遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

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追放者の日記

 手帳は昭和の品らしく、革製のカバーがついた高級品のようだった。
 カイは手帳を開く。
 サインペンとは違う細い線で文字が書かれていた。


「へえ、ゲルインクのボールペンって昭和時代にあったんだ」


「ねえよ。うちのじいさんは万年筆しか使わねえの。ボクは万年筆使ったことないけど」


「昭和か。大昔の道具だな」


 彼ら高校生にとっては、昭和という時代は明治時代や大正時代、ヘタをすると江戸時代と同じ過去の歴史だ。
 その昭和に使われていた万年筆も、もはや彼らにとっては歴史の遺物である。
 真琴のおじいさんは几帳面な人らしく、字もきれいで読みやすかった。




 1962年X月XX日 父の犠牲により一族は許され我が身も日本に追放になった。もはや復讐をなどする気はない。はやくこの地で死に場所を探さねばならない。
 1962年X月XX日 貿易会社に就職した。生き恥をさらすわけにはいかない。死に場所を探そう。
 1963年X月XX日 新年からテレビまんがが始まった。興味を引かれるため死ぬのは延期する。
 1966年X月XX日 新しい特撮番組が始まる。全話視聴できるだろう。息子も喜んでいる。実にうれしい。死ぬのは無期限で延期する。
 1971年X月XX日 待ちに待ったXX(にじんで読めない)ライダーの放送が始まる。このシリーズが終わるまで死なないと心に誓った。
 1974年X月XX日 巨大ロボットアニメの放送が始まる。素晴らしい。もはやこの地に骨を埋める覚悟を決めた。
 1979年X月XX日 今度のロボットは実に現実的で素晴らしい。息子はもっと単純な方が好きだったらしいが私はこちらの方が好みだ。
 1983年X月XX日 ついに我が家も息子のためと偽ってピコピコを買う。これで喫茶店に通わなくてもよくなりそうだ。
 1985年X月XX日 待望のロボットシリーズ続編。今度は変形する。
 1986年X月XX日 ブロックが! ブロックが!
 1986年X月XX日 世界の半分をあげてしまった……
 1987年X月XX日 続編の難易度が高すぎる。クリアできる自信がない……
 1988年X月XX日 三作目を徹夜で並んで買った。やはり名作である。
 1989年X月XX日 ブロックが! ブロックが!
 1991年X月XX日 こちらのシリーズも面白いじゃないか
 1992年X月XX日 晴海のイベントに参加。楽しい。
 1993年X月XX日 鬱ゲーをプレイする。寝込んだ。
 1996年X月XX日 かゆうま




 1996年を見た時点でカイは手帳を閉じた。
 昭和からやって来たオタクを見た気分だ。業が深い。
 カイは愛想笑いをする。うまく表情をごまかせたと思う。
 だけど口元が少しヒクついていた。
 真琴は腕組みをしていた。


「ちなみにうちの婆ちゃんが、男性アイドル道に目覚めてからの日記もあるぞ」


「いらんわ!」


 思わずカイは怒鳴った。
 それは刺激の少ない世界からやって来た人間が、こちらの文化に毒されていった軌跡であった。
 絶対にさわってはいけないものなのだ。かわいそうだから。
 雪菜も同意する。


「うちのおじいちゃんも時代劇大好きだよ。毎日見てるもん。東十条よく行ってるし」


 雪菜の祖父はカイゼル髭を生やして常にパリッとした渋い爺さんである。ダンディなのだ。
 だがその日常は時代劇チョンマゲに彩られているようである。
 さらに雪菜は続けた。


「おばあちゃんは、カラオケ大好きで週に三回歌いに行ってるし」


 異世界人は全力でこちらを楽しんでいるようだ。
 おそらく日本の文化がなければ彼らは生きてはいられないだろう。


「ボクたちだってネットない世界とか考えられないし、なあ?」


「だよねー。向こうに泊まると暇で暇で……」


 二人はうんうんとうなずく。
 たしかにインターネットのない世界など考えられない。
 二人の発言で確信を持ったカイは聞いた。


「戻る気は?」


 真琴は自信たっぷりに言った。


「あるわけがない。退屈な世界に戻るくらいなら死ぬ。それが一族の一致した見解だ」


「俺への暗殺とかは?」


「するわけがない。もしカイに死なれたら貿易会社がなくなってジジイどもも遊んでられなくなるし、うちも雪菜のとこも両親の仕事なくなっちゃうし。一族郎党明日からどう生きればいいか……」


 真琴も雪菜も暗い顔をした。かなり本気の表情である。
 カイは納得した。


「二人は俺を裏切らないってことね」


「一蓮托生だからね。もちろん、友情にくよくもあるよ」


 そう言うと真琴は親指を立てた。
 ルビがネタなのか本気なのか判断がつかない。
 あまりのひどい発言にカイはジト目で見る。
 すると真琴は言い直す。


「間違えちゃった友情ゆうじょうな。ボクのドジッ娘。ボクはいつまでもカイの親友にくどれいだよ」


 大昔の少女漫画のようにてへっと真琴は舌を出す。当然のようにスルー対象である。
 その時だった。
 雪菜が真琴を押しのけてカイの手を握った。


「だからね。カイ、私たちを信用して。絶対に守り抜くから!」


 カイの胸がどくんとはねた。雪菜は色気のない全身鎧を着ているのに。
 心なしか押しのけられた真琴はむくれている。
 だからカイはわざと真琴に話を振った。目が怖いから。


「俺を狙ってるのは誰なの?」


「多すぎてわかんない。カイが死ねば自分が元首になれるって思ってるのが何人もいるんよ。今回の襲撃者はもう二度と会うことはないだろうけどね」


「それはどういう……」


 真琴は薄ら寒い笑顔を作った。


「聞きたい?」


「イ、イエ、イイデス」


 カイはそれ以上追求しなかった。
 たぶん消えたのだろう。物理的に。
 すると真琴はわざとらしく元気な声を出す。


「今日は休んで明日宮殿に向かおう。ガレージに大佐のお車があるはず。カイのためなら大佐も許してくれるよ。さあ、今日は部屋で休もう・・・


 なぜか真琴は舌なめずりしている。
 雪菜はカイを守るようにぎゅと抱きしめ、真琴は邪悪にほほ笑む。
 これが茶番なのはカイにもわかっている。
 雪菜も真琴もきっとカイの不安を和らげようと冗談を言っているだけに違いない。
 そういう気遣いができるやつらなのだ。
 そもそもカイがモテるはずがない。
 たとえ独裁者や勇者や魔王になっても、こんな展開が訪れるはずがない。
 冗談に決まっている。
 カイは現実を見ることにした。
 護衛の二人は、カイを部屋に案内した。


 カイは部屋に荷物を置くとため息をついた。
 聞いていない。
 なにも聞いていない。自分が元首なんて悪夢そのものだ。
 イジメだって解決できない無能なのに。
 自分は雪菜と真琴がいなければなにもできないダメなやつなのに。
 指導者なんてできるはずがない。
 カイの頭がぐるぐるとする。本当に目眩までしてきた。
 そしてカイは考えるのをやめることにした。
 こういうときは、違うことを、なにか娯楽に興じた方がいい。
 嫌なことから逃げるのだ。
 部屋を見る。
 まず、大きな本棚とテレビが見えた。
 本棚の本を見る。
『民法』などの法律書に『社会政策』や『会計学』など難しそうな本が並んでいた。
 変わったものでは『脚本論』なんていうのもあったが、娯楽になりそうな本はない。
 カイは読むのをあきらめた。
 次にカイはテレビの方を見た。
 60インチはあるだろうか。大型のものだった。
 放送でもあるのだろうか。
 カイはテレビのスイッチを入れた。
『電波がありません』と表示された。
 カイは少しがっかりした。
 するとドアの方から声がした。

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