遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

カーチェイス

 自動車が揺れる。
 浩が自動車のオーディオに無線接続していたスマートフォンがすべり落ちた。


「雪菜、もう来やがった! もう直接向こうに行くぞ!」


 浩はそう言うとアクセルをベタ踏みする。
 グンッと自動車が加速する。


「もー! 今からカイに説明しようと思ったのに!」


 雪菜も怒った。
 なにが起こっているかカイはわからなかった。


「雪菜、なにが起きて……」


「あの車を見て、囲まれたの!」


「囲まれるって、どうして!」


「金庫番のアルザールから懐中時計を受け取ったでしょ。あいつらはそれを狙ってるの! アルザールの事務所にある限り、何人も品を盗めないからね。あー、もう、盗んでも使えないのに!」


「アルザールって誰だよ! 意味がわからないよ!」


「弁護士の高見沢! もう面倒くさい! とにかく悪いやつがそれを狙ってるの!」


 雪菜はあわてていた。
 カイも混乱の真っ最中だった。
 バンは蛇行運転をする。
 タタタタタという軽い音が聞こえる。
 カイの想像しているものに違いない。
 だけどやけに音に迫力がない。
 雪菜はおびえているだろう。自分がしっかりしなきゃ。そうカイは考え、とっさに雪菜を守ろうとした。
 だが雪菜は予想外の言葉を放った。


「もうバカスカ撃って! 防弾だって割れるときは割れるのに!」


 なんのことだ。
 カイはさらに混乱した。
 雪菜は、イヤホンとマイクのついたヘッドセットを装着する。
 雪菜はヘッドセットの先についた装置のつまみをひねると言った。


「ちょっと真琴、なにしてんのよ! はやく援護してよ!」


 予想外の名前が飛び出す。


「はい!? 真琴?」


 いきなり真琴の名前が出た。
 なぜ真琴まで知っているのだろう。
 だって真琴はここにいないはずなのだ。
 カイが混乱していると雪菜がカイの頭を抑える。


「ほら、頭を下げて」


 雪菜はカイの頭を押さえる。


「カイ。そこのスポーツバッグ取って! 頭は上げないでね!」


 カイは頭を出さないように気をつけながら、自分の座席の下にあったスポーツバッグをつかむ。
 重い。なんという重さだ。
 数十キロはある。


「ふ、ふご!」


 豚の鳴き声みたいになったのが悲しい。
 せめて雪菜の前では少しくらい格好良くしたい。


「カイありがとう!」


 雪菜はカイが必死になって運んだバッグを片手で受け取る。
 なんと言う力だろう。これが女子力なのか。
 カイの疑念をよそに雪菜は中をあさる。
 ジャケットを脱ぎ捨てスポーツバッグの中に入っていた銀色の……鎧だった。
 すね当てをジーンズの上からつけ、腰当て、胴と装着し、最後にヘルメットをかぶる。
 カイが一部始終を凝視していると雪菜が怒る。


「……えっち!」


「あ、ああ……ごめん……」


 なにかがおかしいが、カイもあわてていた。
 なんとなく流れで謝ってしまった。
 どこにエロがあったのだろうか?
 なにひとつわからない。
 ナックルガードをカチャカチャ鳴らして着心地を確認すると雪菜はカイに言った。


「カイ、そこのバッグ取って」


「う、うん!」


 カイは積み込まれたもう一つのバッグを雪菜に渡す。
 雪菜が中をあけると何かのパーツが入っている。
 それを雪菜は、なれた手つきで組み立てていく。
 完成したそれは筋肉系ハリウッドスターが腰だめに撃ちそうな、ごっつい銃だった。


「よっしゃ! 行くぞー!」


 雪菜は助手席の窓を開け、器用に自動車の窓から身を乗り出した。全身鎧なのに。
 カイにはマネができないだろう。


「あ、危ない!」


 カイが言葉を放ったのと同時に雪菜のヘルメットに銃弾が当たる。
 ガンという大きな音がした。
 自分に当たったわけでもないのにカイは小さく悲鳴をあげる。
 だが雪菜は無事だった。


「もー、痛ったいなあ!」


 雪菜は棚に頭をぶつけたくらいの声をあげた。
 少し怒っているようだ。
 いや、『ぷんすか』という程度だった。
 鎧ごしとは言え銃弾を受けて少し怒っただけなのだ。
 先ほどのどでかい銃を脇に構えて乱射する。
 襲撃者の放った銃弾から発せられる迫力のない音とは違い、やたらゴツイ音が車内に鳴り響いた。


「えーい!」


 かけ声は女の子らしいのにその威力は激しい。
 爆発音が後方から聞こえる。
 襲撃者の車が爆発したに違いない。
 窓からは雹が当たったような音がずっと響いていた。
 火花と煙も見える。
 すると雑音とともにヘッドセットからカイにも聞こえる音量で声がした。
 スピーカーモードのままになっているのだ。
 操作を間違えたのだろう。雪菜は機械音痴なのだ。


「ザザ……雪菜。援護する」


 次の瞬間、黒いバンが爆発し吹っ飛んだ。
 身を乗り出てライフルらしきものを乱射していた男が車外に放り出されるのが見えた。


「GJ。他も蹴散らして!」


「ザザ……了解」


 はたしてこの雪菜はあの海外産のFPSを嫌っていた女の子と同一人物なのだろうか。と、カイは思った。
 ゴツイ鎧を着て筋肉系アクションスターのように銃を腰だめで乱射である。
 すでに世界の関節らしきものはグッチャグッチャに砕け散ったに違いない。
 あまりの急展開にカイは人生で最大の間抜け面をさらした。
 気を取り戻すまでに数秒が経過した。二輪車が走ってくるのがカイの目に入った。
 欧州風のレーサータイプのバイクに乗るのはフードをかぶった小柄な少年。
 男は片手ハンドルから手を離すと腰から拳銃を抜き、引き金を引いた。
 次の瞬間、別のバンが爆発する。
 あきらかに拳銃の威力ではない。
 雪菜のものよりも威力は大きい。
 本当に冗談みたいな威力だった。


「真琴の精霊魔法だよ。もう、遅いのよ。あのバカ!」


「はあ? 真琴? つうか魔法って?」


「後で説明する!」


 そう言うと雪菜は車内に戻り、胸の前で両手の指を合わせた。


「火の精霊サラマンダーよ……契約に従い我に力を……」


 なにこのラノベ!
 カイは叫びたかった。
 次の瞬間、バンの後部に炎が現れた。
 炎はトカゲの形になり、追ってきたバンに飛びかかった。
 ハンドル操作を誤ったバンが横転する。


「よっし、本職じゃないけどなんとかなった!」


 雪菜はガッツポーズをした。
 鎧がガシャガシャと鳴った。
 カイは頭を抱えた。


「な、なんなの!」


 雪菜は不満そうな声を出した。
 もうカイは頭が沸騰しそうだった。
 事態が飲み込めない。
 どうして襲われているかもわからない。


「雪菜! 到着するぞ!」


 雪菜の父親が叫んだ。
 すると雪菜は言った。


「カイ、時計のリュウズを回して! 早く!」


 カイは慌てて時計を取り出す。
 そしてリュウズを指で回す。


「こ、こう?」


「はやく! もっと回して!」


 大急ぎでカイはリュウズを回す。
 機械式時計の中にあるバネが固くなって、抵抗を増す。


「よし着いた。行くぞ!」


 雪菜の父親が言った。


「真琴がまだだよ!」


 雪菜が叫ぶ。


「カイ様の方が優先だ。しかたない。やつも近衛の魔道士だ。それはわかっている!」


『カイ様』ってなんだ?
 なにが起こっている?
 カイはもうわけがわからなかった。
 祖父の会社の倉庫は目前に迫っていた。


「よし、突っ込むぞ!」


「カイ! リュウズを押して!」


 わけはわからなかったが、カイは言うとおりにした。
 祈りながら懐中時計のリュウズを親指で押す。
 すると倉庫の入り口が、入り口の空間がぐにゃりとゆがんだ。


「はあ!?」


 カイがそう言った瞬間、バンは空間のゆがみに突っ込んだ。
 光が見える
 次の瞬間、衝撃がカイを襲った。
 カイの意識はそのまま白くなった。

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