嫌悪感マックスな青春~マジでお前ら近づくな~

黒虱十航

チェスをしている夢を見た。チェスだけじゃなくてワインを飲んでいた。ワインにも色々な種類があって夢の中ではかなり度数が高いワインを飲んでいた。そういう気分だったようで喉を通るワインは、体を火照らせた。既にかなりの量飲んでいるのにぽかぽかする程度なのは、体がそういう風に出来ているからなのかこのワインがそう言うものなのか。兎にも角にもそんなぽかぽかした状況のところで中途半端に目が覚めた。
「んんっ」
夢の内容を覚えている、というのは最近あまりなかったように感じる。俺の記憶が正しければここ1年はなかったと思う。中途半端なところで目が覚めるというあるあるを体験したところでベッドから降りて伸びをしてから顔を洗いに行く。ワインを飲むのも、ほどよいところでやめたおかげで2日酔いは、なかった。むしろ高校生で2日酔いとか言ってるほうが何だって話だ。ただ、昨日よりもずっと頭が覚醒していた。正確に言うならば昨日の最も頭が覚醒していた時の数倍、頭が覚醒していた。これまでに経験したことがはっきりと整理されて出てきていて正直言って自分が自分でないほどに頭が切れていた。これがお酒の力なのだろうか。だとすればお酒の効果が無茶苦茶チートすぎる。ただ、そのチート級に上昇した頭脳が整理した記憶の中には身に覚えのないものも結構あった。というかそれが殆どだった。まるで、これまで十数年の人生がオマケですらないかのように膨大すぎる記憶が整理されて出てきた。その中には、夢で見た景色もあった。


気が遠くなるほどにたくさん積まれた本。本棚は、俺の体の数倍の高さなのに脚立のようなものは、存在していない。まるで、そんな事しなくても取ろうと思えばすぐに本を取れるかのようだった。本の種類も様々で時が止まっているような空間だった。そこには、蜂蜜の強い香りが漂っていて口をつけると若干スパイシーな味わいのほどよいアルコールが広がる。かなり貴重なものである事は、頭の中では分かっているようでそれでも製造者に感謝しながら勢いよく飲んでいた。
そんな景色を思い出してしまうだけで酔ってしまいそうだ。いっその事、身に覚えのない記憶をしっかりと思い出してしまえば何か分かるのではないかと思いはするのだけれどそれは許されていないのだということも心の中じゃ分かっていて、それ故に思い出そうとはしなかった。
「どうしたの?」
「え? ああ、生谷さん」
洗面所で立ち尽くしていたからだろう。生谷さんが声をかけてきた。ただ、どうしたのか、と聞かれてもそれに答えられるだけのものを今は持ち合わせていない。ただ、記憶を前にして迷うだけしか出来ない。
「おはよー。今日は、いい朝だね。ハチちゃん、だったっけ? 今日は、その子とデートするんでしょ?よかったじゃん。絶好のデート日和で」
「デートじゃないですけどね。俺とあいつは師弟関係なんでそういうのは無いですよ」
ハチがもしも俺に昔と同じような感情を抱いたところでその感情は、ホンモノではなくましてやニセモノですらない。昔に抱いてくれたその感情はニセモノだといって否定することが出来たけれど今、こうして少しだけ分かり合ってしまって俺を尊敬してくれてるから、同じ感情を抱かれてもニセモノだといって拒絶することが出来ないしホンモノだといって受け入れることも出来ない。一瞬抱いた煩わしいという感情が消え去らない限りどうすることも出来ない。
「そうだよね。そういう関係が欲しいんだもんね。うんうん、分かるよ。でも、傍から見たらデートだと思うよ? ハチちゃんって結構可愛いし君も結構可愛いからナンパされちゃうかもね」
悪い笑顔を浮かべた生谷さんは俺と入れ替わって顔を洗い始めた。そんな後ろ姿を確認して俺は、次の言葉を待っていた。おそらく、ここで話は終わらない。終わってほしくないのだと思っていたのだろう。
「んぁぁあー。この季節の水は気持ちいいね?」
「まあ、そうっすね」
そんな雑談を求めているわけではないのだ。そう心の中で叫んでいるのは、俺だ。さっきから頭が冴えまくっている”神みたいな俺”ではない。正真正銘の俺であり、醜く答えを探している俺なのだろう。
「ホント変わらないんだねぇ。どんな状況でも変われないんだ?」
「そりゃそうでしょうね。変われる人間なんて殆どいませんよ」
「そうだろうねぇ」
やっと少しはまともに話してくれるのかと思って喜んでいる自分がいたのだが残念な事に瞬時に会話は断ち切られてしまった。ただ、そもそも『変わらないんだねぇ』と生谷さんが言うのに、違和感があった。それがあっただけでも少しはマシだ。だが、俺が、求めているのはそんなものではない。先ほどから俺の頭で起きている現象は人生十数年間で1度も起こらなかった現象だ。そして今までと今回の変化は、ワインとキングの駒と生谷さんだ。なら、生谷さんに答えを求めてしまうのが手っ取り早い。そう思ったから待っているだけで欲しい物があるわけじゃない。
「神様だって変わらないんだし人が変われるわけがないよね」
「確かに北欧神話とかギリシャ神話とかの神様って相変わらずだなって感じですもんね」
「まあ、そういう神話って嘘八百なんだけどね」
そんな風に神様を知っているような言葉を発するのは、どうしてもおかしい。中2病って訳では無いと思うしだったら神様とつながりがあるのか。生谷さんならそれもありうる。
「神様とご知り合いで?」
「んー、どうだろうねぇ」
生谷さんは、俺の問いをわざと下手にはぐらかしてから次の言葉を発し始める。
「そうそう、昨日のワインだけどさ、部屋に置いたままにしてくれない? 持って帰るのめんどくさいんだよね」
「別にそれぐらいはいいですけど。あのワインって何て名前なんですか?」
「何々? 興味持ったの? いいよいいよ。お姉さんが手取り足取り教えてあげる」
「それは、ありがたいですけどあのワインの名前さえ知れればそれでいいんで」
ワインの知識ぐらい独学で学ぶことが出来る。わざわざ生谷さんの手を煩わせる必要はない。それよりもあのワインについて知りたかった。変化したポイントの二つ目だ。
「あれはね。昨日言った私が慕っている人のために昔、私が直々に契約しに言った蒸留場で作られたオリジナルワインなんだよ。神様のワイン~アガペ・フィリア~っていうの」
「……あなた、何歳なんですか?」
「女性にそういうことを聞いちゃいけないんだよ?」
唇を触れられて流石にそれ以上聞くことが出来ずにアガペ・フィリアというワインの名前だけ覚えることにした。

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