遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない

ノベルバユーザー234468

負け犬

 時は遡る。
 高校でカイがいつものように不良たちに囲まれていた。
 三人の不良にカイの姿は、太っていて背も低く気弱そうな印象だった。
 カイは胸倉をつかまれ、上目づかいで不良たちを見ていた。
 すると突如、カイの顔面に拳が突き刺さった。
 衝撃が頭を揺らし、カイの目の奥で七色に光る星が見えた。


「オラてめえ!」


 胸倉をつかまれもう一度。石のように硬い拳がぶつかり、顔が揺れた。
 今度は鼻だった。中が切れたのか鼻血が流れる。
 肉食獣のように血のにおいに興奮したのか、茶色の髪の少年、安岡やすおかがまくしたてた。


「あはは! 見ろよ! こいつ鼻血だしてやんの!」


 安岡はカイの髪の毛を掴み二人の仲間に見せつける。
 それを見て二人はゲラゲラと笑う。


「だっさ!」


「うっわ汚え!」


 段々と興奮してきた二人もカイに罵声を浴びせる。


「や、やめて」


 反射的にか細い声でカイは懇願した。
 すると安岡の顔色が真っ赤になる。
 安岡は人生の中で我慢などしたことがない。
 だからカイの態度に激怒した。


「お前は俺に殴られるために生まれてきたんだよ!」


 少年はそう言うとカイの腹をヒザで蹴りあげた。
 痛みよりも気持ちが悪くなる。反吐がカイの口まで上がってきた。
 なんとかカイはそれを飲み込んだ。
 吐いたら社会的に殺される。カイはそう思い込んでいた。


「ふは! ウケるわー。見ろよコイツのツラ」


 ブタのような顔だったに違いない。カイは思った。
 少年はカイを突き飛ばす。
 カイの方が体重は重いのに、簡単に倒れてしまった。
 カイには抵抗をする気力がなかったのだ。


「安岡、やりすぎんなよ!」


 甲高い声が聞こえた。
 安岡と呼ばれた少年が倒れたカイの顔を踏みつける。


「見ろよ。鈴木のツラ、ブタだぜ! オラァ、鳴けよ」


 安岡はカイを見下ろしていた。
 不良のストレス解消で殴られ続ける日々。
 これがカイの日常。
 毎日繰り返される地獄だった。
 そろそろかな。カイは思った。
 なにせ毎日殴られているのだ。
 パターンはわかっている。


「おい、お前ら!」


 野太い男の声が聞こえた。
 カイはこれで今日のノルマが終了したのだとわかった。


「あ、やべ」


 少年たちが一目散に逃げていく。
 後から来たのは三人だった。
 一人はどこか卑屈で疲れた顔の成人男性。担任の野口だ。
 一人は明るい色の髪をしたどこか異国を感じさせる美少年。明松真琴かがりまこと。カイの幼なじみだ。
 二人目は肩まで伸ばした黒髪の少女、大きな目に二重のまぶた長いまつげ。この高校生だというのに完成された和風美少女。こちらも幼なじみの六花雪菜りっかせつなだ。
 幼なじみの二人が教師を呼んできてくれたのだ。
 職業的義務感から野口は少年たちをやる気なく追いかける。


「カイ、大丈夫」


 雪菜が心配そうに言った。
 カイはこの時間が一番苦痛だった。
 雪菜や真琴が自分を心配していることはカイにもよくわかっている。
 だが幼なじみに情けない姿を晒すたびに、自分がどんどん嫌いになっていく。


「けがは……してないよ」


 目を殴られた。明日は腫れるだろう。


「ありがとう」


 カイは心にもない言葉を絞り出した。
 それが何よりも苦痛だった。
 真琴がカイの肩に手を置いた。


「気にするなよ。友達だろ」


 友達だから知られたくない。
 カイの心を理解してもらうのは難しいだろう。
 彼らはカイの表面上の被害は理解できるだろう。
 だけど、彼らにみじめな姿をさらすことで、カイの自尊心がすり減っていることには気づいていないだろうから。


「うん……ありがとう」


 死にたい気分だった。
 カイはこの世で一番みじめな生き物の気分だった。
 泥の中で蠢いているかのようだった。


「あーあ、逃げやがった」


 仕事をしたことをアピールする。
 わざとらしい声を出しながら野口が戻ってきた。


「おい、鈴木大丈夫か?」


 心のこもらない言葉を担任の野口は投げかける。
 後に続くのはお決まりの台詞だ。


「お前も悪いんだぞ。もっとしっかりしなきゃな」


 お前が黙ればそれで丸く収まるんだ。お前が犠牲を払うのは当然。
 野口は口にこそ出さないが、その態度は雄弁に語っていた。
 フェアじゃない。
 カイの中で怒りがこみ上げた。
 だがどうすることもできなかった。
 カイには教師という絶対的権力者に刃向かうのは恐ろしいことだった。不良にすら立ち向かうこともできないのに。
 だからカイは間違えた結論を出した。自分が我慢すれば世界は平穏になる。
 誰も傷つかず、誰も悲しまない。
 カイはチビで太っている哀れで間抜けな虫だ。そんな自分を愛するものなどいない。
 自分は世界から見放されているのだから。
 だからカイは黙って下を向いた。


「ふん、そこでまた下を向くのか。くだらない奴だ。正直言ってお前はこの学校にふさわしくないと思っていたところだ。さっさと辞めてしまえ」


 野口は言いたい放題罵った。
 すると雪菜が激怒した。


「なんなの! なんで殴られてる方にそんな言葉をかけるんですか! 先生、恥ずかしくないんですか!」


「うるさい。お前らもこんなゴミとつきあうんじゃない。お前らまでダメになるぞ」


 雪菜へ野口は大きな声で怒鳴りつけた。
 雪菜は女の子で、生徒で、若い。
 力で押さえつければいいと思ったのだろう。
 それが野口という男のやり方なのだ。


「こ、この! よくも!」


 雪菜が噛みつこうという顔をした。
 だがそんな雪菜を真琴が手で制した。
 真琴は笑顔で言った。


「先生。カイがゴミなら、先生はなんなのでしょうね? ゴミ……ゴミを食べて喜んでいるウジ虫、いやゴキブリですかね?」


 目をつり上げた野口はとっさに真琴の胸倉をつかみ大きな声を出す。


「なんだと貴様!」


 真琴はニヤニヤとしていた。
 そのまま笑顔のまま真琴は言った。


「根性見せろよセ・ン・セ♪」


 真琴は顔だけ見れば文句のない美少年だ。
 それなのに気性が荒く、そして危険を楽しむクセがある。
 不良たちすら真琴にだけはケンカを売らない。
 本当だったら真琴の親友であるカイは不良たちを恐れる必要はないだろう。
 だがカイは真琴の助けを拒んでいた。
 真琴に助けられたら、自分はなにもできない赤ん坊と同じだと認めてしまう気がしたのだ。
 チャチなプライドが、ただそれだけがカイを正気に繋ぎ止めていたのだ。
 だから真琴は不良の代わりに野口に噛みついた。
 真琴もまたカイを心配してフラストレーションをため込んでいたのだ。
 真琴の態度が挑発だと気づいた野口は拳を引っ込める。


「おぼえてろ。お前らも後悔させてやる!」


 使い古された陳腐な台詞を言うと、野口は踵を返してどこかに行ってしまう。
 助かったというのにカイは死にたい気分にだった。
 またも幼なじみ二人に迷惑をかけてしまった。
 今度こそ二人に見捨てられてしまうだろう。
 そうしたらカイは世界に一人ぼっちだ。
 世界にいないのも同然なのだ。


「そんな顔するなよ。俺たち友達だろ」


 真琴はカイの肩を叩いた。


「そうだよ。カイは気が弱いけど、いいやつだって私たち知ってるもん」


 雪菜もカイを励ました。
 だがなによりそれがカイにはつらかった。
 二人のことは好きだ。
 感謝もしている。
 だけど、せめて二人と対等でいたかった。こんな惨めな姿を見せたくなかったのだ。
 気分はまるで泥の中で溺れているかのようだった。
 同時にカイの理性的な部分はわかっていた。二人は悪くない。自分が勝手にひがんでいるだけだ。
 だからカイは愛想笑いした。


「二人ともありがとう。俺……へへへへ」


 もう見ないでくれ!
 そう叫びたかった。
 だがカイはヘラヘラと笑うことを選んだ。
 彼らをがっかりさせたくなかった。
 だから彼らに助けてもらいたくなんてなかった。
 なぜなら、雪菜と真琴はつきあっている。
 本来ならカイの居場所などあるはずがない。
 自分は異物なのだ。
 二人の世界を邪魔する異物なのだ。
 カイがそう思いこむには理由があった。
 カイは昔から雪菜が好きだった。
 だが告白をする勇気はなかった。
 時は経ち、カイが告白をする前に雪菜は真琴と交際を始めた。
 たとえ自分が先に告白しても結果は変わらない。
 そんなことはわかっていたのに。あきらめたはずなのに、なぜか胸が締め付けられる。
 真琴を憎む気持ちなんてない。……ならよかったのに。
 彼はいいやつだ。文句なしに一番の友達だ。
 だがこの感情を知られたらと思うと、怖くて恥ずかしくて死にたくなる。
 わかっている。自分は挑戦をせずに全てを失ったのだ。もう取り返しはつかない。
 だが……苦しい。息がつまりそうだ。
 なぜだ? どうして自分はこんなクズになってしまったのだろう?
 真琴に対する黒い感情が嫌いだ。
 自分がどうしようもなく嫌いだ。
 あんないいやつに向けて良い感情じゃない。
 自分なんて消えてしまえばいいのに。死んでしまえばいいのに。
 不良たちに殴られるのはきっと罰に違いない。
 そうとすら思えてくる。
 我慢しなければ。永遠に。卒業して……二人の人生から自分が消えるまで。
 そうすればもう迷惑をかけることはないだろう。
 あとは幽霊のように消えていけばいい。
 カイはそう思い込んでいた。
 カイが死にたい気分でいると、野口が走って戻ってきた。
 まだなにかあるのだろうか?


「おい、鈴木。すぐに職員室に来い。お前の爺さんがなくなったらしい」


 カイはなにが起きているのかわからなかった。
 きいいいいんという耳鳴りがしていた。
 雪菜が肩をゆさぶる。


「カイ、大丈夫。しっかりして」


 大好きな雪菜の言葉すらそのときのカイには届かなかった。
 それほど大きなショックを受けていたのだ。
 ……まさかこのときすでに運命の歯車が動き出していたなんて、カイは知らなかった。
 この物語は負け犬だった高校生が誇りを取り戻すまでの物語である。

「遺産を相続したら異世界の独裁者になったんだけど、今度こそ俺はまともな人間に生まれ変わる事ができるかもしれない」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く