NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

幽霊1

 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。このままじゃ、きっと翼はまた嫌になる。かつて彼女が自分がどう感じていいのかさえわからなかったから学校に来なくなったように、高校にさえ来てくれなくなる。きっと、翼に頼まれれば俺は翼の家に通ってしまう。だから尚更――まずい。
 そのときであった。俺は何かに肩を叩かれたような気がした。ぶっちゃけ今はそんなものに構っている余裕も無いのだが、それなのにも関わらず脊髄が振り返るように指示を出してしまった。
「えっ、な、なんっ」
 振り返って驚く。
 そこに居たのは、幽霊と言ってもいいほどに生気のない人だったのだ。
 髪が長いせいで顔は見えない。少なくとも足の付け根までは伸びきっている髪はぼさぼさで、俺の肩を叩いたであろう手も、ぼろぼろだった。爪は割れて指は変色し、肌がひび割れている。
 肌は白くて血色が悪い。辛うじて見えた制服も薄汚れていて、普通の校則なら確実に違反している格好だった。
 一応……男子生徒のようだ。
 でも、なんだろう。その格好は幽霊と言ってもいいほど、とかじゃない。完全に、幽霊だ。その感じは、省木に悪魔と、あの少年に堕天使と思ったときと似ている。
「赤木原君に連絡。実行委員会、昼にもやることになったから」
 彼の声は非常に枯れていた。その枯れ方は、喉を酷使したせいで枯れたというより、普段使っていないから出ていない、というような感じだった。それでも耳のいい俺はしっかりと聞き取れた。
「え、あ、はい。じゃあ、翼、行くぞ」
 俺が言うと、翼は何も言わずに首肯した。松葉杖を一生懸命つきながら、俺は会議室の方に向かう。
 幽霊君も同じように来るものだと思っていたが、彼は立ち止まっていた。
「あの?」
 そう言うが、彼は何も言わない。ただ、苦しそうにどこかをじっと見ている。まあ、髪で隠れて顔が半分以上見えないから雰囲気で言っているだけだが。どこを見ているのだろうと思って、彼の向いている方を僅かに見る。と、そこには省木と三九楽がいた。
 それでなんとなく彼の正体が分かった気がした。
 省木や、ワーカーズらしき少年と似た感覚で幽霊だ、と思い、更に身だしなみは荒れまくっている。そして省木と三九楽の方を見ている。
 彼はおそらく金本だ。
 幽霊の正体見たり、枯れ尾花というけれど、では――
 では――金本冷斗ゆうれいの正体は一体なんなのだろう。彼はどんな人間なのだろう。おそらく彼も実行委員だ。だから俺を呼びにきた。ラノベ作家で忙しいはずなのに実行委員になった彼の思いを考えながら、僕は鈍い音を鳴らしながら歩いた。


「ちょっと。私が赤木原君と話したんだけど」
 と、言ったのは勇ましい少女だ。否、勇ましさを勘違いしている少女である。勇ましいって言うのは、省太郎みたいな奴のことを言うんだ。そう思ったら、いけないはずなのに省太郎の方を見てしまった。
 彼は、昼だからといって教室を出て行く事はない。彼を一人にしないように、こーたんに頼んでいたからだ。
 ずっとずっと彼に憧れていて、けれど彼に近づく事はもう許されない。だからこーたんに見守ってもらったのだ。
 あの行事の失敗。
 それもきっと彼と距離が出来た理由だ。でもそれ以上に僕と彼はやり方が違った。
 彼と考え方が違っていたのはずっと前から分かっていたことなのだ。
「ねぇ、聞いてるの?」
「……うっせぇよ。黙ってろ、執念深い嫉妬女が。お前が選ばれることなんて絶対ねぇからよ」
 そう告げると、少女は僕への嫌悪を露にした。これが僕のやり方だ。
 これでひとまずあの白い髪の少女へのヘイトは一時的には減ると思う。まあ、一時的だけれど。でもまあ、あの男はワーカーズを集めてくれるといっていたし、これくらいやってやってもいいはずだ。
「はぁ? あんた、何言ってるの? 意味わかんないんだけど。マジ、きも」
 そんな直接な罵倒を聞いたのはいつ振りだろうか。省太郎に会って、省太郎が僕のやり方を否定してから、しばらく直接な罵倒は聞かなかった。無論、陰で悪口は叩かれていたけれど。
 けれど、久しぶりだからと言って痛くも痒くも無い。僕はもう、罵倒程度じゃ悲しめないのだ。苦しめないのだ。何故なら、僕はもっともっと悲しくて苦しいことを毎日のようにしている。
 自分を裏切って書いて、書いて、書いて。最愛の人との連絡を最小限にして。憧れ続けた人と疎遠になって、けれどその人の報告だけは受け取って。
 そんな毎日の辛さを知っている者など知らない。知らなくていい。これは代償なのだから。あの日、あの雪の日に魂を売った代償だから。
「きもい? まさか、やっと気付いたのかよ。僕はずっと前から気付いてるぞ? ああ、まあお前も気持ち悪いもんな」
 目には目を。歯には歯を。それが僕の流儀だ。
 だから、少女の嫌悪に対して僕もふんだんの嫌悪をぶつける。気持ち悪さ全開。かっこよく何事もこなせない僕だからこそのやり方だ。
 本当は省太郎のようにかっこよく生きて、物事をこなしたかった。でも、それは無理だからこうして嫌われるにも、美的嫌悪を利用するしかないのだ。
 ほんと、世の中は不公平だ。
 そう思いながら、会議室に向かった。

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