誑かした世界に終わりを告げて
11
怪我人がいることからいつもの裏口ではなく正門から入ろうと思い、正門の方に回る。
屋敷の正門が見えてきたところで馬車が止まっていることに気づいた。
どうやら父の帰宅時間と帰りが一緒になってしまったらしい。
正門に差し掛かったところで馬車から降りてきた父は濡れ鼠の私と後ろのエーリクを見て眉を上げた。
「今帰りか。今日は随分とでかいモノを拾ってきたようだな」
「ただいま帰りましたわ。えぇ、来るかと尋ねたところ来ると返事が返ってきたので」
「そうか。なら早く入れ」
相変わらず放任のようで甘い父に促され屋敷に入る。
出迎えた使用人にエーリクの抱えていた彼の治療を任せ、私は濡れ鼠を何とかするため風呂場に直行した。
お風呂から出ると、彼の治療が終わったことを知らされる。
風呂場から直行で彼を寝かせている客間に直行する道程、レイノに出逢った。
「姉さま、今日拾ってきた彼はどういうおつもりなのですか?」
「どうもなにも、来るかと聞いたら来ると応えたから連れてきたまでよ」
訝しげな表情で問うてくるレイノに飄々と応える。
しかし、納得はしないのか疑わしげな表情を崩さない。
「ボクはこれ以上姉さまが傷付くのはいやです」
「…大丈夫よ」
そういってレイノの頭を撫でる。
私は大丈夫よ。彼は彼。リアンはリアン。そう分かっているから。
「それでも、ボクは…」
尚も言い募ろうとするレイノに「彼が目を覚ますかもしれないから行くわね」と言い、もう一度頭を撫でその場を後にした。
去り際に頭を撫でたときのレイノの哀しげな顔が脳内にチラつく。
ごめんなさい、レイノ。
でも本当に大丈夫だからと言い聞かせ、彼が眠る客間の扉の前で足を止める。
軽くノックをし、ゆっくりと扉を開く。
治療の済んだ彼はまだベッドに横たわっているようで、足音をさせないように室内に入る。
彼が寝ているベッドの前で足を止めた。
見れば見るほどリアンとは似つかない。先ほど交わした声もリアンとは違う。
似ているのは色だけ。
少し上がった心拍数を心臓を落ち着かせているところで、彼が身じろぎした。
その直後パチッと目を見開き、前動作もなく起き上がろうとしたが付いたほうの腕が痛んだのかベッドに逆戻りした。
「無理はしないほうがいいわ。出血がひどかったみたいだし」
ベッドの近くにある椅子に腰掛けながら注意するとこちらを睨んできた。
「なんで、俺を助けた」
「あら、貴方が来ると応えたから拾ってきたのよ?」
「そんな口約束で得体の知れない奴を拾う人間はいないだろう」
「…私はね、一度出した言葉は絶対の責任を持つの。口だけや、口約束だからって蔑ろになんてしないわ」
警戒心を丸出しにしたままだが、拾う前のことを思い出し会話する余裕はあるようだ。
膝に片腕をつき、手に顔を乗せながら彼の疑問に持論で返すと微妙な顔をされた。
しかし、このモットーは前世からのモットーなので、撤回は絶対にしない。
これが私の唯一の絶対だ。
「…なら、魔法契約してくれるのか?」
「拾った時も言ってたけど、随分古い魔法よね。幼子ができる魔法でもないと思うのだけど」
魔法契約とは一昔前、奴隷が貴族のステータスになっていた頃に流通していた魔法だ。
今は奴隷廃止法などで表立っての奴隷はいない。
その奴隷を縛り付けるために一般的に使われていた主従の契約だ。
しかし、この契約は主側しか契約破棄できない上に契約破棄された僕は命を落とす。
僕の死なない契約破棄は主の死か魔法の枯渇のみと伝承されている。
奴隷廃止法に従って今は知る人ぞ知る魔法になってしまったが、一応禁忌にはされていない。
禁忌にされていないが、契約魔法が発動されれば協会から神官が訪問してくる。
協会側には両者を傷つけない契約魔法の破棄方法が伝承されていると云われている。
そして十分な監査の上承認か破棄が決まるらしい。
一応はできる契約魔法だが、無属性の中でも難易度は高い。
とても8歳児ができる魔法ではないのだが…
「あんた、できるだろう?」
核心を持った瞳。
彼は私の中になにか感じたのだろう。
確かに私は魔力量の割りにそういった無属性の魔法が得意だ。
やろうと思えば一人くらい即席でできる。
「そうね、できるわ」
「なら!「でも、人の一生を背負うつもりはそうそうないの」
希望を浮かべ食いつく彼の言葉に被せる。
魔法契約がいくらできても私は8歳児。それ以前に私は誰かと一生を過ごすつもりはない。
「残念だけど、契約はあきらめなさい」
「…お前本当に子供かよ」
「正真正銘8歳よ」
小さな声で「嘘だ」といわれたが、今世は正真正銘8歳だ。精神年齢は違うけど。
「……親はしらないし名前もない。呼ばれたことがない。というか記憶がない」
「……」
「育ての親は暗殺業を生業にしてた。勉強よりも人を殺すことを教えられた。人を殺すことができる術は全部教えられた。…初めて人を殺したのは育ての親に拾われてすぐの3歳のとき」
ぽつぽつと彼は口を動かす。
「初めて人を殺したことなんてもう覚えてないほど人を殺してきた」
目元に影がかかり、表情は見えない。
「今日初めて失敗したんだ…そしたらあっさり捨てられた」
「…同情するほど素直な性格してないわよ?」
ばっさりと言い切れば彼は目を見開き、こちらを勢い良く向く。
「私、同情を誘う言い方よりなにも知らないように笑う人間のほうが心が動くのよ」
そういうと彼は乾いた笑いをこぼす。「とんだ変人だな」なんて失礼な。
「でも、そうね…貴方名前ないのよね?」
「あぁ」
「なら都合がいいわ!貴方の希望を叶えてあげるから名前をつけさせて頂戴」
「そんなことでいいのか?」
「言っとくけど、貴方に付ける名前は重いわよ。私の一等好きな名前で、私の戒め。それを貴方の希望を叶える代わりに背負ってもらうわ」
代償はできるだけ同じ重さじゃないと意味がないじゃない。
この代償で私は彼を媒体に彼とあの地に契約しよう。私が居なくなるその時まで。
「さて、じゃあお父様監修の元契約しましょうか」
「あ、あぁ」
いきなりやる気になった私に彼はたじろぎながらも今度は慎重に起き上がる。
彼がベッドから降りたのを確認し、扉のほうへ向かう。
ふと、疑問に思ったことを口にする。
「ところで、なんで会って間もない人間に自分の命を握らせるの?」
「肝心なことが後だな。…あんたに声掛けられたときご主人様って思ったからって言ったら笑うか?」
「…最悪ね」
思わず言葉が漏れた。
ここに来てとんでもない拾い物をしてしまった。
前世の奴とは似ても似つかないのに、どこまでも邪魔な奴だ。おかげで罪悪感はなくなったが。
「でも…好都合よ」
そう笑う。嗤う。
どこまでも莫迦な奴と哂った。
扉を開き、聞き耳を立てていた父、レイノ、使用人たちに目を向ける。
「お父様、魔法契約の監修をお願いしたいのですが?」
できるだけにこやかに、あくどく笑うと父は珍しく眉間に皺を寄せる。
一見渋っているようだが、この表情はきまりが悪い時によくする。
「姉さま、本気ですか?」
「えぇ、本気よ。とてもいい契約ができるから、レイノも見学する?」
レイノの心配げな表情に晴れやかに答えるとレイノは渋い顔を浮かべたまま頷いた。
その隣で使用人たちが疑わしげな表情で彼を見ているがかまわず父を見ると、父は彼を一見した後一人頷く。
「図書室の研究部屋でいいか?」
「構いませんわ」
場所は決まった。父の背中に彼とレイノと一緒に付いていく。
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