誑かした世界に終わりを告げて

山永

俺の神様(リアン視点)



光が見えた気がした。


拾われ捨てられ、もう生きる意味もないと思っていたあの時。
血が流れすぎて、意識も朦朧としていた時に聞こえた声。
もう俺は死ぬだけだ。そう思っていたのに、その声とうっすら開けた目に入ってきた少女に、俺は光が見えた気がした。


何も感じなくなった心のどこかで、あぁまた会えた。そう思った。


今度こそ、この人の側から離れたくない。


それがヴィーラ様と出会ったときの俺の心境だ。


あの時の思いは一体なんだったのか。それは未だにわからない。




俺の主人、ヴィーラ様は少々変わった方だ。
公爵家の長姉であり、生粋の貴族なのに、どこか庶民的な思考をお持ちで、身分にとらわれることが無い。
しかし、立ち振る舞いはとても洗練されており、どこまでも優美。
少々口達者でいらっしゃるが、弱気ものには手を差し伸べられる。


知識もあり、とても優秀なお方。


ヴィーラ様に声を掛けられた俺は本当に運が良かったと常々思う。


もしも、あの場所でなければ…
そう思ったことは少なくない。


名前のない俺に名前を下さり、居場所を下さった。
俺の名前がヴィーラ様の戒めだと聞いたときは、複雑な感情だった。
しかし、名前の無い俺に、それほどまでに大事な名前を下さったことに感謝しかない。


俺のヴィーラ様の思いは尊敬、崇拝という言葉が一番近いと思う。


想いを寄せるにも、神に想いを寄せる愚か者はいない。


俺の中でヴィーラ様は神にも近い存在だ。


その神が居なくなる、それはとても耐えられないことだと気づいたのは、愚かにもヴィーラ様が失踪したとき。
朝、珍しく何時までも起きてこないヴィーラ様をおこしに行けば、ベッドの中にはくまのぬいぐるみ。
そして机の上には沢山の方に向けられた手紙の山。


己に向けられた手紙を開けば簡素な言葉のみ。


探さないでください。それがどれだけ残酷なことかあの方は分かっていたのだろうか…
俺の神様を探すことすら許されない。
追い討ちをかけるように魔法契約という頑丈な契約の切れる感覚。


また貴方は俺をおいていなくなってしまうのですか。


目の前が暗くなった気がした。
いや、本当に暗くなった。


なんとか訪れた王宮で国王陛下に捜索を言い渡されたとき、迷わなかったといったら嘘になる。
それでも、俺は俺の意思で、捜索にでた。


拾われてから小言を申したし、お願いに嫌な顔をしたことはあったが、今までヴィーラ様のお願いに背いたことは無かった。
それでも、探すなというお願いは聞けず、俺は初めてヴィーラ様のお願いを背いた。


例え魔法契約が切れても、俺はヴィーラ様の従者だ。
ヴィーラ様のお声で、言葉でいらないといわれるまで、俺はあの方の従者だ。
そんな俺の初めての命令とは違うかもしれないが、命令違反。


それでも後悔は無かった。
あの方が居なければ、俺は俺ではない。


森の中で殿下に抱きしめられるヴィーラ様を見つけたとき、俺は純粋に安堵した。
今度は失わずに済んだ。
それだけで、俺は泣けるくらいに安堵した。


例え、一人で暗殺者を撃退なされるほど勇敢でも、一人で複数人言い負かせられる強い人だとしても、いつか居なくなってしまうのでは、そう思わせる危うい人を失わずに済んだ。
そのことに強く安堵した。


ヴィーラ様は強い存在感に対して、とても危うかった。
遠くを見つめ、いつ、自分が居なくなってもいいように行動をなさる。
今の約束をしても未来の約束はなさらない。
そんな人だった。
だから、殿下もレイノ様も未来の約束をしようしていらした。


勿論俺も同じで、引っ掛けるように未来の約束をしようとしたことが何度もあった。
しかし、ヴィーラ様がその引っ掛けにのることは失踪まで一度もなかった。
実にヴィーラ様らしい。


ヴィーラ様は最初から知っていたのだろう。
自分は居なくなる存在だと。
しかし、その計画は俺たちによって覆された。


思わず笑みが浮かぶ。


泣きそうになりながらも、笑みが浮かんだ。


王宮へ帰り、ヴィーラ様が皆様に説教をされるなか、俺は何もしない。
俺がいうことは何もない。
ただ、ヴィーラ様が帰ってきてくださった。それだけで十分だった。


後はただ、今後また失踪なされないようにヴィーラ様の側に居るだけ。




しかし、俺の失態で、魔力がなくなってしまったヴィーラ様が元神子に襲われてしまった。
少しでもヴィーラ様から離れてしまったことで、ヴィーラ様を危険に晒してしまったことは未だに悔やんでいる。


そもそも、俺は元神子に想いを寄せられていたことは最初から知っていた。
しかし、俺はヴィーラ様に出会ったとき、ヴィーラ様に以上に思いを寄せる人は現れないと確信している。
だから無視していたのに、それのせいで、ヴィーラ様を危険に晒してしまった。
二つの意味で後悔しながらも、元神子を殺そうと思ったが、ヴィーラ様は殺生を嫌う。
そのことを考え、取り押さえるだけで済ませた。


騒がしい路地に気づいた民間人が憲兵に報告したのだろう。
憲兵の足音に気づいた俺は密かに安堵していた。
これ以上元神子の悪意がヴィーラ様に向けられるようなら、俺は元神子を殺すところだった。


元とはいえ、暗殺者と育てられた俺には殺しなど、なんとも思わないことだ。
それでも、俺は理性を手に入れた。


この汚れた手だが、魔法契約が切れた今でも俺はヴィーラ様の側にいられる。
それはとても幸福なこと。


今度こそ、俺はヴィーラ様のお側で一生を終わらせよう。



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