NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

欲望

「えっと、あの、昨日はありがとうございました」
「あ、ううん。いいんです。久々にああいう感じで、楽しかったですから」
 久々、と言った瞬間、三九楽の表情が歪んだ気がした。
 気のせいなのかもしれない。でも、俺の目には紛れも無く歪んで見えた。あの、綺麗で優しい三九楽の顔が、孤独一色に染まっていたように見えたのだ。
 確かに、俺は三九楽を知らない。でも、俺は今の、彼女の孤独な表情を知っている。それは、俺の知る限り、省木と話しているときには決して見せない顔だ。否、見せまいとしている顔、と言った方が正しいであろう。
 分かる。俺は、自分でも認めざるを得ないレベルで彼女に恋をしているのだ。まだ恋をして二日ではあるものの、見ていれば知らなくとも何となく分かる。
「あの――」
 ――訊いていいのか? 
 孤独な顔の理由を訊こうとしたとき、俺の中の何者かがそう叫んだ。
 そのせいで、口が一切動かない。思考だけがくるくると回る。
 俺は、知る権利があるのだろうか。俺と三九楽はそんな関係にあるのだろうか。
 答えは――否だ。
 俺と三九楽はまだ昨日やっと少しだけ話をしたような関係。言うなれば、薄っぺらい関係性だ。他人と言うには少し親しいが、友人と言っていいのかは分からない。そもそも、友人なら、踏み込んでもいいのだろうか。
 彼女のそれは、不可侵領域なのではないか? だからこそ、隠し続けているのではないか? そんな、憶測が脳裏をよぎる。
「ん? なんですか?」
 やはりくせなのだろう。三九楽は首を傾げ、こちらを見てきた。
 その目は澄んでいる。美しく、吸い込まれるようだ。
 けれどそれは、省木の瞳にこもる闇とは相容れない存在なのだろうと思った。彼の闇は彼女の澄んだ心を受け付けない。きっと、住む世界が違うのだ。だから、もしかしたら寂しそうなのではなかろうか。
 驕り昂りであることは分かっているが、ついそんな邪推をしてしまった。
「いえ、なんでもないです。それより、今日から俺は、ワーカーズ集めとイベント成功の為に尽力していくので、よろしくお願いします」
 邪推だけれども、それが仮に当たっているのだとすれば、俺が踏み込んでいいことじゃない。だから俺は、誤魔化すように思いついた話題を提示した。
「え、ああ、はい。ですが、私は協力できませんよ。もう、私はワーカーズじゃないですから。これから、戻ることもないでしょうし」
 俺の発言に少し渋い顔をした三九楽は、そうきっぱりと言ってきた。言う彼女の顔は、やはりどこか寂しそうで、物悲しそうだ。でも、それと同じくらい、強い意思が瞳に宿って見えた。
「ですが、ぜひワーカーズを再集結させてあげてください」
「え? ……まあ、はい。そうですね」
 させてあげる、という言い方が少し気になったものの、頼まれたからには断るわけにもいかない。何せ、彼女は俺の初恋の人だ。それは、きっとこれから先も揺るがぬ事実である。
 ふと、彼女はイベントの成功よりワーカーズの再集結の方に重きを置いているのだな、と思った。言葉の綾なのかもしれないが、彼女は社長とは逆。イベントの成功なんてどうでもいいから、ワーカーズが再集結してほしいと願っているように思えてしまう。
「……再集結、させた方がいいですよね。省木さんと俺だけでやるより」
「そうですね。寂しそうでしたし」
「え? 誰がですか?」
 確認しておこうと思っていたら、突然、小さな声で何かを呟かれた。その言葉をはっきりと聞き取ることこそできたものの、その言葉がどんな意味を持つものなのか分からず、俺は野暮かもしれないと分かっていても訊いた。
「あ、いえ、お気になさらず。個人的なことですから」
「そうですか。まあ、それならいいんですけど」
 三九楽の言葉は、暗に、それ以上踏み込むな、と伝えてきた。言葉こそ優しいものの、その優しさには鋭いナイフが隠されているようで、心臓が抉られるような思いになる。
 踏み込む気なんて毛頭なかった。もう、やめるべきだと分かっていた。でも、直接言われるのと感じ取るのでは同じじゃない。直接言われて、明確な線引きをされるともう、完全に踏み込めない。
 傲慢とか、強欲とか、そういう罪の問題じゃない。国境のように線引きされ、進むことが許されないのだ。
 なら、きっといつか、引かれた線が消えるまで待ち続けるしかあるまい。省木と共にワーカーズを集めて。
「じゃあ、ワーカーズを集める方針で俺はやります」
「はい、お願いします」
 言うと、三九楽は自分の席に戻っていった。省木の隣の席。そこへ戻り、話し始めるのを見ていると少し違和感が生じた。 ちょっと前までは、二人が両思いであるように見えていたはずなのに、今はただの旧知の友人のように見える。むしろ、お互いに別に想い人がいて、双方ともその事実を知っているように見える。
「そういえば、あいつって今、なにやってんの?」
 二人の会話に聞き耳を立てていると、そんな、それまでのどうでもいい不毛な会話とは明らかに別種の会話が聞こえた。
 その問いに、三九楽さんは小さなため息を一つ、省木に気付かれないように吐くと答え始めた。
「れいくんなら、最近は原稿執筆も一段落ついて、今は休憩しているところですよ。毎日のようにだらだらしてます。まあ、学校には来てるみたいですが」
 分かったのは、れいくんとやらが、省木の言うあいつ、であること。そのれいくんとやらは趣味か仕事か分からないが原稿執筆を行っていて、それが最近、一段落つき、学校には来ているものの毎日、だらだらしていること。更に憶測交じりで言うならば、れいくんとやらと三九楽はかなり親しい仲にあるということ。それくらいだ。
 が、まあそれはワーカーズのメンバーの特定には十分すぎるほどのデータであろう。
 金本 冷斗かねもと<rp>れいと</rp>のことであろう。小学校のときから参加していた初期メンバーではないものの、中学校で省木と出会ってから力をつけ、加入したという文章作成のエキスパートだ。
 原稿制作から、パンフレット制作まで、速く的確にこなすことからついたコードネームはW。WriteのWだ。
 ちなみに中学校後半にラノベ作家となり、それなりに売れているらしい。ペンネームが分からないので作品を知る由はないけれど。
 彼以外に、れいとつくワーカーズは俺の詠んだ三冊目までの活動日誌には載っていなかったためおそらく、彼で間違いないだろう。
「ふぅん。さいですか。さっすが」
「……あんまり言いふらさないんですよ。れいくんが困るんですから」
 言いふらす? 一体なんのことなのだろうか?

「NO LOVECOMEDY NO YOUTH」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く