不良品な青春ループ

黒虱十航

△月の声3

正直自分でも予想はしてた。家でもこれを聞きながら寝た経験が何度もあるし何なら安眠のためにたまに使うぐらいだし。
だがちょっと流石にまずったな、という感覚ぐらいはあった。というかそれ以外も無いとおかしいんだけど。で、結果的に起きたのは5時間目が終了してから。5時間目の授業が理科で結構温厚な先生であったことと俺の疲れ具合により免除されていたんだけど
6時間目の授業が数学だった。
「猫実。何寝ているんだ。」
「・・・んあああ・・ああ先生。今ってやば。6時間目始まるじゃん。」
「さてと、罰をあた」
「先生待って下さい。李下の時間も寝てたんですよ多分。なのに注意されていない。これはつまり先生が
容認したということですよね。間違ったことをそのままにするのは人に罰を与える方々のやることじゃないでしょうしそれを
考えれば俺のやっていた居眠りという行為は正しいんですよ。そもそも何か外国じゃ昼寝の文化があって
それで午後の効率を上げるわけで。逆説的に考えて寝ていない奴らこそ授業に取り組む姿勢が見られないわけです」
「はぁ・・・。いいか猫実。佐治先生が注意しなかったのは、お前に気付いていなかったからだ。そもそも完全に安眠している現在のお前に気付けるほうが少ない。それこそクラスの連中も気付いていなかったんだからな。まあ、あの頃ならば別だが。
全く、居眠りを正当化するな。」
「いや先生、それはちょっと無いと思いますよ。ほら、ぼっちって逆に目立つじゃないですか。だから何?気付いてないって事は
無いと思うんですよね。つまり気付いていて俺があまりにも疲れているように見えて許した、ということです。」
完璧な論理である。もうここまで来たら何の文句も言えないであろう。それよりも問題というか文句が一つ。何でこの先生、
何気に生徒の存在感を揶揄してるの?ちょっとおかしくないですかね?せめて気付いて起こさずにいた皆も悪いには悪いとか
言ってくれたら納得できたんですがね。
「何、自慢げな顔をしている。全くもって完璧じゃないぞその話。穴だらけだ穴だらけ。そもそも君は自分の存在感を大きく
捉え過ぎだ。ぼっちなんて次元を越えているぞ。それに君は疲れていないだろう。誰かと遊んだりも今はしていないだろうし
何で疲れているんだ。」
「えーっと主に先生との会話ですかね?ほら、俺入学してから今日までの会話の比率的に考えて先生との会話が
ほとんどなんですよね。まあ、俺的には他の誰と話すつもりでもないですしいいんですけどね前みたいな面倒なことに
ならない分いいですけど」
俺が言うと先生はこめかみを震わせてこちらを睨んでくる。
「分かった。ならば今は罰を与えない。どちらにせよこの後君には重労働を任せるわけだしな。ただ、その言葉胸に止めておこう。」
先生の口から出たのは案外平和的な言葉でよかった。


と、いうことがあって数学の授業を受けているわけだがさっきから視線がいたい。いや視線って言っても別に昔みたいな
女子からの視線と男子からの視線じゃありませんよ。一大人である誉田先生からの視線に決まってるじゃないですか。
いや、マジでこれやばいから。ほんとに恐ろしい。野獣からの視線って言うの?それこそ鳥肌がたってしまいそうなレベル。
それのせいという訳じゃないんだけど元々数学は苦手なのでほとんど頭に入らない。まあそれでも終わらせてるから良いんだけど。
そんなことをしているとやがて6時間目が終わり、帰りのホームルームもさっさと終わったので俺は席を経ち後ろの扉からさっさと
帰ることにする。いやぁ、おっかしいな。何かやらないといけないことがあったと思ったんだけど。
いや、でも俺は忘れちゃったしなぁ。しょうがないしょうがない。さあ、いとしの春のためにも早く戻るかねぇ。
顔だけはいいからな、あいつ。そんなことを思ってにやけながらさっさと帰ろうとすると目の前に魔王が現れた。おっと間違えた。
誉田先生が現れた。いやぁほんとになにこの人?勇者を待ってる魔王なの?魔王城に大抵いる結構強いように思えて動きが鈍い
番人かなんかなの?それにしても番人系モンスターの攻撃特化鈍足率は異常だと思う。で?この方はどなたですかね?
記憶に無いのですが私の知人ですか。
「何、逃げようとしている。そろそろきれるぞ。」
「もうきれてるじゃないですか。心拍が明らかにきれているような動きですよ。かなり激しいですし。大丈夫ですか?
その状態って結構体に悪いですよ」
「そう思うならもうやめてくれ。しっかり従ってくれ。さあ、行くぞ」
「行くってどこにですか?」
「猫実!忘れたわけじゃあるまいな」
「ま、まっさかぁ」
やばい。そうだ、ペナルティーで第二図書室を掃除させられるんだ。
「うむむ・・・先生、覚えていましたか。でももう引き下がりませんよ。最後まで運命に足掻くと決めたんです。
運命は自分の手で得るものだからっ」
「何それっぽいことを言っているんだ。分かるぞ。気持ちは分かる。私も言ってみたいからな。
だが、社会とは往々にして決められた運命に従うしかないものだ」
「そんな社会間違ってると思うんですよね。逆説的に考えて社会のつまはじき者である俺は正義ということで
正義を束縛する先生こそ邪悪そのもの」
「黙ってついて来なければお前は二度とそんな口が叩けないようになる。それでもいいならばそうするが私としても
体罰はあまり許されていないからしたくないんだ」
「逆に止むを得ない場合はするんですね」
ほんとになんて先生なのだろう。だがしょうがない。従うべきだろう。この人も多分やりたくてやってる訳じゃなくて
仕事だからやってるんだろうし。・・・そうだよね?そうだと願いたい。


ということで地下へ向かう道のりを先生に引っ張られながら歩く。ホントにこの人力が強いな。体罰もガチでしそうだし個人的には
どうしようもない。まあ、しょうがない。さっさと仕事を終わらせてしまえばいいだろう。どうせ図書室の掃除なんてたいした
もんじゃない。まあ、それも事件とやらが無ければ、というだけの話なんだけれど。ああ、お願いだから問題起こりませんように!
先生に案内されるがままに俺は歩き続ける。地下、というだけあって若干肌寒いといったレベルの気温ではある。まあ、春だし
そういう日が少なからずあるから文句があるわけじゃないんだけど。そうじゃなくてなんと言うかものすごい胸騒ぎがしていた。
だからこそ気温だとか言うどうでもいいことを考えているのだろう。そんな馬鹿馬鹿しいことをしていても脳は動いているわけで
この胸騒ぎの正体を探っていた。そんなことをすること3分。まだたどり着かないようで歩き続ける。正直、マジで長いなぁなんて
考えながらもこの胸騒ぎの正体が何となく分かっている。


まず一つ。この胸騒ぎは「何かが変わる」とかそういう運命を感じているものではない。それは何となく分かった。ある種、
生物的本能というのだろうか。生物的本能というと俺の中じゃ働かないということから派生する主夫志望ぐらいしか
思いつかないのだが案外、生物的本能は身近にあるのかもしれん。というか胸騒ぎってそもそもなんだろうなぁ。
今から俺は働きに行くんだぞ?嫌悪感以外ないだろうだ。


そして二つ目。この胸騒ぎは、恐怖によるものでもない。働きたくない⇒働かされるという恐怖が生まれる方程式なんだが
案外生まれていない。いや、働きたくないのは事実ですけどね。でもこの胸騒ぎはそういった種類ではない。だとすると
俺の出せる答えはひとつしかなかった。簡単だ。「俺には証明不可能」である。そもそも俺雅証明できると思ってたのが間違いだ。
なので考えるのをやめて歩く。合計してしまうと5分以上歩いているのだがまだつかない。うちの学校、やけに広いからなぁ。
絶対そのせいだ。何となくだけどその連続通り魔さんがこの学校に逃げ込んだのも分かる気がしてきた。こういう時、
心理学を学んでおくと超便利。そーでなくて、とりあえずさっさと歩きたいんだけど案内していた誉田先生が立ち止まった。
「急にどうしたんですか?やっぱり生徒にこんなことをやらせるのは教師としてよろしくないと思いましたか。行動に移す前に
分かっていただけてよか」
「いや、そうではないのだよ。むしろ君にはこれからも私の下僕として働いて欲しい。だがそうではなくてな。
君の心配以外にも私には考えなければならないこともあるのだよ」
「結婚のこととかですか?」
「君は馬鹿なのか?私は結婚する気は無い。言って置くが独身も悪くは無いぞ。寂しくもないしな。若者からの冷たい視線と
ラブソングの歌詞以外は、全然痛くも痒くも無い。昔は悲しいと思っていた頃もあったけどな。」
「じゃあ、何の考え事ですか?」
「それを君に話したところで変わらない。だろ?ほれ、そろそろだ」
そんな些細な会話をしてからさらに進む。先生の言うとおり。俺は何かするきはないし変える気も無い。この世界は変える価値の
無い世界だと判断した。だからもう、俺が変えてやる必要性が無いのだ。全ては俺に告白してきた奴らとそれに順ずる低レベルな
腐った愚か共たちのせいだ。


それからまた3分ほど歩き続けるとどうやらついたらしく先生も立ち止まる。その頃には正直異臭を感じていた。
もしかして先生は感じないのだろうか。無視してるだけのなのかもしれないけどこれは俺にはインパクトが強いですねぇ。
異臭というのは分かっていてもこの匂いが何の匂いだったか思い出せない。こう、何か変な感じだ。いや別に変な意味じゃなくて。
卑猥とかそっち方向も止めてないのでその辺はよろしく哀愁して欲しい。哀愁って何だろうなぁ。


そんなことを考えていると先生は一つの扉の前に向かった。おそらく第二図書室というのはこの部屋のことであろう。
どうにも好きになれない空気。この雰囲気と匂い。それがさっきまでの肌寒さを際立ててすごく寒く感じた。肌寒い。
そして何故だろうか。さっきの胸騒ぎが明らかに大きくなって逆に消え去っている。その代わりに今すぐ何かがやってくるという
胸騒ぎが俺の鼓動を早くする。きっとそれは自分が寒いと感じているから自分を暖めようとしたんだろう。そうだと信じたいし
だからこそ先生が扉を空けるこの瞬間がものすごく嫌だった。
「入るぞ~~」
「どうぞ」
そんな慣れたようなやり取りを聞きながら俺も失礼しますと声を発する。いや、まあ人がいて当然だよな。
流石に図書室の掃除を一人でって言うのはありえない話だろうし。よかったなぁ。むしろこの人に任せておけば良いんじゃねえの?
とかそんなのは入ってすぐに消えた。


その部屋には風が通っていなかった。地下だから当然だろう。まあ、換気扇とかあるだろうし空気があることは確かなんだけど
それでも風と呼べる目立ったものは無いはずだ。でも、入った瞬間。その人がこちらを向いてその動きがあってびくりと何かが
震えた。あまりにも似合っていたのだろう。彼女がこの部屋にいてその姿が。なんというかあまりにも心地がよさそうにしていると
いうかこの部屋に馴染みすぎているというかどちらにせよ異質である事は間違いが無いのだ。何故かって?簡単だ。
この部屋があまりにも異臭がしまくっていた。そして俺にもわかったのだ。この匂いが何なのか。俺は聴覚と一緒で嗅覚も
鍛えている為人一倍においには敏感だ。なので分かる。この匂いは明らかに「血」だ。だからこそそこで心地よくしている彼女は
異質すぎると感じたのだ。でもそれと同時に彼女の動きは明らかに美しいと評するに値するものであった。だからこそ逆に恐怖を
感じたのかもしれない。でもそんな事はどうでもいい。きっと彼女は俺と同年代のはずだ。そんな彼女がなぜこんな異質な空間で
心地よくしているのだろうか。それだけが不思議で仕方が無かった。何故?それは疑問ではない。問題提起だ。ありえないのだ。
人生を極めた俺でさえ不思議だと思ってしまう。どういう生き方をしたら彼女は平然とこの部屋にいられるのだろう。息を呑む。
当然だ。あまりにも恐ろしい。こいつは、俺と同レベルなんじゃないかと思うレベルだった。だから俺と同様のレベルの人間の思考が読めずに怖かった。誰しも自分には必ず勝てない、というがそれと同じだ。自分と同じレベルの奴が目の前にいて
俺はどうしようもなかったのだ。


これは明らかに生物的な本能。


やばい。それは何となく分かっていた。でも本能は俺の予想を裏切るレベルだったのだ。俺が、自分の予想できないことを
しているというのは少ない。


何故ってこいつが「安らげる存在」だと思ったのだから。




何度も言うように、この世界は腐りきっている。それは俺の人生十数年で得た結論であり揺らぐことは無いはずだ。
何、俺が言うんだ、間違いない。まず俺は、リア充の中でもリーダーになるために労力を使った。その間に中間の立場も経験した為、その視点からみた世界についても確認済みだ。そしてリア充の中心になった俺は次に転校した中学でぼっちになった。そのための
言動を駆使して完全なぼっちになった。その間に得た世界もまた、データに入っている。その間に少しは友達のいるぼっちなど段階を踏んだ為それもデータに入っている。全てデータに入っている。あらゆる立場の人間と友好関係を開いた。そこまでしてそれでもこの世界は腐っていると断言できる。少なくともアニメみたいな作り物の世界で無ければ腐っているだろう。
だから、俺はこの世界を見限った。


それでも、俺は何も得なかったわけではない。むしろ極める為に得なければならなかったものも多かったのだ。
だから多くのスキルを得た。例えば前から言っているような声のトーンの調整もその一つだし表情の調整もまた同じことである。
聴覚や嗅覚の発達というのもそうだろう。この世界には俺と同等の世界に立つ資格は無いが
それでも俺に与えた4つの能力については、俺と同レベルに役に立つといえるだろう。1つ目が神の耳。全く中2臭い名前なのだが
まあそれについてはおいておいて実際に神と呼べるほどの聴覚があるのは確かだ。例えば、5キロ離れたところで普通に
会話しているレベルの声がなっていたら俺は聞こえる。今も勿論聞こえている。でも、俺に与えられた俺の得た能力というのは
そういうものではないのだ。それを超えた聴覚。端的に言ってしまうならば俺は、人の本音を聞くことが出来る。こういうと
自意識過剰に聞こえるだろうが本当に聞こえるのだ。例えば普段、教室で話している奴らの会話。その会話が薄っすらと
聞こえていると大抵その言葉が本音に変換されて聞こえて”しまう”のだ。何も好き好んで得た能力じゃない。
元々は耳がよくなってくれれば話が聞きやすいと思って鍛えただけなのだ。でも、それがいつしか進化して俺は神の耳を
手に入れた。かつてはそれも便利だった。だが、こうして集団から阻害された生活を望んで過ごす今となっては、
ただ邪魔なだけだ。2つ目の能力、というのは触覚のこと。神の触覚。五感の中の1つだな。どういう意味かって言うと例えば
相手を触れる。すると体のどこかで流れている血液の動きか分かる。どこで起きたかまで明確に。まあ、それはサブ要素でこの本来の効果は体中の神経が敏感になり相手が何かをしている時にその人間の周囲に渦巻く本音を感じることが出来る。嘘をついていたら
そういった動きが体に出てほんの少しの振動で俺は気付く。これもいつもだから厄介だし邪魔だ。3つ目の能力が視覚だ。
髪の目。ここまで来たら大体分かるだろうが俺の目は異常だ。基本色は2色のみ。白と黒だ。そしてそれに色をつけるように
見えるのがその人間の本性。その人間の考えていることが色になって俺の目に映る。その色がどう意味かは俺にも明確に
分かっているわけじゃないがこの腐った世界は大体紫や青、赤や黒ばかりだ。腐っているという事実が前面出ているので勿論
絶望の色なんだろうと分かる。そしてもう1つの能力が嗅覚。神の鼻。嘘の匂い、絶望の匂い、そういったありとあらゆる感情の
匂いを感じることが出来る。血の匂い、空気の匂いを嗅げば大抵その言葉が嘘かどうか、虚ろかどうかが分かる。これも同じく
常時発生。端的に言えばこの4つの能力は常に発生する訳で俺の体を蝕んでいた。むしろそれがあまりにも酷くなって
気持ち悪かったから人と関わらなかったのかもしれない。


そんなことを何故確認したのか。その理由を説明するのは一文だけで事足りる。目の前の、第二図書室に居たその少女は何故か
俺の4つの能力の全てに”過敏に”反応したのだ。これがどういうことか。分かるか?存在自体が虚飾であろうこの世界で、
この4種が反応するのは当然だ。でも、俺がここまで驚いている。それだけで分かるだろう。ここまで。ここまで過敏に反応したのは初めてなのだ。まだ言葉を発していないけれどそれでも吐息だけで分かる。彼女の、この吐息が作り物であると。別にそれは作るのが下手なんじゃない。むしろ俺以外には見抜けないだろう。誉田先生でさえ。だが、俺の神の耳があったからこそ見抜けた。
おそらくこれは俺と同種類のものだ。彼女を取り巻く空気も確実に嘘の動きをしている。何より偽ろうとしていることすら
偽っている。ここまで偽っている人間を自分以外にみたことが無い。視覚だってそういっている。歪んでいるレベルに嘘だと
いっているし何より紫色に染まりきっている。その姿はむしろ美しいレベルだ。匂いもする。勿論女子特有の匂いもする。けれど
それ以上に匂いがするのだ。嘘、絶望、虚ろの匂いが。びんびんする。それこそ自分でも不思議なほどに。ごくり、と息を呑む。
するとそれに気付いたのかその少女がそれに気付いたのかじーっとみられてしまう。やばい。この眼力、本気でやばい。
何がやばいってとにかくやばい。
「せ、先生。この方は?」
「ああ、君と同じ学年なんだし名前ぐらい覚えて欲しいものなんだが。ほんとにどうやったら人はここまで変わるんだろうな。
あの頃は必ず初日には名前を全暗記していただろう」
「当然ですよ。俺だって名前は覚えてます。流石に」
「じゃあ、何故聞いた?」
「ほら、顔までは知らないじゃないですか」
事実である。あの頃は必要に駆られていた為入学式の時に顔まで全暗記した。でも今は必要ない。ほんとに必要性が無いんだし
同学年どころか同クラスも基本覚えん。
「はぁ・・全く。すまんな。彼女は北風原菜月。1年A組の生徒だ。」
「はぁ、そうですか。えーっと北風原さん?初めまして」
一応、名前と顔を一致させておこう、だってこの人危なさそうだし。もう、俺は一生この人に会いたくないなぁ。北風原?
「初めまして、ではないわ猫実涼くん。」
「は?」
「は?ではないわ。人に物を尋ねる時にはしっかりとした言葉を使いなさい。今回の場合、私が目上なのだからより、
しっかりとすべきだわ」
「意味が分からん。何で初対面のお」
「だから初対面では無いといっているでしょ。それともし初対面だと思っているとしたらお前、では無く貴女、
と呼ぶべきではないかしら?」
見事に言葉でフルボッコされている。だが、そんな事はどうでもいいのだ。一瞬のうちに、俺の感じていた異常が消え去ったのだ。
聴覚視覚、触覚に嗅覚。それらの神の部位が全て反応しなくなった。おそらく偽るのをやめた。俺と同種の人間だという確信が一気に高まった。
「分かった。北風原さん。悪いけどどうしても思い出せないんだ。北風原さんとどこかで会ってるなら教えてもらえないかな?」
「数年前」
「は?」
「だからひ」
「分かった分かった。どういうことですか。」
「同じ言葉を使うならばトーンを上げなさい。」
「うっせぇ。数年前・・北風原北風原・・・・」
そんな思考に入るのであった。




俺は自意識過剰かもしれないが記憶力はかなりのものだ。それをときにぼっちになるために、時にリア充になるために使った。
つまり記憶とは、かなり極端なものであるといえよう。で、だ。北風原、数年前、というキーワードで思い浮かぶのは
ほんとに少ない。北風原といったら千葉、千葉といったらマッカンでマッカンといったら美味しい、田園調布駅近くにマッカンが
売ってるね、やった。みたいに連想されてしまう。マジでこれ、病気かなんかなの?いや、まあ、実際のどまで
出掛かっているんですよ。ただなぁ。この人が俺の知っている北風原さんと同一人物だとは思えない。
「えーっと、じゃあ、一つヒントを下さい北風原さん」
「あまり名前を呼ばないでくれるかしら。不快だわ」
「不快なのはこっちだ。何で上から目線なんだよお前」
「だからお前という言い方はやめなさいといっているでしょ。馬鹿なの?」
「いいや、俺は学習能力に自身がある。むしろ俺ほど一度した失敗をしない人間はいないほどだ。というかさっきから
何一つ俺の質問に答えてないだろうが」
ほんとにこの人、何でこんなに上から目線な訳?いや、それ以外にも聞きたい事は山ほどあるし実際口にしてるんだけど
おかしいだろ。こいつ。
「あなたが最高だというのならこの世界の人間は随分と程度の低いということになるわね。全くものすごい低レベルな世界だわ」
「ああ、ほんとだよな。誰一人何一つ俺に勝てないんだもんな。そのくせ努力もしないんだぜ。全く、
馬鹿だし愚かだし程度が低いよなぁ。」
「あなたがそういうことを言うほどの人間では無いと思うのだけれど。」
「うっせぇ。って言うか何言わせてるんだよ。で、何でお前は上から目線な訳?」
「お前という言い方は・・」
「貴女様、何故上から目線なのでございましょうか」
面倒なので雑な敬語を使ってみる。しかもトーンを操作して。ここまでやられたら絶対殴りたくなるだろうなぁ。
まあ、無理だろうけど。
「・・・まあいいわ。というか逆に聞きたいのだけれど何故私があなたの上じゃないと思っているのかしら。
それが甚だ疑問でしょうがないのだけれど」
「どんだけ自信過剰なんだよ。ちょっと俺も引くぞ。」
「え?だってあなたは私より劣っているでしょ?」
「どこが?」
「すべてに於いてよ。あなた、さっきこの世界の人間は誰一人何一つ自分に勝てないだなんて言っていたけれどそれは
本当に人生をきわめた人間のみが言うべき言葉だわ。」
「何を言ってるんだ。俺は」
「コホン。お前達の話は私がいなくなってからにしろ。私もちょっと胸が痛かった。それで、まず今日からここが片付くまで
毎日放課後は、君達二人にここを掃除してもらう。拒否権は無い。何、明日からは鍵もあけておくし私に案内されなくても
いいだろうからホームルームが終わったらすぐに来たまえ」
俺たちの会話がヒートアップしているように見えたのか先生が心苦しそうにこちらをみながら話す。あ、やべえ、
ちょっとだけ先生に聞かれたな。まあ良いか。
「承りました。その代わり」
「ああ分かっている。約束は守る」
「それでお願いします。では」
そういうと先生は第二図書室から立ち去った。普通にマジでかっこよかったのでびびったんだけどそれよりも俺は、
北風原にイライラしていた。
「それで?何でお前が上からなのか、だったな」
「だから、言っているでしょ?あなたは、私に何一つ勝てていないのだから私が上から目線で話すのは当然でしょ?
それが強者の権利」
「だ・か・ら。そこが間違ってるんだって。俺はお前に何一つ勝ってないわけ無いだろ?どこからそんな自信が湧いてくるんだよ」
全く、こいつの自信過剰っぷりは軽くひくレベルだ。だが、ここでひくわけにも行かない。あ、別にかけても無いぞ。
「根拠をあげましょうか?例えばそうね・・。私は中学校3年生のころ全ての陸上競技で女子種目日本第1位をとっているのよ。
男のあなたとは言えどうせ引きこもりであろうあなたぐらいになら身体能力でも勝っているでしょうし勉強でも学年1位だったわ。
勿論主席だったし。順位を公開されていないから信じられないかもしれないけれど根拠を見せてあげましょうか?」
「いやいい。なるほどなぁ。そういうことか。」
こいつの自身の根源は何となく分かってはいる。でも、でもな。こいつは人生をまだ極められていない。なぜなら
俺に負けているからだ。俺はこいつが俺みたいに演じていることを気付いた。こいつは気付いていないみたいだしな。
それにこいつが根拠に上げたポイントも俺には無意味だ。
「ま、もうめんどくさいしいいわ。勉強とかアホ臭い」
「そういう人間に限って愚かなのよ。だからあなたも程度が低いのよ。まあいいわ。それで話を戻しましょう。思い出したの?
私のこと」
「理解したし思い出した。だがまあ、まだ信じられないな。お前がここまで頑張るとは思ってもみなかった。
けどまあ、頑張ったじゃん」
「馬鹿にしているの?なにかしらその上から目線」
「うんや。すみませんね。俺の中学の時の同級生だったんだろ?お前もこっちのほうに出てきたんだな。」
「・・・・・・・まあいいわ。でも、あなたには撤回してもらうわ。そうしないと気がすまないもの。」
こいつが何を撤回しろといっているのか、俺には分からなくない。俺だってそうだ。俺だってもしも生半可なリア充が
「この世界は腐ってるだろ」とか言い出したらその言葉を撤回させるし俺みたいな努力をせずに一点において少し人より
上回っているからって自慢している人間がいれば絶対にその心を打ち砕いてぼろぼろにして撤回させるだろう。
「そうだなぁ。気持ちは分からなくも無い。でもなぁ、俺はそれに関しては撤回するわけにも行かないしなぁ。
実際この世界の奴らの程度の低さは半端ないし」
俺がその一言を発した瞬間北風原は、怒りの色に染まった。
「あなたに何が分かるの?」
「全て分かるぞ。お前の気持ちも分かるしなぁ。俺を舐めるな。」
俺にはわかる。こいつも俺と同じように世界が腐っていることを証明したかったのだろう。でもな。こいつはまだ人生を
極めきっていない。サブ要素を何一つ攻略しきっていないしこいつは、縛りプレイもしていない。そういったことの果てにある
完クリをこいつは成し遂げてないのだ。それからは無言でお互い作業をした。まず壁紙を張り替えるとのことで業者を明日にでも
呼ぶためにお願いの電話を入れてそれぞれ話し合うことも無く壁紙を張り替えやすいように掃除をした。


その日の帰り際、意外なことに北風原は口を開いた。
「ねぇ、あなたって誰かと付き合ったことがあるの?」
「あ?あるわけ無いだろ。めんどくさいし程度が低い奴に好意をもてない。」
「そう。ならばあなたがもし世界を極めきっていたとしてもまだ世界が程度が低いと認定できないようね。まあ、
まだ極めきっているほどあなたがすごい人だとも思わないけど」
その一言の意味が分からない。
「は?」
「恋って言うのは奥深すぎるミニゲームなのよ。だから」
そういい残して北風原は帰った。


ほんとに意味が分からん。上から目線でうざいやつ。


正直あいつの言ってることの意味が分からなかった。恋が、奥深すぎるほどのミニゲーム。あいつはそう言ったがそもそもあいつは
俺よりも世界を極めきっていないのだ。そんな奴の言葉なんか聞く必要も無い。それこそ負け惜しみだ。俺は、
そんな奴の言葉を聞かない。俺は自分と同レベルに世界をやりこんだ奴以外の言葉を信じたりはしない。けれど、けれどあいつの
言葉がまがいも無く真実である事は確かだった。だからこそ少しだけ心の中で考えてしまっていた。恋。それは何なのだろうか。
よく、恋は気の迷い、心の病だなんていったりする。それに従えば恋をしないことが健康だといえるしラブコメなんかうざったい
だけだ。それこそ辛いだなんて言われて泣きつかれたら生活に支障が生じる。俺的に考えてそれは嫌だ。
人の感情はプラスであれマイナスであれ醜い。今まではマイナスを避けるために過ごしたが恋というのはマイナスはもとより
プラスの感情も常に回避しなければならない。そんな不安定な要素、壊してしまったほうが良いに決まっている。
なにより程度の低い人間に恋をするほどやわじゃない。


そこまで証明する事はとても容易かった。けれどそこまで行くとどうしても思考にブレーキが掛かってしまうのだ。
恋とは何なのか、その合理性の欠如を馬鹿でも分かるように証明しようとするとどうしてもこの時点で歯止めが掛かってしまうし
簡単に証明しなくてもどうしてもここで行き詰る。結局的にこの先を計算することが出来ないのだ。俺の思考能力じゃまだ足りない。自分の力が明らかに足りていないということだ。神と評せる得意的な4つの感覚。それを得て、たたき上げの思考回路を全開まで
めぐらせてそれでもまだ答えを出すことが出来ない。全く訳の分からん女だ。何であいつはあそこまで自分に自身をもっているのかも俺には理解しがたい。あの程度で自信を持てるあいつがうらやましい。この世界の全ては俺より下だ。誰も俺に敵う人間はいない。
それは仕事とか目立つ部分も目立たない部分も全てだ。文章力だって多分良い線行くと思う。それが売れるかは別だけど売れるか
どうかと面白さは別。自分で自分の書いたのを読み上げるとかちょっと嫌だけどそれでも面白いとは思う。すべてにおいて俺は
勝っていて逆にこんな腐りきった世界はどんなに人間をかき集めようと俺に勝つことは出来ない。俺が別に天才だといっているわけ
じゃないんだ。ただ、この世界は俺よりも強キャラの奴でさえ俺に勝てていない。それがあまりにも腹立たしいのだ。
そんなことを考えながらいつの間にか家についていた。


自宅について鍵をあけるが家には誰もいなかった。実際はそろそろ母さんも帰ってくることなのでいると思うが何せ最近は忙しい。
何が忙しいって小説もだけれど何より今日は、帰ってくる。俺の弟。この3年で変わった出来事の一つだ。ちょっと前に母さんが
生んで本当は病院に居ろっていわれたんだけど忙しいからって退院して弟だけ病院においていた。何か体調が悪かったらしく時間が
掛かったんだが今日くるらしい。と、いうのも家に行くまでの間に電話で知らされたんだけど。ていうか、入院しろって
いわれてるのにネタ探しの旅に出てるとか馬鹿すぎだろ母さん。まあ、そんな母さんの事は置いておいてとりあえず弟のことも
置いておいて父さんと春が帰ってきていないのが不思議だ。が、多分急な仕事が入ったんだろうな、ぐらいで父さんの問題は
解決できるし春も俺が、遅いって聞いて遊んでるんだろう。勿論おにごっことかそういうので遊んでるわけじゃないけど。
とりあえず自分の部屋に直行して制服を脱いでばたりとベッドに倒れこむ。正直気疲れがすごい。何が疲れたってあいつとの会話も
そうだけど今日は横暴な誉田先生のせいで渾身の作文は道具として利用されたし学級委員になってしまったしあの、学級委員の
もう一人の奴、名前は覚えてないけどあいつをみていると昔を思い出しそうになる。だから、それがものすごく疲れた。


そんなことを考えているとふと、作文も理不尽なことに書き直しになっていることに気がついた。それについてはまあ、
多分明日までじゃないだろうけどやりたくない事はさっさと終わらせる。それが人生の定石である。と、思ったのだがどう考えても
先生が話していたことを考えるに無いよう自体は問題が無いということだ。俺が書き直す必要も無い。むしろ書き直した場合俺は
悪に屈することになってしまうのではないのだろうか?俺はジャスティス。神である。なので今はNEKOMIとしてゲームをする
ことのほうが優先である。早めにしないとKAMOに抜かれてしまう。俺がナンバーワンじゃなければならないしさっさと勝ち進んでしまおう。ということで今日も活き活きレートにもぐるぜ。


結局今日もKAMOと差をつけることが出来なかった。最後に1勝負、と思ってラストのレート戦を始めようとして新しい対戦相手とマッチングされた時。俺は正直言って驚いた。相手がKAMOだったのだ。いや、それだけじゃない。そいつの動きをみて俺は、
見た事がある気がするとそう思ったのだ。まあ、それはいい。俺の主観よりもこいつに勝てばKAMOを抜かすことが出来るだ。
一部で噂されたことだが、俺とKAMO、どちらともレート1位なのだがKAMOの方が運がよく弱小プレイヤーばかりを相手に
してきていて実際は俺の方が強いといわれていたのだ。それについては俺も信じていた。俺が誰かに負けているはずが無いのだ。
だから当然、勝っているものだと思っていた。だからこそ真っ向からぶっ潰してやれば俺の強さが証明できるだろうと思ってたし
相手もビビって後手に回って来るだろうと思っていた。だが、そんな予想は明らかに裏切られた。何のためらいも無くばこばこと
攻撃をしてくる。容赦が無い。俺は回避行動を全力でしているのでダメージは未だゼロなのだがそれでも明らかに俺が後手に
回っていた。やばい、まじでやばい。これは本気でやばい。集中力を全開にして回避して一旦距離をおきリスタート状態にする。
けれど相手は退く気は無く攻撃態勢をとっている。だが正直思う。これは明らかに精神状態の悪いプレイヤーの行動だ。まあ、
俺がびびるレベルには神経のある行動だし相当な技術があるのも事実だ。でも、いらだっているプレイヤーのような
攻撃態勢をとっている。そしてその相手の勢いにやられてしまいそうになる。ごくり、と息を呑む。
「お兄ちゃん?」
「黙ってろ。今マジでやばい」
これは、本気でやるしかない。俺だってさっきからイラついてるんだ。こいつのイライラなんか知ってたまるか。
ぶっ潰してやる。


KAMOのプレイスタイルをみるに明らかな脳筋プレイヤーだった。回避を計算に入れず隙が0.1フレームも無い美しい攻撃だ。
それに比べ俺は回避を計算に入れている分コンボが甘いのは事実だ。それもまあ、俺とKAMOで比べたらと言うだけのことである。他のプレイヤーは眼中に無い。だが、その油断が命取りだった。


今、一気にコンボがはまって大ダメージを受けてしまった。半分削られた。そこで俺が回避したがこれはやばい。
0.05フレーム以下のスピードで回避しないと本気で終わる。俺の額から汗が滴る。その瞬間、KAMOが攻撃を仕掛けてきた。
本来ならばピンチな所だが俺は視界に頼らず感覚でプレイしている。むしろ不意打ちみたいなアタックだったせいでこちらとしても
罠をはめやすく一気にダメージを食らわせることに成功した。でも、KAMOは体勢を整えて攻撃してくる。
だがそれも冷静に回避する。流石に回避からのカウンターが何度も通じるわけも無くお互いにHPが同じ位になりリスタート状態に
なった。




俺とKAMOとの対戦は非常にギリギリの戦いであり名戦だった。それを示すようにこの勝負をリアルタイムで見ているプレイヤーは過去のどんな名戦よりも多かった。これは明らかに注目されている。今、俺は多くの人間に注目しているのだ。観衆の前でゲーム。
それは普通の人間にはたいした問題じゃないだろうけれど俺とKAMOとの対戦のような緊迫した対戦中には一瞬の油断が
命取りになる。ただ、そんなこともあまり気にならなかった。イライラしていたというのもそうだがKAMOがイライラを
ゲームにぶつけていることにまた腹が立つのだ。ゲームはゲーム。リアルのことを持ち込むのは許せない。だからこいつは
ゲーマー失格だ。ぶっ潰す。俺は、こいつを。


そんな思いをこめて俺はコントローラーを握りなおす。そして俺が考えた唯一無二のハメ技を使う。今までレート戦でも絶対に
使ってこなかった最強のハメ技。コンボが無茶苦茶難しくて安定していないが今の脳の加速具合ならば簡単に出来るであろう。
コンボの点で、KAMOに負けている俺がコンボの点で勝っているのは、たまたまこのコンボを思いついたからであろう
。ひらめきが無ければ意味が無い。でも、今まで何度もこれを練習してきた。こいつに勝つために。KAMOを超えてナンバーワンになるために。それだけのためにどれだけ練習したか分からない。だから絶対に今は失敗しない自信があった。息をすって突進する。
無茶苦茶甘い攻撃。ほぼ確実にフェイントにしか見えないようなそんなレベルの安直な突進だ。だが、俺とこいつのような高次元の
戦いでのみは違う。フェイントという意味だけではなくカウンターのための誘い、あえて攻撃をすることで裏をかく攻撃、
色んな色んな意味が存在していて相手は確実に迷うはずだ。何よりその後の攻撃を見せるようなことのない完璧なものだからこそ
相手は迷う。戸惑うはずだ。そして択一するはずだ。相手に残される時間は数フレーム。その間に考える答えなんて限られている。
おそらく相手は失うものの少ないほうを選ぶはずだ。そしてフェイントの場合その後、かなりのコンボが考えられる。カウンターも
そうだ。そう考えるとただの安直な攻撃、という可能性が一番コンボにつなげにくい。だから、安直な攻撃は捨てて他の2動作に
気を使うはずだ。だからそれが狙い。


このコンボはコンボではない。この攻撃一つで成り立ってるものだ。この攻撃があらわすのはただ一つ。俺が使うキャラの持つ
必殺技だ。必ず必殺技というものがキャラそれぞれに存在していて設定することが出来る。そして俺の使ったのは突進系から始まる
攻撃。だからなんのひねりも無い。ただ心理学を応用したまでである。流石の相手もこの状況でキャンセル不可の必殺技を使うとは
思わないであろう。俺だってそうだ。そして俺は必殺技をキャンセルする方法を知っている。システム外スキル。
必殺技がかなりつながり相手が回避したその瞬間だ。俺はシステム外スキルを使う。ジャンプバックステップパンチパンチキック
ジャンプAABB↑↓↓↓→ABBを”3秒”ほどで打つ。それが成功すると公式でもまだ言われていないが必殺キャンセルが
出来る。そういう”仕様”で出来ている。まあ、生半可なプレイヤーには出来ないような芸当だが俺にはギリギリ出来る。
それ故指の筋力はかなりあるし柔らかい。まあ、そんなことはいい。俺のシステム外スキル・・・いや、一応今、
システム上存在することが全体に発覚したのでシステム外スキル(キリッ)を格好つける事は出来なくなってしまったし
システム内スキルなのだがとりあえずそれを成し遂げた俺に流石のKAMOも驚愕する。でもそれで驚かれたら困る。
必殺技をキャンセルした時に、数秒に限り、全能力が上昇するというサブ要素がある。それを使ってコンボを決める。
絡み手も何でも使う。それには避けられないようだ。KAMOは大ダメージを受けてそれでゲームエンド。俺の勝利ということに
なる。WINの文字が画面に表示され遂にレートランキング1位になった。


「勝った・・・」
バトルが終わりすぐに俺はゲームをやめた。もう、レートバトルの時間も終わりだし今日のメンテナンス時間になるだろうから
流石にレートで抜かれることはあるまいしそうなれば一層休みたいものである。何より無茶苦茶精神をすり減らしたので
糖分がほしい。
「お兄ちゃん何、今の動き?」
「あ?ああ、そうだった。それで?何なんだ」
そういえば春が俺に話しかけてきたんだった、と思い出し用件を聞く。
「いや、何っていうか今日、家に戻ってくるって行ってたじゃん。それで何?名前も決まったし全然お兄ちゃんがリビングに来ないから向かいに来たんだけど」
「名前?ああ、赤ん坊か。それで?あいつなんて名前なんだ?」
「ああ、拓だって。拓ちゃん。」
「何だそれ。いつにもまして平凡だな」
「うん、思いつかなかったらしい。それで自分の作品の中でランダムに2文字選んで作ったんだって。それが”た”と”く”の
二文字。それで漢字を考えて拓になった。」
「なるほど理解。」
「ほら、早く行こうよ。むっちゃ可愛かったよ。私並に可愛い女の子になって絶対もてるよ。ホント大きくなるのが楽しみ」
「いや、でも男だろ?いってたぞ母さん。」
「え?何言ってんの?女の子だよ。」
「は?」
「いや、だってさっき『男の子だから~~』って言ってたから『女の子でしょ?書類にもそう書いてあるよ』って言ったら
『あ、ほんとね。間違えてた』っていってたもん。」
「いやそれどうなのよ母さん。それもう、適当とかの域じゃねえじゃん。もういっその事ちょっと休めよ。可哀想過ぎる・・・」
どうなんだろうね、俺の母さん。疲れてるのか馬鹿なのか。いいとこの大学でてるらしいし馬鹿じゃ無いと思うのだが頭のよさと
学力は比例しないと思う。
「ま、いいじゃんいいじゃん。ほら。お兄ちゃんだってめんどくさがってしっかり確認しなかったんだし同じでしょ?」
「いやいや。じゃあ何?名前は拓のままなの?」
「うん。登録しちゃってるから」
「男だと思ってつけた名前を背負うのも辛いなぁ。」
マジでカワイソス。カタカナマックス過ぎてマジでやばい。




俺はリビングに行き、珍しく父と母のそろった様子をみて感動してしまった。昔から父と母がこんな風に一緒にいるのって
あんまりみたことが無いんだよな。そのわりに仲は、無茶苦茶いいから不思議だ。やっぱりあんまり関わらないのが夫婦円満の
秘訣なのかね?いや、でも子供作ってるわけだしな。しかも3人も。案外この二人は無茶苦茶仲がいいのかもしれない。
いや、むしろこの家族全体がそうなのだろう。俺を除いて、ではあるが。・・・いや、違う違う。俺だって母さんには
好かれてるから。ホントだよ。嘘じゃないよホントだよ。主夫になるまで養ってもらうつもりだしな。あ、いいこと、思いついた。
俺が如何に家族に愛されているのかを証明してみよう。とりあえずは拓を可愛がってやろう。
「おお、結構可愛いな」
「お兄ちゃんが言うとマジでロリコンっぽい。」
「いや、まだ生まれて1年も経ってない奴に可愛いって言ってロリコン扱いならば世の父親の大半がロリコン扱いじゃねえか。
俺なんかまだまだだ」
「いや、お兄ちゃんがいうと、って言う話だから。」
「それ、もっと酷いじゃねえか。肉親に、しかも妹にロリコンっぽいって言われる兄の気持ちを考えろ。考えてください。
マジで。傷ついちゃうから」
泣きそう。泣いてもいいんだよ。いいや、妹の前じゃ泣かないね。
「お兄ちゃんって言ってることが分かりにくいよね」
「いや、お前の文章読解力がなさすぎなんだよ。中学から本格的に国語始まるんだから気を抜いてるとすぐにやばくなるぞ」
「でもお兄ちゃん。春はね、もう稼げるのだよ。暮らしていける」
「世の中そんなに甘くないぞ。ちょっとのミスですぐに破綻するんだ。今はネットで稼げたとしてもそういうのって
大抵危険なんだ。やめろよ」
「ええ~~」
「それ、拓?お兄ちゃんだぞ~~」
「(ぷい)」
春を無視したのがいけなかったのだろうか。拓に話しかけても目線をそらされてしまった。これ、マジでダメージ大きいんですけど。
「ああ・・・・。俺ちょっとやんなきゃ行けないことあるから部屋戻るわ」
「そう。じゃあね」
「そうだな。しっかりしろよ、2人もしたの子が出来たんだから」
俺は、あまりにも気まずかったので部屋に戻ることにした。ちょっと本気でショックなんですが何より言い分も降りてきたし
ロリコン発言がまだ突き刺さってるし眠いし。


部屋に戻り、俺はすぐに作文の書き直しに入る。確かテーマは人生についてか。まあ、俺の考えておいた分で十分だろう。
小説書いて文章力はあるし。


人生
人生とは養われることから始まる。子供に生まれ通常は二人の親に養われるのだ。そこで人との関わり方を知る。例えば人間関係が
得意そうな親二人に生まれたら自分もそうなろうとするだろうし逆にちょっと図々しかったりして回りに迷惑をかけるような非常識な親の元に生まれれば迷惑をかけまいとぼっちになる道を選ぶであろう。全ては観察である。人間観察だ。その点で言ってしまえば
それが趣味であるぼっちは、原点回帰している素晴らしい人種であるといえよう。「初心忘れるべからず」の名言がある以上、
原点回帰こそ正しい。ならば養われる、という原点回帰もまた正しいといえよう。俺は、これから親のすねをかじりつくそうと
思っている。実家暮らしとか幸せだし。でもまあ、愛されていなければそういうことは出来ないだろうな。
しかし俺は違う。無茶苦茶愛されている。それこそ、小学生の頃なんかは家事全般や、買い物を大体任せて来るレベルに
信用されていた。信じる=愛すである。それに小2の頃、両親が喧嘩した時なんかは、母さんが死のうとして俺を道連れにしようと
考えていたレベルである。無茶苦茶愛されているであろう?だから俺の将来は安泰。後はゆっくりじっくりマダムキラースキルと女性受けのいいスキルを獲得して専業主夫になるだけである。
まとめとして言うのであれば一言。まずい飯をかじるくらいなら親のすねをかじれっ!


うむ。前回に負けず劣らずの出来だな。寝よ。




翌日。昨日と同じ時間帯に俺が職員室に行くと誉田先生と生徒が話してきた。上履きの色から察するに俺と同じ学年であろう。
なんたって赤学年だしな。アイドルじゃないのでそこは注意です。ちょっと魔だ時間が掛かりそうだったので踵を返して職員室から
出た。それにしても全然声が聞こえなかったな。いろんな意味で声が聞こえなかったな。神の耳でも普通の耳でも聞こえなかった。
少なくとも悪意の音が聞こえなかった。それは匂いからも色からも空気の動きからも分かる。もしかして誉田先生を信じているの
だろうか。まだ数日しか経ってないのに?それっておかしいだろ。


しばらくして話が終わったのか職員室からさっきの奴が出てきた。それにびびってちょっと衝突しちまった。
個人的に無茶苦茶気まずい。
「あ、とごめ」
「(ぺこぺこ)」
俺が謝ろうとすると全力で礼を何度かしてから立ち去ってしまった。何はなしてたのか聞くのは、流石に野暮ってもんだし
興味も無いんだがそれしても俺の予想を裏切るような奴らばっかりこの学校にいて驚く。俺の力に過剰に反応したり反応が
ゼロだったりする奴もいれば始めからゼロの奴もいる。ただ、いつもひっきりなしに聞こえてしまう本音があいつらからは
聞こえないからちょっとだけ安心してしまう部分もある。まあそんな事はどうでもいいだろうな。それよりもさっさと先生のところに行って出さなければ。そう思って職員室のドアを開け誉田先生の元に向かう。


























けれども俺には安心する資格は無いのだ。そもそも俺でもほんの少し自覚していたのだ。俺がこんだけ不器用で、どんだけこの世界の奴らを上回っても”不適格”であるのだ、と。そしてこの世界はそんな俺を超えてくれなかった。例えば超えてくれたならば
俺も自分が不適格であると本気で認められたであろう。でもこの世界は俺に負けた。そんな世界に俺を安心させる資格は無い。
それと同時に俺も安心する資格や世界に適合するだけの資格が無いのであろう。それもうすうす気付いていた。
気付いてしまっていたのだ。けれど気付かないふりをしていた。それが正しいと思っていたし俺は誰よりも優れているのだから
考える必要もないであろうと思ったのだ。けれど昨日、北風原に出会い、KAMOと対戦しそして今さっきあいつにぶつかって
それで少しずつ崩れていた俺の中の何かが動き出してしまったのだ。それは俺以外の俺な様な気がして俺の中にとんでもない
獣がいるのだと、肝に銘じた。
















俺が誉田先生に作文を提出するとふむふむと誉田先生はうなり始めていた。眉をひそめていた。まあ、元々ついでにというか大義名分として書き直しにさせられただけなので多分大丈夫なはずだ。これが駄目なら他のやつだってだめな奴いるだろ。
「猫実。君は、文章を書く力はもとより話す力も高い。しっかりと自分の意見を体験と混ぜ合わせて簡略化した言葉を使うことで
読み手に伝わりやすい。それは認める。それは君の家族のおかげかもしれないし逆に君単体の力かもしれない。だが・・」
「だが?」
そこまで言うと目を瞑り深刻そうな顔をして先生が話す。
「君のその力をまだ生かしきれていない。だから、何となく意味の分かりにくい文体になるしすぐに話をそらしたりデータや
例を挙げようとする。昔はそうじゃなかった」
「はぁ。それがどうかしましたか?」
「いやな、君の作文を学校の代表として出そうと思うんだよ。明らかに文章力は高いし同年代の中だけでなく大人の中でも
君ほどの文章力を持つものは少ない。」
「ちょ、それは横暴なんじゃ?」
「しかし流石にこの文章を提出する訳にも行かないのだよ。」
「何でですか?」
ちょっと意味が分からない。笑い話を織り交ぜながらきれいにまとめたんだが。あれか?笑い話とか道化とかそういう
空気じゃない、みたいな?ああ、いるんだよな。文章力持て余してるから言いたいことを色々と元ネタ混ぜて言おうと思って
結局理解されない文章書く奴。あ、俺もその一員ということですかね?いやそれならばまあ分かるんですけど。で?俺の横暴じゃないですかという問いは完全に無視ですかそうですか。それならばこちらにも考えがある。
「分からないならいい。とにかくもう一度書け。前回のほうがまだマシだがそれでも流石に提出は出来ない。よってまともかつ
健全な文を書け。面白く」
「代表に選ばれるからには利点があるんですよね?」
「ああ、そうだな。考えておこう。今日も第二図書室に行けよ?」
「分かってますよ」
一言そういって職員室から出て行く。またしても書き直し。はぁ、マジでめんどくさいなぁ。何で健全とか言われなきゃ
いけないんだよ。
「あ、そうだ猫実」
「はい?どうかしましたか」
不意に誉田先生が俺を呼び止める。開けようとしていた職員室の扉から手を離しもう一度誉田先生の元に向かう。全く、
一度で済ませて欲しい。
「君は、さっき八街とすれ違ったよな?」
「えっと・・・誰ですか?」
「さっき私が話していた生徒だ。」
「ああ、あの。その人とならすれ違ったというか衝突しましたよ。その後言葉も無くぺこぺこ頭を下げて立ち去っていきました。」
「不審に思ったか?}
「いいえ。俺も人に当たったりすると結構ああいう感じの時ありますしそんなんで不審がってたらこの世界の大抵の人が不審人物
でしょ。」
俺だって流石に完全に見ず知らずのごりごりヤンキーさんとぶつかったらああいう感じだ。俺はまあ、パッと見怖いかもしれないし
あの時は非リアモードだったからそれでああなってたのかもしれないしな。それよりも先生が切り出した話だ。聞いてみるのも
いいだろう。
「先生は、何を話してたんですか?その八街さんと」
「そのって八街はお前と同じクラスだろうが。学級委員だ」
「ああ、そうでしたね」
ああほんとにわすれてた。これはマジでわざとじゃない。興味関心意欲が無かっただけである。それ重傷じゃねえか。
むしろ重症なレベル。いやどっちかわかんなくなってしまいそう。日本語って難しいな。それで八街と何を話していたのだろう。
「まあ、彼女とは少し話をしていただけだ。何、君と同じようなことを話していたと思ってもらえば間違ってないはずだ」
「ということは八街さんも主夫じゃなくて・・・主婦志望?」
「言ってる意味が分かるのが怖い。違うぞ。まともな話だ」
びっくりした。同じクラスにライバルがいるかと思った。女子だからセーフ。いや、むしろアウトなんじゃね?
同姓婚が認められそうな現代だし男の受け皿が少なくなり始めている。やっぱり主夫になるのも楽じゃないのね。
「そうですか。じゃ、行きますんで。」
「そうか。じゃあ頼んだぞ」
「うす」
短いやり取りをかわし俺は教室に戻った。参考までに八街さんを捜してみると見事に孤立していた。ぼっちということであろう。
さっきのキョドリ方的に考えてもおそらくあまり人と話すのになれていない。しかもこのクラスの空気の中で確実に
浮いてしまっているようだ。まあ俺にはどうでもいいけど。ふと、過去の失敗が頭によぎってしまうから不思議だ。

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