風の顔が憎い。
 どうしてカイは美形に生まれなかったのだろうか?
 通常、王とか独裁者の家系は美形の嫁をもらうので、徐々に美形になっていくはずだ。
 これは何かの呪いだろうか?
 ふと親の顔が浮かぶ。カイの母親は普通のおばさんだ。
 恋愛結婚だったはずだ。
 なるほど、普通に母親似だ。


「憎い……美形が憎い……DNAが憎い」


「お主、なにを言ってるのじゃ……」


 カイは冗談のつもりだったのだが、玄武は引いていた。
 カイは咳をしてごまかす。


「玄武も夜会に行くの?」


「行くぞ。お主らがいないと暇だからな」


(なんだろうか? この友人どうしのお泊まり会について行く弟のような発言は……)


「聞こえてるぞ。今に見てろ、夜会でお主はぎゃふんと言うのだ!」


 なにそれとカイは思った。
 このときは全く意味がわからなかったのだ。




(ぎゃふん!)


 夜会に出たら玄武の言葉がすぐにわかった。
 美形美形美形……美形の女子に囲まれる。
 教室ではありえない、まるで架空の出来事だ。


「カイ様。わたくしはジード伯爵の長女レナでございます」


 そう挨拶した少女は美形だった。
 北欧系の顔立ち。
 その表情は自信に満ちあふれている。
 同級生なら無条件でカイを嫌っているはずだ。
 どうしてもカイに話しかけてくるところをイメージできない。
 だからカイは何を言っていいかわからなかった。


「はあ、そうですか……」


 まさに塩対応である。
 そもそもカイは雪菜と真琴以外の女子とまともに話したことがない。
 会話をしろという方が無理である。
 だがレナはめげない。ぐいぐい迫ってくる。


「カイ様は楽園でお育ちとか。ぜひお話を聞かせていただけませんか。わたくし、楽園に留学するのが夢ですの」


(楽園? 日本が楽園?)


 カイはぐらっとした。
 そんなことは考えたこともなかった。
 元の世界から見れば、ニライカナイはいくらでも金が採れる楽園だろう。
 この世界からすれば、日本もまたなんでも手に入る楽園なのだ。
 カイは目線を泳がせながら、雪菜を探す。


(助けて……)


 だが雪菜はどこにもいない。
 玄武までどこかに行ってしまった。
 命のやりとりの覚悟はしてきたが、こんなのは予想外なのだ。
 すると、カイの腕に女性の腕が絡みつく。


(また別の女子~!)


 カイの頭の中は「女子警報! 女子警報! 女子が来たぞー! ニゲロー!」とパニックになった。
 焦りながら振り返ると、腕を絡ませているのは雪菜だった。
 鎧姿ではない。白いドレスを着て、髪をアップにしていた。


「お待たせしましたカイ様」


「せ、雪菜。来てくれたんだ!」


 カイは取り繕う。
 だがカイの目は『助けて』と雄弁に語っていた。
 このやりとりを見て、レナが面白いはずがない。
 雪菜に食ってかかる。


「あら、わたくしの知らないかたのようですわ。どちらの家のかた?」


 声にいらだちが混じっている。
 カイはレナの様子を冷静に観察していた。
 レナがカイに興味があるはずがない。
 カイの地位に興味があるだけだ。
 カイは『素のままの自分を見て欲しい』という少女のような願望はない。
 金も権力もその人の一部だとは思っている。
 だが『シンプルにムカつく』この思いを断ち切るほど器用でもない。
 それは雪菜も同じだった。


「クレア・スノウストームと申します。カイ様の婚約者です」


 雪菜は名前だけを名乗る。
 婚約者というのはさすがに盛っているが、カイを守るためだろう。
 だがカイにはわかった。怒っている。
 するとレナの顔色が変わった。
 目を開き、指をさしたその指が震えている。


「廃公爵……の片割れ……巨人のクレア! ら、楽園のメスゴリラ!」


『巨人のクレア』こと雪菜は給仕から金のゴブレットを受け取る。笑顔のまま。
 ぐちゃり。
 手に持っていた金のゴブレットが握りつぶされた。


「あら♪ つぶしちゃったわ♪」


 レナたちはさあっと逃げていった。
 すると雪菜がカイを見る。
 雪菜は涙目であった。


「巨人でもゴリラでもないもん」


「わかってる」


 雪菜は、ちょっとゴブレットをつぶすのが得意な女の子なのだ。たぶん。
 ほとんどの女の子は逃げた。
 だが中には、二人のやりとりを見て笑っている令嬢がいた。
 カイは珍しい子もいるなと思って見ると……真琴だった。


「お前ら……なにやってんだよ。ウケるわー」


 真琴はロングヘア、たぶんウィッグをつけている。
 ドレスも着て実に女性らしい。
 ……というか胸がある。


「真琴……何枚パッド入れてるの……さすがにそれは……」


「つるペタって言うなよ。それ言ったら終わりだからな。終わりだからな。戦争だからな!」


 誰もそこまでは言ってない。
 だが真琴は必死だった。
 涙目の真琴を見て、周囲からは「……追放されたヘル・ファイア公爵のマチルダだ。炎帝マチルダがいるぞ!」という声が聞こえてくる。


「なんだかロックな名字なんだね」


 カイは慰める。


「まあね。明松真琴か明松マチルダだったら耐えられるけど、マチルダ・ヘル・ファイアってプロレスラーかロック歌手かよと。あーあ、胸が欲しい」


 胸が欲しいは関係ない。
 胸以外のことに関しては雪菜も同意する。


「私もクレア・スノウストームとか巨人のクレアだもんね。女の子にひどい!」


 雪菜はぷんすかと怒っている。


「それにしてもよかったな。カイが態度を決めてくれて。そうじゃなかったら、誰がカイの女になるかで今ごろ大騒ぎだ」


 真琴はクスクス笑う。


「態度って?」


「告れって言っただろ? ちゃんと告ってくれたから俺たちも丸く収まったのよ。もしグズグズして告らなかったら、ボクが暗がりに連れこんで無理矢理モノにする予定だったんよー。いやー、よかったよかった」


 心に余裕がなかった少し前だったら、ツッコミを入れていただろう。
 だけど今のカイはそんなことは言わない。


「真琴は自分を大事にしろよ。……その……かわいい女の子なんだからさ」


 次の瞬間、真琴の顔が真っ赤になる。


「あ……あにゃ……あにゃにゃ……あにゃ……ちょっと顔洗ってくる……」


 なぜかロボットのような足取りでどこかに行ってしまう。
 それを見ていた雪菜はむくれていた。
 カイの腕を抱き寄せる。


「あの……雪菜さん。当たってます。胸が」


「当ててるの! カイ、ごはん食べよ!」


 そう言うとふくれっ面の雪菜はカイを引っ張っていく。
 夜会は立食パーティだった。食べ放題である。
 だがこの手のパーティーでガツガツ食べるのはマナー違反だ。
 それくらいはカイにもわかる。
 それなのに……


「はい。お食べ」


 雪菜は皿に食べ物をてんこ盛りにして持ってくる。
 カイは断るわけにもいかず大人しく食べる。


「あのな……雪菜、他人に取られたくないからって、太らそうとするのはどうかと思うぞ。そもそもカイの健康に悪いだろうが」


 いつの間にかカイの横に玄武が立っていた。
 しかもとんでもないことを言ったのだ。
 たしかに餌付けは雪菜の得意技だ。
 だがわざと太らそうとしてるなんて、そんなことがあるはずない。


「な、な、な、なんで知ってるの……」


「わかるわい。心が読めるからのう」


「え、マジで? なんでそんなことを……いや、だって、痩せたって俺はたいした顔じゃ……」


「恋とは非論理的なものじゃ。雪菜も……真琴も……お前も罪作りなやつだな。この腹でモテやがってからに」


 玄武がカイの腹をつつく。
 腹肉がぼいんぼいんと残念な動きをした。
 このまま夜会は穏やかに終わると思われた。
 だがやつが現れる。


「こんばんは。カイ様」


 軍服を着た男。
 カイと同じようにジャラジャラと勲章つけた野暮ったい服なのに、カイのよりも洗練され、カイよりも美しかった。
 かつての真琴以上にカイのコンプレックスを刺激する男。
 コンラッド・バロウがそこにいた。

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