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黒虱十航

悪魔2

五分の体内時計はある程度あるが、そんなものを意識してはいられないだろう。
 スタート共に俺は大地を蹴り、省木を追う。省木は、俺のその動きよりも早く、後退し、木のたくさんある方に進んでいった。
 空気を切り裂くようなスピードで走る。五分程度なら、ある程度全力疾走でも耐えられるだろうと思って、俺は手加減などせずに走る。と、同時に省木を見失わないようにもする。見失ったら、この暗闇だ。見つけるのは難しい。時間切れになる。
 木を蹴り上げることで登る彼を追って、俺も木を蹴り、なんとか彼に手を伸ばす。が、そのときにはもう彼はそこにはおらず、地に足をつけていた。
「チッ」
 舌打ちしながら、俺も着地し、省木を追う。省木との距離は既にかなり広がっている。この距離を、こんな木ばかりある場所で縮めるのはきつそうだ。せめて、何もない場所なら走って縮められるのだが、
 と、なれば何もないところに誘導すべきだろう。自分のフィールドに相手を誘導することで倒す、というのも一つの戦い方だ。
 弱者は自分が不利なフィールドでいつまでも戦い続けるから弱者のままなのだ。自分が強いままでいられるフィールドに相手を誘導することができれば、弱者だって強者になるのだ。むしろ、そういった状況打破をできる者こそ、強者といえる。
 とりあえず、相手の動きを予測して、相手の動くであろう方向に走る。相手が行こうとする方向を全部潰して、広いところに誘導しようという作戦だ。
「くっっそ」
 と叫んだのは行こうとした方向を先読みされた省木……ではなく俺だ。
 完全に俺よりも移動速度が速いので、省木の動きを先読みできないし、先読みできても先読みした方に動いたときにはもう別のところに行っていて追いつかない。
 端的に言うと、省木が速すぎる。さっきから、木の多いところ以外にも、遊具のあるところや階段ばかりのところなど、色んなところに行っているが障害物があるようなところでは、省木と戦っても完全にスピードで敵わない。
「どうした? 告白したいんじゃないのか?」
 初めて言葉を発したかと思うと、省木は俺の目の前に現れた。反射的に手を伸ばすがそのときにはもう、そこにはいない。まるで闇に溶けるかのように完全に消失した。必死に周囲を見渡すが、どこにも彼は見当たらない。音も、一切しないせいで、どこにいるのかまったく見当もつかない。
「それとも、告白したいって言ってたのは俺をおびき出すためのポーズなのか?」
「…………」
 声がどこから聞こえているのか、俺には分からない。もはや、闇から声が零れてきているように感じてしまう。
 既に辺りは完全に闇に包まれている。人が動けば分かるものの、それだってそっと動かれたら分からなそうだ。
「違う」
 とりあえず、俺は闇から零れる声に答える。少しでも言葉を交わせば、ヒントを得られるかもしれない、との判断だ。
「じゃあ、捕まえろよ。ほらほら――」
 不気味な声と共に僅かに背後の空気が動いた。その動きに反応して俺は手を大きく動かす。
「いつまでも気付かないと思ったら大間違いだッ」
 このスピードなら、流石に避けている余裕なんてないだろうから当たるに決まっていると思っていた。なのに、手には何かに触れたような感触がない。
「ほらほら、こーんなに、近くにいるぜ?」
「お前ッ」
 声がしたのは俺が手を振ったすぐ下だった。そこには、しゃがんでいる省木がいた。
 完全に馬鹿にしている。この俺を、省木は笑いながら馬鹿にしている。強者であるはずの俺を、だ。
「くっそ、くっそ」
 すぐにしゃがんでいる省木をタッチしようとすると、もうそこから省木は消えていた。と、思ったら前にまた現れる。それを触ろうとしたら消え、また現れを繰り返す。
 それは、もう完全に俺が遊ばれている状態だった。
「終了です」
 その声によって俺の全身の力は一気に抜けた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 息が荒くなる。終わった、という事実によって俺は完全に気と力を抜いたのだ。体力自体はまだ残っているのに動けないのは、気が抜けてしまっているからだ。
「第一戦は、力の勝ちです。えっと、続けられますか?」
 立ち上がることさえ億劫に感じている俺を覗き見てきたのは三九楽だった。首を傾げるその仕草はやはり尊く、美しい。勝ったら言う予定である言葉をうっかり口にしてしまいそうなレベルだ。
 街灯もないこの公園では、彼女と月の光だけが光源となっていた。携帯は家に置いてきているので、それ以上の光を作り出すことはできない。
 闇に溶けていた省木は、いつの間にか俺の前に立っていた。
「大丈夫?」
「うっ、も、もちろんですよ。次は負けない。そっちが鬼ですよ」
「ああ、そうだ」
 そうだ、まだ勝負は終わっていない。
 気を引き締めれば、まだやれる。気合を入れて、俺は立ち上がった。すると、服が砂で汚れているのに気付いた。
 服についた砂は、汗と混じって泥のようになって気持ち悪い。が、そんなものに気をとられて入られない。
「さ、やりましょう」
 言いながらも、俺は正直、勝てる気がしなかった。
 本来、チェイスタグというのはお互いが逃げることの出来た時間で競う。
 が、今回はそういったゲームではない。純粋に、鬼は捕まえることが出来たら勝ち。逆に子は逃げ切れたら勝ち。そういうルールだ。
 ゲーム開始時にはそこまで考えていなかったが、実際に一戦やってみて分かった。
 このゲームでは鬼の方が不利だ。相手の動きを読まなければならない。それは、子よりも難しい。
 だからこそ、お互いに鬼と子をやり、逃げたタイムで競う。
 だが、今回のルールでお互いが捕まっていれば、いつまでも勝負は決まらない。
 これがどんなことを意味するか。
 詰まるところ、省木は自分が逃げ切ることができるだけでなく、俺を捕まえることが出来ると確信しているのだ。一切、自分の敗北を疑っていない。それが恐ろしい。
「じゃあ、やるか」
「そう、ですね。三九楽さん、お願いします」
 俺が言うと、三九楽はどこか驚いた顔をしたが、すぐに審判の役割を果たした。
「では二戦目です。同じように制限時間は五分。鬼が力です」
「はい」
「おいよ」
 先ほどと同じように、俺は足を開いて構えた。やはり、体は疲れていない。ただ気が抜けているだけだ。ひとまず、五分くらいなら戦い続けることができる。
 だが、正直な話をしよう。俺の中に、省木に俺が勝つビジョンが一切浮かんでいない。闇に溶けては現れ、闇から零れるような声で俺に話しかけてくる。そんな省木が恐ろしくて仕方が無い。
 省木は深くフードを被った。笑っている彼の顔は、フードによって出来た陰に入った。闇から浮かぶ笑みが、酷く恐ろしい。ぞっとする。彼もまた、先ほどと同じように足を開いて、少しだけだらしなく立っていた。その姿を見て、今はある単語が浮かぶ。
 ここにくるまでずっと浮かんでいたはずのビジョンが完全に壊れている。そんな中で、俺が勝てるとはどうしても思えなかった。
「でははじめます。よーい、スタート」
 その声と同時に、俺は後退した。すぐに、俺はすぐに木のたくさんあるエリアに向かった。俺がさっき、一番省木に翻弄された場所だ。俺もさっきのあいつのようにすれば何とかなる。そう、思ったのだ。
 が、木のあるところまでたどり着いて気付いた。
 完全に罠にはまっているということに。
 考えてみれば分かったことなのだ。省木がさっき俺から逃げるときのように動かれて、俺が逃げ切れるわけもない。せめて、広く、何もないところなら足の速さだけの勝負になるのだからなんとかなったかもしれないが、ここではそうもいかないのだ。
 まずい、と思ったときにはもう遅かった。
「面倒臭いからな。さっさと終わらせる」
 どこからか聞こえた声。と、同時に闇から人影が生まれる。
 もう、動いても無駄だ。そう本能が判断したとき、俺は動くのをやめておとなしくやれることにした。
 俺に触れようとする省木は、笑っていなかった。むしろ、殺意のようなものが僅かに感じられる。それを見て、俺は確信した。脳裏に浮かんだその単語が正しいということを。
「覚えとけ。俺がワーカーズ『指揮官・LR』だ」
 その言葉と共に、俺の体に省木の手が触れた。
 それによって、俺の敗北は決定した。と、同時に垣間見たのである。
 ――省木が恐ろしい悪魔であることに。

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