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黒虱十航

翼2

「翼みたいなさ、人間ってすげぇなって思えるような。楽しい奴を、きっと心の中でずっと探してたんだよ」
 確かではない。俺の過去のことを今の俺が100%把握していると思うのは、傲慢だと思うから。だが、それでも断言できた。
「理解。不能。何故。青木翼。酷似。人物。模索?」
「あー、そうだな……」
 何故、と言われて俺は理由を考えようとして俺は足元に落ちている元白紙を見つめた。既に黒い紙に変わっているが、その中には確かな白が見えて、俺は何故だか意識せずに口を動かしていた。
「きっと楽しくなるだろ? それにそういう奴になら、なんかしてやれる気がする。こんな俺でも、救える気がするんだよ」
 言ってみて、ああ俺も自分勝手だなって思った。
 結局のところ、俺も翼を傷つけた身勝手な奴らと変わりない。そう思うと、罪悪感が生じる。ああ、俺の吐いていることは、とんでもない強欲と傲慢だ。
 それなのに恥ずかしげもなく言ってるんだから、俺って最悪だな。
 そう思った俺を包み込むように、翼は俺を抱きしめてきた。
「理解。可能。自分。同様。思考。快楽。期待」
「そう、なのか……」
 俺は、あくまで普通に受け流すように言う。けれど、内心では動揺しまくっていた。
 まったく他人のはずなのに、一番同じでいたいところで同じことを考えている。そんな事実が楽しくて嬉しくて、つい頬が緩む。俺を抱きしめてくれる翼の体からは、布越しに三十六度くらいの熱が伝わってきて、顔が熱くなる。
 柔らかな体だった。俺は、翼の体を抱きしめて、すぐに壊れてしまいそうなその脆さに俺は生々しさを感じて、翼が愛おしく思えてくる。
 今日始めて会ったのに、翼は当たり前のように俺の一部になっていて、むしろ俺の中の半分にすらなっている。胸のうちを全部彼女に話してしまってもいい気がしてくる。
「じゃあ、翼。俺の相棒になってくれ。俺は、翼ができない、〝どうする〟ってのを考えるのは得意だ。でも、どうすると〝どうなる〟かを考えるのは苦手らしい。お互いがお互いの駄目なところを補えるし、何より俺はお互いを必要としてる」
「理解。同意。一心同体。賛成」
 単語を並べて淡々と話す翼の顔が少しだけ赤くなって、上目遣いで見てきていて、つい胸が躍ってしまった。
 俺は惚れっぽいのだろうか。三九楽に抱いた感情に似た、けれど三九楽に抱いた感情とは次元の違う、ずっとずっと深くて強い感情を抱いているのに気づく。ふと、彼女の頭を撫でると、まるで仔犬のような声が聞こえて、心臓がくすぐられるような気分になる。
『好きだ』
 という言葉は出てこない。
 三九楽のときは容易く言えてしまう気がしたのに、今は、愛を伝える言葉を口から零すことさえ、出来る気がしない。呟くことも、何かに書くことでさえ出来ない。それをしたら、どうなってしまうんだろう、と思って恐ろしくなるのだ。
「じゃあ、決定な。翼。部屋から出ようぜ」
「承知。注意。私。会話。不可能。通訳。依頼」
「あー、そだな。喋るのは俺の担当だ。じゃあ、なんか、メモみたいのに書いてくれ」
 そう言うと、俺を抱きしめていた柔らかな体は離れていき、ふらふらしながら部屋を探索していた。離れてしまったことに少しだけ寂しさを覚えていることに気づき、かぶりを振ってから、俺はメモ帳のようなものを探した。
 が、部屋にある紙はほとんど既に大量の数式が書かれているものだった。翼も、探すのにだいぶ苦労している。
「しょうがない。ほれ、これ使え」
 言ってから、俺はポケットに入っていた再生紙のメモ帳を渡した。先日買ったばかりだったので、まだほとんど新品である。これなら、しばらくは問題ないだろう。
 翼が、メモ帳を受け取るとそれを大事そうに両手で持って、微笑んだ。その、天使のような微笑みは実に可愛らしく美しい。つい、俺は彼女の頭に手を伸ばす。が、彼女の髪に手が触れるよりも早く、彼女は俺の制服の裾をつかんだ。
「え?」
 流石に戸惑い、俺が声を漏らす。ちょこん、と裾を掴んでくるので今までにないほどにドキドキしているが、それでも尚、冷静を装う。なんか、すっげー恥ずかしい。恋ってこういうのなのか? 三九楽のときと違いすぎて、分からない。
「私。人。苦手。勇人。安心」
「そ、そうか。いいぞいいぞ。俺と翼は補い合うんだからな」
 心臓に悪いが、しょうがない。翼が安心できるって言ってるんだし……と自分に言い聞かせる。それでも熱くなる顔を冷やすために、俺は少しだけ急いでその部屋を出た。


 部屋を出ると、まるで別世界のようだった。
 翼の部屋が異質だったからだろう。窓のないあの部屋では見ることの出来なかった夕日が視界に入り、先程よりも体が火照る。これでは意味が無いじゃないか、と思うけれどそんなことを不満に思う暇もなく、俺は息を飲んだ。
 橙の光によって、茜色に近づいた翼の髪とその姿は絵画と言って差支えがないものであった。世界三大美女、というのがいるらしいがその姿は三大美女の上に立つ、四天王の先にいるチャンピオン的なポジションにさえ思える。
「あ、やっと出てきた。あのさ、お前、人を呼んどいて外で待ってろってのは人としてどうなんだ?」
 つい、その絵画に心を奪われそうになっていると省木の少し気だるげな、どこか苛立ちの窺える声が俺を現実に引き戻してくれた。流石省木。声を聞いただけで目が覚める。ここまで声だけで現実を教えられる奴もなかなかいないだろう。
「あー、それは悪いと思ってます。でもどうしても俺がいきたかったんで。ちょっと話すためにリビングに行きましょうか」
「あ、そーだな……お前、何をした?」
「え?」
 言われて、ようやく俺は自分の状況の異様さに気付いた。
 さて、じゃあ復習してみましょう。
 問題です。今、翼は俺のどこを掴んでいるでしょうか。答え、俺の制服の裾。
 ではもう一問。制服の裾をずっと掴んでいるような女子と少しの間、密室にいたとなればどのようなことが疑われるでしょうか。答えは簡単。――如何わしいことをして俺が翼を懐かせたか、非人道的なことをして翼を奴隷にしたかの二つだ。
「べ、別に何もやって――」
 俺が焦って発した言葉を遮るように、翼は俺の制服の裾を引っ張ってきた。何かと思って彼女の方を見ると、彼女はメモを一枚渡してきた。
『なにもやっていない、というと高確率で完全否定出来ない』
 〝だからどうすればいい〟ということまでは書かれていないメモ。それが、翼の思考力の低さを示していた。俺が動けば、それに対して審議するのは一瞬なのだろう。とはいえここで打ち合わせは難しい……と思っていると更に新しいメモが差し出される。
『アイコンタクトで構わない。視線で計算可能』
 その知らせに俺は衝撃さえ受ける。が、今は前に省木と三九楽がいるのだ。あまり翼とばかり話していてもしょうがないので、翼にアイコンタクトで考えていることを伝える。すると、また新たなるメモが到着した。
『私が人が苦手であることの説明は有効。よって許可します』
 機械じみたその連絡メモを見て、確信した。
 翼は名前通り、俺のはねになってくれる。そして、青空の向こうを教えてくれる。なら、彼女と俺で右翼と左翼にでもなり、二人ふたり二人ひとりはねとなれるように頑張ろう。
 それが、凡人おれの生きる道だ。そんな確信を得た。

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