八番
無題
何事も無く夏が終わった。
そして季節は秋になった。夏休みの思い出なんてものは一切無く、ただ、季節が移ろっただけだった。季節が変わったからと言って環境が環境が変わったわけではなく、強いて言えば席替えが行われた程度であった。
相変わらず僕は、仮面を被っていた。本音なんてものは一切口にせず、何となくで完成した言葉ばかりを吐いていた。
アニメのパロディーを吐いて内輪ノリに喜び、華やかな世界で生きる者たちに成績で勝つなどと戯言を吐いて孤独である自分に愉悦を感じる。そんな日常だった。
ただ、唯一変わったことが一点。
それは、それまで僕とそれなりに話してくれていた者たちと精神的な距離が大きくなったことである。
想定内のものであった。むしろ、計算どおり。そうなってくれるのがありがたいとすら思った。何故なら僕に必要なのは『孤独』という強さなのである。誰かに依存して、誰かに助けられることによって何かを為すことではない。
そう思っていたからからこそ、僕はあえて距離を置くようなことをしてきた。変わり者だ、と思われるような行為をしてきた。
凡人ともいえる僕にとっては、それは何よりも自分の本質と反する仮面であった。が、凡人ならば最低限のつながりよりも多くのつながりを得てしまう。それだけは絶対に嫌だった。そうなれば、小学校の頃と同じようになってしまう。
未だに思い出す。
小学校の頃のトラウマ。嫌悪を。
小学校六年生。いじめられっ子という立場も極まっていた頃だ。周りがほとんど受験する中、受験しない児童の中でも、一番手ごろな弄る対象が僕だったのであろう。
最初は嫌がらせ程度だった。ちょっと名前の呼び方を変える、とかそういうだった。からかい半分でつけられたキングという名前の尻についた単語がいつしか菌に変わる。そうして、僕は無事、菌扱いされた。が、その程度なら僕にもなんとかできた。笑って、適当に返すことくらいできた。
けれど、いつしかそれは物理的なものになった。仲良くしてくれる人もいた。でも、その辺りの人間に助けを求めても、助けてくれる人なんていない。何故ならそれが『遊び』として認定されるからだ。
でも、別にそんな腐った環境は今、思い出すことはない。時たま、思い出す事はもちろんあるが、あのトラウマほどではない。
いじめのような類のトラウマは、笑い話に出来る。けれど、未だに思い出すそのトラウマは笑いにすることができなかった。
冬。バレンタイン。
もう、小学校も終わりだという日に、僕の下に(正確には僕がいなかったため、僕の家の隣の祖母の家だったが)届いたのは、バレンタインの贈り物だった。
綺麗に包装されたそれは、クッキーだった。ハート型のクッキー。それを見て、僕は
「ああ、来てしまったか」
と思った。
最悪だった。だってそれは、その前から予想できていたものだったのだ。
これは、相手の態度があからさまだったのかもしれないし、そのときの僕の勘が鋭かったからなのかもしれない。ただ、何故か確信していたのだ。彼女は僕に、好意を抱いているのだ、と。
年頃の勘違いだとは思えなかった。まるで、神様が逃げろといっているかのようにさえ感じるほどに、僕は根拠はないのに確信していた。
そして、僕はそのクッキーが届いてその確信が真実に変わったことに嫌悪を抱いた。
決して、容姿が好みだったわけじゃない。というか、そもそも、片思いするときに容姿が懸案事項であっても、好かれてから好きになるときには容姿など底まで考えてはいなかったのである。
だから、純粋に好意が気持ち悪かったのだ。
いじめと言ってもいいであろう環境で、彼女はかばってくれていた。それを、僕は彼女の善意からくるものなのだと、ずっとずっと思っていたのだ。……いや、思いたかったというべきか。
善意で僕を助ける人がいてほしい。そんな願望が僕に夢を見させた。きっと僕は『友情』とやらが欲しかったのだと思う。本当の、嘘偽りない友情がほしかったのだ。だから、それが恋愛感情ではないと思いたかった。
なのに、確信していて、ずっと気持ち悪くて。そんな状況にとどめを刺すようにやってきたバレンタインクッキーが、まるで心臓を抉り取るナイフのように思えてならなかった。
クッキーに同封されているラブレター。それを引き裂こうとするのをなんとかこらえたけれど、内心では、人に好意を持っている、片思いをし続ける奴らをぶん殴ってやりたくなった。
片思いされる側が如何に辛いのかを教えて、裏切られる怖さを教えて、そんなに相手を苦しめてでもお前は片思いしたいのか? と問うてやりたい。
それくらいには思った。
それと同時に、自分がこれまで片思いしてきた相手に全力で謝罪をしたくなった。もちろん、そんなことできない。だから、もうこれ以上恋をしないことで贖罪していくしかないと思った。
それが、決して忘れることの出来ない記憶となっている。
あの時の、恋というものへの嫌悪を。それは、未だに消えない。
ただ、正直な話、誰かと近づいてしまえば、恋愛感情を抱いてしまう可能性はまだ拭えない。現に、省木に、恋にも似た感情を抱いてしまっている。それは、よくないことだ。もう、僕は自分本位の片思いなんてしてはいけない。それに、したくない。
だから、嫌われることが出来なくとも、距離を置かれるくらいのことはしなければならない。そのための仮面だったのだ。だから、計算どおりだ。必要外の関係を切り裂けたことに、喜びを覚えた。
でも、距離を置かれることには満足をいかなかった。
もっと嫌われたい。陰湿ないじめをされるほどに。暴力を振るわれるほどに。もっともっと。もっと嫌われなければ満足いかない。いや、そうなっても満足できるかは分からないのだが。ただ、少なくともそうやって嫌悪されれば少しは満たされる確信があった。
けれどそこまで嫌悪してくれる人などいるはずもない。
だから、ストイックに何かに打ち込めば周りもさらに引いてくれるだろうと思って、僕は給食にのめりこんだ。
その結果、どうなるのかも知らずに。
そして季節は秋になった。夏休みの思い出なんてものは一切無く、ただ、季節が移ろっただけだった。季節が変わったからと言って環境が環境が変わったわけではなく、強いて言えば席替えが行われた程度であった。
相変わらず僕は、仮面を被っていた。本音なんてものは一切口にせず、何となくで完成した言葉ばかりを吐いていた。
アニメのパロディーを吐いて内輪ノリに喜び、華やかな世界で生きる者たちに成績で勝つなどと戯言を吐いて孤独である自分に愉悦を感じる。そんな日常だった。
ただ、唯一変わったことが一点。
それは、それまで僕とそれなりに話してくれていた者たちと精神的な距離が大きくなったことである。
想定内のものであった。むしろ、計算どおり。そうなってくれるのがありがたいとすら思った。何故なら僕に必要なのは『孤独』という強さなのである。誰かに依存して、誰かに助けられることによって何かを為すことではない。
そう思っていたからからこそ、僕はあえて距離を置くようなことをしてきた。変わり者だ、と思われるような行為をしてきた。
凡人ともいえる僕にとっては、それは何よりも自分の本質と反する仮面であった。が、凡人ならば最低限のつながりよりも多くのつながりを得てしまう。それだけは絶対に嫌だった。そうなれば、小学校の頃と同じようになってしまう。
未だに思い出す。
小学校の頃のトラウマ。嫌悪を。
小学校六年生。いじめられっ子という立場も極まっていた頃だ。周りがほとんど受験する中、受験しない児童の中でも、一番手ごろな弄る対象が僕だったのであろう。
最初は嫌がらせ程度だった。ちょっと名前の呼び方を変える、とかそういうだった。からかい半分でつけられたキングという名前の尻についた単語がいつしか菌に変わる。そうして、僕は無事、菌扱いされた。が、その程度なら僕にもなんとかできた。笑って、適当に返すことくらいできた。
けれど、いつしかそれは物理的なものになった。仲良くしてくれる人もいた。でも、その辺りの人間に助けを求めても、助けてくれる人なんていない。何故ならそれが『遊び』として認定されるからだ。
でも、別にそんな腐った環境は今、思い出すことはない。時たま、思い出す事はもちろんあるが、あのトラウマほどではない。
いじめのような類のトラウマは、笑い話に出来る。けれど、未だに思い出すそのトラウマは笑いにすることができなかった。
冬。バレンタイン。
もう、小学校も終わりだという日に、僕の下に(正確には僕がいなかったため、僕の家の隣の祖母の家だったが)届いたのは、バレンタインの贈り物だった。
綺麗に包装されたそれは、クッキーだった。ハート型のクッキー。それを見て、僕は
「ああ、来てしまったか」
と思った。
最悪だった。だってそれは、その前から予想できていたものだったのだ。
これは、相手の態度があからさまだったのかもしれないし、そのときの僕の勘が鋭かったからなのかもしれない。ただ、何故か確信していたのだ。彼女は僕に、好意を抱いているのだ、と。
年頃の勘違いだとは思えなかった。まるで、神様が逃げろといっているかのようにさえ感じるほどに、僕は根拠はないのに確信していた。
そして、僕はそのクッキーが届いてその確信が真実に変わったことに嫌悪を抱いた。
決して、容姿が好みだったわけじゃない。というか、そもそも、片思いするときに容姿が懸案事項であっても、好かれてから好きになるときには容姿など底まで考えてはいなかったのである。
だから、純粋に好意が気持ち悪かったのだ。
いじめと言ってもいいであろう環境で、彼女はかばってくれていた。それを、僕は彼女の善意からくるものなのだと、ずっとずっと思っていたのだ。……いや、思いたかったというべきか。
善意で僕を助ける人がいてほしい。そんな願望が僕に夢を見させた。きっと僕は『友情』とやらが欲しかったのだと思う。本当の、嘘偽りない友情がほしかったのだ。だから、それが恋愛感情ではないと思いたかった。
なのに、確信していて、ずっと気持ち悪くて。そんな状況にとどめを刺すようにやってきたバレンタインクッキーが、まるで心臓を抉り取るナイフのように思えてならなかった。
クッキーに同封されているラブレター。それを引き裂こうとするのをなんとかこらえたけれど、内心では、人に好意を持っている、片思いをし続ける奴らをぶん殴ってやりたくなった。
片思いされる側が如何に辛いのかを教えて、裏切られる怖さを教えて、そんなに相手を苦しめてでもお前は片思いしたいのか? と問うてやりたい。
それくらいには思った。
それと同時に、自分がこれまで片思いしてきた相手に全力で謝罪をしたくなった。もちろん、そんなことできない。だから、もうこれ以上恋をしないことで贖罪していくしかないと思った。
それが、決して忘れることの出来ない記憶となっている。
あの時の、恋というものへの嫌悪を。それは、未だに消えない。
ただ、正直な話、誰かと近づいてしまえば、恋愛感情を抱いてしまう可能性はまだ拭えない。現に、省木に、恋にも似た感情を抱いてしまっている。それは、よくないことだ。もう、僕は自分本位の片思いなんてしてはいけない。それに、したくない。
だから、嫌われることが出来なくとも、距離を置かれるくらいのことはしなければならない。そのための仮面だったのだ。だから、計算どおりだ。必要外の関係を切り裂けたことに、喜びを覚えた。
でも、距離を置かれることには満足をいかなかった。
もっと嫌われたい。陰湿ないじめをされるほどに。暴力を振るわれるほどに。もっともっと。もっと嫌われなければ満足いかない。いや、そうなっても満足できるかは分からないのだが。ただ、少なくともそうやって嫌悪されれば少しは満たされる確信があった。
けれどそこまで嫌悪してくれる人などいるはずもない。
だから、ストイックに何かに打ち込めば周りもさらに引いてくれるだろうと思って、僕は給食にのめりこんだ。
その結果、どうなるのかも知らずに。
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