嫌悪感マックスな青春~マジでお前ら近づくな~

黒虱十航

始まり~2

きれいに会話を切り上げてホームルームが始まるのに気付きそれぞれ席に戻る。俺の席は五列中一番廊下側の列の一番後ろ。四隅の一角を押さえている四天王感がすごい。因みにチャンピオンも俺なんでそのつもりでお願いします。あれだ。昇級したんだよきっと。遂に力が解放されるっ、なんていう中2病系の相手向けの話題は奥にしまっておいて特に何か無くホームルームも終わる。1時間目の作文。その授業を受け持つのは、国語の教師。とても教えるのが上手いと評判で国語が得意な俺としては無茶苦茶喜ばしくて更にこの人が担任って分かったときにはホントに舞い上がったものである。まあ、内心ってだけだ。それよりも、問題が一つ。作文のテーマが何か、である。それを周りの奴らも知りたがっていたのだろう。1時間目の授業が始まり一気にテーマを発せられるのを待っていた。俺もその一人、のふりをしていた。どうせ、テンプレなテーマだろう。別にこの人は特に暑苦しい熱血教師でもなさそうだしな。それは俺の観察能力により分かる。培っていたしこんだけの観察能力がそういっていた。だが、その予想は一瞬で裏切られた。
「ええ、皆が心配している作文のテーマだがな。それを言う前に条件を言う。簡単な幾つかの条件にそってくれればそれで十分だ。まず一つ。基本的にテーマにさえ沿っていればどんな暴言を書いても私は文句を言わない。」
まず放たれたその言葉。それはつまりテーマにさえ沿っていれ”何をしてもいい”ということである。例えば中学生というテーマだとしたら中学生から派生して教師をバッシングするのもよし、ということだろう。まあ、それで内申点の悪化や今後の監視対象にされたりする可能性はあるけれど。ただ、その一言は確かにそういうことを指している。もしそれで監視大賞にされたり内申点が悪くなったりしないのならばもしかしたら面白い作文がみれるかもしれないがその分恐ろしい文になるだろう。
「次の条件は、えぇっと原稿用紙の制限なし。たった2行でも空白でも構わない。とにかくテーマに沿って提出してくれればそれで十分だ」
「「「「え?」」」」
クラス中がどよめいた。どんな量でも構わない。書かなくたって大丈夫。そんな馬鹿げた条件をこの教師は打ち立ててきた。難関中学であるこの高校は勿論国語のレベルも高い。はずなのだが何故こんな低レベル生徒向けのことをするのだろうか。それが誰しも不思議で仕方が無かった。俺だって不思議だ。考えられるのは、この人の教育方針かそれともかなり難しいテーマなのか。知らないけれどやっぱり異常だ。
「言いたい事は分かるが質問は応じない。これが私の教育方針やりかただ。文句があれば立ち去れ」
何故?という疑問符が全員の頭上に浮上していると先生は言った。図太く強い声だ。それによって頭上の疑問符が消え去る。俺も納得していないが理解した。
「素直でよろしい。じゃあ、テーマの発表だな。ずばり、テーマは『本音』だ」
「ちょ、せんせ」
「私の教育ではな、質問という二文字は存在しない。私が必要だと感じた者にのみヒントを与える。故に何の質問も受け付けない。今、ヒントを与えるべきだとすればそれは猫実。たった一人だ」
「え?俺・・・」
急に名前を呼ばれ心臓がびくりと飛び跳ねる。マジでびびった。何なんだろうこの人。そもそも質問を受け付けないとかちょっとあれじゃないのか?それともしっかり考えている者は、みれば分かる的なことか?まあ、年齢的にはアラサーらしいし教員暦もそこそこ長いだろうからその勘が存在していても不思議じゃない。で?何で俺?考えてませんよ。やっぱりそれ間違ってるんじゃないの?だって俺はテンプレ作文を速攻で考えてたんだぜ。なのによく考えているっておかしくない?うむ、やっぱおかしい。この人の眼は狂っているんじゃないかね?
「さあ、今から配るから始めたまえ」
その一言が無慈悲にも放たれ俺も配られた原稿用紙に向き合う。そして考えていたテンプレ作文を書こうとする、と先生は俺の手を止めた。温かかった。温もり、という奴なんだろう。だがな。それは俺の忘れているものである、だなんて言葉もういらない。そりゃ、勘付いた小6の教師が俺に似たようなこと言ってきたけどさ。そんなの俺の勝手なんだよね。俺は仮面を被りたい。それだけなんだから別にいいだろ?お前らは結局俺のハンデに気付くことも無く1年何のサポートもしてこないんだ。そんな無知で愚かな奴らの言葉を聞く気は無い。結局小6の教師も俺のハンデには気付かなかった。気付かずにただ、俺が哀れむべき存在なんじゃないかとそう決め付けた気持ち悪い同情だ。
「なんでしょうか?」
「言っておくがそんな文を許す気はないぞ。ルールにさえそれば自由だといったんだ。お前ほどの頭脳と文章力のある人間がそんな文章を書くのは手抜きだ。手抜きは許さない」
この先生はそういった。残酷なまでの一言だ。この先生は今までに俺を諭してきた教師とはぜんぜん違った。俺の力を認めた。哀れみは向けてこなかった。まあ、1年で変わるかもしれないけれど。


でも、この先生は実に興味深いと思った。誉田沙羅ほんださら、それが彼女の名だった。
俺は、生まれて誰かの名前を”胸に焼き付けた”。覚えたんじゃない。忘れない存在として認定した。
「分かりました。楽しませてみせます」
「ああ、昨日のようなつまらない言葉はもう必要ない。大丈夫誰にも見せない」
俺にささやくようにいった先生はどこか微笑んでいるように感じた。面白い文章。別に上手いこと言えとかそういうのを求められているんじゃないと思う。単純だ。今は仮面を被らずに書け。昨日のあれは明らかに仮面を書いていたつまらない文章だった。そういっているのだろう。何故、そう思うのか。俺の面白い文章をみたことがある人間なんていないはずだ。家のパソコンで何重ものロックをかけているテキストファイルぐらいしか俺の文章は無いはずだ。それ以外は仮面を被った文章。


あ、あと一つあったわ。それを心中で理解してあの先生のすごさを改めて知る。まさか、1時間もせずにあの人を高評価してしまうだなんてな。俺にしては愚かな選択だろう。小6の夏に入試で有利になるために作文コンクールに出した作文。表向きはしっかりと仮面を被った文章だったが俺でさえ忘れれば解けないような超難解の暗号。『この世界は腐りきっている』のメッセージ。あれは全国的な有名作家の母さえも気付かなかった。それを解いたことへの敬意を表してたった1文だけ書いた。


今日出会ったばかりの人に―――例え暗号を解いたとしても―――打ち明けるような本音もそれについて話をそらす労力も余ってはいません。

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