NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

青い方

『電話』
 たった一文。けれど、その一文に意味があるのだと分かったから意味は問わずに俺は翼の電話番号に電話をかけた。これも書類に書いてあったものだ。もはや犯罪に使われてしまうレベルである。
「もしもし」
 かかってきた電話に出た瞬間、
「沈黙」
 と言われた。その声は、真剣そのものなのに、そこまで危機感がなかった。黙っていてさえくれればこの程度簡単だ、と言わんばかりの声だ。余裕綽々、という単語が一番しっくり来る。
 ならばと思い、一瞬黙して考える。するとすぐに翼がやろうとしていることを理解出来た。本当にすごい奴だ。それはもう、天才としか言えない。そう思って、才能に打ちのめされながらも俺は周囲の音が出来るだけ聞こえるようにした。
 通話(会話なし)すること一分。何も言わずに翼は電話を切った。もう俺の位置が特定できたのだろう。
「ほんとすげぇな」
 と呟いた。
 尊敬とか憧憬とは違う。きっと人間が神様を見るときのような感情だ。はっきりと、現存する言葉に変換するならばそうだな……〝畏怖〟とかであろうか。
 そんなことを思いながらふと、空を見上げた。
 雲行きの怪しい空。
 きっと、あんなに曇っていたとしても空に行けば美しいと思うのだろう。
 航空機に乗って、空を飛んだら実際、どう感じるのだろう。航空機には乗ったことがないから想像することしかできない。でもおそらく俺は空しく感じるんだと思う。
 誰かに与えられた翼で、誰かと一緒に空を飛ぶ。そんなものが面白いとは、俺にはどうしても思えない。本当に飛びたいなら翼を生やすべきだ。今の自分で頑張るんじゃなくてなんとしても翼を手に入れるために生きるべきだ。
 生やさなくてもいい。けれど、自分の翼を見つけるべきだ。かつて、空を飛びたいと願った者が飛行機という翼を手に入れたように、誰しも自分なりの翼で飛ぶべきだ。誰かと同じ翼ではなく。
 例えば気球。例えばスカイダイビング。例えばヘリ。
 そんな風に自分なりの翼を探すべきだ。
 まあ、空を飛ぶ新しい方法なんてもう見つからないだろう。
 俺が思ったのはそういうことじゃなくて、要するに、誰かの真似をして成長するんじゃなくて、自分なりに成長するべきだ、ということだ。
 償えない罪を背負うことになって、大切なものを失って。それでも目的のための自分のの武器にし続ける。それがエキスパートだ、と省木と社長は言った。でも、俺はそうではない道でエキスパートに匹敵する力をつけてみせよう。そうすべきだから。
 そんなことを考えていると、翼はすぐにやってきてくれた。
 翼は、計算して俺の場所を算出した。この地域で音を出す建物(駅とか)や風の音から俺の場所を算出したのだ。その、方法さえ俺の『助けてくれ』という指示から最適な方法を計算したのである。
 本当に恐ろしい。全てのことを計算できてしまうのだから。しかし、発想が無い。どうすればいいのか、という問題を作れないのだ。けれどそれさえされれば、方法を算出できる。
 底知れない奴だ、と本気で思った。


 翼がきて、俺は翼に肩を借りてなんとか接骨院に行った。
 接骨院は登校時刻には開いておらず、何だかんだで俺たちは遅刻した。
 靭帯損傷レベルが高い捻挫。全治六~十二週間というかなりの大怪我だったらしい。
 捻挫、と聞くと軽く思われるかもしれないが、今回のはマジで一歩間違えば手術レベルだったという。もちろんと言うべきか、俺はギプスで足を固定することとなり、松葉杖を持つ状態になった。
 そこまで酷くても接骨院が開くまで家で応急措置をしていたのは、救急車を呼ぶでもして規模をでかくすれば、色々と問題が起きそうな気がしたからだ。端的に言うとニュースとかで騒がれそうだと思ったのである。
 登校は午後から、ということになった。なんとか、実行委員会に間に合ったのでよかったと言うべきだろう。だが、翼の高校デビュー(文字通りのデビューであって、イメチェンはしていないが)が、午後からとなったことで明らかに悪目立ちしたのは悲しいところだろう。
 どうクラスが反応するのか不安に思いながら、俺は二人で教室に入った。本来、両手で持つことの多い松葉杖を片手に持ち、一つの松葉杖と左足で歩き、空いた手で翼の手を握る俺の姿は相当異質だったのだろう。
 あらゆる人の視線を集め、教室に入った瞬間、空気が凍りついた。
 ……はい、冗談です。分かってる。これは別に俺が異質だったからじゃない。
「あの子、なに?」
「髪白いんだけど」
「っていうか、赤木原くんと手、繋いでる」
「何で何で? 赤木原くんも、松葉杖ついてるし」
「あの子ってもしかして学校にきてないあの子?」
「不登校児ってこと? うっわそんな子が赤木原くんと手を繋ぐとかありえないわ」
 一瞬にして空気を凍らせていた冷たさは、翼に注がれることとなった。
 ああ、そうだ。読めていた。こうなることくらい、予想できていた。それなのに何もしていなかった自分に呆れる。怪我して、実行委員会に参加することばかりに気を取られていた。
 翼に計算してもらえば、どんな方法が解決に最適なのか分かったはずなのだ。それなのにしなかった。情けないにも程がある。
 唇を噛んで、俺はどうすればいいか考える。
「えーっと、ああ、そうだそうだ。青木サン? ねえ、なんで赤木原君と仲良くしてるワケ? 不登校児にそんな資格ないと思うんだけど」
 言ったのは、茶髪の少女だった。可愛らしい顔。高校生にしては童顔とも言えるであろう顔だ。けれど鮮やかな髪と鋭い目、そして着崩された制服が、柄の悪さを醸し出していた。
 彼女の名前は分からない。けれど、このクラスで二番目に、女子の中で地位の高かった少女だ。元女王の側近みたいな感じだった奴。先生達にも堂々と食って掛かっていくことから、かなり生徒にも人気があったはずだ。
 差し詰め、彼女はこのクラスの女子の代表者だ。
「…………」
 翼は何も言わず、涼しい顔をする。が、俺を握る力はずっと強くなっている。涼しい顔をしているのではない。涼しい顔しかできないのだ。
 おそらく自分がどう反応していいのかすら分からない。当然だ。ある一つの行動による反応は人それぞれなのだから。翼は自分以外の人間の反応なら計算できるのだろう。どのような人間が、少しの情報から計算できるから。しかし、翼自身は翼がどのような行動にどんな反応をとる人間なのか知らない。だから計算できないのだ。
 自分と言う人物の反応が分からない。だから、普通の顔しかできないのだ。そのことが怖いのか苦しいのか、俺にだけその感情を伝えている。その怖いとか苦しいみたいな感情が表に出せればいいのに、と思うが今はそんな場合じゃない。
 どうすればいい? どうすればいい? 分からない。正直、一ミリも分からない。この場で翼に行動を告げて、計算してもらう事は不可能。そのやり方はあくまで事前に策を練るときに使えるものだ。
 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。このままじゃ、きっと翼はまた嫌になる。かつて彼女が自分がどう感じていいのかさえわからなかったから学校に来なくなったように、高校にさえ来てくれなくなる。きっと、翼に頼まれれば俺は翼の家に通ってしまう。だから尚更まずい。

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