NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

2革改

「と、いうことで先生。やることを教えていただけますか?」
 赤木原先輩は、顧問の先生にそう言って書類を受け取った。おそらくそこに、今後の予定が書かれているのだろう。この学校の運動会は地域ぐるみでかなりの大イベントになっているので、忙しいことこの上ないはずだ。
「実行委員会で行う仕事に関して、とりあえず資料を配りますね」
 赤木原先輩が言うと、生徒会役員の方々が瞬時の赤木原先輩からプリントを受け取り、配布し始めた。さっきまで息を潜めていたというのに、急に表情一つ変えず仕事するとかマジでおそろしい。忍者かよ、マジで。
 ぼっちの俺だからと言ってプリントが配布されない、ということはなかった。当然っちゃ当然だが、中学の時に配られなかった時もあるので少し感動する。
 プリントには仕事の一覧が書かれていた。が、正直言ってその辺は予想通りだ。ただの運動会にしちゃ仕事が多い気もするが、別にこれを一人でやるわけじゃない。実行委員の人数だってかなり多いし、役割で分かれてやるらしい。俺は俺に与えられた仕事だけをやればいいのだ。っていうか、俺、正直働きたくないのです。
「そこのプリントにも書かれてるとおり、役割ごとに分かれて仕事をしてもらいます。宣伝、物品、会場、会計、記録の五つの役割ですね」
 赤木原先輩の説明にあわせて、俺も各役割の仕事内容に目を向けた。実行委員も、プリントの方に目を向けるのかと思いきや、半数以上が実行委員長の方を見ていた。
 まあ、そうだろうな。恋心でこいつらは動いてるんだから。女子も男子も、結局リア充ってのはろくな奴がいない。辟易しながら、俺は、話を聞いた。
「宣伝は、まあ名前の通り宣伝します。生徒に配布する用のプリント作成や、近隣に貼るポスターの作成も行いますね。HPのアップなんかもそうですね」
 それだけを見れば、割と楽しそうではある。ポスター作りとか、絵が得意な奴なら好きかもしれない。けれど、逆にそういうスキルが無きゃやれることはほとんどない。その証拠に一部の人は目を輝かせているが、そうでない人は曖昧な顔をしている。
「物品も名前の通りですね。色々と物品があるのでその確認をしてもらいます。会場の人と協力して、物品を作ってもらうこともありますね。で、会場ですがこの人たちがメインで物品を作ってもらうことになりますね」
 一気に二つの役割が説明された。物品と会場。要するに道具系を担当するようだ。この二つの部署は、何だかんだで合併しそうな予感がする。物品はどちらかと言えば事務作業寄り、会場は工作寄りといったところだろうか。
 まあ、男子はこの辺に入りそうだな。俺も、工作にはちょっと惹かれるものがある。でもまあ、場合によっちゃ残業とかありそうだし無理だな。
「会計ですが……これは全体的な会計ですね。ポスター作りとかにかかった費用や、物品作成にかかる費用とかがかかりますので。あ、何かミスがあっても自腹切ってもらうってことはないんで」
 冗談めかして赤木原先輩が言うと、実行委員から笑いが漏れる。いや、そこまで面白いか? 正直、意味分からん。逆に自腹切れとか言われたら誰もやらんだろ、普通に考えれば分かる。
 が、自腹を切らないとはいえ会計は色々と面倒ごとが付きまとう。やりたくないな、絶対に。
「で、最後は記録。これはまあ議事録書いてもらうくらいですね。なので、多分記録の人には色んなところの補助をしてもらうことになります」
 端的に言えば雑用。それを、こんなに爽やかに言ってのけるとかなに? 赤木原先輩はナチュラルブラックプレジデントなわけ? どっちにしても雑用だけは避けたい。いや、だってムチャクチャ面倒臭そう。
「じゃあ、この五つの中で自分がやりたいものを選んでください。まあ、役割はあくまで形なんで後々手伝ってもらうことにはなると思います」
 赤木原先輩は、きっと優秀ではある。そうじゃなきゃ、今みたいな言い方しない。
 今みたいな言い方をすれば、人数がどんなに偏っても争わせる必要なく役割をふり、その上で人数が足りない場所に割り振るということができてしまう。人事異動がいくらでも可能になるというのはでかい。
 そうなるとどこに行っても雑用なのは変わらないのか……一気にやる気が失せていくのを感じる。もういい。どこに行っても変わらないなら、最初から雑用になってしまった方が諦めがつく。
「じゃあ、一つ一つ、決めていきますね」
 赤木原先輩は、飄々と会議を進めていった。流石アイドル、というべきか女子だけでなく男子も仲間にして、楽しげな会議を躍らせていた。各部署の所属が決まり、それぞれの部署で自己紹介をさせてからは、次回までの宿題を出し、各部署がやらなければならないことの締め切りを設けていった。
 名司会と言ってやってもいい。それくらいには上手くやっていた。
 だが、何故だか、これでは上手くいかない気がしていた。野性の予感かもしれない。けれど確かな、嫌な予感を俺は抱えていた。
 記録のメンバーは少ない。俺と、なんだか不気味な先輩。そして、根暗そうな女子と男子が一名ずつ。雑用だ、と言われてしまった以上、四人も集まっただけですごいことだと言っていいだろう。実際、雑用だとしても忙しくなるのは本番が近づいてからだ。
 全体が忙しくなったときに、俺たちも忙しくなる。だからしばらくは様子見となるだろう。そんな風に今後の俺の動き方を考えていると、すぐに実行委員会は終わった。
 終わったにもかかわらず会議室に残っている者ばかりだが、仕事の話をしているようにも見えないので俺はそそくさと会議室を後にしようとした――のだが、残念なことに捕まってしまった。
「どうだ? 君の目から見て、運動会は上手くいきそうか?」
 言ってきたのは、ジャージ姿の女教師だ。保健体育の教師、というとなんだか如何わしい感じが漂うが残念ながら彼女からはそんな感じは一切漂ってこない。体育教師の犬養遥いぬかいはるかだ。
 犬飼先生は俺のクラスの担任で、俺を強制的に運動会実行委員にした張本人である。俺はそのことへの文句を視線に込めながら、一応応答することにした。無視とかしたらなんか殺されそうだし。
「どうでしょうね。俺には分かりませんよ」
 と、言ったのは嘘じゃない。俺には分からないのだ、本当に。

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