NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

勝負

「そういえば、なんで俺に手伝わせたいんですか? それが分かんないんですけど」
 ふと、疑問に思ったことを口にした。
 あんだけ俺をDisってたくせに、どうして俺にワーカーズ集めを手伝わせるんだろうか。その意味が、正直俺には分からない。俺はワーカーズにも何ら関わりないし、アイドルという看板も、おそらくワーカーズには意味が無いのだろう。
 さっきの話を聞くに、成長させたいと思っているわけじゃない気がする。これまでは、あらゆる人の成長を願っているように思ったけれど、省木とのやり取りを聞いて、社長という人物は成長本意ではなく、目的本意な人なのだろう。まあ、詳しい事は分からないけれど。
「ああ、それか。まあ、それは誰でもよかったんだけどね」
「はあ、誰でも……」
 誰でもよかった、と言われるのはどうしても慣れない。いつも俺は特別扱いで、君じゃなきゃ駄目なんだと言われ続けていたからだ。
 ちょっぴり傷ついた。どんだけ社長は俺を過小評価しているんだろうか。まったく納得いかない。
「それなら、もっと売れてない下積みタイプのアイドルに任せればよかったんじゃないですか?」
「あー、そうだったかもね。うん、確かに。でも、正直、そういう子はアイドルをしっかりやってるからね。そんな子をこういうことに参加させるのは気が引けたんだ。その点、君は大抵のことを本気でやってない。本気を出す力が著しく低い。そんな人間なら、たとえワーカーズに飲み込まれて、潰されても心が痛まない」
「……酷くないですか」
 俺だって、それなりに本気は出せるはずだ。というか、毎日本気のはずだ。それに、俺は割と売れてるアイドル。そんな俺に向かって潰されても心が痛まない、だなんて酷すぎるだろう。
 不服そうな顔を作ると、社長は俺を睨んできた。
「人の事務所に所属して、手抜きする方が酷いと思うけどね」
「いや、手抜きしてるわけじゃ――」
「――自覚が無いだけだ。君には必死さがない。これを失ったら何も無くなる、という必死さがね。君には、あるのかい? 償えない罪を背負って、大切なものを失って。それでも貫こうとするものが」
 言われて、俺は何も言うことが出来なかった。目を瞑ると、俺の世界は真っ暗になり、孤独になった。
 脳裏に浮かぶのは、これまで見てきた輝かしい世界。舞台の上から見上げるような、そんな白々しく都合のいい世界だ。それが強者の世界だと、俺はずっと思っていた。だが、もしかして違ったのだろうか。そんな懸念が生まれた。
「勝手に言ってればいいですよ。俺は、省木に勝って、俺が強者だってことを証明してやります」
「そうかい。楽しみにしてるよ」
 なんだか、とても馬鹿にされているような気がした。
 が、まあここでこれ以上何を言っても変わらない。徹底的に俺の力を証明してやる。そうやって自分の力を証明して、歯向かうものを去勢していくのはこれまでもやってきたことだ。
 だから、問題ない。
 そう結論づけて、俺は事務所を後にした。




TTTTTTTT




 空は、まだ黒くなりきってはいなかった。春なのだ、ということを嫌でも実感させられる。これが冬ならば、空はもう、闇に包まれていることだろう。
 肌を舐めるような僅かな湿気と、頬をなでる心地よさが、俺の中で矛盾し、居心地がいいのか悪いのか分からない状態になっていた。少し不気味な気分になりながら、俺は歩きだす。
 人生はヌルゲー。俺のようなチートキャラの前に敵などいない。本気を出す力がないだなんて、そんなことあるはずがない。俺が本気を出したら、誰も勝てない。それだけのことだ。
 翌日。俺は、目を覚ましてからいつものルーティーンをこなすことにした。
 顔を洗ってからすぐに、外に出る。まだ、闇を少しだけ含んだ空の下で、俺はいつものランニングコースを走り出す。
 時刻は四時。かなり早いものの、これくらいの時間から走り始めないと頭がしゃきっとしない。
 だから、俺は毎朝、このくらいの時間から走り始める。
 この時間にランニングをしないと見えない景色というものがある。まだ、こんな薄暗い中で町を走ると、僅かな日の光がとても明るく見える。夜は鬱陶しいほどにキラキラチカチカしていた建物も、この時間は閉まっているので、穏やかな町並みになる。時の流れが速いと言われる都会も、この時間だけはゆっくりと時が流れる。
 俺はこの時間が嫌いじゃない。
 だから、俺は毎日のようにこの時間走って、考えをまとめる。
 普段は振り付けの確認だったり、会話の対策を練ったりする時間にしているのだが、今日は少し違った。
 今日考えるのは、省木との勝負についてのことだ。
 別に作戦を考えないと勝てないとは思わない。俺と省木では、おそらく俺の方が能力はあるはずだ。
 が、社長があれだけ言っていたのだ。何かしら、俺の見えていないものがあるのかもしれない。だから、確実に勝てるように作戦を立てる。
 まず考えるべきは、何で戦うか、だ。
 省木は勉強以外なら優れていると言っていた。なら、俺は勉強以外のことで勝負すべきだろう。相手の苦手分野で戦うのでは意味が無い。
 とはいえ、だ。指揮官だからと言って指揮に関係する勝負をしようと思っても、具体的な勝負内容が思いつかないし、指揮という時点で俺と省木以外の人間も関わらなければならなくなる。それは、あまり頂けない。
 よって、俺が選択すべき勝負は俺たち二人だけで出来る勝負だ。
 そう考えると、やはり運動能力的なわかりやすいものの方がいいだろう。
 が、この辺だと運動場的なものも、広い公園もない。唯一、俺が知っている広い公園は階段や障害物が多く、一00m走的な感じのものは難しい。転んでしまうのも、勝負の内ではあるが、そういうので勝っても面白くない。
 となると……うむ、思いつかない。
 ここは、もういっそのこと相手に聞いてしまおう。それで、相手に提示された勝負の中で作戦を立てよう。
 その方がいい。
 自分の中でそう結論付けて、俺はランニングに集中することにした。
 まだ、五kmほどしか走っていない。いつも、十五kmは走っておくのでまだ三分の一しか走っていないのだ。
 俺のいつものランニングコースは基本的に町を走る。隣町まで走って戻ってきて、また別の隣町まで行く。それを繰り返しているので、この光景もかなり見慣れてきた。いつも同じような時間帯に同じ人がいて、変化は僅か。そんな僅かな変化は、俺にとってどうでもいいもので、正直まったく気にしていなかった。
 しかし、今日はそれが違った。
「えっ」
 その変化に気付いて、俺は声を漏らした。
 どこからか、見ず知らずの、俺よりかなり小さい男が俺の前に現れた。本当に突然のことだった。道が別にあるわけでもないので、その男が俺を追い抜いたことは確実だ。けれどそんなことは俄かにも信じられなかった。
 長距離走とはいえ、俺のスピードはかなり速い。駅伝選手なんかを見れば分かることだが、長距離走の選手はゆっくり走っているわけではないので、運動が苦手な奴なら短距離走のペースで走っても手も足も出ないくらいなのだ。
 目の前の少年は、俺よりずっと背丈が小さい。それに、俺と同じように長距離走の姿勢で走っている。それなのに、あいつが俺の横を通り過ぎたことをまったく気付かないほどのスピードなのだ。
 俺より身体能力が高い、ということになるのだがどうしてもそれは信じたくなかった。俺より小さい、正直見かけだけ言えばガキと言ってもいいような奴が俺の身体能力を超えるなんてありえないと言ってもいいはずだ。
「ワーカーズ?」
 俺がたいしたこと無いと思えるほどに優れている奴らだと仮定するならば、ありうるかもしれない。
 そんなことを考えている間にも、どんどん少年は小さくなっていく。俺は、決して手を抜いて走っている気はなかったのだが、かなり差が出来てしまっている。それが、少しだけ悔しくて、俺はスピードを上げた。

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