NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

ねりねり

「――ふざけないでくださいよ、仲良くってのはあんなことじゃないですから」
 突然立ち上がったかと思えば、何を言ってるんだろう、俺は。そう、自分でも思う。けれど、譲れなかったのだ。皆、仲良くってのが、さっき見たような低俗なものじゃないってことは。
 俺と翼の中では、共通なことと真逆なことがある。能力なんかは真逆だし、これまで生きていた道も、逆だ。けれど、お互いがお互いを必要としている事は同じだ。
 そしてそんな感じで、〝皆、仲良く出来る世界〟に期待しているのだ、俺たちは。だからこそ、期待にそぐわない状況を〝皆、仲良く〟とされてしまうのは嫌なのだ。
 如月さんは遅刻してきたくせに突然口を挟んだ俺に、怪訝そうな顔をした。しかし、その顔には恐怖は抱かなかった。それまでの堂々とした生徒会長の姿が薄まってくれたからなのだろう。金本のおかげで、生徒会長の笑顔が少しずつ引き攣ってしまっている。
 それでも、会議室の中の殆どの奴は怯えている。当然だ。あの姿は、人によっては恐怖をトラウマとして植えつけられてしまうレベルなのだから。
「そ、そうか」
 金本の意図は分からない。どういう終着点を望んでいるのかは分からない、だが、おそらく俺の介入を計算していたのだろう。俺が口を挟み、二対一か三対一の状況に追い込もうとしていたことは、彼の雰囲気で分かる。
 存在そのものが深淵であるかのような彼の言葉を俺は待ち、目を瞑る。
「認めるんですね、馴れ合いのグループだって」
「え、それは……いや、そういうわけじゃないよ」
 さっきまで勇ましかったのに、いつの間にか金本の前で遊ばれる子供のようになっている如月さんは、少しだけ涙目になっていた。それが少しだけ意外だった。如月さんは、感情さえほとんどないような強い人物だと思ったのだ。
 と、思っていると翼の手が否定の意を示した。もう、翼の顔を見る必要はなく意図は分かった。きっと翼は俺の感情を計算して、俺の如月さんへのイメージを否定したのだ。そう理解した瞬間、如月さんへの恐怖は一瞬にして消える。
 さっきまでは、確かに俺は恐怖していた。確実に、絶対に拭えないような恐怖を抱いていた。それなのに、如月さんのイメージや、表情程度であっさりと消えてしまったことに違和感を感じながらも、俺は金本の様子を見ることにした。
「じゃあ、なんですか?」
「なにって……まあ、まだ皆仲良くないかもしれない。おふざけのグループかもね。でもこれから、ここにいる皆で運動会を成功させるんだよ。仲間だ。馴れ合いとは違う・雑談じゃなくて、交流だしね」
「交流ですか。仲間ですか。ここにいる皆、で?」
 不気味に、金本が笑う。省木や今朝の少年とは雰囲気の違う。底が浅いようで深い、気持ち悪いその存在を直視する気になれず、目をつい逸らしてしまった。
 目を逸らしたのでなし崩し的に一年生の方に目を向けることになって俺はやっと気付いた。
 どのクラスも男女二人ずつであることは確定なのに、一年生には男子が一人だけ足りていない・・・・・・・・・・・・・
「気付かないとは言わせませんよ。あなたは〝全員揃った〟って言ったんですからね。でも、一年C組の男子がいない。さっき確認したら一年C組は欠席者も、早退者もいないそうじゃないですか」
「……じゃあ、サボっているんじゃないかな。一年生だからね。迷っている可能性もあると思うよ」
 金本の口撃に、如月さんはあくまで余裕そうに答える。でも、それが虚飾であることはもう、俺には分かる。もしかしたら、この場のほかの生徒も分かり始めているのかもしれない。
 そうして、目の前で見ている間に落ちていく人を見た経験が前にもあった。教室で、悪魔先生が元女王にやっていたときだ。それに似ている。
「迷ってる? じゃあ、なんですか? 昼休みが始まって少ししてから、各クラスの男女どちらかの実行委員にだけ昼に集まることが言われ、伝言してから来るように言われてるはずなのにわざわざ、C組の人は別々に来たんですか? C組の人、どこのクラスよりも早く来てたのに」
 意味ありげに言う金本に、如月さんは再び引き攣る。今度は、もう取り繕うことなど不可能なほどに虚飾が剥がれていた。同時に、一年C組の女子の実行委員も気まずそうな顔になる。
「ようするに、一年C組の女子は、男子の実行委員さんのことがお嫌いなんでしょう?」
「…………」
 決して責めるような言葉ではない。
 だが、一年C組の少女はきっと責められているような気分になっている。それが当然の反応だ。
 上級生。しかも、あんだけ恐ろしかった如月さんにも食ってかかるKY。そして、何よりそのおぞましい姿。それを見て怯えない方がおかしい。それに、その、蛇が獲物を狩るかのような口調は、単に粛正されるより恐ろしい部分がある。
「それは……」
 既に、昼休みは半分以上消費されている。このやり取りで、かなり消費されているのである。そのことに苛立ちを覚える先輩の視線を集める少女は、ついに小さく「ごめんなさい」とだけ呟いた。
 一部の女子は泣きそうな彼女を見て、金本を批判するような呟きを漏らす。
 曰く、「なにあれ。後輩いじめ?」
 曰く、「なに優等生ぶってんの。うざ」
 そんな批判するような呟きは、次第に悪口に変わっていく。会議が始まった当初は、生徒会長に粛正される、という雰囲気の中でため息一つ漏れることがない空間だったのに、今や会議室は何一つ秩序の無い空間になっていた。
 いや、きっと彼らの中では秩序は存在しているのだ。
 おそらくそれは、敵は即滅するべし都合の悪い奴は消せというただ一つのルールのみによって統治された秩序だろう。
 けれど、金本はそれも計算どおりだ、と言わんばかりの軽い声で言った。
「生徒会長サン? このうるさいのは注意、しないんですかネェ?」
 酷く不気味で気持ちの悪い声で金本が言うと、生徒会長はナイフを刺されたかのように悶えた。生徒会役員は、彼の元に駆け寄ろうとはせず、ただ冷徹な視線を向けるだけだった。
 その態度が、あっけない恐怖政治の終焉を知らせていた。
「おぼえ、とけよ」
 如月さんがぼそりと呟くが、金本は何も言わない。無言で彼を、前髪の隙間から僅かに見える不気味な瞳で覗くだけだった。

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