遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

転校生マチルダ

 安岡たちは学校に寄り着かなくなった。
 学校最底辺のデブにボコボコにされたゴミに格下げになってしまったからだ。
 カイに負けた時点で学校に彼らの居場所はなくなった。
 安岡たちには今まで威張っていた反動が一気にやって来たのだ。
 男子運動部員による私的制裁も行われたとの噂だ。
 もう誰も彼らを恐れない。
 王座から引きずり落とされた独裁者は惨めなもの。その場で吊されて終わりだ。
 カイは明日は我が身と思えてしかたがない。
 このまま学校に来ないまま煙のように消えてしまうのだろう。
 カイは安岡の遺産を継ぐ気はないし、これが最初で最後のケンカだろう。
 学校には、少なくともカイの周辺は平和が訪れたのだ。
 野口は退職した。
 野口は愚かだが、退職という逃げ道を用意したせいで素直に引き下がった。
 だがなにか釈然としない。


「野口は犯罪者なのに野放しでいいの?」


 とカイが真琴に質問した。


「約束した証拠は表に出さないけど、他の事件の証拠は警察に提出済み」


 と真琴は当然のように言った。
 真琴が言ったとおり、後日ネット上に『元高校教師逮捕』という記事が出た。
 SNSでは野口が顔写真付きでさらされていた。
 学校にも苦情の電話がかかってきているらしい。
 もう野口の人生は終わりだ。
 カイはやや報復が熾烈すぎるような気もした。
 だが雪菜は言った。


「カイへの不敬罪は死罪だよ」


 異世界だったら一族が離散する騒ぎになるらしい。
 安岡たちにも追い打ちは当然あるらしい。安岡たちの未来も暗そうだ。
 あれほど恐れていたものたちのなんたるあっけない終わりか。
 カイは自分が思っていたより世界は広かったし、世間は悪に対して寛容ではなかったことを知った。
 真琴は嬉々として学校を辞めた。
 野口を差し違える形に見えるが、既定路線だったようだ。
 そして数日後。


「明松マチルダです。よろしくね♪」


 同じ顔の転校生がやってきた。
 いや本人だ。
 真琴は男のときは印象を魔法でいじっていた。
 だからクラスメイトには今の姿は実際の姿、女の子に見えているはずだ。
 学校の指定はブレザーだというのにセーラー服を着ている。
 やたら芸が細かい。
 だが名前は異世界での名前であるマチルダだ。
 キャラ設定からぶれている。
 だがそれはわざとに違いない。


「夢はカイくんのお嫁さんになることです。きゃ♪」


 ばきり。
 雪菜がペンを握りつぶした。
 シーンと静まりかえったクラス中の視線が雪菜に集まる。
 カイは固まっていた。


「マチ。カイの彼女は私なんだけど」


 笑顔だが声が震えている。
 かなり怒っているようだ。


「クレ、雪菜ちゃんから奪う予定ですので」


 教室内が「わぁッ!」っとわいた。
 さりげなく真琴は『クレア』と言おうとした。
 顔つきが和風な雪菜はその名前が嫌いなのだ。
 明らかにケンカを売っている。
 実際、雪菜は拳をボキリボキリと鳴らしながら前に出た。


「マチちゃん。二人きりで話し合おうか。体育館裏とかで」


「あら雪菜ちゃん。私も話し合いたいと思ってたところなの♪」


「やんのかコラァ」という表情である。
 真琴も「やってやんよ」という顔をしている。


「ストップお前ら」


 だからカイは止めた。
 こいつらがケンカをしたらギャラリーに死人が出る。
 するとクラスメイトがカイをじっと見ているのに気づいた。
 特に女子は目を皿のようにしてカイを値踏みしている。


「せ、せっちゃんもそうだけど……なんでコレがいいの?」


 女生徒がおずおずと聞いた。
 カイを思いっきり指さしている。
 たいへん失礼な態度だが腹も立たない。
 客観的な視点で断言できる。カイはモテるタイプではない。
 幼なじみの雪菜を射止めることすらありえないのに、別の娘と取り合いになると思うものはいないだろう。
 カイ本人ですらも『ねえわ』と思っている。
 雪菜や真琴と幼なじみでなければ、異世界の独裁者でなければ転がり込んでこなかった幸福だろう。
 自分の立ち位置を客観的に理解しているため『コレ』扱いされても怒りも起きない。
 自分を常に客観視しているという意味において、カイの度量は大きいのである。
 そんな空気の中、真琴は女神のようなほほ笑みを作ると言った。


「優しいところ♪」


 この言葉に男子は「うおおおおおおおぉッ!」とわいた。
 カイみたいなのでもワンチャンスがあるのだと都合良く解釈したのだ。
 女子は「あ、自分でもよくわからないんだな」と正しく受け取った。
 男の子は愚かなのである。
 真相を知っているカイからしたら、二人は幼なじみである。
 良いところも悪いところも知っている。
 雪菜は大ざっぱで不器用だし、真琴は恥ずかしがり屋なのを下ネタでごまかすタイプだ。
 カイの方も気の弱いところをはじめとして無数の悪いところがある。
 それをお互い知っているから『好きなところ』と言われても答えに窮するだろう。
 だけどクラスメイトはそれを知らない。
 やたらとはやし立てた。
 もう開き直ったカイはつぶやいた。


「だめだこりゃ……」


 あっという間に昼になった。
 どこまでも平和だった。
 もう安岡はいない。
 カイは安岡に目をつけられていたが、人柄も愛想も悪くはない。
 安岡さえいなくなれば、クラスメイトたちはカイを邪険にする必要はない。
 カイの生活は平穏そのものだった。
 そんな状況に対してカイは呆然としながら屋上にいた。


「カイくん。はい、お弁当♪」


 声のトーンを一段階上げた真琴が弁当を広げる。
 中身は少女趣味全開のサンドイッチバスケットだった。
 さすが器用な魔道士である。


「声のトーン上げるのやめてよ。なんかぞわぞわする」


 雪菜が嫌そうな顔をして言った。
 カイは感心しながらも釘を刺すことにした。


「えっとさ、まこ……マチ。お弁当ありがとう。でもその声やめてね。雪菜が怒ってるから」


 マチこと真琴は「ふふふん♪」と笑うと元に戻る。


「ついテンションが上がってしまった。どうよこの出来! このクオリティ! 今まで女の子っぽいことが禁止されてたからつい暴走しちゃってさ」


「うん、おいしい」


 歯ぎしりをしていた雪菜は、許可もなくサンドイッチをパクついた。
 真琴は怒ることもなく笑っている。
 ケンカしながらも二人は仲良しである。
 カイもバスケットを覗いた。
 中身も少女趣味全開だが、本当にクオリティが高い。
 本当に女としての生活をエンジョイしている。


「まあまあ、食えって」


 真琴はカイにたまごサンドを渡す。
 カイは言われるままパクついた。
 実にうまい。


「おいしい……」


「そうだろ、そうだろ。私は料理も得意だし、裁縫もできるし、女の子らしいことは一通りできるようにしてるんだ。そうじゃないと自分が女である事を忘れそうになるからね。もうあの灰色の日々とはおさらばだ……バイバイボク。こんにちは私」


 最後の方は目をかっ開いて言っていた。
 カイはなんだか申し訳なく思ってくる。


「なんかごめん……」


「いいってことよ。親友だろ」


 真琴はカイの肩を叩いた。
 やはり男らしい。
 感じるのは男の友情だ……と思う。
 なんとなく越えてはならない一線があるような気がする。


「あ、そうそう。これな」


 真琴はポケットからなにかを出す。
 まだ少しやることが男子っぽい。
 出したもの、それはチケットだった。


「ほれ、映画のチケット。今度二人で行って来い。難しいヤツだと雪菜が寝るからアクション映画な」


 ずいぶん用意がいい。
 だが意図がわからない。


「真琴……どうしたの、熱あるの?」


 雪菜がそう言いながら真琴のおでこに手を乗せた。
 わりと扱いがひどい。


「なにって、デートしてこいと言ってるんだ。根性を見せてくれたカイにご褒美だ。今週就任式で異世界に行くから、帰ったら二人で行っておいで」


「お、おう。でもいいのか?」


 カイは聞いた。
 ネタか本気かは未だにわからないが、真琴はカイを狙っているはずだ。
 それとは反する行動だ。
 なんだか申し訳がない。
 カイが欲望剥き出しになるまではまだいくつもの山があった。


「いいって、いいって。んじゃまあ、メシ食うぞ」


 真琴の真意がわからない。
 だがなにか不吉な予感がするのだった。
 ちなみに真琴の手作り弁当は他も美味だった。

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