NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

改革

 放課後。再び、会議室に集まることとなった実行委員の面々は、またしてもベチャクチャと話していた。既に全員揃っているが、司会者がいないこのグループの中で、会議が始まることなどない。
 おそらく理事長でも、このグループをどうにかしようとはしない。何故なら、あの人は端からこのグループに働かせる気などないのだ。ただ、省木やワーカーズを利用するつもりだから。
 だが、そんなことを俺は許さない。あの昼休みの後、俺が翼に聞いた情報を基に、俺が予測し、それを翼が計算したから分かる。金本の企みも、省木の企みも。
  もちろん、三九楽の頼みでもあるし、活動日誌を見るにワーカーズ自体は楽しそうだったから、復活させたいとは思う。でも、ワーカーズが全部の仕事をやってしまうのは許せない。そんな、誰かの庇護下で生きるなんて楽しくない。
 だから、楽しく生きるために金本と省木の企みを潰す。
「やるぞ」
 会議室の中で、きっと翼にしか聞こえない声でつぶやくと、翼と一緒に、俺は立ち上がった。松葉杖でゆっくりと歩きながらも、しっかりと力強く進む。失敗しないように頭の中で策を再検討しながら、ふぅと息を吐いた。
「さて、と。じゃあ、会議を始めましょうか。実行委員長・・・・・の赤木原勇人です。あ、因みにこの子は副実行委員長・・・・・・の、青木翼です。まずは今後の予定について説明しますね」
 俺は、当然のように言った。いや、当然のように、と言うと語弊があるな。ように、というのは訂正しておこう。
 俺は今から実行委員長だ。誰かが決めたわけではない。俺が決めた。が、お馬鹿な実行委員共は理解できなかったようで、口々に文句を言い始めている。おそらく、この集団の中には出る杭を兎に角叩きまくる、という空気が流れてしまっているのだ。……まあ、翼談なんだけど。
 それでも、女子の委員は殆どは俺を叩いてはいない。俺を叩いているのは、男子の実行委員だけだ。
「文句あるんですか? さっきからべちゃくちゃ喋って会議を進めようとしないくせに」
 俺の発言に反論しようとする男子もいる。ちょっとばかし血気盛んな年頃なのだろう。けれど、残念ながら反論なんて出来ない。俺は悪くないのだから。俺は、女子の委員を虜にするために、そっと言葉を囁く。
「皆さん、俺と一緒に運動会、成功させましょう」
 甘い言葉。普通の言葉であっても、俺が言えば大抵の女子は落ちる。
 そうだ。皆さんお忘れかもしれないが、俺はリア充。しかもトップカーストである。ましてアイドルだ。しかも、地下アイドルなんかじゃなくてばっちりテレビとかにも出ていたアイドルだ。
 そのため男子からの僻みもある。まあ、それでも基本的には取り入ってくるときの方が多いんだが。とはいえ、今のような空気の中では、敵に回るのだ。本当に変わり身が早いことこの上ない。
 が、まあその辺も利用してやる。それが紫のやり方だ。
 因みにこの方法は、俺が考えて、翼がよいと判断したものである。
 俺の甘い言葉によって、女子のほとんどはころっと落ちた。これで俺が実行委員であることに賛同してくれる。俺がアイドルだと知らないような根暗な人は、そもそも、普通に俺の魅力で落ちるはずだ。
 さて、では次に男子だ。
 男子の反対を押し切っても俺は実行委員になれる。男子の賛同なんかなくても女子の賛同と俺、翼の賛同があれば半分を超える。
 しかし、そんな風にして実行委員になっても意味が無い。男子の俺の味方にして、恐怖によるものでない、しっかりとした支配をしなければいけないのである。
 恐怖政治なんていう圧政では、ガタが来る。いつか裏切られて、余計手間がかかるし、それ以上に一人当たりの労働は80%で打ち止めになってしまう。圧力によって動く人間は、決して100%では働けない。無論、意思によって働く人が必ずしも100%で働けるとは限らないが、しかし、そういった人間ならば100%で働くことも、また、120%で働くことも出来る。
 ここにいる奴らは、ワーカーズには遠く及ばない。おそらく、ここの奴らが80%で全員で働いたとしても、ワーカーズには決して敵わない。数の力があっても、勝ち得ない。
 しかし、ここにいる全員が能力以上の力を発揮すれば、おそらくワーカーズに匹敵すると思う。ワーカーズの力を全部知っているわけじゃない。ワーカーズ単機であっても、もしかしたら実行委員会全員の力に勝つのかもしれない。
 だが、可能性としてはあるはずだ。そう、信じている。だから、男子を取り込む。その為に紫が弄す策は単純だ。
 頼む、と祈って俺は翼の手を握る力を強めた。握り返すその手の温もりが俺の心を安心させてくれる。会議室の少しだけ冷たいその空気を掌握するかのように、翼はそっと、そっと呟いた。
「おね、がい」
 単語で喋らない彼女を見るのは初めてだった。正直、今すぐ抱きしめて髪をわしゃわしゃしてやりたい気分だ。心臓の周りから一気に体が熱くなり、体の中心から痛みが生じ始める。
 その熱や痛みをこらえて、俺は翼の一生懸命な姿を見守る。これは俺たち二人の晴れ舞台なのだ。邪魔してはならない。
「運動会。成功。……させよ?」
 たどたどしい口調。基本的にはいつもの、単語だけで喋るような喋り方。けれど、そこに僅かな、庇護欲をそそられる言葉が付け足されることによってその場の男子はおそらく半分以上が掌握される。
 見たところ、実行委員の男子の半分はこの機会に女子と交流することで仲良くなろうという算段のようだ。ならば、翼という究極美少女に惹かれて本気でやろうとすることはありえなくもない。可能性の話だ。けれど、可能性としては決して低くない。むしろ高いはずだ。
 そしてその想定どおり、その場の男子の約三割はやる気になったようだった。少し顔を赤らめて、翼に見惚れている。当然だ。翼は三九楽にも圧勝するレベルの、究極美少女なのだから。
 残りは男子の七割。しかし、既にもう、その男子は少数派となっている。これまでなら僅差だったから逆らえていたであろう男子達も、自分達が少数派になったことを理解したことで、逆らうどころか、むしろ俺の仲間になろうとしてくるはずだ。
 翼の緻密な計算。男子の内、ある程度がこちらの手勢となれば、更に追加で四割はこちらに傾く。これは、周りの空気によって出る杭を叩くという流れに乗りまくっていた奴ら。空気が変わったことによって俺たちの仲間になる。
 これで七割が仲間だ。
 かなり大人数のグループだ。けれど所詮は、高校生。空気に流されているだけで別に俺たちに本気で歯向かってるわけじゃない。だから、空気さえ俺たちに協力するように仕向ければ、おそらくこの集団は120%で働いてくれる。
 残りの三割は、是も非も無い集団だ。俺たちを叩くことも無かった奴ら。だから、空気にかかわらず彼らはきっと、しっかり働いてくれる。
「さて、と。じゃあ、俺たち二人と一緒に運動会を成功させましょう」
 同調圧力をかけているように聞こえるかもしれない。しかしながら、違う。俺は彼らにリターンを見せたのだ。ここでよい働きを見せれば、女子は俺に取り入ることが出来るし男子は翼の評価を上げられる。俺と翼をよく見れば付き合っているようにさえ見えて、取り入ろうだなんて考え、持たないはずだが、今日の昼から今にかけての様々な状況変化によって、彼ら彼女らは、冷静な判断ができなくなっているのだ。
 これで完璧。掌握成功だ。
「と、いうことで先生。やることを教えていただけますか?」
 俺が誇った顔で言うと、先生は楽しそうな顔を抑えながらも一言、
「分かった」
 とだけ呟いて書類を渡してきた。目だけで伝える。絶対に楽しませますよ、と。

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