遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

覚醒したいじめられっ子とあわれな犠牲者たち 2

「お、おいやめろ!」


 カイの手をつかんだのは野口だった。
 野口は必死な様子でカイを止めた。
 カイはナイフが下に落ちているのを確認してから新木の手を離した。
 新木はすでに起きる気力もなかった。
 そのまま糸の切れた操り人形のように地面に突っ伏した。


「とうとうやりやがったな。このサイコ野郎!」


 なぜか野口はカイを口汚く糾弾した。
 野口はカイが暴行を働いたことに怒っているのではない。
 カイの犠牲のうえで成り立つ平和な日常が壊されたことに激怒しているのだ。
 野口はカイを憎んでいた。なによりも憎悪した。
 虫けらに平穏を揺るがされることは、自分の娘が犯されるよりも我慢ならならなかった。


「もうお前の居場所はねえぞ! この学校から追いだしてやる!」


『なぜここまで自分を憎むのだろう?』とカイの方は野口を不思議そうに観察していた。
 異世界に行くまでは、カイは野口が怖かった。
 だが今は日本語を喋る不思議な生き物にしか見えない。


「この豚が! お前のようなクズは黙って殴られていればよかったんだ! いいかあの二人も学校から追い出してやる!」


 野口の言葉にカイの堪忍袋が切れた。
 カイがバカにされるのはいい。
 だがカイがどうしようもなかったときに見放さなかった、あの二人に危害を加えるのだけは許せなかった。
 カイは野口をにらむ。
 すると野口が叫んだ。


「なんだその目はああああああああッ!」


 野口は拳を握り、カイの振り上げながらカイの胸倉をつかんだ。
 カイはよける気はなかった。
 ただ殴り返す準備はしていた。


(来いよ。倍にして返してやる!)


 カイは歯を食いしばった。
 野口の拳がカイの顔面にぶち当たる。
 星が見え、鼻血が喉に流れてきた。
 だがカイはそれでも前に出た。
 拳を振り上げ、野口の顔面にねじ込んだ。
 野口の顔が衝撃でゴリッと曲がった。


「うげえええええええッ!」


 鼻を押さえながら野口は悶絶した。
 血の混じった鼻水とよだれが垂れ、コロッと前歯が落ちた。
 野口は驚いた。
 まさか豚が刃向かってくるとは思わなかった。
 ただ殴られるためだけ、みんなのストレス解消のために存在しているようなカスに殴られたのだ。
 それも鼻を折られ、前歯まで。
 こんなことは許されない。


「あははははは!」


 突如として野口は笑い出した。
 血の混じったよされが飛び散る。


(勝った!)


 下卑た笑みを浮かべ野口は勝利を確信した。
 殴ったのだ。これを口実に目障りなゴミを追い出せるのだ。
 このゴミをかばうものなどいない。
 どこまでも追い詰めて、やつの人生を潰してやる!


「ああん? 殴ったな? 教師を殴ったなぁ? 退学だテメエ! 人生終わっちまったな!」


 野口は愚かだった。
 カイは激怒していた。
 そんな後先を考えられる精神状態ではない。
 野口は豚ではなく、眠る虎の尾を踏んでしまったのだ。
 野口は拳を振り上げた。
 カイも拳を再び握る。
 その時だった。


「はーい、センセを殺しちゃうからそれまで」


 少年が野口の腕の飛びついた。
 そのまま肘を曲がらない方向に極めながら、野口を地面に押さえ込む。
 カイにはできない見事な制圧だった。
 真琴は野口の腕を極めていた。


「さすがにムカついたッスよ、センセ」


 真琴は呆れながらそう言った。
 腹ばいになった野口がうなる。
 そのまま真琴は脅しにかかった。


「センセ、そのまま聞いてくれよ。センセ、生徒をおもちゃにしちゃダメじゃないか。一年の真壁静香って言えばわかるか? ああ、肯定も否定もしなくていい。アンタがなにをしようがボクには興味はない。ただカイの前から消えてもらえばいい。断れば社会的に抹殺する」


 カイは息を呑んだ。
 真琴はずっと怒っていた。
 今までさんざんカイをバカにしたこと。
 いじめを放置したこと。
 カイを目覚めさせたこと。
 はらわたが煮えくりかえるほど怒っていたのだ。
 怒っていたから復讐の機会をうかがっていた。
 だから証拠を集め、一発で潰せるようにしてたのである。
 野口は涙目でうなずいた。
 すると真琴は言った。


「それと……これは餞別な」


 ぼきりと音がした。
 野口が鶏のような悲鳴をあげた。
 そして大の男は泣き叫んだ。
 真琴が野口の肘をへし折ったのだと、カイにはすぐにわかった。


「ちょっと真琴!」


 雪菜がやって来てあわてて真琴を止める。
 真琴は野口を解放するとスッキリした顔をした。
 野口はグスグスと泣きながら真琴を脅す。


「ふ、ふざけんな明松かがり! こうなったらお前も道連れだ。クビにしてやる! てめえの人生も終わりだ!」


 迫力はない。
 カイから見ても負け犬の遠吠えだった。
 しかも相当に頭の悪い。
 真琴は野口を踏みつける。


「悪いなセンセ、俺転校するんよ。急に決まってな。いいよー、クビにしてくれても。警察も呼べば? いいよ止めないよ。うっかり警察にカイをいじめてたのとか、淫行の証拠とか、まとめて提出しちゃうからセンセの人生だけが終わっちゃうけど」


 これには雪菜もカイも


「はあ!?」


 っと声を出した。
 完全敗北をした野口はひたすら少女のように泣いた。


 野口はすぐに病院に運ばれ、不良たちはカイに殴られたことそれ自体を隠蔽した。
 なぜか安岡と野口のケンカということになった。
 カイさえ黙っていれば彼らの名誉が傷つくことはない。
 真琴の隠蔽工作の手際の良さと、学校の治外法権っぷりにカイはドン引きした。
 病院送りが数人出たにもかかわらず、何事もなくホームルームが開かれた。
 担任が病院送りになったので、副担任の美術教師が説明をした。


「えーっと、急な話ですまないが明松くんはアメリカに行くことになった」


 橋田壽●子ドラマの降板のような怒濤の展開である。
 アメリカ行ったら二度と帰ってこない。


「みんなごめんね。なんかN●SAに招待されちゃってさ。ちょっと宇宙目指してくるぜ」


 嘘はスケールが大きいほど検証ができなくなる。
 だがこれに関しては全員が『嘘くせえ』と思ったはずだ。
 もうわけがわからない。


「さびしいと思うけど、それは大丈夫。入れ替わりで双子の妹がこの学校に来るから。カイのフィアンセだよ」


 歓声が上がる。
 この爆弾発言にクラス中がわいた。


「やだー! 三角関係!」


「おいおい、鈴木。モテ期かよ!」


「なんであのデブばかり……」


 ただカイと雪菜だけは、チベットスナギツネのような目をしていた。
 カイの生活の邪魔者になる障害をまとめて排除し、自分はしれっと女に戻る。
 腹黒いにもほどがある。たとえそれが既定路線だとしてもだ。
 真琴は敵に回さない方がいいと二人は思った。


「というわけで、お別れ会やるぜ! 費用は……」


 真琴は財布を出す。


「女子の分は俺が持つぜ!」


 カイと雪菜はまたもやチベットスナギツネのような目になる。
 それでも真琴は楽しげだった。
 女子が女子に媚びてなんになる。
 それが二人の感想だったが、本人が楽しそうなので余計な事は言わなかった。
 結局、お別れ会はいったん帰ってからの集合になった。
 三人は一緒に帰る。帰り道で真琴は言った。


「カイ。今日は偉かったな。魔法も使わないで」


 カイはギギギギギと音を鳴らしながら真琴の方を見た。


「ま、魔法なかったの? いきなり怒ったのとか魔法の影響じゃなかったの?」


「は? あるわけないじゃん。魔法なんて使ったら野口を含めた四人が死んでたぞ」


 魔法ではなかった。
 カイは魔法を使っていなかったのだ。
 素手で三人をのしたのだ。
 カイは自分の手を見た。
 自分の意志で不良をやっつけたのだ。
 まだ実感がわかなかった。


「あのな。バイトで金と武器の積み降ろししてただろ。それだけの重労働やってりゃ腕力もつくわ。睡眠不足でタバコ吸ってて一日中遊んでいるだけのヤンキーがカイに勝てるわけないだろが」


「そうか……」


 今になって手が震え出す。
 安岡の拳が我慢できたのも、ナイフと戦えたのも襲撃を受けて怖さが麻痺したせい。
 戦えたのは、じいちゃんの仇を取ろうと決めたからだ。
 なにも魔法なんかの特別な力ではなかった。
 カイはようやく少しだけ自分を好きになったような気がした。
 すると今まで黙っていた雪菜が口を開いた。


「あのね……カイ。前にも言ったけど、私たちはいじめに介入できなかったんだ」


「そうだね。魔法じゃ人を殺しちゃうんだから仕方ないよね」


 カイも安岡を殺したいという願望がないとは言わない。
 だが実際に殺すかと言われれば否だ。
 人が死ぬのは想像するより何倍も面倒だ。
 カイも異世界の独裁者を継いで祖父の死に関する謎を追っているほどだ。
 だからカイは殺したいとは思っても、先ほどみたいにぶん殴って終わりにするだろう。
 ……あと肘が変な方向に曲がった野口がのたうち回るのを見て少し引いた。
 人体の破壊は想像した数倍グロかった。
 カイは暴力には向いていないようだ。
 雪菜や真琴に怒るなんてとんでもない。
 ただし雪菜や真琴が傷つけられたらこの限りではないだろうが。
 そう言う意味でカイは成長していた。


「いいよ。雪菜も真琴も、それに浩さんもじいちゃんを殺した犯人を追っている。それだけでも感謝するよ。雪菜、真琴、今度ラーメンおごってくれよ。それでチャラだ」


 三人は家に帰り、着替えてカラオケボックスに行く。
 クラスメイトたちと楽しい時を過ごしたのだ。
 クラスの連中も安岡から解放されたカイを暖かく受け入れた。
 彼らも安岡が怖かっただけだったのだ。
 カイは彼らを恨む気はない。
 人間の弱さはよく知っている。
 ただ平穏な日々が続けばいい。
 カイは心の底からそう思った。

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