NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

ワーカーズの証

「そうなのか? ならもう少しだけ急ぐぞ」
 翼の言葉に反応して、俺は僅かにスピードを上げた。とはいえ、あくまで翼に合わせはする。
 だって、翼に嫌な思いをしてほしくないから。翼だけは離れないでほしいから。
 翼と歩く時間は、やっぱりふわふわしている。
 限りなくロボットのようで。人間のようなロボットのようで。
 けれども翼が人間であることは他でもない俺が証明できて。
 だからこそ、心地いい。他の奴らと二人で歩いてもこんな風には思わないだろう。
 少し、リビングに行くのが惜しいような気もしたが、いい加減、待たせすぎると後々怒られそうなので普通にリビングに行った。
「お、やっときた。いいなぁ、いいな。面白いことになったじゃねぇか」
 入った瞬間、悪魔先生が楽しそうに言ってきた。親御さんの前で、堂々と面白いとか言いやがったあの先生には、ちょっと常識を学んでもらう必要があるなぁと思いながらも、俺は先生の言葉に同意していた。
 確かにすっげー面白くて楽しいことになってる。人生最大級なレベルには。
「誰」
 翼が、俺にしか聞こえない声で呟いてくる。というか、それが翼の出せる声の限界なのだろう。部屋で聞いた声もこれくらいの大きさだった。ただ、リビングの方が広いし色んな人がいて、外の音も聞こえるから小さく聞こえるだけのこと。
 そんなことを思いながら、俺は省木、三九楽、悪魔先生を順々に紹介していく。
「あそこの腐った目をしてるのが省木力。省く木材に力だ。で、唯一華やかな女子が三九楽心。三つと九つを楽しむ心。でもって、もう一人の男の、嫌な大人が省木悪魔先生。省木はさっきの奴と同じで、悪の魔力な」
「説明がひでぇ……」
「そうか? 正しいだろ。俺は嫌な大人だしな」
 省木が、俺の紹介について文句を言ってくるがしょうがないのだ。俺は、それ以上に省木達のことを知らない。
 省木はワーカーズ指揮官だ。あれだけ集めないとか言ってた割には勝負で真剣になったときには、指揮官・LRであることを自称していた。でも、ワーカーズについて翼に説明していない以上、そういった類の説明はできない。
 では、俺は省木についてワーカーズに関すること以外で知っているだろうか?
 答えは否だ。
 俺は何も知らない。いや、何も知らないとも言えないくらい、中途半端に上っ面な事だけは知っている。目が腐っているとか、勉強以外ハイスペックとかはその筆頭だ。
 勉強以外ハイスペックって言ったってなんか残念な感じがするししょうがないのだ。それは悪魔先生にも言えることだ。
「まあ、いい。あの人の予想通り。いや、予想以上になったな」
「あの人?」
 誰のことなのだろう、と思って訊く。が、悪魔先生は俺の問いが聞こえないようなフリをした。
 訊かれたらまずいことなのだろう。更に詮索してもいいのだが、別に特別気になるわけでもないので、俺は詮索するのをやめた。
「お前ら二人は、お互いのいいところを伸ばせる。そのはずだ。お前らが出会って、自分達の力を伸ばし、二人で最高の人材になる。そのためにお前らは入学した」
 悪魔先生は、誰かの言葉を代理して言うように、全く無感情に言った。あの、教室で見た本気でえげつない先生とも違う。多分、完全な仕事用の、大人の仮面だ。はったりなのかも全く分からないその発言に俺は戸惑う。
 はったり? だとすれば、なんのためだ? 俺と翼が自分達がお互いを補い合うことが正しいことだと思えるようにするため? いや、そんなことのためにこんなはったりはいるか? じゃあ、真実? でも、なら何のために今、言った? そんな、最初から計算されてたみたいに言ったら、俺たちが組まなくなるかもしれないのに?
 分からないことが多すぎてパニックになりかけていると、俺の手の甲が二度叩かれた。人差し指と中指。肯定の意。
 どういうことだ? 一瞬考えて俺は結論を出す。
 おそらく今の肯定は悪魔先生の発言の真偽について肯定だ。つまり、今の言葉ははったりではなく真実。
 それが分かったことで、少しだけ落ち着いた。
「なんで、そんなこと言うんですか?」
「さあな。俺にはさっぱり分からん」
 その言葉の真偽を確かめるために翼の方を見ると、またしても人差し指と中指で叩かれた。今のも正しいとなると、何となく理解できる。
 要するに、今日、俺と翼が会うのは謎の人物(=X)の指示。そしてXは、今日の出会いのために俺たちを入学させた。そして、今、そのことを悪魔先生に話させた。そういった情報から導き出されるのはXが――
「理事長ですか、指示したのは」
 ――社長である、ということだ。
 悪魔先生に指図できて、翼を入学させることの出来る人物は社長以外にありえない。社長が誰かの指示に従っている、ということもないだろうし。
 悪魔先生は何も言わない。ただ無言で、俺をじっと見てくるだけだ。それだけでは、俺の発言が正しかったのか判断できない。何も答えない時点で正解、と普通なら見るのだが悪魔先生に関してはそれがはったりである可能性もゼロではない。
 正しいか? と翼に目で問うと、翼は悪魔先生をちらっと見て、瞑目した。それと、ほとんど同時に手の甲が二度、叩かれた。人差し指と中指。肯定だ。正しい、ということ。
「まあ、いいです」
 社長が俺たちの出会いを仕組んだ。と、なれば目的は単純だ。イベントの成功。悪魔先生が面白そうだと思い、話に乗るように準備してまで俺たちを出会わせたかったのなら、社長も俺たち二人が合わさった場合の力はかなり期待しているということだ。
 何故、このタイミングで言ったのかは分からない。が、そんなもの分かったところで何かあるわけでもない。社長が仕組んだことだ、とさえ分かればそれでいい。
「先生。俺たちはあなた方に乗せられてやりますよ。二人でイベントも成功させて見せますし、面白くなってやります」
 俺が言っている間、翼はさっきよりも強く俺の手を握ってきた。俺たちが繋がっていることを感じ、俺も優しく、けれども強く握り返す。
 トクン、と心臓の動きが重なったような気分になる。翼が俺に、俺が翼になったような不思議な感覚だ。三十六度ほどの体温に火傷しそうになっている右手のことは忘れて、左手で悪魔先生を指差した。
「そうか。じゃあ、これを渡すことにしよう」
 悪魔先生は満足げな顔で俺に封筒を渡してきた。それは、いつかに女子が下駄箱においた可愛げなものとは程遠い、極めて大人らしい封筒だった。何か、ごつごつとしているそれを開けて、中にはいっている便箋を取り出した。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品