NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

色3

 青木、という表札のかけられた家にたどり着くと、悪魔先生は立ち止まった。ここまで徒歩で五分。電車は一切使用していないので非常に近いということになる。まあ、俺たち四人の歩行スピードがやけに速かったので実際には徒歩十分くらいかかりそうではある。
 意外なことに、俺の家と非常に近かった。これなら、毎朝迎えに来て、学校まで連れて行くことが出来るだろうな、なんて思う。
 が、そんなことを考えられないくらいに心臓が高鳴っていた。
 呼ばれている。そんな予感は、どんどん増していく。今も、強く、強く呼びかけられているような気がしている。根拠なんてどこにもない。けれど、本能的に呼び出されている気がしているのだから間違いはない。
 扉をノックするのは悪魔先生だ。さっきから省木と三九楽はずっと静かだ。省木は時たま瞑目して何かを考えるような仕草を見せては、スマホを弄り、何かを呟き、三九楽は省木のことをじっと見ながら、チラチラと後ろに目を向けている。
「省木君は、分かりました? 青木さんが来ない理由」
 扉の向こうで足音がする。きっと、家の人が出てくるのだ。が、まだ遠くから聞こえるので少しは時間があるだろうと思って、俺は尋ねた。
 省木は、無言で頷く。そして、、面倒臭そうに説明し始めてくれた。
「不登校になる理由なんていくつかしかない。いじめられて精神が死んだか、世界を見限ったか、ただ面倒なのか。知らねぇけどさっきお前が言ってた通りの天才児なら一つ目はないだろ。と、なれば二番目か三番目。ぶっちゃけその二つはどっちでも変わらん」
「なるほど……」
 俺は、省木の見解に対して呟く。
 流石だ。俺が読んだ資料を掻い摘んで説明しただけで、おそらく学校に来させるための方法まで計算している。省木のその能力は流石だ。
 だが、俺だって何故来ていないかという結論に関しては出せている。おそらく、そうであろう、という推測ではあるが。そして、その結論が――省木と違う。
 鬼ごっこで完敗して、省木の力を思い知った後だ。普通なら、省木の考えが正しいと考えて、俺の考えを棄却するところだ。それほどまでに俺は、省木を信じている。
 けれども、何故か今回に関しては俺の方が正しくて、俺でなければ解決出来無い気がした。
「ああ、先生。ご足労いただき、ありがとうございます。生徒の皆さんも、どうもありがとう」
「いえいえ。これも仕事ですから。娘さんには、学校に来ていただきたいですし」
「そうですよ。っつっても、俺はこの人に連れてこられただけなんですがね。ま、前から青木と話してみたかったんで」
 と面白おかしく言うのは省木だ。青木母も、少し笑って、嬉しそうにしている。
 そうだ。こういう場合、完全な偽善は容易く見抜かれる。不登校児の親なのだ。偽善を見抜けないはずがない。だからこそ、真実を織り交ぜる。そして、相手に興味がある、という一点に於いて嘘を吐くことでそれが、真実であるように偽装するのだ。それが省木のやり方なのだろう。
 俺は、本当に興味があるが、だからと言ってそれをストレートに言っても信じてもらえない。だから、危なかった。ここで俺が先に口を出していたら不信感を抱かれていたことだろう。
「俺は省木力って言います。この二人は、赤木原勇人と三九楽心。三人とも、青木と会いたいんですけど、今、どんな感じですか?」
 省木は対大人用の仮面を取り付け、青木母と話を進めていく。それを、悪魔先生はどこかつまらなそうに、けれど想定通りであるかのように、三九楽は少しだけどこかを見て、寂しそうにしながら見ていた。
 まあ、別に俺はこういう交渉がしたかったわけではない。見ているだけにしよう。
 それにしても省木はこういうコミュニケーション能力に長けているようだ。指揮官、というくらいだから頭の回転もいいのだろう。勉強以外なら大抵のことが出来るって言ってたしな。
「えっとねぇ……多分、話せるとは思うけど、おすすめはしないわ。きっと、がっかりすると思うから」
 部屋が二階にあるのだろう。階段の方を見た青木母は、申し訳無さそうに言った。
 話せる。その事実に俺は安堵する。と、ともに違和感を感じる。
 何故、省木が〝会えるか〟と問うたのに青木母は〝話せる〟と答えた? ただの言葉の綾だとはどうしても思えない。そう言うのは、俺ではなく俺の本能だ。
 省木も俺と同じ点が気になったのだろう。
「がっかり? どういうことですか?」
 だが、流石にそれを直接訊くのはこちらが揚げ足を取っているように感じられかねないし、敵視されてしまう可能性がある。とりあえずそれ以外の問いから探るつもりらしい。俺ならそこまで考えが及ばなそうなので、流石だ。
「えーと、いや、ね。君が思っているような状況じゃないっていうか。はっきり言うと来てもらって申し訳ないけど、どうにか出来るようには思えないからね」
 青木母は、申し訳無さそうに、悔しそうに、そして何より悲しそうに俯いて言った。皺が少しだけ刻まれたその顔は、これまで、青木母が悩み、苦しんできたのかを教えてきているように思える。
「なるほど……まあ、会ってみてからですよ」
 わざとらしく、省木はまたしても〝会ってみる〟と言った。省木は、獲物を捕らえるような鋭い目をした。罠を張る時の目は、悪魔先生とよく似ている。まあ、この場合、罠といえるほどのものでもないが。
「そうね。話してみる分には問題ないと思うわ」
 あくまで、青木母は〝話してみる〟と言う。それで俺も理解した。
 と、同時に俺の仮定が正しいだろうという確信を得る。
「じゃあ、失礼しますね。私は、お母さんと少し話すことがあるから先に三人は行っていてもらえるか?」
「了解です」
「ああ、じゃあすみません。生徒さんを先に案内させてもらいますね」
「ええ、そうなさってください」
 青木母と、悪魔先生、そして省木との会話を聞いて俺と三九楽も家にあがる。靴を脱ぎ揃えたところで、玄関に俺たち四人の靴と、青木母の靴、そしておそらく青木父のものであろう男性用の靴以外にもう一つ、やけに小さく靴のサイズにして二十センチにも満たなそうな靴が目に入った。
 三九楽の靴もかなり小さいが、それよりも更に小さい。誰にも気付かれないように、俺はその小さな靴に触れてみた。
 ――刹那。
 何かが、大量に流れこんできた。
 意思か、或いは思い出か。全く分からない。でも、それはもうたくさんの冷たいものが流れこんできた。小さな靴。ぼろぼろで、もう履けないような靴。それに込められた意思や思い出に似たものがが流れてきて、呼ばれている、とい感情がより強くなった。
「どうした?」
「え、いえ。なんでもないです」
 悪魔先生に問われて、俺は靴から手を離した。すると、何故かその場にいた全員が驚いた顔をした。
「……どうした?」
 再び、悪魔先生は訊いてくる。それは、先ほどまでのような物事を面白がる様子ではなく、人生相談になりそうな流れの厳かな様子だった。
「何が、ですか?」
 質問の意味を問う質問。俺がその言葉を発すると、悪魔先生は優しい顔をした。

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