遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

 アクセルをベタ踏みしながら自動車は進む。
 未舗装の道のせいでガタガタと揺れながら、景色がやたら速く流れていく。


「せ、雪菜。こ、これ大丈夫なの?」


 カイは聞いた。
 だが雪菜は優しい声を出す。
 兜で表情は見えないが、たぶんほほ笑んでいるのだろう。


「へいきだよー。この辺は自動車はほとんどないし、トラクターとかも数はそんなにないし、会社のトラックも今は止まってるし」


 がったんと車が揺れ、一瞬ふわっと浮き上がった。
 カイは雪菜をジト目で見る。


「だいじょうぶだよ……たぶん。あはははは」


 V8エンジンは容赦なく轟音を上げ続けていた。


「それに……飛ばさないと遅れちゃう」


「なにに?」


 なにに?
 それが一番の問題だった。
 カイはまだこの国の実情をよくわかっていなかったのだ。
 だが雪菜ははぐらかした。


「みんなにカイを見せなきゃ」


 そして数時間後、どう考えても時速百キロを超える速度で数時間爆走した後に事態は判明する。
 何度かの休憩を経て街が見えてきた。
 わかりやすいファンタジーのように城壁がある。
 浩はここでようやく減速した。


「そろそろ着くぞ」


 浩は抑えた口調で言った。


「エルドラドの都だ」


「エルドラド? あの伝説の?」


 カイは驚いた。
 なにせあの伝説の都なのだ。
 だけど浩はつまらなそうに言った。


「名前をつけたのは地球の連中で、それも数十年前の話ですがね。そんな名前ですが公用語は日本語ですのでご安心を」


 助かった……とカイは思った。
 英語でも持て余しているというのに、もう一つ言葉をおぼえるのは苦痛だった。
 浩は自動車で外周を周る。
 するとシャッターが見えてくる。


「着いたぞ。全員待機。雪菜はナイフを取り出せるようにしておけ。もう一回言いますが、カイ様は雪菜の合図があるまで絶対に外に出られませんように」


 そう言うと浩は拳銃を取り出し、すぐに撃てる状態か確認しはじめた。
 雪菜はナイフ……ただしナックル部分にはトゲがついていてしかも刃渡りが大きすぎるものだった。
 カイとしては納得のいかない大きさのナイフを雪菜は鎧の腰の背中側部分に装着した。
 その後に投げナイフも鎧に装着していく。


「お父さん、剣は?」


「儀礼用のしかない。ほれ」


 浩は雪菜に剣を渡した。
 鞘がついていても一目で細身の剣とわかるものだ。


「えー……これじゃ三回斬ったら折れちゃうよ。あと可愛くない」


「我慢しろ」


 雪菜は文句を言いながら座席に剣を置く。
 カイはそのやりとりが信じられなかった。
 あの雪菜は近接戦闘CQCもこなすらしい。
 呆気に取られていると、真琴も到着した。
 真琴はゴーグルを外すと言った。


「追跡なし。不審者なし。もちろん敵との遭遇もなし」


「こちらも同じである。マチルダ上級魔道士。そのままカイ様の護衛につけ」


「了解」


 真琴の本名はマチルダらしい。
 だとしたら……雪菜は?


「クレア上級騎士。貴様もカイ様の護衛を続けろ」


「了解」


 雪菜の方はクレアらしい。
 カイが目を丸くしていると真琴が言った。


「雪菜を本名で呼ぶなよ。機嫌が悪くなるから。ボクもね」


「了解」


 カイがその言葉を心に刻んでいると、女性たちがシャッターから出てきた。
 女性たちはなぜか地べたに絨毯を敷いた。


(あ、これ知ってる。悪役のやるやつだ)


 その時カイは、正直に言ってドン引きしていた。
 どう考えても善の側の所業ではない。
 カイが引いていると、中から勲章をジャラジャラとつけた白髪で老齢の紳士が出てくる。
 紳士は微動だにせず大声で言った。


「偉大なるカイ様のおなーりー!」


 なぜか時代劇調のかけ声だ。


「私が出たら手を差し出すから、それまで待って」


 雪菜が先に降りる。
 オープンカーだ。ライフルでも撃ち込まれたら即死だろう。
 雪菜はカイの方を向いて膝をつくと手を差し出した。
 カイは雪菜の手を取り絨毯に足をつけた。
 白髪の紳士は微動だにせず拍手をする。
 女性たちも絨毯の脇に並び拍手をした。
 その光景は日本で育ったカイには異常に感じるものだった。
 無表情のままで手を叩く人々。
 不自然な姿を横目で見ながらカイは中に入った。
 中はスロープになっていて、絨毯が途切れた後も地下を進んだ。
 しばらく歩くと鉄の扉があり、そこを出ると急に金の装飾がなされた廊下に出る。


「お召し替えを」


 案内の女性が頭を下げると言った。
 不安になったカイは雪菜たちの方を見た。
 すると浩がカイの背中を押す。


「さあ、こちらへどうぞ。部屋の中は私が警護いたします。二人は外で待機」


 中に入ると女官たちが服を持ってくる。
 着替えさせるつもりだ。


「ま、待って、一人で着られるから。ねえ、おじさん!」


 カイがそう言うと浩がため息をついた。


「カイ様。おじさんではなく『イーゼル』と呼び捨てにしてください」


 浩は言いきった。
 カイは、なにか失いそうでその名前で呼ぶのがためらわれた。
 だが女官たちは無表情でにじり寄ってくる。
 思春期の少年が女性に着替えさせられるのは、絆を失うことよりも嫌だった。
 ただでさえ残り少ない自尊心がなくなってしまうのだ。


「おじさ……い、イーゼル着替えを頼む」


「御意。貴様らは下がれ」


 女官たちが部屋を出ると、カイは大急ぎで服を脱ぎ着替える。
 まだ浩の方がマシだが、それでも和服でもないのに着替えを手伝ってもらうということ、それ自体が嫌だったのだ。
 着替えは白い軍服風の衣装だった。
 キラキラとしている。
 着替え終わると浩が言った。


「スカーフとマントだけはつけさせてください。それは自分じゃできませんので」


 密室に幼なじみの親と二人。
 しかも浩はスカーフをカイにつけている。
 なんだかカイは妙に緊張した。
 間が持たない。
 だからカイは聞いた。


「浩さん。うちの親はこのこと知ってるの?」


「ある程度は。さすがに異世界って事はご存じありません。欧州にかつてあった亡国、そこは今や大国の地方自治体の一つになっている。そしてカイ様はそのかつてあった国の王族の血を引いていて、慣習として名誉町長になった。というカバーストーリーになっております」


 リアリティがありそうでなさそうな微妙な所を狙っている。
 浩は今度はマントを着ける。
 カイはさらに質問を続けた。


「真琴の親は?」


「存じております。ただ……彼らは魔法が使えず、戦闘に不向きなのです。幸運なことに私とは違って商売の才能はあるようですが。ですので会社を任せてきました」


 なるほどとカイは納得した。
 すぐにマントは装着完了した。
 マントの着付けが終わると浩は手を叩いた。


「入ってこい」


 すると女官が一目で高価だとわかる宝石のついた箱を持ってくる。
 女官が中をあけると大量の勲章が入っているのが見えた。


「なにこれ?」


「勲章ですよ。カイ様がこれまで生きてきた証です」


「いじめに負けずに学校に通っていた以外は褒められるようなことをした覚えがないけど」


 それだけは褒めて欲しいとカイは思う。


「戦車兵勲章に航空パイロット勲章に魔導兵勲章に……」


「全部捏ぞぬごッ……」


 カイがツッコミを入れるとすかさず浩は口を塞いだ。
 浩は目を鋭くし低い声でカイに言う。


「迂闊なことを口にせぬように。たとえカイ様には異世界風の冗談でも、場合によってはここの女官たちを始末せねばならなくなります」


(女官に聞かせている! 俺じゃなくて女官への脅迫だ!)


 カイは言葉を飲み込んだ。
 少し涙目である。


「わかった。それで勲章はどうするんですか?」


「着用します」


「これ全部?」


 どう見ても二十個はある。


「ええ全て」


 カイは「なにその間抜け」という言葉を飲み込んだ。
 余計な一言で犠牲者を出すわけにはいかない。
 愛想笑いをした女官たちはカイに勲章をつけていく。
 やたら胸部分だけが重くなる。
 カイは浩を見る。


「我慢してください」


 勲章をつけると、つぎは髪だった。
 知っている有名メーカーの整髪料で髪をいじられる。
 髪が終わると眉を整えられ完成した。
 そこまでやって鏡を見せられるが、そこにはぱっとしない少年が映るだけだった。
 カイは少し悲しくなった。
 作業が終わると廊下に案内される。
 廊下に行くとフード姿の真琴がいた。
 ただし、今の真琴は本当に魔法使いのようなフード姿である。さすがに着替えたのだろう。
 真琴はカイを見ると一瞬ニヤッと笑った。


「カイ様が来られたよ。出ておいで」


 すると廊下の角から少女が出てくる。
 軍服の上から軽そうな胸鎧をつけた少女。
 雪菜である。甲冑姿ではない。


「ど、どうしたの……」


「た、隊長から、ぎ、軽装の儀礼服に着替えるように命令されました」


 雪菜は恥ずかしそうにもじもじしていた。
『甲冑姿の方がよほど恥ずかしい』とカイは思ったが、余計な事は言わなかった。
 真琴も空気を読んだのかカイに言った。


「ではカイ様行きましょう」


 真琴はカイの腰にに手を回した。
 そして耳に顔を近づけ、他の人間に聞こえないようにささやいた。


「これからパレードがある。そこで雪菜に告れ。言っとくけど最後のチャンスだから」


 カイは目を見開いて真琴を見た。
 真琴はほほ笑む。その顔は挑戦的なものだった。


(真琴はなにを考えてやがる!)


 カイは思った。
 だが真琴がわざわざ言ったのだ。真実に違いない。
 カイはつばを飲み込んだ。
 不良にすらなにも言えない自分が好きな子へ告白なんて、素手で剣豪に挑むようなものだとカイには思えたのだ。
 そして話は冒頭に戻る。

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