NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

そして、贖罪でもある。

 三年生。受験シーズンだったけれども、僕は受験どころではなかった。
 いや、確かに受験勉強もしていた。僕は何にも手を抜かないのだ。
 けれど、それ以上に僕にはすべきことがあった。魂を売って、血反吐を吐いて、ようやく手にしたチャンスだ。
 大嫌いだった異世界転生モノに手を出して、プライドを捨てて、嫌悪していた流行をふんだんに取り入れて、ただプロになるためだけの作品にせものを書き上げた俺は、なんとか、ラノベ作家になることができた。
 まだ売れてはいない。でも、一応、新人ラノベ作家として認められたのだ。
 書いてて楽しいはずない。ただただつまらなかった。でも、それをすることによって僕の知らない、大人の世界に入ることが出来た。
 出版社の大人に触れ合うことで、大量のことを学べた。省太郎ほどじゃないけれど、先読みも上手くなった。数手しか読めなかったのが、十数手は読めるようになった。
 そのおかげで、省太郎にも認めてもらえた。受験で忙しいから少しでも人手が欲しいというのもあったのだろうが、あいつがリーダーをやっているグループ、ワーカーズにも加入できた。
 上にいる、高校の理事長やアイドルをやっているという人とも会って、その人からワーカーズの加入の証だと言って眼鏡を貰った。ブルーライトカットだけれど、かなり機能性があって、オリジナルのフレームだったから伊達眼鏡にしている。
 そうして、やっと省太郎の役に立てると思った。大切なこーたんを守れると思った。
 けれど、大人の世界に足を踏み入れて力をつけていることに慢心した結果、省太郎を傷つけた。あの、大きな失敗のせいで省太郎は誰も信じられなくなったのだ。それに、僕がラノベ作家としての仕事をすればするほど、彼女はいつも悲しそうな顔をするようになった。
 そして、今では省太郎とは全く話さなくなった。ラインの会話はあの失敗の前日で止まっている。
 こーたんとのメールも前は一日に何十件と交わしていたのに今では一、二件に減少している。それも、省太郎の様子を報告するような事務的なものだ。
 中学三年生の冬。僕達が受験に追い立てられながらも挑んだ行事で起きた、取り返しのつかない失敗が今も忘れられない。だから、贖罪するように、高校に入学してからずっと授業を受けながら構想を練り、放課後は時間を貪るように眠ることもほとんどなく書き続けるのを繰り返している。
 大嫌いだった異世界転生モノを書くことで贖罪になるとは思わないけれど、僕にはこれしか出来ないから。
 高校二年生になっても、それは変わる事はない。何をすればいいのかが分からないからしょうがないのだ。
 もう春だ。知っている。冬の後には春が来るのだ、と僕は経験則で知っているし、そうじゃなくてもこうして温かくなり、桜の散る季節は春以外にありえないのだ。
 春。別れの季節。省太郎と、もう会うことなんてないと思っていた。ワーカーズが無くなった以上、もう、彼との繋がりはないとずっと思っていた。
 それなのにあの人は省太郎をスカウトした。まるでアイドルをスカウトするように、生徒をスカウトし、入学させたのだ。意味が分からない。そんなのが、許されるのか甚だ疑問でしかなかった。でも、彼が入学したと言う事実は変わらない。
 他にも、省太郎は知らないだろうがうちの高校には元ワーカーズがたくさんいる。集められているのだ、おそらく恣意的に。
 ぶるぶる、という音に反応して僕はスマホを取った。おそらく今日の報告だろう。今日はあの人が動くと言っていた。
『今日は、青木翼、という不登校児の元に行き、赤木原君が解決。青木さんは登校することとなった。省木君は相変わらず人に頼る気は無い模様。また、どこか苛立っている印象を受けた。
 以上、報告終了』
 事務的なメール。それは、こーたんとの関係がもはや恋人ではなくなってしまっていることを実感させる。
 そうだ。きっと僕はあの日、魂を売って、こーたんとの関係さえ手放してしまったのだろう。その罰であるかのように、こーたんと直接話すことも、楽しくメールすることも、笑ってくれることもなくなってしまった。
 ふと、頭を掻き毟る。伸びっぱなしの髪の毛は普通の高校ならまずアウトな髪型だ。父親のように、腰まで垂れるほどに髪は伸びている。プロになってからろくに髪を切りにいけてないし自分で切って、指を怪我しても後々大変なので、ピンとかを使ってやりくりしていたのだ。
 もう何ヶ月風呂に入っていないだろうか。高校に行ったところで僕に話しかける人なんていないから、臭いを気にすることもなくなってしまった。たまに雑巾で体を拭けば問題ない。
『……無理しないで、ね』
 ぼんやりと画面をスクロールさせていると、そんな一文が目に飛び込んできた。
 毒のようなその言葉。久しぶりにかけてもらった、恋人らしいねぎらいの言葉に喜ぶべきなのに、何故だろう。ズキズキと痛む。
 どうしてなのか分からず髪を再び掻き毟る。頭がひりひりするほど掻き毟り、それでやっと悲しみの正体に気づいた。
 もう、とっくに僕は壊れているのだ。だから、彼女が離れていってしまっても追いかけようとしないし、ふいに近づいてきてくれても嬉しいと思えない。
 ――ただ、そんな僕でも一つだけ悲しむことが出来た。
 あの人から貰ったオリジナルの眼鏡越しに見る世界はどこかいつも呪われているようだったのに、今はそうではなく、ただ濡れている。
 そんな珍しい状況に笑みが零れるだろうと思っていたのに、実際に零れたのはもっと別のものだった。
 当然だった。視界が濡れるのは何故かを考えれば分かることだった。壊れていると涙を流していることにさえ気付けないらしい。もはや、それは人間でさえないだろうに。
 いつも、人間から離れていこうとした僕を止めてくれた彼女はもう、僕を止めてはくれない。ただ、ねぎらうだけで叱ってなんてくれなくなった。偽物になってしまった。本物なんてものあるのだろうか、と昔は疑問に思っていたけれど、今はそんな問いがどうでもよく思える。
 それよりも、本物のレプリカを僕は手にすることができるのだろうか、という問いにこそ誰かに答えてほしい。
「くっ……そ」
 嗚咽を漏らしながら、僕は自分の頭をそっと撫でた。
 でもやっぱり違った。彼女ならもっと上手く撫でてくれた。まるで全身がほぐされるような、そんな撫で方でいつも僕に笑いかけてくれた彼女はいない。
 もうあのこそばゆくも心地いい感覚は体も覚えていたのだろう。心が壊れてしまっても体が悲しみ、涙を流させたのだから。

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