不良品な青春ループ

黒虱十航

△月の声4

その日の授業も無事終了して第二図書室に直行することにした。教室は居心地が悪いし家に帰りたいところだが昨日の
ロリコン発言のショックと共に今朝くらった「ゆっくり帰ってきていいからね」の一言が胸に突き刺さっているので帰れないわけで
ある。悲しすぎて「ない」を何度も言って響かせてる風にしてしまうレベルでショックだ。だがまあ、仕方が無い。
第二図書室までの道のりは相変わらず長くその間にも放課後の談義をはじめているリア充たちの声が聞こえる。その声は神の耳に
よって捻じ曲げられた本音であり聞いているだけで吐き気がするレベルだ。第二図書室にいてもイライラするだけだがそれでも
ゆっくり歩いてこの気持ち悪さが続くくらいならさっさと向かってしまうのが吉であろう。俺は早歩きで行くことにした。
しばらくして第二図書室に到着しドアを開けると既に北風原はいた。1年A組の教室と1年D組の教室はさほど遠くは無いので
あまり差があるはずが無いのだが何故彼女はこんなにも早いのだろうか。もしかしてこいつもぼっちなのか?いいや、それは無いな。裏でぼっちって可能性はあるけれど北風原菜月といえばうちの学年の人気者で女子は勿論男子からも絶大な人気を誇っている。
そんな奴がぼっちなはずが無い。でも、やっぱりこの異質な部屋が似合っているのだ。その理由を知らないわけは無く、
むしろ俺には理解できるのだ。何故こうも変わるのか。
「なあ、そろそろ業者の人くるんじゃねえの?」
「・・・ええそうね。じゃあ、さっさと終わらせておきましょうか」
「おう」
「それはそうと猫実涼くん。あなた、作文を2度も書き直しになっているらしいじゃない。ちょっと見せてくれないかしら。
私がアドバイスしてあげる」
「いらん。」
「大丈夫。私、理系だけれどあなたよりかは文系も得意だから。」
「おまえ、ハードル上げすぎだから。しゃーねぇなほれこれ。」
俺が、呆れてバッグから作文を取り出すとさっと北風原がそれを受け取る。それとほぼ同時にドアが開いた。まあ、
業者の人ならば時間的にも問題ないし準備もあらかた出来ているからいいんだが驚くことにドアを開いた人間は明らかな非リアの
生徒だった。
その姿をみれば、いいや見なくたって分かる。雰囲気だけでも伝わる非リア。女子生徒である事は間違いないのだが前髪は目が隠れるレベルにたらされているし正直あまりにも不恰好な生徒であった。彼女を女性と評すべきか一瞬悩んだレベルだ。体つきは悪くない。やせすぎず太すぎず。されどしっかりと引き締まっていたおそらくくびれも出来ているであろうレベルだ。たち方だって悪くない。
堂々としている事は間違いないし表情以外は基本OKなはずだ。俺も、そして北風原もおそらくそれに気がついた。
北風原は何より表情を使いこなすことに長けているし俺だって姿勢や表情を使いこなしていた。分からないはずが無い。
そして俺は流石に彼女のことを覚えている。2日連続で聞いた名前だしインパクト強くなったから覚えている。今朝、
職員室まででであった少女。八街町である。俺の持ちうる情報では若干のゆるふわ系の歩き方をするのとぼっちなのと空気に
阻害されているのと学級委員だってことだ。後は特に印象が無い。他人についてあまり興味を持たない非リアモードの俺が
ここまで覚えているってすごいぞ。そんなことを考えている間にも北風原は所作を正し人気者といわれる由縁であるリア充モードに
突入していた。やっぱりこいつも俺と同類の人間なんだな。そんなことを再確認しながらも俺は、
何故来たのか尋ねることにした。俺マジ勇者。
「えーっと何か御用ですか?それとも先生に送られた口?」
「・・・・・・・・・・」
シカトですか。久しぶりだな。この感じ。中学3年の時ぶりだぞこの感じ。マジでシカトかぁ・・・ちょっと最近世間が
俺に厳しすぎるマジで何の嫌がらせなんだろうか。ほんとに不思議。まあ、となれば俺が下がり北風原のターンである事は明確だ。
「北風原、あとはよろしく」
「・・・・。八街町さん?ようこそ。今日はどうしたの?」
「・・・・・・・・・・」
またもやシカト。いや、まさか学年の人気者である北風原にすらシカトをするだなんてこいつ中々やりおるな。くっ、これが
シカトの威力か。無限アタック回避不可は伊達じゃない。そんな茶番は置いておいてこいつは何故黙り込んでいるのだろうか。
「コホン。私は北風原さんに相談したいことがあって参った所存です。相談を聞いてくださると誉田先生に促され、
今日行けといわれましたので」
「・・・・・・・・・・・・・・」
やっと八街は口を開いた。だ、が。そんな事はどうでもいい。あの北風原が一気に考え込んだこともどうでもいいのだ。
なにせ、その声を俺は聞いたことがあるから。


可愛らしい声、泣く演技に付随するようなトーンの乗った声。それらは完全非リアにしか見えない彼女から発せられる空気では
明らかに無かった。俺はあくまでそう思う。それでもその声は聞こえた。俺がこの声を聞くのは主に癒されたい時。それこそ
寝るときなんて大体聞く。癒し効果のある美しい声。それは俺があこがれ続けた声であり何より俺がこの世界でもっとも愛している
声とすら言える。彼女の名は、八田町。声優は、基本的に芸名で活動する場合も多くおそらく八田町も芸名であると踏んでいた。
それは事実だった。だがそれよりも問題はそれが目の前の少女ではないかと?という疑惑・・ではなく確信が存在していることに
ある。まさか?こいつが?こいつか・・・・・・
「「ベナ?」」
俺がつい声を出すのと同時に北風原も俺と同じ声を発した。は?嘘だろこいつもファンだって言うのか?いやでもそうでなければ
見極めることは難しいだろう。俺はついつい北風原をみる。しかし、何のためらいも無く北風原は話す。
「ねぇ、もしかして、なのだけれど八街さんって声優の仕事をやっていたりするかしら。違っていたら申し訳ないのだけれども・・」
「・・・・・・・・・」
無言である。はたから見れば明らかに不気味だろう。でも、俺は違った。今度ははっきりと声が聞こえたのだ。神の耳を通して。
「マジか・・・・・。なあ、北風原」
「後でにしてくれる?今は八街さんと」
「いいから聞け」
「はぁ。だめな男ね。何?」
「えっと・・・いやこいつ耳が聞こえないらしい」
「え?意味が分からないのだけれど」
「本人に聞くのが早いだろ。」
俺は、そういって紙とペンを取り出し大きく一言書いた。
『あなたは、今、耳が聞こえていませんよね?』
その文字を読んだ八街は、はっとした表情を見せたあとで頷いた。
「どうして分かったんですか?」
八街は、しっかりと不思議そうに言ってくる。どうしてって言われてもその説明が出来ない俺としてはどうしようもないんだけど
これで全てがつながった。
「猫実くん。説明しなさい。」
「はぁ、説明めんどくさいんだけどなぁ」
「早く!」
そこまで言われてしまってはしょうがない。質問に答えるしかないであろう。でもそれは、文字でで無ければならない。
ならいっそ文にしてしまうべきだろう。
「ちょっと待ってろ。説明が難しいし八街さんにも分かるように長文にする。10分しないで終わるから業者の人も来るだろうし
そっちの準備と八街の相手を頼む」
「・・・・いいわ。分かった」
北風原は了承した。ならば語ってやろう。文字で。俺が何故分かったのか。誤魔化すのは容易いであろう。
けれども誤魔化したものなんてすぐにばれる。いや、俺の場合はばれないだろうけど。それにどこか罪悪感というのも
あった気がする。けれどそれよりも何より自分が今まで愛し続けていたものの一つの前で、嘘をつきたくない。
というのが本音だろうと思う。俺がこうなった原因をこいつらに分かりやすく書いて伝えるべきだと思った。




”八街と一度出会っている”という事実を。




かっこよく言ってみたもののすぐに業者の人がやってきて俺は壁紙が張り終わるまで外で作文を書いていた。マジでちょっと
ほんとにダサい。まあ、作文というか文なのだが。それにしてもやっぱり文字は心地いい。文字からは声は聞こえないし
安心できるものだ。ふと、書いている小説を思い出す。既に原稿用紙では、3000枚を明らかに超えていてけれども誰かに
見せた事は一回も無い。もしも、彼女らが、俺のことを理解できるのならばそのときには見せてもいいのではないだろうか。
そんなことがふと脳裏に浮かぶがすぐに消える。俺を理解できるなんて事はまずありえない。だってあいつらには理解できない世界に俺は住んでいるのだから。それはいくら俺と同じように努力して世界を極めようと変わらないのである。


俺は一度、八街町に出会っている。北風原菜月と、中学時代に出会ったことのあるように八街町も中学時代に出会った少女だ。
しかしそこには大きな差が存在する。それが、場所だ。北風原とは千葉の中学で出会っているのに対し八街町とは東京で
出会っている。ここまでで分かるように北風原と八街の見た”俺”という人間は明らかに違う。俺自身も違う。千葉にいたときは
俺は、クラスのことにも学校のことにも無茶苦茶関心があった。時に失敗したりとかそういうことも勿論あったがそれでも完璧な
人間として君臨し、失敗を見せることで友好度を上げようとした。そしてリア充の中心として学校のトップに立った。
その証拠に生徒会長選挙ではかなりの差をつけて当選したし告白やラブレターの数だって多かった。逆に東京にいたときは全然学校のことにもクラスのことにも関心は無かったし孤立を目指していた。そのための練習もした。そして使えるものは何でも使った。
その使えるものの中には八街町という人間も存在していたのだ。彼女は、俺と同じクラスだった。そのときはまだ、
孤立できていなくて結構目立ってしまっていた。そんな時一通のラブレターが届いたのだ。そしてそのとき俺は、それを武器と
しようと考えた。だってものすごい適当な武器だろう?その証拠に俺が、ラブレターを見せしめとして見せびらかした時一気に
俺の人気は消えた。勿論暴言も吐きまくったしやっとぼっちになれた。けれど問題はさらにそれを送ったのは誰か?という方向に
移ったのだ。「あいつ最悪」などという俺への敵意のほかに「何であんな奴にラブレターを送ったの?馬鹿じゃん」みたいな空気に
なったのだ。哀れみでもきついであろうが何より馬鹿にしている声。それがクラス中に響いていてその頃からだった。
俺が聞こえて見えて感じて嗅げるようになったのだ。そして何よりそのラブレターを送った本人も俺は分かった。分かっていたのだ。それがいつも無言でぼっちだった八街だったから逆に暴言を行使した。ただ、しばらくしてラブレターを送ったのが八街だと
わかってしまった。そこからは不思議なもので俺と八街を囃し立てるような空気になったものの俺を敵とみなす空気には
ならなかったのだ。それもそのはず。八街はそのころも非リアオーラ全開で俺は非リアモードだったのだ。
むしろならないほうがおかしいっつぅの。でもそれにも手を打っていてその策というのが八街の机に落書きをして呼び出しては
暴言を吐くというものだった。みるみるうちに悪人に転身していった。けれどもそれでも八街は律儀に呼び出せばやってきて書いた
落書きはきれいに消して動じることもなかったのだ。そんな姿に気持ち悪いなんていう勝手な題名をつけた奴らが八街を
いじめ始めた。そして始まったのだ。俺は阻害され続け八街は勝手な悪戯心を向けられる日々が・・・・。


そんな内容をずらずらと文字化した。勿論俺の企みとかは、全く書かず中学の時に同級生で何となく勘付いていた、
ということにしたのだが。それを書き終わりかなり時間がたつと壁紙の張替えが終わり業者の人にお金を渡して俺達は
第二図書室に戻る。そのタイミングで俺も二人に作文的な文を渡す。
「基本的には八街さん用だけどお前に話すのも面倒だし二人で読め」
「そうするわ。それとさっき預かった作文。返しておくわ」
そういって北風原はおれの渡した作文を返してくる。何か交換みたいで感無量だ。しかし案外御二方はそうではないようで
こちらをまじまじと見ている。
「えーっとどうか致しましたか?」
「あなた、あの作文どれぐらい本気?」
「ああ、そうだなぁ。何か先生には文句言われたけど結構面白かっただろ?俺的にはいい感じに洒落を入れられてこれ、きた、
みたいな感じだったんだけど」
俺が言うと北風原はため息を吐き八街は、どこか悲しげな顔をする。何を言っているのか明確に聞き取るのは難しいがそこで
役立つのが神の耳。二人の心の声を聞く。するとその声は驚くべきことに俺を心配し哀れみ八街のほうなんかは泣いている
レベルだった。ガチで涙が一筋流れていたレベルだから意味が分からない。そこまで面白かったのか?
「意味が分からんのだけど。八街さんとかなんで泣いてるの?そこまで面白かったか?俺だって泣くほど面白いとは
思わなかったんだが」
「あなた馬鹿なの?八街さんは。あなたのことを心配して」
「いや、そこが意味分からん。何故心配されるんだ?先生もそんな感じのこと言ってたけど意味が分からないんだよマジで。」
「分からないの?随分と人の感情を読み取るのが下手なのね。」
「読み取るのは出来てる。でも理解できないんだ」
本当に理解できない。聞こえるのと理解できるのはまったく別のことなのだ。そして俺のデータ内には何故こいつらが悲しみ
心配するのか、記録が無い。生憎、俺のデータに無い情報はこの世界に存在しないのと同義なのだ。つまりこいつらの感情は何かの間違いでけれども確かに存在しているのだ。だったら俺の得た情報は明らかに足りないということになるだろう。人の感情を
理解できないという事はまだ、攻略に欠陥があるということなのだろうか。
「まあ、お前らが何でそんな風に思うのかはどうでもいい話だ。お前らが俺をどう思おうと俺には関係ないしな。
それよりこれを読めよ。作ってやったんだから」
攻略に欠陥がある。そんな事は認められるはずも無いことで尚のこと俺はその事実を認めるわけにはいかなかったのだ。
これまで否定した世界に敗北してしまいそうだから。


第二図書室の壁紙が張り終わり俺達は第二図書室にいる意味を失った。けれどもそれから十分ほどぴりぴりとした空気の中で
俺達は読書をしていた。正直言って俺はここにいる意味も無いので帰ってアニメを見たいのだが何せ、八街が気まずげに図書室に
いるのだ。何か置き去りにするのも悪いしそうしたら俺もここにいるしかないであろう。それにしても何故こんなにも気まずい
空気感の中ラノベを読まなきゃいけないのだろうか。こんな環境じゃ一人でほくそ笑むことさえ出来ないではないか。
「なあ、この後なんかやることでもあるのか?」
「何を期待しているの?やることなんかあるわけ無いじゃない。あなたはもてないし私のような完璧な美少女をみれば確かに
期待してしまうのは分かるけれどかなり気持ち悪いからやめたほうがいいわよ」
「うるせぇ。お前、八街さんがいるのにそんなこと言っていいのかよ?キャラが崩壊して困るのは自分じゃねえのかよ。
責任取らねぇぞ」
全く大丈夫なのだろうか。俺だって心の中で告られた時「うぜぇな」と思うときはあってもそれを声には出さなかったぞ。当然か。
「大丈夫。顔は変えていないから」
「流石だな。その辺はまだ、流石か。だがちょっと表情の使いこなしが甘いな。口角の上げ方がまだまだ不自然だ。」
「何を言っているの?あなたごときが表情について語らないでもらえる?非常に不快だわ。人のことを言う前に自分の気持ち悪い
表情を直したら?」
その言葉を聞いてついつい努力した甲斐があったと思いほくそ笑んでしまう。表情を俺の次に使いこなしているであろう北風原に
ばれないほどの自然な気持ち悪い表情。流石に俺の努力が実ったというわけだしもう、俺以上に表情を使いこなす奴はいないだろう。そんなことよりも帰っていいのか聞かなければ。
「そうじゃない。さっさと帰りたいんだよ」
「ああ、だったら帰っていいわよ。八街さんにも伝えて」
「おう了解」
俺はその頼みを聞きうけてメモに帰っていいという趣旨の分を書いて八街に見せる。すると八街もうむうむと首を縦に振った。
「じゃあ、北風原さん。また明日よろしくお願いします」
「え?明日・・・・・・分かったわ」
「いやだから口で言ってもだめだって」
「そう。じゃあ伝えておいて。私、文字書くのが嫌いだから。」
何とも私的な理由で受けた頼みを果たしながら俺は帰り支度をする。それは八街も同じようで
帰り支度と第二図書室にあった本を戻す。
「お前は帰んないのか?」
「ちょうどいいところなのよ。あなたが邪魔していいタイミングではないわ。即刻出ていきなさい。」
「はいはい。よし行くぞ」
空返事をしてから八街と共に部屋を出る。さっきまで若干ぴりぴりしていた空間にいたせいか廊下が一気に心地よい場所のように
感じてしまう。けれどもすぐに新しい問題に気付く。俺、昔、道具として利用した奴と二人きりだ。やばい・・・これ気まずい。
「あの・・・猫実君」
「あ、えっと・・・・・・どうした?」
この程度の文を文字にするのはめんどくさいので仕草と表情で尋ねる。因みに耳が聞こえないのを忘れてて死にたくなるくらい
ショックだったのは内緒。それにしてもいい声だなぁ。流石、期待の新人声優、八田町さんだけあるぜ。まあそれはいい。
「今日、一緒に帰れたりしませんか?」
「は?」
一緒に帰らないか?という問い。急な問いだったがために俺もフリーズする。俺がリア充だったころには一緒に帰るだなんて
何の変哲も無いようなことで今の俺もそう思う。けれども今回ばかりは事情が違う。俺が人生で唯一と言ってもいいほどの少ない失敗の象徴である八街町。彼女と一緒に帰ってそれで何を話すべきなのか、ましては耳が聞こえないことに気付いてすらいなかった、
関心すら持たなかった俺に何の用があるのか。それが分からなかったしあこがれて会いたいと思っていた八田町が俺の失敗によって
生まれた一人であることを思ってしまうととてもショックで仕方が無い。


一緒に帰ることを承諾した内容のメモを見せて俺は八街と一緒に廊下を歩き出す。とはいえ結局どちらも話しかけることが無く
正門までついてしまった。八街の家のほうまで行っていいのだろうか?どちらが和歌知らないけれど何かしら話があるならば
ついていった方がいいのかもしれない。そう考えて戸惑っていると不意に八街が口を開いた。
「あの猫実君」
「何だ?」
またしても忘れていてナチュラルに口だけで言ってしまう。しかし首をかしげたりしたのでギリギリ伝わったかと思います。
泣いてないよ。
「あの・・・中学生のときはごめんなさい」
「は?」
つい予想だにもしなかった言葉に驚きを隠せない。実際その話になる事は分かっていた。
あの頃からあまり変わっていないしそうしたらあのときのことを責められたり問い詰められたりするんではないかと思っていた。
けれど彼女は謝った。その意味を理解する事は出来た。けれどそれは俺を好いた八街がやはり俺の本質を理解していなかったのだと
感じてしまいむなしくなる。俺雅理解されるはずない。俺を理解してしまってはいけないのだ。そう分かってはいてもそれでも
俺の目的を理解していないことはショックだ。あの話はもうやめようぜ。という文面を書いて渡す。それと共に俺は立ち去る。
これ以上こいつと居てはいけない。俺は決めたのだ。こんな腐った世界の住人達と馴れ合うつもりは無いのだ。そんなことを
思いながら周りの景色を見る事も無く家まで早歩きで歩いた。






それからずっと考えていた。何故先生は俺を北風原と引き合わせたのか。北風原は何故俺のような生き方をするのか。
理解しがたい。俺のような生き方をするなんて愚かなこと俺以外にしなくて良いし俺以下の人間達に俺のような生き方が
出来るはずが無い。結局北風原だって俺の目から見れば中途半端な人間だ。あんな演技演技した振舞い方で騙されるほかの奴らも
気持ち悪い。やはり、俺の見限った世界は見限りに値するということなのだ。俺が心配する必要もない。
俺は、家につき自分の部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。最近はいつもこうだ。高校入学からずっとベッドに倒れこむほどに
疲労している。全くその程度の小さな変化でここまで大きく変わってしまう自分がとても情けないし馬鹿馬鹿しい。ふと、
そんなことを考えているとどたばたとやたら五月蝿い音が聞こえた。まあこの音が何なのか分かってはいる。
おとう・・・・・じゃなくて妹の拓を可愛がっているんだろう。しばらくは母さんもおもりするらしいけど結局俺たちが帰って
きたら任せるってメールで届いてた。それぐらい口で言えばいいと思うだろ?違うんだよ。俺レベルに可愛がられると俺の時間を
奪うのが可哀想だと思い余計な手間をかけないようにしてくれるのだよ。どうだ?これで養ってもらえるの決定じゃん。証明完了。
「お兄ちゃん。ごはん」
「お前はそればっかだな。少しは自分で作れるように」
「だってめんどくさいじゃん。そんな手間かけるぐらいならおにいちゃんを使ったほうが絶対早いし。あ、そうそうお兄ちゃん。
この間言ってた声優さんっていうのがさ。何か二人いるんだって。一人は結構目立ってるんだけどもう一人は全然影薄くてさ。
お兄ちゃん知ってる?」
急にそんなことを言ってきた。こいつは俺がアニメ好きであることを知っている。その証拠に今日帰って来たら俺が人気投票のためのはがきを買っておかないととか話していたおかげかかなりの枚数のはがきが机においてあった。そういうところはやっぱり優しい。
まあ、そのくせしてこういう食い意地がはってる部分はイライラするけれど。
「・・・二人?そうか。まあいい。さっさと作るぞ」
「はーい」
二人も声優がいるとかうちの学校はくるってるだろ。全く。まあ、そのうち片方は俺が会いたかった八田町だったわけなのだが。
べちゃくちゃと喋る春の声をきれいに聞き流して料理を作る。第3子ということもあって完全にミルクも粉ミルクで済ませることに
なっている拓の分の粉ミルクを作りながら俺たち2人分の食事を作る。その間にも何度か春が放しかけてくるが気が散るので完全に
無視。俺が世界を見限ってしばらくして春も俺の変化に気付いた。それからも俺は春に真実を話すことは無かった。
俺が自分を偽っていたこと、きれいに世界を極めきったこと。それらを話すことも無くて唯一納得させる為に「疲れた」などとだけ
言っておいた。
「そうだ。お兄ちゃんなんか作文の奴に選ばれたんだってね。さっき誉田先生から電話が来たよ~~。お母さんも頑張ってって~~」
「まあ、言われなくても・・ってちょっと待て。何故誉田先生からそんな情報が流れるんだ?どんな連絡経路なんだよ。
マジで意味が分からない」
「え?言ってなかったっけ?」
「何を言ってなかったんだよ」
「お母さんが誉田先生と仲良くて結構春もあってるんだよ。ほら、ゲームとかの話題で盛り上がれるしね。
お兄ちゃんがやってたライデイとかいうのあったじゃん?あれで先生ランキング、入ってるんだって。」
「いやそれはどうでもいいんだけど」
本当に意味が分からない。何故?何故先生と仲いいの?むしろこれって俺の今後の予定とかまで全部掴まれてる感じなんじゃない?
やばいってほんとに。何がやばいって俺の行く末が不安すぎる。
「まぁ、それはいい。さっさと食え」
完成したチャーハンを盛ってテーブルにおく。すると元気な声でいっただぁきますぅ、とけだるげに声を出してから食べ始める。
そのがっつき具合はほんとに素晴らしい。こういうのをみていると俺的にもうれしくなってくる。しばらくして食べ終わり俺は一人、洗い物をする。それが終わって俺は部屋に戻りいつものように小説とレート戦を始める。作文を書かなければならないのだがそんなのは二の次である。マジで今日もいろんなことが多すぎた。この数日の内容が濃すぎるのだ。全くもってこんな腐りきった世界で俺が
ここまでやってやる必要がわからない。まあ、第二図書室もきれいになったし血の匂いから考えても事件がほんとにあったのだろうとも予想できるし得る情報もあったからいいだろう。けれどももうあの二人と会話する事は無い。


いつもよりレート戦のレベルが上がってきていてNEKOMIであることが分かるとすぐに特攻に出てくる。それも当然だろう。
今は俺がレート一位。その日に公式が決定する回数しか出来ない為一度超えてしまえばそこからも負けない限りレートをキープする
ことが出来る。今日も後一戦という所でフレンド申請が届いた。ID検索によって申請してきたものらしいのだ。こういう事は
よくあるんだけれど今回ばかりは勝手が違った。KAMOからのフレンド申請。おそらく昨日対戦したときにIDを覚えたのだろう。例えばここで断っても誰も分からないからいいのだ。けれどもフレンドになれば対戦が出来る。という事は、おそらくリベンジということであろう。リベンジを断るのは気がひける。KAMOのプレイングスタイル自体は嫌いだし感情をゲームにぶつけるのは納得いかない。けれども奴の技術は確かだ。
「まぁ、いいか」
とりあえず快くフレンド申請を受けて最後のレート戦に挑み難なく勝利する。そしてそれから数分してレート戦の時間が終わる。
すると画面に「フレンドから対戦申請が来ています」という文字が表示される。言わずもがなKAMOからである。昨日やってみて
ギリギリだったのも確かだけれどそれでも翌日にリベンジを申し込んでくるというのはそれほどまでに自分の実力に
自信があるようだ。けれど俺は昨日より心の平穏が保たれている。今ならギリギリに追い詰められる前に倒せる。脳が加速する
あの快感を求めながら俺は了承ボタンを押して対戦画面に切り替わる。そして10・9・8・7とカウントがされていく。
これが0になりスタートと表示されたら始まりだ。


スタート、という文字が表示されてすぐに脳が急加速する。すぐにKAMOは攻撃に出る様子は無くその点はかなり冷静なようだ。
相手も俺と同じように冷静な状態で挑んできている、ということだ。相手側にも俺と同じようにストレスが蓄積されていたの
かもしれない。何せ相手は社会人かもしれないのだ。社畜と言うほどでない事は、毎日きっちり回数制限分はやっているために
分かるのだがそれでも仕事というのはストレスがつきものだ。だからそういう日もあるのだろう。KAMOがタイミングを
見計らって打ってきた攻撃を律儀によける。しかしカウンター対策はしてあってこちらの攻撃も通じない。今朝のライデイニュースという公式が作っているメルマガでは俺とKAMOの対戦ぶりが表示されていた。それの中で俺のやった技も説明された為もう、あの技のトリックぐらいは見破ってきているだろう。けれどもそれ以外にもこちらには回避能力という武器がある。それこそ踊るような
ゆらゆらとした動きで全攻撃を回避して毎回同じようにカウンターを狙うがそれも回避される。一見硬直状態かのようにも
感じられるがそれは違う。少しずつお互いの行動スピードは上がっていて俺の脳も加速する。これをやっているとさっきまでの
考え事も一気に消え去って完全なラッシュが始まる。今回はフレンド対戦なので観客もいない。お互い何かこの後のことを考えて
戸惑うことも無い。最強決定戦と同義のこの対戦に手を抜くはずが無い。そう思っているとKAMOは必殺技を使ってきた。
その様子をみて欠かさず俺も同じ必殺を使う。お互いに攻撃を当てあい相殺される。が、俺にはキャンセルもある。キャンセルを
生かして攻撃を仕掛けようと思ったそのとき。KAMOもまたキャンセルを使ってきた。まあ、それも回避行動だけでそれぐらいなら少し考えればできるものなのだが。それはつまりまだKAMOは俺と同じステージに立っていないということで結局俺に敵う奴なんかいないということなのだ。結局今日は半分削られることも無く勝利した。




KAMOとの対戦も終わりかなり気持ちいい勝利を収めて気分よく眠ろうと思って風呂でもはいるかと思ったら拓に構いっぱなしの
春が作文について思い出させてきたのだ。マジで本当に意味が分からない。おそらく先生もこれが狙いなんだろうなぁ。
家でも学校でも忘れさせないという・・・。あわよくば何?北風原と八街と再会させて少しでも面白くしてやろうとか?まあ、
そんなところだろう。根はしっかりとした先生だしそれを考えると真面目に俺のことを考えていたのかもしれないけれど
どちらにしたってそんなのはおせっかいだし作文だって正直書きたくない。いや、分かるんだよ。俺は、確かにかなりの文章力だし
大抵のやつよりかは優れている。でもさぁ。俺がめんどくさいって言ってるんだからやらせる必要ないと思う。なので完全スルー。
昔はかなり可愛げがあって俺としてもシスコンになりそうだなぁ、とか思うレベルだったんだけど今は違う。ネットで人気の
ネットアイドルみたいになっちまったし拓に構いまくってるしわざわざ春の機嫌をとる必要性もないのだ。さっさと風呂にはいって
寝よう寝よう。


その日。いろんなことを考えた。けれども寝ている間に何を考えていたのか忘れていてそれは俺の記憶力がないとかそういうこと
じゃなかった。きっと考えていてそれを記憶にとどめる必要は無いと思ったんだろう。だからまあ、気にしてはいない。
いつものようにバッグを準備して朝飯をさっさと作る。春の分の昼飯は作ってやら無いといけないので多めに作って弁当につめる。
そんな何てことも無い動きだが今日は一ついつもと違う点があった。いつもは、俺が起こさないと起きない春が今日は自主的に、
しかも俺が朝飯や弁当を作っているような結構早めの時間帯に、である。そんなこと普段ならありえないし拓はまだ寝ているだったら早く起きる必要性は無いわけでもしも起きたとしても二度寝しているはずだ。けれども今日は二度寝さえしてはいない。
「おい、春。今日、何か用事でもあったのか?」
「え?別に無いけど?なにぃ?お兄ちゃん、遂にシスコン?」
「違うっつの。そうじゃなくて今日起きるの早いじゃんか。」
うざったい笑みを見せてくる春に強めのデコピンをくらわせながら言う。
「ああ、まあちょっと色々ね」
「宿題か?」
「そんなんじゃないよ。私を何だと思ってるの?」
「・・・・・・馬鹿?」
「疑問系なところが逆に辛いよ。そうじゃないって。そうじゃなくてお兄ちゃんの作文を読んでおきたいなぁって思ったの。
お兄ちゃんが変なのかいてたら嫌だし」
「ああ・・・」
やばい。書いていない。妹に媚を売って機嫌をとるつもりは勿論無いがそれでもだめな兄という印象をつけてしまっては
勉強を教える時に差支えがある。」
「何だ?あれまだ書いてない。じっくり考えて書こうと思って」
「ふーん。人生についてなんだって?今日中にもう一度提出するようにって先生が言ってたから
後で書いといたほうがいいと思うよ。」
なるほど春、それが狙いか。先生の回し者なのね。いいんだよ。この世界に俺の味方はいないし肉親も敵だと思って過ごしても
変わらないんだから。
「はいはい。ほら、出来たからさっさと食え」
「おー、お兄ちゃんありがとー」
朝飯が完成し俺達は手早く朝飯を食べてからしょうがないので作文をもう一度無難なものにして書き終え登校することにした。


そして、今職員室。もう何日目か分からないぐらいにきているわけでしかもその理由が全て作文。始めのでよかったと
思うんだけどなぁ。先生が自分の我侭を通す為だけに書き直しの指示を出したりしなければよかったと思う。
「さてさて、何故こうなる?」
「いや、普通にやりました」
「君らしくないだろうが」
「俺らしさとか求められてません。先生の出した課題は『人生』についての作文です。それ以外は指定が無く
1度目は教育上悪いかもしれない、2度目は提出するのを躊躇う、という理由でした。それらを考慮するとこういった内容の作文は
間違いじゃないはずです。むしろこういった内容の作文を提出している人は多いでしょう?これを提出したくないなら俺以外の奴の
作文を出せばいいでしょ。ほら、それこそこの間の北風原とかは頭もいいんでしょ?」
「ああ、彼女はな。少々文学的センスにかけるというか真面目真面目しすぎているのだよ。君よりかは無いがそれでも文章力には長けているんだがな。それを面白いほうにもっていけて無いというか真摯過ぎる文章なんだよ。」
だからって俺にやらせようとするのはおかしい。
「いや、でもあいつくらいなんじゃないですか?人生について語れるのなんて。面白い方向にもっていかなくても真摯な文章だって
悪くないでしょ」
「つまらない。みているだけなら面白いんだがな。純文学とラノベ、パッとみるだけならば純文学も興味深いと感じるが
一度ラノベを知ってしまうと純文学を読んでいて非常につまらないと感じるだろ?あれと一緒だよ」
先生の言わんとしていることは分かる。要するに北風原の文章は所々確実に人の気をひけるような技術が使われているのだ。
けれども明らかに足りていない部分がある。全体が面白くない。いくら技術をしっかりと使っていようと読み手を巻き込んで
笑わせることの出来るような文章ではない。


文章には人の心情が映るという。これはまあ、俺の持論という部分もあるがよく言う話しだし母さんだってよくそういっている。
例えば真面目腐っている無難な文章。それを書いた奴はまだ、自分をしっかりとみれていないのか言葉を真面目に使っていないのかのどちらかだ。俺のようなラノベ調の作文を書く奴は絶対にひねくれているし影響を受けすぎている。北風原のような真摯過ぎる文章を使っている場合真面目でまっすぐすぎるのだ。面白さを知らない。文章の面白さと話の面白さが同義では無いと思っているのだ。
けれど違う。文章で面白い話は話に出したって面白い。北風原について言えばかなり真面目ってことだろう。
「じゃあ他にいないんですか?そこそこの人数いるんだし一人ぐらいはそういうのを書く奴がいるんじゃないですか?」
「分かった。ならばこうしよう。今日も君には第二図書室に言ってもらう。そこに北風原がいる。だからそこで働け」
「は?働く?」
「ああ。私の直属の部隊だ。」
「意味が分からないです」
「生徒会ってあるだろ?あれに似たやつだ。」
「なら生徒会を直属の部隊にすれば」
「生徒会は内申点目当てなやつらばかりでな。それに生徒会の顧問は私じゃないんだ。
私の頼む仕事をさせるのにも許可がいるだろ?」
「うわーー。それで?作文は?」
「書いてもらう。2週間後までにでいいから学べ」
「何を?」
「まあそれは自由だ」
「分かりました」
横暴な先生の決定でよく分からん仕事をやることになった。




職員室から出て教室に向かう。職員室から教室に向かうという最近いつも同じことをしているなぁって言う感じのこと
ばかりしているのだが正直まずい。2週間後に書かなければならなくなった。無難に書けば許してくれるかもしくは他の人に
するとか言い出すと思ったんだけどな。俺の嫉妬を買うために他の人に頼んで俺が「やっぱりやる」と言い出すんじゃないかという
狙いを持った先生を華麗にスルーしてしまおうと思っていたんだけれどまあしょうがないであろう。
教室にたどり着きいつものように俺の席に座ってホームルームまでの時間にキャラソンを聞いてからドラマCDを聴く。
耳にイヤホンをはめて机に突っ伏して音楽を流した時。耳にはめたイヤホンを何者かによって外された。軽くいらっとして
その何者か睨みつける。
「えーっとそのすみません。ちょっと話したいことがあって」
「え?ああ・・・」
しかし、俺が本来聞く予定だった声と同じ声が聞けた。言わずもがな八街である。と、なるとメモが必須であるわけなのだが
流石にメモで話すのも不自然だ。よく考えると昨日もおかしいのだがメモで話してると俺がまるで声の出せない人魚のように
見えてしまうだろう。なのでメモにメアドを教えるように要求する内容の文を書いてみせる。理由も一応書いた。
人魚云々じゃないけど。
「あ、そっか。えっと入力できますか?」
「ああ」
頷くとメアドが表示された画面を見せてきた。ゲームなどで鍛えられていた指でさっさと入力し終わったことを示す為に手で
OKマークを見せた。登録したメアド宛に入力する。
『それで何のよう?』
「えーっと・・・」
俺のメールに合わせるつもりなのか八街もメールで返そうとする。
『別にメールでやらなくていい』
「そうですか?」
八街自身メールを使うのになれていないのかそれとも俺の指がカンストしているのか分からないけれど八街もメールを打つと
タイムログが長い。
『それで?』
「えっと昨日話していたことなんですけど・・・」
昨日、話したこと。こいつが謝罪した件についてなのだろうか。俺自身にもよく分からないのだがなんの用があるというのだろうか。もしも謝罪することが目的ならば昨日済ませたであろう。それなのにわざわざ話しかけてくる辺りが意味分からない。
『昔のこと?』
「いやそうじゃなくて。あ、いやそのことも話したいんだけど」
『それは今度でいいか』
「はい。それで昨日のことで」
『昨日のことって?』
正直、昨日って言われても謝罪の件以外は思い浮かばない。
「ほら、なんというか・・・・お願いがあるって」
『ああ。何だ?』
「お願いって言うか誉田先生が言ってたんですけど北風原さんと猫実君がお悩み相談窓口みたいなものをやってるんですよね?」
『いや、分からん。仕事しろって言われたけど』
誉田先生が言っていた生徒会みたいなやつっていうのがもしかしたらそれなのかもしれない。それなら北風原に声をかければいいと思うのだがもしかしたら昨日ので少し苦手意識をもっているのかもしれないしそれ以上にスクールカーストでは最底辺と最トップ、
月とすっぽん、天と地のようなものだ。単に話しかけづらいかもしれない。
「それで今日の放課後聞いてもらえないか、と」
『ああ、別に俺はいいんだけど仕事はいいのか?』
「仕事?」
『声優』
「え・・・・どうして分かったんですか?」
『言ってなかったか?八田町といえば期待の新人だし俺、超ファンだし。』
俺がそう送ると八街は、かなり目を丸くしていた。ちょっと驚いてるっぽい。そういえば八街、今日はそこそこ髪型も整えてきてる。スクールカースト底辺オーラはパッと見てない。けれどもどこか仲間の中にすら入っていないように感じる。
「ふぁ・・ファンなんですか?」
『そんな驚くことじゃないだろ。アニメ向きの声だし癒し効果マックスだし演技も上手い。泣く時の演技なんかはマジでやばい。
八街さんの演じてるベナの声にもぴったりだしむしろベナの声が八街さんだからこそベナは、最高のキャラなんだ』
「・・・・・」
ちょっと語りすぎた。これでも10分の1くらいに要約しながら入力したんだけどまあ、目の前にガチオタがいたら引くな。まあ、
俺もはがきを書くという仕事が待っているんだ。手書きだし時間と手間が掛かる。あんまり話してる余裕も無いんだけどベナの声優と何気ない会話をしていると思うとマジで心地よすぎて話を切り上げにくい。
「ありがと・・ございます。でもあんまりベナは人気無いですけど」
『何を言うか。みていろ?もうじきある人気投票で1位をとるのはベナだから。あ、そしたら特別アニメと特別文庫の作成も
始まるのか。手間かけるな』
絶対に俺はベナを1位にしてみせる。その情熱を胸に抱いていると八街が話しかけてくる。
「仕事は、とりあえず無いので大丈夫です。よろしくお願いします」
そういうと八街はぺこりと頭を下げて行ってしまった。自分の席にってだけだが。まあ、いい。キャラソンでも聞いて癒されよう。
ところで八街、どうやって歌ってるんだ?かなりリズムのとりにくい曲なんだけどな。まあいいか。


俺は、キャラソンを何度かリピートしながらはがきにあて先、氏名、住所、電話番号、郵便番号など必要な情報と投票するキャラ名をフルネームで書いていた。一枚につき1分。それでも1000枚やるに1000分掛かる。時間に換算すると
16時間以上なんじゃないか?これはマジでやばいのだが1000枚どこじゃない枚数書きたいので少しでも早く書く必要がある。
「あの・・・」
「あ?」
話しかけてきた人間がいた。とはいえ俺に話しかけてくるのなんて限られていてむしろ一人しか居ない。八街である。
俺としては、あんまり一緒に居たくないんだけど。
『どうした?』
「えっと人気投票のはがきかいてるんでしょ?もしよかったら何か手伝えないかな、と思って。おせっかいだったらいいんだけど」
「あー・・・」
なるほどな。まあ、俺的には手伝ってもらいたいものなのだが人気投票とはキャラへの愛であって何だか人に手伝ってもらうものでは無いと思うのだ。けれど無碍にするのもなんというか申し訳ない。そんなことを思えるぐらいには人間が腐ってないということだ。
『気持ちはありがたいけど書いたりとかは大丈夫』
「そうですか?・・・・」
そういうとどこか悲しげに八街は去っていった。まあ、そこまで興味は無い。別に八街町という人間自体が好きなわけではないのだ。俺はベナというキャラが好きなのであってその声をしている八田町という声優が好きなのだ。むしろかつての失敗の象徴である八街は苦手な部類だ。




俺がキャラソンを聞きながらはがきを書いていると誉田先生が教室に入ってきてそれからしばらくしてホームルームが始まった。
まあ、興味の無い話だったのだがよく考えたら八街はこういうのもどうやって聞いているんだろうか。先生、ちょいちょい黒板に
書いてるけどそれでも消す手間を考慮して書かないときも多い。中学校の時からそうだったし今だってそうだ。何を話してたか
聞けるような奴もいないだろうし。まあ俺には興味の無いことなんだけれども。それから休み時間を挟んで授業が始まる。
そんな授業を聞き流すかのように流しえた情報を右手にのみ注ぐ。そしてその右手で教師の言っていることを一文字欠かさず
書き残す。速記の練習もしたことがあるのでいってる事はノートにきれいに写せる。その結果既にこの数日で各教科のノートが
なくなりそうな域で特に話の多くなってしまう歴史、地理系はノートがなくなっている。これが2冊目だ。まあ、そんなこんなで
ぱらぱらとノートを書いてはめくり左手で頬杖をつきながら授業を聞いていた。こういう時左手ではがきを書くのも手なのだが俺は
そういうことはしない。あくまで愛を示すのだ。だからそういうやり方は好まない。休み時間になったらまたキャラソンを
聞きながらはがきを書く。ある程度聞き終わりドラマCDにチェンジしてまたはがきを書く。それが終わったらまた授業。
そんなことを何度か繰り返しているうちに放課後になった。放課後は確か第二図書室に行くように言われていた。個人的には
行きたくないんだけれど春にまで手が及んでいることを考えると難しいだろう。ならば次の策。出来るだけ働かないように
するしかない。昨日も歩いた第二図書室への道のりを歩く。すると少し後ろに足音が聞こえた。近づいてこようとしているのか
かなり鼓動も早くなっている。若干走っているのに歩こうとしているのは律儀だ。まあ、八街である。何故俺を追っているのかは
知らんけど今日、もう一度大に図書室に行くって言ってたしまあそれを知っていればまず八街だと分かる。そんなのは俺で
無くたって情報さえもっていれば分かることなのだが不思議なのはかなり早いペースで進んでいるのに全然近づいていない。
何で俺ってそんなに歩くの早いんでしょうか?正直言って戸惑っちゃうレベル。ここで止まって待っていて、
俺を待っていなかったら恥ずかしいしそれを考えたらさっさと行ってしまった方がダメージが少ないように思うんだけどそれで俺に
追いつこうとして追いつけなくて北風原にそのことを言われでもしたらまた五月蝿く言われてしまう。これぞ究極の選択である。
だが、思うのだ。俺、別に北風原に負ける要素無くね?と。いや、実際口論になっても勝てるだろうしそれが無理でも
ダメージゼロぐらいには抑えられる。と、言うことでスルーしてさっさと進む。


結局、第二図書室に着くまでの間俺が八街に追いつかれることは無く第二図書室の扉を開けた瞬間、かなり鋭い目で睨まれた。
一瞬満面の笑みを浮かべていたのに相手が俺だったので気分が悪かったのだろう。こいつもかなり酷いやつだ。
「猫実君?あなたは、扉から入ってこないでもらえる?」
「じゃあどうやって入ればいいんだよ」
「・・・・来なくていいわ」
「いや、行けって言われたんだけど」
「まあそうでしょうね。」
「どうしろっていうんだよ」
「めんどくさいわね。何のことを言っているのかしら」
「馬鹿か」
全く自分のミスを認めない辺りが完璧超人を目指す由縁なのだろう。けれども違う。こいつの完璧は完璧じゃない。
あの程度の完璧は許せないのである。
「失礼します」
そんな口論を幸いなことに扉越しであるにもかかわらず聞けていない八街は第二図書室に入ってきた。こんな会話、
聞こえてしまったら理想が壊れてしまうだろう。
「あ、えっとメモメモ」
北風原は、八街の姿をみてバッグからメモを取り出してさらさらと『どうしたの?』と書いた。
「あ、えと依頼したくて。それで誉田先生に相談したらここでどうにかするからって言われて。それで北風原さんたちに
頼みたいんですがいいですか?」
『勿論。それが仕事だから』
「は?仕事?ちょっと待て。まず俺たちの会話だ。何だ仕事って。その中に俺は含まれているんだよな?だったら当事者にも
説明をしろ」
『八街さん。ちょっと待ってて』
「猫実君?あなたは誉田先生によって私の元について学ぶのよ。大丈夫私の元にいる限りあなたを完璧にしてあげるわ。
学習運動、人生というありとあらゆる面でね。その過程でこの部活の手伝いをしてくれればそれで十分よ」
「お前、舐めてんじゃねぇぞ。お前にやってもらわなくたって俺は優れてる。」
「優れているというのは自己満足でしょ?あなたの”優れている”なんていうのはたかが知れているわ。」
「お前」


人にはスイッチがある。禁句、地雷とも呼ばれるであろうがそれらとは明らかに違う。例えばどうしても1位を取りたかった人間が
2位になってそれで「頑張ったね」なんていわれたらきっと悔しくなるだろう。それは頑張ったという頑張りを否定できなくなって
しまうからだ。何かにこだわりを持っている人間がこだわりについてとやかく言われようと構わない。けれども
「そんなこだわりいらない」などといわれたら発狂するかもしれない。それと同じ。人には決して言ってはいけないことがある。
それはいくら腐っている人間でもきれいな人間でも必ずある。俺だってそうだ。そして俺のスイッチこそが俺の努力や実力をたかが
知れてるなんて言われることだ。しかも納得できない奴に。けなされたり否定されるならば別。
けれども俺より劣っている奴らに未熟だ、などと言われたら俺は許さないだろう。許さない。
「お前、調子に乗るなよ?お前のほうがまだまだ未熟だ。お前よりかは俺のほうが確実に優れている。
お前、この間世界の奴らは大抵程度が低いだとか言ってたよな?言っておくが俺からすればお前も含め世界の全員が程度の
低い奴らなんだよ。お前が思ってる自分の優れているところをあげてみろよ。自信もアイデンデティも、全部ぶっこわしてやるから」
ついつい声を荒げてしまう。だがちょっともう脳が言うことを聞かないのだ。机をばんばん叩きトーンを一気に使って北風原に
自覚させる。言ってはいけない事を言ったのだと。別に許せるのだ。自分に自身を持つ事はいいことだしそれで得るものも
あるはずだから。だから人を見下すのも結構。でもな。そうじゃねぇんだよ。俺の限界を限界じゃないのだという。
その考えがむかつく。ここには大きな大きな差があるんだ。俺の”優れている”は何者にも負けないレベルであって俺自身の力を
舐められるよりもむかつく。もっと頑張れるのだと、そういわれている気がするから。
「な・・・・。なら言ってあげるわ。まず始めに学習面。私は前も言ったように点数トップで合格しているわ。敵うはずが無い」
「まあそう思うかもしれない。けど違うぞ。お前何点だった?」
「5教科あわせて495点よ。敵うはずが」
「――――――――――500点だ。」
「え?」
「俺は500点。けど色々めんどくさいから隠してもらった。優れている人間は必ずちやほやされるか攻撃される。
どっちにしたってめんどくさいからな。全国模試も一位。次。」
せっせと次を要求する。今は落ち着いてなんかいられない。
「運動面。中3の時からあらゆる競技で一位を・・」
「男子全国一位。その結果は既にアスリートレベルだ。これも面倒だから隠してもらってるけど。
強化キャンプとかめんどくさいし」
「でもコミュニケーションは」
「小学校から中学校までずっとコミュニケーションは得意だった。お前トーンの扱いよりも明らかに俺のトーンの扱いの方が
一枚上手だし話題の振り方だってやろうと思えばお前より上手い。何よりお前がほんの少しでもトーンを意図的に使ったら分かる。
今だってあえて自分を強く見せようとトーンを強張らせているだろ」
図星だったのか北風原は遂にため息を吐く。まあ、こんなところでいいだろう。世界が腐っていることを断言するこいつの
やりこみ具合もいらっとしてたし落ち着いたので〆の一言を。
「ゲームは?私の方があなたより」
「ライデイって知ってるか?」
「ええ。」
「俺、一位だから。はい、即証明終了」
「え?」
おそらくリア充なりにこいつも自信をもっていたのだろう。けれども俺には敵わない。俺たちのヒートアップ振りに流石の
八街も引いている。
「俺は世界を極めきってるんだ。その上で世界が腐ってるって断定している。だからお前の下にいたって学ぶ事は無い」
そう〆の一言を発して依頼内容を聞こうとしたときだった。
「いいえ。あなた誰かと付き合ったことはある?」
「なんだよ。あるわけないだろ?程度の低い腐った奴らとなんか付き合う気は無い。」
「そこよ。あなたはまだ極めきっていない。恋愛というやりこみ要素をやりこむ前に諦めているじゃない。知ってる?
恋は人を一気に変えるのよ。そして恋人にしか見せない一面を人は見せる。恋愛という要素も攻略しなければあなたは・・・」
そこまで言ってから北風原は息を吸って立ち上がる。
「―――――――――――――世界を極めきっていないわ。」
その言葉は明らかに世界の攻略を本気で目指している奴の言葉だった。つまり―――――――
「恋愛の攻略しなおし、か」
「そう。ここ、思いやり部で人を思い、想い、そして恋愛をするべきよ。そしてもしもそれでもこの世界が腐っているのだと
思うのならそれでいいわ。」
「いい度胸じゃねぇか」
挑戦だ。いいだろう。俺は挑戦を受けてたつ。思いやり部?とかいうステージでこの世界を本気で攻略する。
「えっと・・・猫実君。何のことか分からないけど私も手伝うよ。」
八街はそういってきた。おそらく雰囲気で悟ったのだろう。
『まあ、そういうことならよろしく。俺はこの部で世界を極めきるから』
「うん。私も北風原さんも手伝う」






こうして始まったのだ。世界の極めなおしが。

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