NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

欲望3

「そうか。お前が。他に実行委員をやりたい奴はいるか? そうなると、学級委員も赤木原になるんだが」
 担任は言う。それに、俺もクラスメイトも驚きはしないし異論も唱えない。
 うちの学校の運動会実行委員は、学級委員になる決まりがある。それは、理事長が提示した決まりだ。そしてその学級委員は問題がない限り、その後の行事に於いても実行委員を務める。
 では学級委員を決定する、と言ってもいいはずだ。それなのに学級委員ではなく運動会実行委員、とするのには理由がある。
 結論を言ってしまえば、運動会実行委員としての働きによって、学級委員にさせないことも可能なのである。その辺りの判断は、クラスメイト、担任などが決定する。
 まあ、俺は普通に学級委員にもなるつもりだが。
 挙手されないのが分かると担任は
「よし、じゃあもう一人の学級委員は俺が指名する。運動会実行委員も、な」
「え、先生、なんでですかー?」
 担任の、俺でさえ予想していなかった発言に食って掛かったのは女子の中で最も地位の高い少女だ。名前は……記憶にない。
 まあ、そんなことどうでもいい。それより担任の発言の意図について考える方が先決だ。
 実行委員は二名。俺ともう一人だ。だが、それだって希望制のはず。担任が勝手に決めていいはずがない。そう思って、何故だか省木の方を見ると、省木はけだるそうに、けれども担任に対しての感嘆の声を漏らしていた。
 もしかして、担任が何を考えているのか分かっているのだろうか。だとしたら、俺はまたしても負けたわけだ、省木に。そのことが悔しくて、舌を噛み切らんばかりの力を歯にこめた。
「いや、だってさっき言っただろ。実行委員をやりたい奴はいるか? って
「はあ? それは、男子でって意味じゃ……」
「そんなこと言ってないだろ。やりたい奴って訊いたんだ。でもって誰も手を挙げなかったんだ。二人が定員なのに」
 聞いているうちに、担任の言っていることがよく分かった。
 つまり、担任はここにいる奴ではない誰かにもう一人の実行委員長をやらせるつもりで、そのために罠を張ったのだ。
 俺が挙手することによって手を挙げられない生徒達。彼ら彼女らは、手を挙げられなかった。その理由は単純だ。俺は、それを俺がやっている以上、他の人間がそれを邪魔してはならない、という空気になっているからだと思っていた。
 だが、それは違ったのだ。
 本当は、俺が実行委員になることはもう確実で、もう一人になれば確実に疎まれ、カースト上位の女王のような彼女に攻撃されるから挙手しなかったのだ。つまり、担任の意図を、カースト上位の女王以外、分かっていた。やりたければ、俺と同時に挙手しなければいけないと分かっていたのだ。
 と、なれば担任はカースト上位の女王を騙せばいい。原則、男女一名ずつという決まりがあるので、女王に攻撃されないのは女王自身以外いない。無論、三九楽は女王など気にも留めないだろうが、そもそも三九楽は実行委員になるつもりなどないのだろう。
「じゃあ、お前がやるのか? 別にそれでもいいけどな。でもそれって、つまり〝赤木原目当て〟ってことだよなぁ?」
「はあ? いや、それは……」
 担任の追い詰めるような言葉を、女王はすぐに否定すればよかったのだ。そうすれば、きっと無事、実行委員になれていた。
 だが、図星だったのだ。だから、女王は照れ、乙女へと退化した。そして、そんな乙女をこんな策略を練ってまで自分のやりたいことを通そうとする担任が逃がすはずがない。
「そうなのかぁ?」
 と、恐ろしい笑みを見せた彼の目は、省木の目にすら匹敵する程に闇が巣食っていた。俺でさえゾッとする程の恐ろしさだ。たかが乙女が、耐え切れるはずもない。
 彼女は今にも泣きそうな震える声で
「……違います。ごめんなさい」
 と小さく告げた。
 別に、彼女に同情したわけではない。あんな風に権力を使う奴なんて罰が下されて当然だとも思う。でも、目の前で行われたなぶり殺しを見ていると、そりゃないだろうという気持ちになった。
「おし、これでLHRのやることは終わり。あー、終わった終わった。よし、じゃあオマエラ適当に時間潰せ。赤木原だけ、ちょいと話があるから一緒に職員室な」
 先ほど一人の女子生徒を半泣きにまで追い込んだ恐ろしさは、もうそこにはなく、どこにでもいるような普通の親しみやすい担任の顔をしていた。そのことに、クラスの空気は弛緩する。まるで自分たちは幻覚でも見ていたかのような顔だ。
 だが、それは違う。恐れるべきはこの変化の早さだ。
 敵に対する顔と味方に対する顔の落差が大きく、移り身が早い者こそ恐ろしいのである。
 ソースは、省木と社長だ。




 TTTTTTTT




 授業中に廊下を歩くというのはなかなか新鮮なものだ。そうしなければ職員室にはいけないのだから当然なのだが、なんだかやはり背徳感がある。
 今はどのクラスもLHR中だ。だから、部屋の様子によってそのクラスがどんなクラスなのか分かる。まあ、俺にはそれを見ている余裕はない。それより、俺に今から何が降りかかるのか、という方を案じたい。
 そもそも、あの中以外の女子なんてうちのクラスにいるのだろうか。まあ、担任は自分が選ぶ、と言っただけなのであの中の女子なのかもしれないが、それならあんな風に威圧するより、あの場で指名した上で、それを邪魔する者を威圧すればよかった。と、考えるとどうしても担任は、あの中以外の女子を実行委員にしたいということになる。
 今日いなかった女子。そこで出現する可能性はただ一つ。
「言っとくが転入生はこないぞ。転入してきて早々の奴に実行委員をやらせるほど俺は鬼畜じゃない」
 その可能性が早速潰されてしまい、俺はそっぽを向いた。
 そして考える。転校生以外の可能性を。
 今日の欠席者はゼロだった。もちろん、遅刻者も、早退者もゼロだったし、保健室に早速いくようなやつもいなかった。なら、やはり転校生以外に可能性はないではないか? そうでなければ、他のクラスの奴しかない。そんなの、流石にありえないだろう。
「まあ、その辺は職員室で。ほれ、入れ」
 促されて、俺は職員室に入った。
 無言でかたかたとキーボードを打って仕事をする教師たちが数人いる。その全てが俺の来訪を見て深いため息を吐いた。
「本当に、やる気なんですか」
「そうですよ。大丈夫です。責任は取るんで」
 何について話しているのかは一ミリも分からなかったが、なんだかとにかく、責任を取ると言い切った担任が男らしいなぁと思った。あれだけ、ねちっこい作戦を立てたとは思えないほどだ。
 そんなことを思っていると、担任は俺の手を引いて、カーテンのようなもので囲まれた場所に案内した。おそらくここで話すのだろう。真剣な顔の担任は、らしくもなく丁寧にお茶を淹れると、何かの書類と共に湯のみを持ってきた。
「さて、と。じゃあ、君に相談だ。ま、拒否権はないがね」
 座ると同時に、担任は先ほどの威圧的な態度とも、親しみやすい教師ともまた違う、鋭い策士の顔に変わった。

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