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黒虱十航

これは誰かの独白

 世界が雪に染まった。
 吐く息も、いつもは赤や青の屋根の色も白く染まっていて、ついテンションが上がってしまう。子供っぽいと言われてしまえば、何も反論できまい。
 ただ、それでも柔らかな雪に埋もれてしまいたい、と思う。いや、自分が埋もれても意味はない。それじゃ、雪に埋もれている姿を見ることができない。ラノベ作家として、それはとても損だ。
 まあ、ラノベ作家ではないわけだが。
 それでも、一応ネットで小説を投稿している身だ。出来るだけ色んなものを見たいって思うのは当然だ。一つでも多くのサンプルがあれば、それだけ僕はいい作品を書けるはずなのだ。
 そんなことを思っていると、廊下の方から声が聞こえてきた。ふと、振り返るとそこには僕の彼女と、省太郎、そして省太郎の彼女がいた。それ以外にも人はいる。よく話しかけてくる人とか、彼女の友人とか。でも、僕はその三人にしか興味を抱けない。
 省太郎の周りにはいつもたくさんの人がいる。そして、皆、笑っているのだ。彼はすごい、周りの人を笑わせるためなら自分を傷つける嘘だって厭わないのだから。
 かっこいい。本当に、かっこいい。僕はずっとずっと彼みたいになりたかった。
 彼は主人公だ。仕事が得意で、勉強以外のことは何でも上手くこなしてしまう。何より頭がいい。彼の思考は、僕が一番憧れるものだ。
 何手先を読んでいるのだろう、といつも思う。僕も彼のようになりたいけれど、経験不足が響いて、彼の思考には追いつかない。読めて、数手先程度だ。
 あの、笑っている中に入ろうと思い立ち上がるけれど、まるでそれを拒むかのように廊下から冷気が流れ込んでくる。暖房の効いた教室でも吐く息が白くなるほどに、寒いのだから廊下が寒いのなんて分かりきっていることだろうに。
 けれど、僕は足を動かすことができなかった。あの中に入ることなんてきっとできないと思ったのだ。
 世界は真っ白に染まる。数年ぶりの大雪だ。
 帰りになって、外気に触れると寒さを実感した。
 省太郎が前にいて、少し気だるげに歩いている。マフラーを巻くこともなく、コートを着ることもなく、ただ肩を竦めて真っ白な地面を低く鈍い音と共に歩いている。
 彼女――こーたんが隣を歩き、笑っている。マフラーをばっちり巻き、コートを着て寒そうに、こけないように用心して歩いている。
 省太郎の隣では、省太郎の彼女が笑っている。その感情は察することができない。嬉しそうに見えるけれど、本当に嬉しいのかは確信が持てない。
 三人以外にもいつものメンバーはいる。省太郎の周りで笑う、主人公の周りのモブキャラだ。誰もが主人公である省太郎に笑わせてもらっている。きっと、無自覚に。
 今は、こうして中に入れている。ラノベ作家ぶって、省太郎に~~をして、だのとのたまえば、笑ってくれるから。だから、心にもないことを言う。
 本当は、こんな描写使うつもりない。いい作品が書けるとしても、こんな雪のシーンは僕のシナリオにない。何より今は、異世界転生の時代だ。それ以外のラノベなんて相当の腕じゃないと認められない。
 僕には到底無理だ。
 僕は何一つ才能を持ち合わせていない。才能が無いくせに、異世界転生モノだけは書きたくない、と意地を張っている。
 真っ白なら、きっと何色にも染まれただろうけれど、下手に色だけがついて、才能がないから余計にタチが悪いわけだ。
 省太郎が羨ましい。
 世界の主人公として、経験を積み、力をつける。才能はなかったのかもしれない。でもきっと彼には魅力があった。人に好かれ、惹き付けるだけの魅力が。だから、たくさんの経験を積むことが出来たのだ。
 また、こーたんの才能も羨ましい。
 僕よりも色んなことを上手くこなす。省太郎ほどじゃないけれど、それは経験が足りていないだけだ。省太郎のような経験さえ積むことができたならきっと省太郎に追いつくだろう。
 僕以外の人は、皆、僕が持っていないものを持っている。
 見下すのやめろ、と前に誰かに言われたことがあるがとんでもない。僕は世界中の人を尊敬している。崇拝している。見下すなんてことできたことない。
 だって、僕は一番、何よりも劣っているのだから。
 だからこそ、僕は欲しい。
 大切な人を守れるだけの力が欲しい。それを身に付けるためのチャンスが欲しい。
 だから、ラノベ作家になりたかった。
 けれど、ラノベ作家になるなんて夢は叶わないと知っている。天気が幾ら願っても変わらないのと同じだ。将来だって変わらない。
 省太郎と笑える日々ももうすぐ終わる。
 中学生も半分を過ぎた。もう、あと一年だ。
 きっとそれが終われば省太郎は楽になると思う。少なくとも、僕と言うお荷物はなくなるのだ。
 そんなことを思って、少しだけ足早に省太郎達と別れて、僕は雪の中駆け足で帰った。
 今にも泣き出してしまいそうでしょうがなかったのだ。弱い自分が憎くて、今すぐにでも殺したくてしょうがなくなったから。
 もういっそ、魂を売ってもいい。プライドも全部捨てていい。だから、早く力を身につけたい。
 ずっと嫌悪し続けていた自分への嘘だって、もう何回も吐いているんだ。だったら今更一つくらい嘘を吐いたって構わないはずだ。
 雪の中、ふいに僕は外に出る。悩んで、悩んで、悩んだせいでもう真っ暗だ。いや、この時間帯はそもそも暗いのだ。何故なら、今は冬。いつか、省太郎と一緒に文集を作った夏とは違う。
「はぁぁ」
 大きく息を吐いて、僕は雪に倒れこんだ。柔らかい雪は、地面に倒れる衝撃を失くしてしまうせいで、痛みを感じることは出来なかった。
 でも全身が冷え切った。体の表皮が焼けるように熱い。痺れによって頬が固まり、得意でもない作り笑顔が、解かれる。
 さくさくという雪を踏むほどが、軋んだように耳に響く。筋肉も、血液も冷えて、冷え焼けて、細やかな刃で切り裂かれるように痛む。
 刃が連なって出来る氷槍は心臓まで突き刺さた。
 心を守り続けていた何かは、氷槍によって貫かれ、跡形も無く砕け散る。
 雪の中でただ、僕は嘆く。
「もう嫌だ」
 と。
 雪はそんな嘆きを吸収し、そして氷となっていくのだろう。ならば、その後、溶けてしまって水になり、蒸発して省太郎の耳に入る前に僕がぐちゃぐちゃにしてしまおう。
 そう思って僕は立ち上がり、凍えた体で雪を踏み荒らした。

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