遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

宮殿

 カイたちは宮殿に通される。
 宮殿は金がふんだんに使われ……いや、ペンキや塗料代わりに雑に使われていた。
 金閣寺などに代表される金箔の文化を知っているカイはあきれ果てた。
 本当に『珍しくもない光る便利な金属』という認識なのだ。
 もしかしたら伝説のジパングもこの世界の話なのかもしれない。


「成金趣味だよね」


「同じ事考えてた。」


 二人はどうでもいいことを話していた。
 すると自然とお互いの手と手ががくっつく。
 カイは一瞬考えたが、思い切って雪菜の手を握った。
 雪菜は一瞬ビクッとしたが、カイの方を向いて顔を真っ赤にしてほほ笑んだ。
 手を繋いだ二人は奥の部屋に通された。
 金銀の装飾がされた部屋だった。
 日本のように他者に己の権力を見せつけようという意図は感じられない。
「とりあえず光るから使っておこうか」という金に対する無関心さが現れている。
 そのせいか全く下品さは感じられなかった。
 本当にこの世界の住民は金などどうでもいいのだ。


「雪菜……じいちゃんの懐中時計もここでは価値がないの?」


 思わず口に出していた。
 すると雪菜はごく自然に教えてくれた。


「中の機械を作れる職人がいないから高級品かな? その時計にかかった魔法も再現できないし」


 雪菜は本当に自然なふるまいだった。
 金や宝石などには興味もないようだ。
 たしかにこれだけの金があれば、浩の外国ブランドのワイシャツなど駄菓子感覚で買えるだろう。
 カイがキョロキョロしていると雪菜が言った。


「あのね、真琴も言ったと思うけど、この世界だと金や宝石よりもアルミの方が高価だし、絹よりもナイロンとかウレタンの方が貴重なの」


 雪菜の言葉は本当のようだ。
 これだけの広い部屋にもかかわらず、パッと見た感じではアルミニウムでできた製品が一つもなかった。
 日本ではありえない光景だ。
 するとカイの前に勲章をジャラジャラとつけた男が現れた。
 雪菜がカイの手を手を離す。手を繋いでいるのを見られてしまうのはよくない相手ということだろう。
 年の頃は二十代。雪菜や真琴からは想像のつかない西洋的な顔立ちだった。
 男はカイにひざまづく。


「カイ様。コンラッド・バロウと申します」


 どうしていいかわからずに固まるカイに雪菜が耳打ちをする。


「カイ様。バロウ侯爵閣下のお手を取りください」


「あ、ああ」


 カイはコンラッドの手を取る。
 映画みたいに手の甲にキスされたらやだなあとカイは思ったが、されなかった。
 コンラッドはただ額に手を当てただけだった。
 カイは少しほっとした。
 これが異世界風の挨拶なのだろうと理解した。
 カイはその場にいた他の男たちにも同じ挨拶をした。
 だけどバロウとは違い、他の男たちの名前は覚えられなかった。
 挨拶が終わるとカイは部屋の中央にある、円卓に案内される。
 デザインはよくあるオフィス風。
 IT起業がビデオ会議なんかをしそうなものだ。
 だが、どうにも手作りっぽい。
 椅子も同じだ。デザインそのものは現代風だが、やはり手作りだ。
 よく見るとキャスターがない。
 さすがにキャスターは作れなかったらしい。


「お座りください」


 と、その場にいた偉そうな老人に言われた瞬間、カイは気づいてしまった。
 フレーム部分と背もたれの細工が金だった。
 なんだか落ち着かない。
 カイはなにも見なかったことにして椅子に座った。
 全く落ち着かない。


「カイ様のために日本風の椅子にいたしました」


 老人はほこほことした表情で笑っている。
 カイは「ははは……」と乾いた笑いを絞り出した。
 カイが座ると入り口近くに座ったコンラッドが言った。


「では、カイ様の元帥と大佐就任について話し合いましょう」


 元帥と大佐が並ぶこの世界の文化には、カイはまだなれない。
 雪菜はなにも言わず、カイの後ろに立っていた。


「ではカイ様の就任に賛成のものは拍手したまえ」


(あ、知ってる。それ全員賛成があらかじめ決まっているときにするやつだ)


 と、カイは思ったが、コンラッドたちは予想通り全員が拍手をした。
 あっさりとカイはこの国の支配者になったようだ。


「では直ちに四神継承の儀に移ろう」


 不穏な単語が出た。
 カイは雪菜を見る。
 するとコンラッドが雪菜の代わりに言った。


「四神は異世界の門の番人であらせられるカイ様のご一族が使役する召喚獣にございます。カイ様にはこれから四神と契約をしていただきます」


 カイは小さく、本当に誰にも聞こえないほど小さく「無理」とつぶやいた。
 カイにはそう言ったテスト一発で決まるようなものの才能がない。
 体育でのバスケットボールの班分け、定期テスト、運動会に至ってはカイの自尊心を壊すためだけに存在しているかのようだった。
 カイは今までそうやって常に周りをがっかりさせてきたのだ。
 今回だってうまく行くはずがない。
 それどころか、これからの人生で起こるであろう大学受験や就職活動においても負け続けるに違いないのだ。
 カイの人生は永遠に負け続けるだけの惨めなものなのだ。
 カイの顔は青くなっていった。


「過去には四神と契約できなかった番人もいらっしゃったち聞いております。そんなに緊張する必要はございません」


 コンラッドは優しく言った。


(嘘だ)


 カイはそう確信した。
 その途端、カイの脳が急に冴える。
 カイはいじめられっ子である。
 経験豊富ないじめの被害経験からある能力を得ていた。人を信じる心と引き替えに。
 幼なじみの善意すら疑ってかかるカイは、人の声や動きから心の表面を読む能力を得ていたのだ。
 これは超能力ではない。学習可能な能力である。
 虐待を受けた子どものごく一部に、相手をイラつかせる方法を学習するものがいる。
 虐待を受けるのが普通の人間関係であると誤った認識を学習し、相手が殴ってこないと不安になるため相手をイラつかせ暴力を振るわせる手段を身につけるのだ。
 自分を殴らせれば、丸く収まることを学習するのだ。
 環境に適応した結果である。
 カイも同じだった。
 カイもまた暴力に適応した。
 ただし別の方法で。
 カイは他人を観察する能力を発達させた。
 いじめっ子の罵声のどれが偽物でどれが本物かを見抜き、相手の顔色をうかがって一番ダメージの少なくなる方法を選ぶ。
 そんな悲しい能力を開花させたのだ。
 カイは言葉のトーンからコンラッドが嘘をついていることを察した。
 敵か味方かまでは判断できないが、四神についてはコンラッドは嘘をついている。
 そう確信した。


「では行きましょう」


 一度疑ってかかるとコンラッドの別なところも見えてくる。
「行きましょう」が早口だった。イラついている。カイは見抜いた。
 他の貴族たちも注意深く観察する。
 声のトーンから考えるに他の貴族たちは様子見だった。
 カイは試されているのだ。
 四神の儀ではない。
 自分たち貴族の仲間かどうかを試されているのだ。
 雪菜はカイの表情を見て心配そうな顔をした。
 カイはそれを見て思った。
 雪菜を守らなければならないと。
 カイは生まれてはじめて死に物狂いの本気を出すことにした。
 コンラッドたちに連れられ、宮殿に一室に案内される。
 普段は立ち入り禁止の部屋らしい。
 するとコンラッドは言った。


「四神の儀の手順ですが、あの水晶にさわっていただけばいいだけです」


 たしかにコンラッドの言うとおり、部屋の奥には紫色の巨大な水晶があった。
 想像どおりの角張った形状だがひたすら巨大だった。


「それだけ?」


「それだけです」


 コンラッドは笑顔を作った。
 水晶はカイよりも大きなものだった。
 世界最大の水晶の原石は450キログラム。
 それよりも遙かに大きいに違いない。
 市場に出したら何十億円もするだろう。
 カッティングされていないにもかかわらず、水晶は透明そのものだった。
 紫色の水晶にカイの顔が映り込む。


(落ち着け。もう運命にまかせるしかない)


 カイはなにも考えずに水晶に触った。
 次の瞬間、手が水晶に飲み込まれていった。


「か、カイ様!」


 貴族の男が叫んだ。


(本気の声だ! 非常事態なのか!)


 手が飲み込まれるのはイレギュラーだった。
 だがそれがわかったところでカイにはどうすることもできない。
 雪菜がカイの手をつかもうとするが、その手は届かなかった。


「カイ!」


 雪菜の悲鳴が聞こえた。
 そのままカイは抵抗する間もなく水晶に飲み込まれていった。

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