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黒虱十航

翼3

『私が人が苦手であることの説明は有効。よって許可します』
 機械じみたその連絡メモを見て、確信した。
 翼は名前通り、俺のはねになってくれる。そして、青空の向こうを教えてくれる。なら、彼女と俺で右翼と左翼にでもなり、二人ふたり二人ひとりはねとなれるように頑張ろう。
 それが、凡人おれの生きる道だ。そんな確信を得た。
「この子は、人が苦手で、こうしてるとまあ、とりあえず落ち着くらしいんで。通訳は基本的に俺がすることで話がつきました」
「そうですか。あ、じゃあ学校はどうするんですか?」
 三九楽がちょこん、と手を挙げてから訊いてきた。この流れは、ほぼ確実に学校に行く流れだし確認するまでも無いが、一応と思い、俺は翼の方を見た。
 翼はどうしたらいいか分からず迷う子供のように不安げな目でこちらを見てきた。制服の裾を握る力は、一層強くなる。その行動に、流石の俺も
「マジかよ……」
 と声を漏らした。
 端的に言おう。
 翼は、学校に行くかどうかの判断さえできない。データはあっても考えることは出来ないらしい。まあ、数学で考えているわけだし、考えられないわけではない。言うなれば、自分の意見として言うことができないのだ。
 数学のような決まりきった問題なら自信を持って答えられるがそうでないから、答えられないのだ。ちょっとだけ昔の受験生のようである。最近は変わりつつあるものの昔は、思考よりも暗記の時代だったから、さぞ昔の受験生は思考が停止しただろう。翼もそんな感じだ。が、まあ翼の場合は暗記を極めているし、計算能力は超人級だから昔の受験生の比にならないほどに優秀だが。
「そーだな……学校に行かない?」
 言うと、翼は学校に行かないという選択肢をとった場合の影響を計算したのだろう。少し俺の制服の裾を掴む力が強まったと思うと、彼女はメモを渡してきた。
「器用なもんだな……」
「え、なにが?」
「いや、ほら片手でメモ書いてるだろ?」
 省木の呟きの意図を聞いて、気づいた。確かに、先ほどから翼は一秒だって俺の制服の裾から手を離していない。メモを書いているときも、ずっとだ。確かに、器用だ。片手でメモを書いて、更に切っているとか軽く感動するレベルの器用さだ。でも、それ以上にそこまでして俺の制服の裾を掴んでくれていることに感動する。
「確かに、器用……マジですげぇな、この子」
「なんか赤木原君がお父さんみたいな目になってるんですけど……」
 いや、マジでこの子可愛すぎるでしょ。なんだろう。すごく嬉しい。強ち、三九楽さんの言っていることも間違いではない気がする。いや、流石に子供だと思っているわけじゃないけどね。
 それはさておきさっさと会話を進めよう。さっきから全然会話が進んでいない。俺はメモを受け取り、確認する。
『学校に行かないと勇人といられない。それは私にとって何よりのデメリットであると判断』
 やはりそうだ。翼は、答えの案を提示されればその答えにするかどうかの判断をするのは素早い。俺はそういうこともやっていかなければならない。自分の中で決意して、俺は結論を口にする。
「学校には行くそうです」
「そうですか……じゃあ、先生にもそうお伝えしましょう」
 そうして、ようやく俺たちはリビングに行くこととなった。
 先ほど、俺ががむしゃらになって通った廊下。急ぐよりも、今は翼にあわせる方が優先で、すごくゆっくり歩くことになっているけど、そんなゆっくりな動きも悪くなかった。
「あー、先行って話、付けといていいか?」
「ええ、そうですね。お願いします」
 俺たちのペースがあまりにも遅くて苛立ったのだろう。省木はあからさまに不機嫌な声で、そう言ってきた。別にその申し出を断る理由も無い。むしろ先に、翼が登校することに決めた旨を話してくれた方が楽そうだ。
 それに、こんなゆっくりペースで歩いて省木達を待たせるのも悪い。なんか、完全に省木と三九楽は面白がってないみたいだし。なんか折角来てもらったのに申し訳ない。せめて不快な思いだけはしないで貰おう。
 省木と三九楽が先に行くのを見送りながら、俺と翼はゆっくりと歩く。
「そうだ。もしあれだったらさ、手を繋がないか?」
 思いついたように俺が言うと、翼は突然の発言の意味が分からず戸惑っているような顔をした。まあ、当然だろう。俺も、ちょっと口にしてから『は? 俺、なに、彼氏ぶっちゃってるの? きもくね?』とか思ってしまった。
 しかしながら、俺にもしっかりとした考えがある。
「ほら、さっきから翼って基本的に肯定か否定じゃん? だから、手を繋いでればメモ使わなくてもなんとなく分かるだろ? その方が速いしさ」
 まあ、その中に手を繋ぎたいという願望が少し入ってるかもしれないとは思うが。決してそんなこと言わない。翼なら見透かせてしまうかもしれないがな。でも、いちいちメモに書く手間と時間を考えたらこっちの方が合理的なのは確かだ。
「……理解」
 と、無機質に言いながら少しだけ赤らんでいるのが嬉しくて、こそばゆくて、繋いだ手が冷たいのに温かくて、不思議な気分になった。
 驚くほどに翼は体温が低かった。まるで金属のようだった。柔らかい。けれど、それさえロボットだからこそ人間に近づくために柔らかさを増したように思える。それほどに冷たい。だが、彼女は俺が少し強く握ると、その力より強い力で握り返してくれた。
 そのとき、翼と俺が手だけじゃなくて思考も完全に繋がったような気がしたのが、なにより、翼が人である証拠に思える。
「んんっ」
「動揺。何故」
 俺が動揺する理由を尋ねてくる時点で、きっと翼は分かっていないのだろう。そりゃ、少しは彼女も恥ずかしいとは思っているのだろう。多分、それは女性の本能的なものだと思う。でも、彼女は分かっていない。
 彼女のした繋ぎ方は完全な〝恋人繋ぎ〟であることに。
「ま、まあなんでもない」
 とはいえ、その繋ぎ方が嫌なわけでもない。わざわざ説明するのも面倒だし、何よりなんか気まずいので誤魔化すことにした。
「じゃあ、決めよう。肯定の時は人差し指と中指を動かしてくれ」
「承知。実戦」
 翼はどこか嬉しそうに言うと、人差し指で俺の手の甲を一度叩き、次に中指で手の甲を一度叩いた。
 これで肯定の意。よし完全に覚えた。
 細い指で可愛く叩いてくるのがすごくドキドキして、無意識の内に俺は手を握る力を強めていた。
「次に否定。じゃあ、これは小指を二回動かしてくれ」
「了解。実戦」
 言いながら、翼は小指で二回、手の甲を叩いてくる。
 これが否定。肯定とは確かに違う。これなら頭の中で整理できるだろう。
「よし、OKだ。じゃあ、行こうぜ」
「了解。速度。上昇。可能」
「そうなのか? ならもう少しだけ急ぐぞ」
 翼の言葉に反応して、俺は僅かにスピードを上げた。とはいえ、あくまで翼に合わせはする。
 だって、翼に嫌な思いをしてほしくないから。翼だけは離れないでほしいから。

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