NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

孤独と光3

 学校に着くと、大抵、今日俺と話す面子が寄ってくる。が、今日の俺はそんなことをさせないような空気を出していた。
 具体的に言うと、机に突っ伏して死んだ目をしていた。
 何故か。
 簡単だ。俺は、今日、猛烈に疲れていた。これまで、どんなに厳しいレッスンの後の登校でもこんな顔をしていなかった。仮面を装着して、上手く笑えていた。
 だが、今日はそれさえ出来なかった。それほどに疲れていたのだ。ちなみに、俺はトップカーストという立場も利用できると思ったので、一応、守っていこうと思っている。まあ、害の方がでかいとなれば、切り捨てるが。
 守ろうと思っている俺がそんな風に近づくなオーラを出して突っ伏すなんてこと、普通ならしない。そのことから考えても俺がどこまで疲れていたのかは明白だろう。
 いつものランニング距離を倍にするだけでこんなに辛いとは思わなかった。ランニング距離を倍にしたせいで、シャワーもろくに浴びれていないし、登校時間もやばそうだったから全力疾走したので、更に疲れることになった。また、昨日の勝負により久々に筋肉痛にもなっている。なので、もう体は限界だ。
 ここまでハードにやったのも、省木に打ち勝つためだ。知識や思考力は、省木と共に仕事をこなしていく中でつくような気がするから、身体能力だけでも底上げしなければと思ったのである。
 まあ、その結果、省木との接触は困難になった。
「赤木原くん、大丈夫?」
「ほら、疲れてるんだよ。レッスンとか忙しいから」
「え、でも、さっきツイッターでしばらくは修行のために活動休止って」
「うっそ。知らなかったー」
「私も知らなかった。あ、でも、じゃあたくさん練習したってことじゃない?」
「じゃあ、私たちは今、お疲れ状態の赤木原くんを見れてるんだぁ。あの王子様が疲れてる。可愛い……」
 という愉快な会話を俺の周りで始められちゃっているからだ。
 もう、HRが始まるというのにまだ彼女らはいなくならない。優秀な生徒が集まっていると思っていたが、やっぱりこいつら馬鹿らしい。俺がこれまで一切、疲れているところを見せてこなかったせいでもあるのかもしれないから文句は言えないが。
「ふわぁぁぁぁ」
「欠伸した! 欠伸したよ。可愛い……こんな一面もあるんだぁ」
「やばい、これ写真撮っていいかな?」
「駄目に決まってるじゃん。赤木原くんは疲れてるんだよ。写真撮られたくなんてないはずだよ」
「えー、でも疲れて寝てる写真ほしくない?」
「まあ、欲しいけど……」
 ……流石にうるさい。
 欠伸一つでここまでうるさくなれるとか、こいつら馬鹿にも程があるだろ。っていうか俺、近づくなオーラとか出せてなかったのね。ただ単に、女子が集まりすぎて男子が近づけない空気が出来てるってだけなのね。
 まあ、そこはアイドルってことか。今は活動休止だけど。しかも、その活動休止の報告がツイッターでされていたことをここで聞くっていうね。俺が告知方法を確認しなかったのも悪かったが、せめてホームページかなんかでやってほしかった。女子がうるさいし、ツイッターで活動休止の報告されるしで、このままじゃHP切れちゃうぞ。ホームページだけに。
「んんっ、はぁぁ」
 これ以上うるさくなられても困るし、あんまりやると男子からやっかみを受けそうだったので大きく、長く俺は唸った。こういうときのアピールの仕方は、マネージャーが上司と話すときによくやっていたので覚えている。
 俺が唸ると、空気を読んでくれたようで女子たちは点々バラバラに散っていった、驚くのは、彼女達が同じグループではなく、俺から離れた瞬間、他人のようになることだ。さっきまで俺を見ていたときは仲がいい感じだったのに。
 女子の恐ろしさに慄えていると、俺の肩に何者かが触れた。ツンツン、とつついてくる方を振り向く気にもなれなかったので、俺は無視をすることにした。
「あの、大丈夫ですか?」
 空気読めよ、なんて思っていると聞こえたのは、耳を溶かすような声だった。天使の声と言っても過言ではない。全身の疲れを全てなくしてくれるかのような声だった。空気読めではなく、嫁になってくれと思ってしまうほどであった。
 無視した俺が虫けらでした、とか言いそうなレベルではあったもののそんなこと言ったら折角俺を心配してくれた彼女が、負い目を感じてしまう可能性があるので言うのはやめておいた。
「三九楽さん……大丈夫ですよ。ありがとうございます」
 出来るだけ俺史上最高のイケボを出そうとしている自分に可笑しくなってしまう。何で俺、まだ諦めきれてないんだろ、マジで。どう考えても省木と両思いなのに。
 思っていると、三九楽は俺の後ろから俺の前に移動し、しゃがんで、俺と視線を合わせてくれた。なんて天使なのだろう。いい子にも程があるだろ。省木、羨ましい。
 輝くような、弾けるような笑顔。真っ白の顔に少しだけ朱が混じっていて、とても可愛い。その恥じらう感じ、最高だ。白と紅のマッチ。それはもう、紅白のようで、なんだかとてもおめでたい気分だ。
 けれど、そんな顔を見ていると昨晩の、あの寂しそうな顔がフラッシュバックしてしまう。
 何故、あんな顔をしたのか。それを考えようとしても、俺は三九楽について考えるには三九楽のことを知らなすぎる。彼女が何を思い、何を目指してこれまで生きてきたのかを俺は全くと言っていいほど知らないのだ。更に言えば、今の彼女が何を思っているかも知らない。
 無知でさえ罪なのに、更に寂しさの理由を推し量ろうとするなど、思い上がりもいいところだ。怠惰に傲慢。なんと愚かな。しかも、そのくせしてなんとなくこうなんじゃないか、というものが出来上がっているのだから尚更タチが悪い。
 大罪を犯すなどよくない。適度な罪はスパイスとなるかもしれないが、大罪は、侵してはならない。だから、俺はかぶりを振って、思考を停止させた。
 彼女の孤独になんて気付かない方がよかった。
 そう、心の中でぼやいた。

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