NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

幽霊2……とくると思ったろ? 残念、でした。……って書いちゃったからタイトルつけらんねぇ

 会議室は雑談に満ちていた。
 昼休みが始まってからまだそこまで経っていないので始まっていないのだろうが、それにしたってうるさすぎる。意識ある集団とはとても思えない。
 まあ、遅れたので文句は言えないが。 それにしたって程度が低すぎる。少し気分を害しながらも、俺はおそらく自分の席であろう、空席に向かう。後の席は既に埋まっていて雑談は、実行委員会を行ううえで自分の仲間を増やそうとするものらしかった。
 おそらく、去年の俺だったらあの雑談している側の人間にいる。そう確信しながら席につき、全体に聞こえるように謝罪した。
 そして、俺は会議室を見回す。一から三年生の実行委員、各クラス男女一名ずつが揃うと流石に会議室は狭いようで、先生方なんかは壁に寄りかかって立っている。そこに、悪魔先生がいることに気付いた。
「翼、これから俺が指定する人の、この実行委員になった動機を計算してくれるか?」
 俺が翼にだけ聞こえるように呟くと、繋いだ手で肯定の意を示される。それで、俺は安心して、手を握る力を少しだけ強めた。
 会議が始まるのを、待っているとコの字形の机の中心に男子生徒が立った。堂々とした立ち姿。そして、見覚えのある顔立ち。特徴的に輝く紅色の胸のバッチ。それで、彼が誰なのかわかった。
「こんにちは」
 そう彼が言うだけで教室の雑談が消え去った。この俺でさえ、その声に息を呑む。
 恐怖。そうだ、恐怖だ。
 悪魔にも堕天使にも、幽霊にも抱くことの無かった、ずば抜けた恐怖。
 そこに悠然と立っていた彼に。
 彼に、俺は恐怖していた。
 ――生徒会長。
 俺はそれを甘く見ていた。楽しむ。ああ、もちろん今だってそうしたい。俺と翼の手で運動会を成功に導いてやる。それは思う。でも――
 それでも、彼だけは敵に回せない。
 本能的に、そう思っていた。
 翼を握る手が、肯定の意を示す。このタイミングでの肯定の意味が分からず翼の方を見ると、翼は俺の手を握りしめ、僅かに震えていた。
 ああそうか。彼女も――自分の感情が分からない翼でさえ、恐怖を感じているのだ。
 つまり、この恐怖は感情じゃない。本能だ。
 彼と戦えば面白いだろう。紫として戦えば勝てると思う。ワーカーズより能力があるということもないだろうから。それなのに絶対に戦いたくない、と体が反応していた。
「全員揃ったみたいだし始めるね。僕は如月月きさらぎつき。生徒会長をやっている。例年、基本的に運動会実行委員が次の生徒会をやることになっているからね。最初は僕が司会、実行委員長が決まったらその人と二人でやろうと思ってる」
 怜悧な口調で言うその姿に、誰もが圧倒される。俺はアイドルだから、かっこいいだなんだと言われるが、彼の場合は王なのだ。目の前でかっこいい、などと感想を言おうものなら粛正される。そう思うと、きっと誰も何も言えないのだ。
 あまりの威圧感に、ほとんどの人がまるで説教を受けているかのように俯き、けれど顔を見なければ逆鱗に触れるだろうと思い、なんとか顔を上げていた。俺と翼は、辛うじてほかの人よりかは恐怖を抱いていなかった。おそらく他の人は心身ともに怯えているのに対し、俺たちは体のみが怯えているのだ。だから少しはマシだ。でも、逆に言えばそれだけでしかない。
 そう思っていると、この場で生徒で唯一、一切動じることも無く生徒会長を見つめている人を見つけた。その人は、堂々と頬杖をついてあまつさえ欠伸をしていた。この空間では、そんなにリラックスしているのは彼と悪魔先生くらいのものだ。いや、悪魔先生も一応教師の立場なのでそこまでリラックスしてない。
 金本冷斗。活動日誌で、ワーカーズ加入後の活動を読んでいたからなんとなく分かっていたが、やはり彼は怖いもの知らずのようだ。いや、KYと言ってもいいか。
 だが、まさかここまでだとは思わなかった。
「君、みんな時間が無い中、しっかりと姿勢を整えて座っているんだ。場を弁えるべきだと思わないかい?」
 そんな金本に、如月生徒会長が噛み付いた。
 その場の全員の視線が金本に注がれる。しかし。金本は一切動じることなく、むしろ少しだけ嬉しそうにした。髪で顔は隠れているが、何となく分かるのは雰囲気だ。
 その嬉しそうな雰囲気の金本を見て、ふと俺は疑問に思う。
「あの人の動機は?」
 俺が小さく呟くと、翼は目を瞑り、小刻みに揺れた。これは、おそらく金本の視線が集まっていなければやれなかったことだろう。僅かに、翼が手を握る力を弱めたのに気付き俺は、弱められた分、力を込めて握る。きっと考えるのに頭を使っているのだ。
 彼女がこんなに時間がかかるだなんて珍しい。おそらく、ワーカーズの人の感情はそれだけ分かりにくいのだろう。
「憎悪。敵意。生徒会長。生徒会。学校」
 その五つの単語で、何となく理解した。要するにこの状況が、彼が実行委員になった動機なのだろう。何があったのかはわからないが、確かに生徒会長への敵意みたいなものは窺える。
「場を弁える、ねぇ。いやさ、さっきまでそこの人たちはうるさかったじゃあありませんか。その時、こっちは人を呼びに行ってたんですよ? 生徒会が行くべきことなのに」
「だからどうしたのかな? 今は静かだろう?」
「いやいや、そこの人達が不真面目だった分、こっちはいつ不真面目になれるんですか。それともなんです? そっちは不真面目なのが許されて、こっちは許されないって言うんですか?」
 追い込むように、まるで幽霊のような有象無象でぼやけた言葉を金本は口にする。なんだろう。どう考えても、論破なんか出来ないような穴のある言葉のはずなのに如月さんを絡め取るようなおぞましさがある。
 幽霊。最初に抱いたイメージは、やはり彼にとてもしっくりくる。
「彼らが話していたときは、会議は始まっていなかっただろう?」
「だとしたらべちゃくちゃ喋るんですか? そんな雑談みたいなことしてたら、馴れ合いのグループになるでしょ」
「馴れ合い? 違うよ。皆、仲良くして――」
 如月さんの反論の言葉には、反射的に俺たちも反応した。翼は俺の手をこれまでに無いくらいの強さで握った。俺も、翼の手に力がこもるのを感じながら、立ち上がる。
 刹那、がたっという机を引く音と共に会議室中の視線が突然立ち上がったKYに注がれる。
「――ふざけないでくださいよ、仲良くってのはあんなことじゃないですから」
 突然立ち上がったかと思えば、何を言ってるんだろう、俺は。そう、自分でも思う。けれど、譲れなかったのだ。皆、仲良くってのが、さっき見たような低俗なものじゃないってことは。

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